緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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狙撃科の麒麟児 レキ

 

 あの俺にとって大きな分岐点となった身体測定から数週間が経った。

 月が変わり、もうすぐゴールデンウィークということでテレビの情報番組で連日GW中に行ける国内の観光スポットを紹介している。

 しかし、日夜凶悪犯罪と向き合っている俺達武偵は、たとえ高校生だろうと気を抜いてどこかへ遠出することもできず、任務のない生徒は多くの武偵高生徒は校内の訓練施設で自分の技術に磨きをかけるか、精々台場をぶらついて連休を過ごす。もちろん俺もその例外ではなく、GW中も任務があって忙しい。

 

 特に、アドシアードの代表選手に選ばれた生徒は黙々と訓練に励んでいることだろう。今年も代表として選出された志波など、その最たる例だ。

 

 風の噂によると今年の狙撃科に入学した新入生の中にSランクの女子がいて、当初はその1年が代表に選ばれるはずだったのだが、昨年の事件のせいで推薦者達の考えが変化したのか、「昨年の無念を晴らすため」という名目で今年も志波が代表に選ばれたのだという。当人は複雑な気持ちだと言っていたが。

 

 当然だ。去年は実力で選出されたのに、今年は半分ほどお情けで獲った出場権。誰が手放しに喜べるだろうか。そんなことなら初めから、自分より技術があるのでその1年に出場してもらいましたと言われた方がマシである。

 

 

 だから俺は、そんな志波がちょっと心配になって、狙撃科地下の狙撃レーンまで時任と雅と一緒に様子を見に出向いていた。

 案の定、そこには匍匐姿勢でM24を構える志波の姿があった。

 

 狙撃中に声をかけるような馬鹿な真似はできないので、レーンから少し離れた場所にある休憩スペースにある自販機で飲み物を買い、ベンチに座りながら志波の射撃が終わるのをゆっくり待っていることにした。

 

 

(にしても、やっぱいつ見ても1発1発の間が長いな。狙撃っていうのは)

 

 強襲科だとそれこそ2、3秒に1発は標的に撃ち込んでいるために射撃レーンは常に銃声が響きっぱなしなので、こっちに来ると妙に静かでそわそわした気持ちになる。

 

 そういえば聞いた話によると、アメリカのスナイパースクールでは1発でも外せば即退学という厳しい規則があるのだという。だからそこに通う生徒は絶対に当てられると確信するまで、引金を絞らないのだとか。ゆえに、狙撃というものが一撃必中でなければならないということを早くから身体に染み込まされる。

 

 そして、そんな風に1発に込める集中力が凄まじいことからか、狙撃というのは中々忘れられないのだそうだ。それが例え、撃てなかったとしても。

 だから狙撃科の奴らは、俺のような強襲科の奴らが考えもしないような自分の中の葛藤と闘っているのだという。いつぞやに俺が家の近くの本屋で買った、元武偵の書いた本に綴られていた。

 

 

 中学の頃に随分と読み込んだ本だが、時間に余裕がある時にまた読み直してみようかと考えていると、射撃場に大きな銃声が響き渡り、息を吐きながら志波がレーンから出てくるのが目に入ったので、俺たちは彼女の方に歩み寄った。

 

 

「よう。志波」

「あ、響哉くん。それに時任さんと久我さんも。3人とも何で狙撃科にいるの?」

「ちょっと……変な噂を耳に挟んで、心配になったから様子を見に来たのよ」

「ああ、あの話なら気にしてないよ。本当だから」

 

 しれっとそう言い切る志波。彼女の様子を見る限り、劣等感などの感情は一切抱いておらず、どうやら本当にそう思っているようだった。

 

 

「嫉妬とかしねえのか?」

「凄いとは思うけど、そういうのはあんまりないかな。1人前の狙撃手は、『やれ』って命令されたことを機械みたく正確に実行するものだから――――先生に『出場しろ』って言われたら、よっぽどの事がないと断ったりしないんだよ」

「そういうモンなのか」

 

 志波の話を聞くと、やはり狙撃手というのは俺達のような人間とは価値観や考え方がまるで違う、言ってみれば別の人種のようだと思い知らされる。彼らから見れば俺のような強襲科の人間も、特異な考え方をした異人のように写っているのかもしれない。

 

 

 そんなことを考えていると、志波が息を荒くして件の新入生のことを話し出した。

 

「ところでね、その1年の子、凄いんだよ! 『狙撃科の麒麟児』って呼ばれてて、SVDで2キロの狙撃ができるんだから!」

「ドラグノフで? 冗談だろ」

 

