緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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身体測定 Ⅰ

 

 

「俺は引率の朱葉響哉だ。じゃ、さっさと点呼取るぞ~」

 

 朝早くから教務科に来るようにと指示されていた俺は、眠たげに間延びした声で目の前に立っている3人の新入生にそう言った。

 

 

「武藤剛気~」

「はいっす!」

 無駄にでかい声で返事をしたのは、同じく身長もかなりでかい車輌科の武藤だ。教務科から渡された記録用紙にクリップで留められていた顔写真と確認して、同一人物であることを確認する。

 

「不知火亮~」

「ハイ」

 時間にしてみればまだ1限目だというのに、シャッキリとした顔つきではきはきとそう返事をしたのは、強襲科の不知火。昨日、強襲科の射撃レーンで1年にしてはかなり手慣れた射撃を見せていた優男である。武偵ランクがAと表記されているのを見て、「ああ、やっぱり」と思わず納得してしまった。

 

「遠山キンジ~」

「はい」

 緊張で声は硬くなっているものの、他の2人と異なりどこか面倒くさそうな気怠さが滲み出ている返事をしたのは、強襲科Sランクの遠山キンジ。

 苗字から察するに金一さんの親族であるのだろうが、あの人のように目が醒めるようなイケメンというわけでもない。この3人の中でイケメン担当の位置にいるのは間違いなく不知火だろう。

 

 

 しかし不思議と、(2年である俺の目の前で大きなあくびをしているが)キンジには金一さんに通じたものがあると俺は一目見て確信していた。

 

 

 

 

 ――場所は変わり、救護科の保健室。ここでは彼らの身長と体重を測定する。聞いた話によると、救護科や医療科は採血まで行うそうなので、強襲科と比べると少し長く時間を食うのだという。

 

 俺は早速、一番身長の高い武藤から、不知火、遠山という順に体重と身長を計測していった。緊張が解れてきたのか、計測が終わってから段々と3人の口数が増えてきたような気がする。

 話題は昨日の深夜に放送されていた映画の話だったり、武偵高の教師たちの話だったり、銃の話だったり、女の話だったりと様々だ。引率している俺からしても、無言より何か喋っていてくれた方が気が楽になる。

 

 

「そういや、先輩って彼女とかいるんですか?」

 不意に、武藤が俺に話を振ってきた。それに対し、俺は茶化したような表情で「いるように見えるか?」と答えた。

 

「まあ、相棒みたいなヤツならいるんだけどな。彼氏彼女って関係じゃねえんだ」

「でも、そういうのも格好いいですよね。ドラマみたいじゃないですか」

「ああいうのとは少し違うんだがな」

 

 

 そんな感じで駄弁りながら、俺達は狙撃科の地下レーンを利用した視力測定、通信科でノイズの中に聞こえる足音から人数を聞き分ける聴音弁別などを行なっていき、サクサクと項目を埋めていった。

 

 これまでの測定で、武藤は車輌科で荒っぽい運転を多く経験しているからか三半規管が強く、動体視力も高い数値を出していた。

 不知火はどの項目でも平均以上という素晴らしいポテンシャルを備えており、今後これがどういう風に成長していくのかが楽しみな期待値の高い武偵だった。

 

 一方で、俺が驚いたのは遠山だった。

 恐らく金一さんと同じくHSSの遺伝子を受け継いでいるであろう彼の能力は、およそDランク程度の武偵の平均と変わらないものだった。これがHSSによってどれくらい強化されるのかは現状ではまだよく判らないが、しかしそれでも宝の持ち腐れであることは否めないだろう。

 逆に言えば、きちんとした鍛錬で地力を強化すればHSSによる身体能力の上がり幅も大きくなるということだ。現時点で既にプロ武偵を圧倒するような実力を発揮できるのに、更に伸び代まで天井知らずとは恐れ入る。

 

