緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

47 / 96
第3章
期待の後輩


 

 

 ――今日の日本国内における凶悪犯罪の飛躍的増加から、対策としてある資格が新しく導入されることになった。

 

 帯銃及び帯剣を許可され、報酬金さえ受け取ればどんな仕事も引き受ける便利屋のようなそれは、『武装探偵』……通称、武偵と呼ばれる国家資格だ。

 

 

 俺、朱葉響哉は幼い頃、幼馴染である黒坂燐と共に東京武偵高中等部の受験をするも、当時からずば抜けていた才能を見せつけていた銭型平士に敗れ、燐は幸いにも合格するも俺は受験に失敗してしまう。

 

 

 それでも武偵になることを諦めきれなかった俺は、「武偵になったらコンビを組もう」と燐と約束し、一般中学から武偵高への入学を決意する。

 が、その1年後に燐が殉学しあの時交わした約束は叶わぬものとなった……はずだった。

 

 

 燐は、生きていた。だが、彼女は今イ・ウーと呼ばれる秘密結社に所属し、その雰囲気が別人のように変わってしまった。

 俺は、燐に昔のようであって欲しい、犯罪者という烙印を世間から押されないで欲しいと願い、彼女を救うために貪欲に強さを欲した。

 

 

 

 全ては、あの日の約束を果たすために。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、現在――――

 

 

 

 

 乾いた銃声と、甲高い剣戟の音が錯綜する、強襲科の黒塗りの体育館。

 そこで俺は、1人で黙々と射撃レーンに入り愛銃である『H&K P2000』の引金を連続して絞る。銃口から放たれた9ミリパラベラム弾はおよそ10メートル先にある人の形をした標的(ターゲット)の中央右寄りにある銃口を象った円の中に吸い込まれるようにして着弾した。

 

 一息つき、銃を構え直し弾倉に残っていた数発の弾を今度は狙いを変えて3箇所に撃ち込む。脛や腕……銃弾を受ければ恐らく怯むであろう部位に弾痕ができたのを確認し、俺はイヤーマフ(大きな音を遮断する防音具)を外して射撃レーンを後にする。

 

 不殺を義務付けられている武偵は、こと銃の取り扱いについては細心の注意を払わなければならない。

 たとえ即死でなくても当たり所によっては10分ほどで死亡する部位もある。偶然、いい加減な狙いで撃った銃弾が急所に当たる可能性もある。なので武偵は、発砲する場合は正確無比な射撃技術が要求されるのだ。

 

 その腕が鈍らないように、俺を含め強襲科の生徒は毎日欠かさず射撃練習を積み重ねている。

 

 

 それは1年も同じことで、今も必要履修を終えた新入生が早速自分の獲物を実際に扱ってみようと開いたレーンに目を輝かせながら入っていく。

 多くの新入生が銃の反動を抑えられず標的から大きく外れている中で、恐らく中等部から優秀な成績を残していたと思われる優男が、正確な狙いで標的に風穴を開けているのが目に入った。

 

 獲物は俺と同じH&K社の『SOCOM』。米国では『MARK23』と呼ばれる自動式拳銃で、銃口下部にL.A.M(レーザー・エイミング・モジュール)が取り付けられている。

 

 

(1年のくせして、随分と慣れた手付きだな。それに、見た目によらず筋肉もある)

 

 長袖の防弾制服で手首から先までしか見ることはできないが、あの下はかなり引き締まった筋肉があるに違いない。彼の構えを見て、俺はそう確信した。まだ射撃訓練しか見ていないが、AランクかBランクくらいなのは固いだろう。

 

 

 その隣のレーンでは、同じ1年と思われる卑屈そうな目をした男子生徒が『ベレッタM92F』の引金を絞っている。

 だが、隣のSOCOMを使っていた1年と比べると射撃の点数(スコア)は低い。まだ自分の獲物を使い慣れていない感じだ。こればかりは実際に撃って慣れるしかないので、特に助言の言いようもない。ランク的に見れば、Cランク辺りが妥当か。

 

 

 ……などと勝手にランク付けしてる自分が馬鹿らしくなり、俺は様々な筋トレ用の器具が置かれたトレーニングルームへと足を運ぶ。

 そこでは俺が来る前から、ルームメイトの八雲戒が白いワイシャツに制服のズボン姿で熱心にペンチプレスをしていた。重量は55キロのように見える。

 

 どうやら俺が来たことに気付いたようで、ペンチプレスを置いて「よーっす」と気軽に声をかけてくる。

 

 

