緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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身体測定 Ⅱ

 

 

 

「悪ィ、キンジ。手間かけさせちまった」

 強襲科別棟のロビーのほぼ真上に位置する、3階の休憩スペースで、武藤剛気は親友である遠山キンジに肩を借りながら壁添に置かれている背凭れのないイスに腰を下ろした。

 

「大丈夫か? あんまり顔色良くないが」

「気にすんな、すぐ落ち着くさ。それより、キンジ。気をつけろ。あの先輩、めちゃくちゃ強いぞ」

 真剣な面持ちでキンジにそう伝える武藤。だが、通常状態のキンジでもそのくらいのことは理解できていた。

 武偵ランクで換算すると、Aランク以上は確定。それも、響哉は実力を隠しているようだったが、その隠した状態でキンジの眼には並のAランク武偵を凌ぐ能力を持っていると映っていた。本当の実力は計り知れない。

 

 恐らく不知火相手でも、さながら赤子の手を捻るように圧倒してしまうのだろう。今の状態の自分など、勝負にもなり得ないとキンジは自覚していた。

 

 

 だが、これはあくまで身体測定の一貫。そこまで酷いやられ方をするとも考えにくかった。

 

 

 

「肝に銘じとく。じゃ、俺は今のうちにトイレ行ってくる」

「緊張感ねえな」

 笑いながらそう返した武藤と別れ、キンジは近くの手洗い場に足を運んだ。トイレの場所は天上から吊り下げられているプレートに矢印が描かれているため、場所が分からず迷う心配もない。

 

 

 トイレに入ってから1分もかからずに出てきたキンジだったが、1枚だけ剥げかけていた足下の床のタイルに右足のつま先を取られ、前に倒れそうになる。

 丁度その時、キンジからは死角になっていた角の先から、先に身体測定を終わらせて帰ろうとしていた彼の幼馴染である星伽白雪が歩いてきて、彼女を押し倒すようにしてキンジは倒れてしまった。

 

 

「ほ、星伽さん……大丈夫?」

 

 白雪らの引率をしていた2年の女子生徒が、キンジと白雪を心配そうに見下ろす。その視線の先には、仰向けになった白雪の上に伸し掛かるようにして倒れたキンジの姿。最早不審者と何ら変わりない。

 

 そこまで思考が追いついてから、とにかくこの不届き者をどうしてくれようかと考え始めたその時、フラッと白雪の上に倒れていたキンジがゆっくりと立ち上がった。

 

 

 だが、様子がおかしい。彼の纏う雰囲気は、先程までの気怠そうなものとは打って変わって、鋭く光る刃物のようだった。

 

 

「すまない、白雪。怪我はないかい?」

 

 そう優しく語りかけながら、キンジは白雪の傍らに片膝を付く。天上の証明が逆光となり、キンジの顔を影にすることによって彼を見上げる白雪にはまるで後光が差しているように映っていた。

 

 

「は、はいィ! き、キンちゃんの方こそ、大丈夫ですか!?」

「俺は平気さ。それよりも、白雪に怪我がなくてよかった」

 

 白雪の身体を抱きかかえ、キンジは白雪を立たせてやる。だが白雪は放心状態で、いつ倒れてもおかしくない。完全に上の空だ。

 

 

「じゃあ、俺は急ぐから」

 

 もちろん、この言葉も白雪にはきちんと伝わってないのだろう。

 走り去っていくキンジの背をポーッと見送りながら、白雪は暫くフリーズしたままだったという…………。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 

 バキボキと指を鳴らし、俺は扉の前で佇む1年を睨むように見据えた。

 彼の名は遠山キンジ。それも、入学試験で受験生と教官を全員斃した方の、だ。

 

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム……通称HSSは、興奮時に通常の30倍近い量の神経伝達物質を媒介し、中枢神経系の活動を飛躍的に亢進させ、反射神経や瞬間判断能力などの能力を増強させる。

 それだけ見れば非常に強力な能力なのだが、この興奮時というのが特に性的興奮と限定されているらしく、中々自発的に発現させることは難しいらしい。金一さんは女装することでそれを自分で起こすという荒業を多用していたが、このデジタル化の時代、わざわざそんな面倒なことをしなくても携帯端末でインターネット上から画像でも拾って見ればその状態になれるだろう。あまり格好のいい正義の味方にはなれそうにないが。

 

 

 しかし、そんなことはどうだっていい。

 

 

 今目の前にいるのはHSS状態の遠山。HSSは遺伝的に受け継がれていくものだと金一さんが言っていたはずだから、彼は金一さんの親戚であることは間違いないだろう。

 人間離れした反射神経を持つ遠山と、常に後の先を取って闘う俺の相性は極めて悪い。だが、それでも奥の手である『条件反射』を使わないと闘えないわけじゃない。ついこの間まで中房だった1年に負けられないという2年の意地もある。

 

 引率の責務を果たすため、意地(プライド)のため、俺は全力でお前に挑もう。

 

 極限まで集中を高めながら、俺はそんな事を胸に誓いながら遠山と対峙していた。

 

 

 

「不知火、部屋から出てくれ。時間が押してきてる」

「は、はい……分かりました」

 