 サボりすぎて才能を無駄にしてしまうか、逆に過去の俺のように無理をして壊してしまうかは遠山次第だが、将来性が極めて高い1年なのは誰の目からも明らかだろう。

 

 

 

 ……というのが、俺が今までの測定から見た3人の印象といったところだ。

 

 

「先輩、最後の測定ってなんスか?」

「ここは強襲科の施設みたいですけど、僕と遠山くんはまだ使ったことはありませんね」

「あんまり使う機会のない場所だからな、ここは」

 

 俺達が今いるのは、強襲科の別棟前。およそ実習くらいでしか使う機会のない建物だが、身体測定の最後の項目で使用させられるため、多くの生徒に強い印象を与える場所である。

 

 その、最後の検査というのが……

 

 

「運動神経測定(マッスル・リベンジャー)。内容は、『室内を想定したCQC』だ。この中にある部屋で、俺と1対1で勝負してもらう」

 

 俺がそう告げた時、3人の顔つきが険しくなる。

 上級生との戦闘訓練ということに、緊張しているのかもしれない。

 

 

「そう堅くなるな。名目はあくまで運動能力の検査だ、1年坊相手に本気を出したりしねえよ。胸を借りるつもりでかかって来い」

 親指を胸に当てながら、俺は3人にそう促した。

 

 

 

 ――それからすぐ、俺達は強襲科別棟内の空いていた訓練室(モックアップ)に入り、最後の検査の準備を始める。

 俺達の前に使ったグループが、かなり激しい戦闘を繰り広げていたのだろう。俺達が部屋に入った時、机や置物は床に倒れ壁には数多の弾痕が残っていた。

 

 とにかく最低限、机や置物などは元あったと思われる場所に戻し、準備が整い次第、不知火と遠山には部屋を出て行ってもらった。特に決まりはないのだが、室内にいると流れ弾が当たる可能性もあり、検査の邪魔にならないように部屋に入れたくなかったからだ。

 

 

 

「まずは武藤、お前からだ。さっきも言ったが、胸を借りるつもりで全力で来い」

「んじゃあ……遠慮なく行かせてもらいますよっ!」

 

 武藤は大きな図体の割りに、中々素早い動きで俺との間合いを一気に詰めてくる。

 

 何発か身体にジャブを入れておいてからの、頭部を狙ったキレのある右ストレート。ジャブをガードしつつ、決めのストレートを第六感で完璧に察知できていた俺は、首を曲げることでそれを紙一重で躱し、まだ何か狙っているようだったのでもう少し様子を見ようと一歩下がった。

 

 すると、武藤の左手が伸びてきて俺の制服の襟を掴んでくる。この時俺は、やり過ぎたかと一瞬焦った。

 

 

 武藤は右腕で俺の腿を抱え込み、ブリッジするような姿勢で70キロ以上ある俺を背中から床に反り投げてきた。プロレスラーである秋山準が考案した裏投げの1つで、エクスプロイダーと呼ばれる技だ。その他に、T-ボーン・スープレックスとも呼ばれることがある。

 

 完璧に決まれば強烈な衝撃が肩口から頚椎を伝って頭に響き渡り、すぐに起き上がることもままならなくなるような強烈な投技だが、しかし俺は背中が床に叩きつけられる前に手を付き、自分の身体を両腕だけで受け止めたのだ。

 

 

「なっ……!?」

 これには武藤も驚いたようで、目を丸くして思わずといったように声を漏らしている。

 

 俺は身体を両手で支えながら大きく捻り、強引に武藤を引き剥がして逆立ちの姿勢からバック宙して武藤との距離を取る。

 それから即座に俺は床を蹴り、前転で受け身をとった直後の武藤に肉薄し肘打ちを彼の鳩尾に浴びせた。内蔵を直接殴られたような鈍痛と衝撃に、武藤は大きく息を吹き返しながら床に蹲る。少し強くやり過ぎただろうか。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「へ、平気っす……多分」

 