「よう、奇遇だな」

 コイツは最近1人でフラッと出かけることが多くなり、こういう軽いやり取りをするのは随分と久しぶりな気がする。

 

 俺はボクシングで使うようなグラブを持ってきて、レザー製の黒いサンドバッグ相手に打つ準備を始める。すると、水分補給を始めた戒が話しかけてきた。

 

 

「おい響哉、肉離れはちゃんと治ったのかよ」

「当たり前だ。いくら俺でも再断裂で治療が長引くのは御免だ。1年にも示しがつかねえしな」

「ま、そうだよな」

「ところで、お前彼女とはどこまでやったんだ?」

「ブッ……!」

 

 戒は口に含んでいた水を盛大に口から吹き出し、誰の目にも明らかに動揺し始めた。

 正直、コイツが色恋沙汰でこんな反応をするとは予想外だった。もっといつもみたく軽い感じで自慢してくるものかと思っていたのだが。

 

 

「ゆか……あいつは彼女なんかじゃねーよ!」

「今一瞬名前言いかけただろ。つか、見てたんだぞ。クリスマスイブにお前が女と一緒にヴィーナスフォート行ってたの。その人と毎晩遅くまで一体何やってんだよお前」

「ばっ、馬鹿野郎! やましいことなんかこれっぽっちもしてねえっつーのッ!」

 

 そう否定した戒の声は、かなり上ずっていた。しかしこの剣幕では、本当に問題になるようなやましいことはしていなさそうだ。

 

 

「そっそういや、今年も強襲科にとんでもない1年が入学したって話だぞ。資質は銭形並かそれ以上だってもっぱらの噂だ」

「ふーん」

 

 そろそろ弄ってやるのが可哀想に思えてきたので、戒の露骨な話題の切り替えに俺は心優しく応じてやる。

 

 

「出処(ソース)は情報科の女子。なんか入試で教官含め全員を捕縛しちまったらしいぞ」

「そりゃ、凄い」

 

 戒に引き合いに出された銭形でも、入試でそこまでの成果を上げていたとは考えにくい。噂によればアイツはコンクリの壁をぶち壊して隣の部屋にいた受験生を襲ったらしいが、そんな荒業、ないしはそれ以上のことを仕出かすような奴が2年連続でこの学校に入学してきたというのだと思うと、世界にはまだまだ俺の想像を超えるような人外染みた人間がいるのだと感じさせられる。

 

 

「そんな後輩、明日の身体検査では請負いたくねーよなぁ」

「だな」

 

 弱気なことを口にする戒に相槌を打ちながら、俺はグローブの紐を口で縛ってサンドバッグに打ち込みを始めた。拳がサンドバッグにぶつけた時のバシィッという音が心地よく響く。

 

 

 ――戒が言っていたのは、武偵高恒例行事の『身体測定』……その最後の項目に『運動神経測定』という欄がある。

 これは『室内を想定した格闘戦』、要するに格闘センスがあるかどうかを調べるのと、引率させられた2年生のストレス解消を目的にされている。だが、もしもめちゃくちゃ強い1年の引率をさせられれば下負けという恥ずかしい烙印を押される羽目になるので、戒はこうして項垂れているというわけだ。

 

 

「ま、気楽に考えようぜ。強襲科には150人近く入学してるんだ。身体検査は3人1組だから、大体50組。もしお前が引率に選ばれたとしても、そのSランクの1年のいる組になるのは精々2パーセント程度さ。これで俺のところにメールが来たらお笑いだけどな」

「ハハッ、そうだな」

 

 ……と、俺と戒が笑っていた時、俺達の携帯にメールが届いた。そういえば、そろそろ引率に選ばれた2年には詳細メールが送られてくる時間だった。

 

 

「おっ、ラッキー。探偵科のDランク2人とCランクだ。響哉の方はどうだった?」

「……笑えよ」

 

 ハッと自嘲気味に鼻で笑いながら、俺は戒に教務科から送られてきたメールの本文を見せてやった。

 

 

「す、すまん響哉……悪気はなかったんだ……」

「うっせえ。そうやって慰められると何だか惨めになる。つーか俺は、別に落ち込んだりしてねえよ。寧ろ、名前を見て明日が楽しみになった」

「…………?」

 

 首を傾げる戒を傍目に、俺は再度メールの本文に記載された新入生の名前を見て口元を吊り上げさせた。

 

 

 武藤剛気、車両科1年Aランク。不知火亮、強襲科1年Aランク。そして――

 

 

 

 

 

「リハビリの相手にしちゃ、随分と豪華なキャストだ」

 

 

 

 

 

 ――――遠山キンジ、強襲科1年Sランク。

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。