 さっきまでと雰囲気の全く違う俺とキンジを交互に見ながら、不知火はどこか少し戸惑ったように返事をして、そそくさと訓練室から出て扉を閉めた。

 

 これで、この部屋は俺と遠山の2人だけの密室となる。

 

 

「随分、ムードが変わりましたね。下級生相手に、大人気なくないですか?」

「悪いな。今のお前を相手に手を抜いてられるほど、俺は強くないんだよ」

 

 俺は言いながら、ゆっくりとした動作でP2000を顔の横に構える。遠山もそれに合わせるように、懐に右手を忍ばせ胸のホルスターからイタリアのピエトロ・ベレッタ社が生んだ傑作自動式拳銃、マットシルバーの『M92F』を取り出した。米軍に正式採用されていることから、多くの人がベレッタと言われれば真っ先に思い浮かべるのがこの銃だろう。

 

 スライドを引き初弾を薬室に装填した遠山は、M92Fを両手で持ち銃口を下に向けて構える。

 

 

「冗談キツいですよ、先輩」

 遠山は苦笑しながら、靴の裏を床に擦らせてジリジリと俺を中心に円を描くようにして動く。狭い室内だ、障害物(オブジェクト)の位置関係が戦闘に大きく影響されてくる。自分の立ち位置と角度を少しでも有利にするのは、基本中の基本だ。

 

 その足が、扉から1メートルと少し動いた所でピタッと止まる。遠山の重心が更に下がり、身構えた状態になった。

 

 

(――来るッ!)

 

 第六感で遠山の行動を予測した俺は、遠山が左足で1歩目を踏み出す瞬間に、先月カナとの闘いで使った不可視の銃弾もどき……『クイックショット』で遠山の左足の甲を狙う。

 だがP2000の銃口から乾いた発砲音とともに発射された9mmパラベラム弾は、遠山の右太腿を穿ち彼の表情を曇らせる。カナの時のように『銃弾撃ち』で弾かれることはなかったが、しかし俺にはまだ狙い通りの場所に正確に撃ち込むことはできなかった。あの日からかなり長い間ブランクが空き、訓練も最近までできなかったのだから当然といえば当然なのだが。

 

 

「…………ッ!」

 

 遠山は表情を険しくさせながら俺を睨んだ。完璧なタイミングで出鼻をくじかれたのだ、何かトリックがあるのだと疑いたくもなるだろう。しかし、それを探るだけの猶予を与えるつもりは一切ない。

 

 

「どうした遠山。足が止まってるぞ?」

 

 一足飛びで遠山との距離を詰め、右前蹴りを繰り出す。遠山はそれを両腕で防ぎつつ後ろに跳ぶことで衝撃を逃し、再度俺との間合いを取った。

 が、同時に壁に掛かっていた絵に遠山の背中がぶつかる。これでもう、遠山は後ろに回避できなくなってしまった。

 

 俺は素早く拳銃を構え遠山の持つM92Fを弾こうとP2000の引金を絞るが、何と遠山はそれをHSSの超人的な反射神経で避けようとしている。第六感でそれが予知できた俺は遠山の回避方向に連続して引金を絞るが、前転回避(ローリング)でベッドの上を通りつつ全て上手く避けられ、転がった先にあった本棚を倒しベッドと合わせ簡易的なバリケードを構築。その影に隠れながらM92Fを発砲してきた。

 

 放たれた銃弾は単射で2発。初弾は俺の胴体を狙い、次弾は初弾を躱そうとした俺の右手に持つP2000を捉え、俺の手から武器を奪った。

 

 

(なんて野郎だ……!)

 

 俺は心の底から驚愕した。あの一瞬で、この正確な予測と拳銃の狙い。決して銃を撃つには適さない姿勢から、よくもそんな芸当を披露してくれると関心すら覚える。

 

 

 ――だが、俺の武器は拳銃だけじゃない。

 

 腰に差している小太刀『雲雀』もだが、俺の第六感はこと接近戦においてその真価を発揮する。

 反射神経がいくら強化されていようと、それに追い付けるだけの予測と肉体は兼ね備えていると自負している。問題は、俺が『条件反射』を安全な状態で抑えられるかどうかだ。

 

 今、俺がやろうとしていることは……熱湯に手を突っ込んで火傷しないように熱湯から手を離そうとする動きを無理やり抑え込み、そのまま熱湯の中に漬けようとしているような、ある種の自棄・自殺のような事だ。

 もちろん、受ければ危ないから身体が反射的に動くのであって、常時反射を無理に抑えていればそれこそ本当に自殺行為だ。だから、攻撃を受けても比較的大丈夫と思われるものは条件反射を使わずに捌き、絶対に避けなければならないものは条件反射を抑えこまない。この選択を繰り返していくことで条件反射の発生するハードルを上げていき、カナと闘った時のような醜態を晒すことのないようにする。それが俺の考えた、自滅の克服法だ。

 

 更に反射的な攻撃を極力抑えることにより、発生頻度は恐らくあの時の4分の1近くまで減らすことができるだろう。それでHSS状態の遠山に挑んで勝負になるか否かはやってみなくては解らないが、これは絶対にやらなければならない課題だ。それほどまでに、自滅というのはやってはならないことでもある。

