武偵高の上下関係は、まさに軍隊のソレに近い。任務(クエスト)の時に作戦を迅速に遂行するためにそういう風になっている。
本来なら1年は2年3年のパシリにも等しい雑用(空薬莢をひたすら拾い続けるなど)を延々と繰り返していかなければならないのだが、俺の場合は少し違う。
今からだともう1週間も前になる。強襲科(アサルト)の体育館に、必要履修目的で初めて来た時だった。
基礎訓練の終わった後で、先輩達に「空薬莢を拾っておけ」と命令され、俺もそれを当たり前だと思って拾い始めようとした時だった。
金一さんがどこからか現れ、「コイツは俺の徒友(アミコ)だ。そんな雑用(ゴミ拾い)をやらせておく時間は無い」と言ってその先輩達を一蹴した。その日からルームメイトの3人には羨ましがられ、面倒な事になったのは言うまでもない。
そして今俺はどういう訳か武偵高のハズレにある、レインボーブリッジに向けられた巨大看板の裏(通称、看板裏)で金一さんに拳銃で撃たれまくっている。
なぜこうなったかというと、遡ること1時間前…………。
「お前は射撃を撃つ前から避けられる。その能力をもっと昇華すべきだ」
と言われ、その訓練としてSAAの放つ銃弾に追われている。1時間もの間。
あれだけ撃ってよく残弾が減らないなと思うと、彼の足元にはそれなりの大きさの箱に銃弾が溢れるほど入っていた。よくあんな大量に持ってきたものだ。
――だが、この特訓に効果が期待できるのも嘘ではない。現に、今では相手の視線や特有の癖から『どこを攻撃してくるか』が読める。入試の時と比べると目覚ましい進歩だ。
ムリに理論づけるならば、極限の集中力を維持し続ける事でその平均値が上昇し、第六感の精度もそれに比例して伸びていくということだろう。これはあくまでただの仮説だが。
実際のところどうなのかは俺にも分からないし、分からなくていい。ただ結果的に強くなっているのだから。難しい事を考えて立ち止まるよりは、ソレを投げ捨てて前に歩き出した方がいい。
俺には、立ち止まる暇など無いのだから……。
それから数時間後。空は茜色に染まり、カラスがカァカァと鳴きながら飛び回るさまを見上げながら、俺は地面に大の字で倒れ込んでいた。
始めこそ躱すか急所を外す程度に避けていられたのだが、終盤になると段々と疲れが溜まってきて、何発か銃弾が身体を掠め始めていた。そして何より、身体のあちこちの筋肉が痛い。
「今日はここまでだ。明日も基礎訓練が終ったらここに来い」
そう言って金一さんはさっさと帰っていった。俺をここに放置する気かよあの人……。
俺はしばらく夕焼け空とカラスを見上げながら、動けるまで回復するのを待っていた。
こうして夕焼け空を寝ながら見上げると、昔を思い出す。
ただ、あの時と違うのは、横に『彼女』がいない事だ。
俺が武偵になるきっかけを作った人であり、俺が強さを求め親父に頭を下げた理由でもある、『彼女』。
「……なんで、逝っちまったんだろうな。お前が」
俺は、思わず口に出していた。だが周りには誰もおらず、さっきまで空を飛びまわっていたカラスすらも、どこかへ飛び去った後だ。
俺の呟きは、沈みかけた太陽が照らす東京湾に溶け込んでいった。