 そう答えた武藤だが、胸を押さえながら苦悶の表情を浮かべている。少し休ませてやった方がいいだろう。

 俺は訓練室のドアを開け、廊下で自分たちの番を待っていた遠山と不知火に呼びかける。

 

 

「不知火、お前の番だ。遠山は武藤を廊下の先にあるスペースまで連れて行ってくれ」

「わ、分かりました」

 

 遠山が武藤に肩を貸してやり訓練室から出て行く姿を見届けた後、俺は気持ちを切り替えるように一呼吸置いて不知火に向き直った。

 

 

「……流石は、2年生ですね。短いながらも、武藤くんと闘って息1つ乱してないなんて」

 不知火がホルスターからL.A.M付きのSOCOMを取り出したのを見て、俺も懐のホルスターからP2000を抜きスライドを引いて薬室に銃弾を装填し、安全装置を解除した。

 

 

「お手柔らかに」

「善処しよう」

 

 短い言葉を交わした後、不知火は腕を上げSOCOMの銃口を俺の脚に向け引金を引いた。

 

 

 第六感でそれを察知していた俺は紙一重でその銃弾を横に避けたが、赤い線状の光は置いて行かれることなく俺の後を追ってきている。

 

 可視できる赤外線レーザーは対象に狙いを定められているという事の恐怖感を煽るものなのだが、日常生活から銃弾が飛び交う武偵同士の戦闘ではその効果は全くといっていいほど期待できない。『銃に撃たれる』ということに対する恐怖心が、麻痺してくるからだ。

 

 

 

 しかし、拳銃が脅威的な殺傷力を誇る武器であることに変わりはない。俺は足を前に出して不知火との間合いを詰めようとする。

 ゼロ距離に持ち込むことで拳銃の戦いにくい間合いに持ち込もうとしたのだが、それを読んでいたと思われる不知火は左手でナイフを取り出しながら俺と同じように前に出てくる。1年でここまでの判断をしてくるとは思っていなかった。

 

 

 俺は咄嗟に身体を横に向け、右手に持った拳銃を胸に当ててその引金を引く。イスラエルの軍格闘術、クラヴ・マガにある超至近距離での銃の撃ち方だ。

 

 俺のP2000の銃口から音速で吐き出された9ミリパラベラム弾は不知火の左手に持つナイフの腹に着弾し、甲高い金属音を響かせながらナイフを弾き飛ばした。その時の衝撃で、不知火の表情が曇る。

 

 互いの横を通り抜けた俺達は、ほぼ同じタイミングで後ろを振り返り獲物を構えた。

 狙いの速さと正確さが明暗を分ける。その対決に俺は勝利し、不知火の手からSOCOMを弾き飛ばす。

 

 獲物を失った不知火は一瞬、驚いたような表情を見せた。が、すぐに笑顔を作って両手を上げ、降参の意を示した。

 

 

「参りました……やはり上級生は強いですね」

「いや、俺も驚いた。まさか1年がここまでやるとは思っても見なかったよ」

「恐縮です。では、僕は遠山くんを呼んできます」

「その必要はないぞ、不知火」

 

 そう言いながら訓練室に入ってきたのは、先ほど武藤を運んでいった遠山だった。

 だが、纏っている雰囲気はまるで別人のようになっていて、心なしか眼光も鋭いものになっている。

 

 その変化の正体に気付いた俺は、大きく深呼吸をし集中力を高めていく。本気で挑まなければならない相手だと、俺は本能的に察知したのだ。

 

 

(HSS――俺が闘いたかったのは、今のお前だ。遠山キンジ……!)

 

 無意識のうちに俺の口元は歪み、攻撃的な笑みを浮かべていた。

 

 

 




2週間以上間を開けてしまい申し訳ありませんでした。慣れない大学生活で執筆速度が低下しているので、暫くの間は亀更新になりそうです。今月はあと1話くらいしか投稿できないと思います。
では、少々お時間を取らせていただくと思われますが、次回もよろしくお願い致します。

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