 

 

(俺と遠山の間には、倒れた本棚と、床に散乱した本がいくつか……邪魔だな)

 

 出来れば、近接戦を挑むのなら遠山だけに集中したい。だが足元にある本や本棚、ベッドを無視しできはしないのも現状だ。

 

 

 

 しかし、それらに行動を阻害されない方法が無いわけではない。

 

 

 拳銃を弾かれてからほんの一瞬の間に、俺はそれだけのことを考え、そして行動に移し始めていた。いや、『考えた』と言うよりも、ほとんど反射的に、身体が動き出していたと言った方が近い。条件反射と違い過剰な運動とそれに伴う負担はないようだが、こういうのをスポーツの上手い人がよく言う『身体が覚えていた』というものなのだろうか。

 

 

 俺は今はまだ小太刀を抜かず右足を一歩踏み出し、遠山との距離を少し縮めて歩幅を合わせてから、大きく腕を振って左足で前にジャンプする。

 

 天上に頭をぶつけそうになりながら上から迫る俺に、しかし遠山は冷静に的を絞りM92Fの引金を引く。俺は空中で身体を捻り射線から紙一重で外れようとするも、右肩に金属バットで殴打されたような鈍痛が走り顔を顰める。

 着弾の衝撃で後ろに仰け反りそうになる身体を腹筋を使って無理に持ち直しながら、俺は本棚の後ろで屈んでいた遠山に左拳を振り下ろした。

 

 

「ぐっ……!」

「……ッ!」

 

 が、遠山は俺の全体重を載せた一撃をM92Fを持つ右手で防ぎ、受け止めてきた。

 当たった場所は手首。互いに脂肪や筋肉の付いていない部位でぶつかり合ったため、直接骨に響くような独特の痛みが俺と遠山を襲う。

 

 しかし、遠山はまだM92Fを手放していない。

 

 

 俺は倒れた本棚の上に足が付くと、即座に右手で掌底を放ち遠山の手からM92Fを弾き飛ばした。そしてそのまま腰に差してあった小太刀の柄に手を伸ばし、抜刀する。

 それとほぼ同時に、金属同士が擦れ合う謎の音が一瞬だけ鳴り響いた。その音の正体は不明だったが、そんな事に構う余裕はなかった。

 

 

 

 

 

 空を切り、遠山の顔の横に白刃が迫る――――が、それは遠山まであと10数ミリの所で静止し、俺と遠山は互いの眼を見据え合った。

 

 ……俺の正面には、緋色に煌めく刀身を持ったバタフライ・ナイフの切先がある。遠山はあの一瞬で、左手でポケットの中からバタフライナイフを取り出し、展開して俺に突き出したのだ。

 

 

 

 

 ――その時、終了時間を告げる予鈴が室内のスピーカーから流れた。どうやら、これは……

 

 

「引き分け……ってことになるんですか?」

 遠山が、今だ緊張感を保った声色でそう言った。

 

「たかが検査に、勝ち負けがあってたまるかよ」

 吐き捨てるように言いながら、俺は遠山に背を向け小太刀を鞘に収めた。それから、床に落ちたP2000を拾い上げ安全装置を入れてからホルスターに仕舞う。

 

「検査は終了だ。強襲科の浴場使っていいから、汗流してこい」

「ま、待って下さい!」

 ドアノブに手を掛けた俺を、遠山が背後から呼び止める。

 

 

「先輩は、兄さん――遠山金一を知っていますか? あなたが最初に見せた技は、兄さんの技に似ていた」

「……そうか、お前はあの人の弟だったのか。なるほど、道理で……。確かに、俺はあの人のことをよく知ってる。多くのことを教わった尊敬する俺の戦兄だ。お前のその能力のことも、金一さんから聞いてる」

「……ッ!?」

「安心しな、誰にも言いふらしたりしねえから。それより、後がつかえてるんだ。これ以上長居してると俺が怒られる。行くぞ」

「は、はい……」

 

 遠山を急かしながら、俺は訓練室を出て休憩スペースで俺達を待っていた武藤と不知火に全員の検査が終わったことを伝え、俺はエレベーターを使って1階に降り、強襲科別館を後にした。

 

 

 ――――こうして、俺が引率を務めた新入生の身体測定は終わったのだった。

 

 

 

 

 




緋弾のアリア最新14刊、読みました。いやぁ、ラスト……遂に来たかって思いました。
あとアリアとレキが可愛いと思いました(小並感)
魔剱と妖刀(なぜかトウが出てこない)という単語が遂に出てきたのでついでにアリスベルの1巻(2巻なかった…)も昨日購入。今読んでます。

しかし14巻を読むとサイドアームの重要性がよく伝わってきます。持ち過ぎると使い勝手が悪くなってキンジのスクラマ・サクスのようになってしまいますが…w
やはり銃は2挺あった方がいいですね。特性の違う銃がもう一つあると、戦略の幅が広がることでしょう。


ご意見ご感想等ありましたら、気軽に送ってきて下さい。それではまた。

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