 SVD――ドラグノフとは、旧ソ連の開発したセミオート式狙撃銃だ。

 しかしこの狙撃銃は市街地戦(およそ100メートルから400メートル)での運用を前提とされていて、長距離狙撃には適さないとされている。有効射程距離は約600メートルから800メートルと、志波の話の3分の1程度の距離しかない。

 

 

「あ、響哉くん信じてないね」

「そりゃそうだ。いきなりそんな話をされても、信じられるわけがない」

「じゃあ、今からその子に会ってみる? ちょうど今、ここに来たから」

 

 志波がエレベーターのある方を見てそう言ったので、俺達は揃って志波が指さした先に振り返る。

 

 そこには、ドラグノフ狙撃銃を方に担いだ、臙脂色の短いスカートが特徴のまだ真新しい女子生徒用防弾制服を着た、ショートヘアーの小柄な少女がいた。

 髪色は薄い緑で、その瞳は黄金色をしている。肌はとてもきめ細かく、まるでCGで作ったような顔立ちをしている。大きなヘッドホンを首に下げているが、音楽が好きなのだろうか。

 

 どことなく纏っている雰囲気が他の奴らと違っている気がして、俺はすぐにあの子が例のSランクスナイパーだということを理解できた。

 

 

 興味が湧き、俺は考えるよりも先にその子の方へ歩み寄る。

 

 

「お前が噂のSランク武偵だな。名前は?」

「……レキです」

 

 どことなく冷たい視線で、30センチ近く身長差のある俺を正面から見上げながら、その少女――レキは抑揚のない声で答えた。

 

 

「レキ、遠山キンジって強襲科の1年を知っているか?」

「はい。キンジさんのことは知っています」

「俺はあいつの徒友(アミコ)の朱葉響哉だ。GW中、仕事はあるか?」

「今のところ予定はありません。依頼ですか?」

「そうだ。教務課からの依頼で、3人以上の人数を指示された。俺とキンジに同伴して、5月3日の夜、指定暴力団経営の違法風俗店を摘発する」

「……分かりました。任務の詳細はメールで送って下さい。赤外線受信はできますか?」

「あ、ああ。ちょっと待ってろ――――よし、いいぞ」

 

 まさか向こうから連絡先の交換を頼んでくるとは思わなかったので、俺は内心少し動揺しながら携帯電話の赤外線送受信機能で互いの携帯番号とアドレスを交換した。

 俺の携帯の電話帳にレキの名前が追加されたのを確認してから、俺は携帯をポケットに入れレキに向き直った。

 

 

「移動手段の確保や教務課への申請は俺がしておくから、お前は当日まで待機でいいぞ」

「はい。では、私はこれで失礼します」

「ああ」

 

 レキと別れ、志波たちの所に戻ると、むっとした表情の雅が何やら拗ねているようだった。

 

 

「響哉がそんな任務に行くなんて聞いてない」

「当たり前だろ言ってないんだから……。キンジの実力がどの程度なのか見ておかなきゃならないんだから、ついてくるなよ」

「むぅ……分かった」

 

 渋々納得したような表情で、雅はコクンと頷いた。

 それを見て、俺は内心ほっと安堵の息をつく。

 

 

(風俗店になんか連れて行って、変なこと覚えられたりしたらまずいからな……)

 

 雅は吸収力が高い。そして何にでも興味を持つ。

 違法風俗店なんて中で何をやってるか想像に難くない。男女がアレしてるようなそんな光景は雅にはまだ早過ぎる。

 

 だからああいう店にどういう目的であれ彼女を近寄らせてはいけないのである。

 

 

「それにしても、響哉くん上手く誘えたね。レキちゃんって結構仕事選ぶんだよ」

「一応、教務課からの依頼だしな。オーストラリアにいる銭形の代理で俺に流れてきたらしい」

「ふーん」

 

 まだ2年生になったばかりなのに、あいつはもう海外に出てる。俺と銭形の差は一向に詰まっているようには思えないが、しかし焦ってあの時のような失態を踏むわけにはいかない。

 

 

 今は目の前の事に集中するべきだ。

 

 そう思い直し、俺はこの後強襲任務の準備に奔走するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





ドラグノフ、MW3ではお世話になりました。

これで原作ヒロイン組で未登場なのはイ・ウー組と戦役組を除くとアリアと中空知さんくらいだったはず。中空知さんはまだしもアリアは今年中に登場できるくらい話が進めばいいなぁ(白目)
イ・ウー組や戦役組なんて登場できるかすら危ういレベル。ジャンヌ、ワトソン、君たちのことは忘れない。

最後まで読んでいただきありがとうございました。また次回も時間の都合が合う時に読んで下されば幸いです。それでは。

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