緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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青と白の来襲

 

 

 

 

 ――卒業式から数日が経った、ある日のこと。

 

 

 全治1ヶ月と診断された肉離れは、カナの応急処置とたまたま暇を持て余していた救護科の矢常呂イリン先生の治療によって翌日には難なく歩けるようにまで回復した。

 しかし、ここで無理をすると再断裂などを引き起こす可能性が極めて高いので、ちゃんと治るまではしっかりと休ませておかなければならないとのこと。朝を余裕を持って過ごせるのは非常にありがたいことなのだが、あまりにもやることがなさ過ぎて暇を持て余しているのが現状だ。

 

 身体を鍛えることを除いて特に趣味といえるものがなかった俺に、突然大量の時間を与えられても何もすることがない。何か他に打ち込めるようなことを探そうにも、ピンとくるようなものは中々見つかりそうになかった。

 

 

 そんな俺にとって、週末など地獄である。いつもならば朝から強襲科のトレーニングルームに入り浸っているか簡単な依頼を受けて単位と生活費を稼いでいるかのどちらかだというのに、そのどちらも禁止されていては最早拷問の域だ。

 

 

 仕方なしに、適当にテレビを点けてバラエティ番組を朝からずっと観ていると、昼前になって漸く龍が起きてきた。ちなみに、戒は最近何も言わずにふらっと出かけることが多くなり、春樹は依頼で早朝から武偵高の外に出ている。

 

 

 

「随分ぐっすりだったな。もう昼前だぞ。何時間くらい寝てたんだ?」

「えーと、かれこれ11時間ちょいか? 休みの日ならこれが普通だろ」

「よくそんなに寝れるな……」

 

 意外な才能を持っていた龍を若干羨ましく思いながら、俺はキッチンの冷蔵庫を開けて中を覗いた。

 

 

「……見事なまでに何もないな。マヨネーズすら空とは」

「どっかにカップ麺とかないのか?」

「ない。ちなみに昨日のカレーの残りも全部俺が朝食べた」

「しゃーない、コンビニ行って昼飯とマヨネーズくらい買ってくるか」

「だな」

 

 俺は頷き、龍は服を着替えたりして身支度を今から始めようとする。その間、俺は缶コーヒーを飲みながらテレビを見て寛いでいた。ニュースを見ていてふと思ったのは、昔なら凶悪な事件が報道されるとおっかなく感じたものだが、今になってみてみると「どこでもこんな事件は起こっているものだな」と妙に納得した気になってしまう。慣れというものは本当に恐ろしい。

 

 

「おーい、響哉。準備できたぞー」

 玄関の方から龍の声が耳に入ってくる。起きるのは遅いのにこういう準備はやたらと早いんだな、と内心感心しながら、俺は財布を持って玄関へと向かった。

 

 

 

「お前、わざわざ制服なんかに着替えたのかよ」

「昼から学校の方に行くんだよ。響哉こそそんな格好でいいのか?」

「最低限の武装はしてる。それで十分だ」

 

 変な所で生真面目な龍に俺は呆れたような顔でそう答えた。

 確かに校則では出かける時は防弾服を着用しなければならないのだが、あんな重い物を一々身に付けて出かけていては筋肉に負担をかけるし、何より面倒くさい。強襲科の体育館や武偵高の中ならともかく、その外で何か危なっかしいことを仕出かすほど武偵高の生徒は馬鹿じゃない。それに学園島にいる以上、そこら中に武偵が徘徊しているので逆恨みなどの復讐を用心などする必要など皆無だ。

 

 

 そう高を括って、俺は普通の服装で外に出ていた。

 

 

 

「ん?」

 コンビニへ行く途中、俺は不意にある男女へと目が移る。特に、男性の方に。

 

 背丈は俺と大して変わりない、170後半ほどで普通よりは高いものの目が行くほど長身というわけではない。

 

 

 ――長いのは、彼の背負っている獲物の方だ。

 

 

 全長およそ1.8メートルはあろうかという巨大な長太刀。紫色の鞘に収められたそれは、刃を露わにせずともかなりの威圧感を醸し出している。

 あんな獲物を持っている生徒がいればそれだけで有名になりそうなものなのだが、しかし俺は彼のような生徒を武偵高で見た覚えはなかった。

 

 

 

「なあ、龍。あれ誰だか知ってるか?」

「俺も見覚えがねえな。ちょっと声かけてみっか」

 

 そう言って、龍が2人に近寄って行くと――――

 

 

 

「――避けろ、龍ッ!」

 

 俺が咄嗟に叫んだ直後、長太刀を背負っていた男の隣にいた女性が急に動き出し、龍の懐に踏み込んで腰に差していた日本刀で斬り上げてきた!

 

 

「うわっ!」

 声を上げながら、龍は後ろに倒れるようにして腰を地面に打ち付けた。どうやら直前の所で後ろに跳んで一閃を躱したようだ。

 

「あっぶね……おい、何しやがんだ!」

 腰を地面に付きながら、龍は女に向かって声を荒らげる。

 

 そんな龍を一瞥して、女は刀を鞘に収めた。俺は立ち上がろうとする龍に駆け寄るが、右手を後ろにやって制止される。

 

 

「運が良かったわね。お友達がいなかったら、今頃大怪我よ」

「ふ、ふざけやがって……!」

 

 不意打ちを受けてかなり熱くなっているらしい龍は、険しい剣幕で腰に差していた刀に手をかけた。

 

 

「落ち着け、龍。迂闊に手を出そうとするんじゃない」

「でもよォ、響哉……!」

「向こうは2人だ。おまけに、あの男は相当の手練だぞ。2人同時に相手をするのはいくらお前でも無茶だ」

 俺は何とかして龍を冷静にさせようとするが、しかし龍の手は刀の柄から離れることはない。しっかりと掴んだまま、いつ抜刀してもおかしくない緊張感がある。

 

 

「……その刀、【武蔵】か」

 

 不意に、男が呟きながら女の一歩前に出た。すると女は刀を納め、構えを解く。既に2人とも、敵意は俺達に向けていない。

 こういう切り替えがすぐに出来る輩は、かなり手強い印象がある。俺は彼らが突然何を仕掛けてきても対応できるように、念のためジャケットの下に隠していたP2000の握把に手を伸ばす。

 

 

「お前たちが青木と白浪か……。こんな所まで何の用だ」

「そういえば、自己紹介が遅れたな。僕は茨城武偵高の青木(アオキ)迅(じん)。この女は白浪(シラナミ)紗綾(サヤ)だ。君が朱葉響哉で間違いないな」

「ああ、そうだ……だが俺は今、【雲雀】を持ってないし闘える状態じゃない。『刀狩』なら別の機会にしてくれ」

「僕はそんな爺共の戯言などに興味はないんだがね。……しかし、彼らの子孫でないそこの君には、どうしようと勝手な話だ」

 

 青木がそう言った直後――――彼の後ろにいた白浪が、左手に鞘、右手に柄を持った抜刀の姿勢で龍との間合いを詰めに来る。

 

 

 

 ――が、その白刃が振り抜かれる直前、巨大な影が2人の間に割り込み白浪の刀の柄を押さえて抜刀を止めた。

 まさに神業と言えるその技術に、俺は思わず息を呑む。

 

 

「何でお前が……ッ!」

「やめて、紗綾姉さん……この人は関係ない」

 

 ギリッ、と歯軋りをして後ろに大きく跳んだ白浪は、険しい剣幕で突然の乱入者を睨んだ。その乱入者の正体は――――

 

 

「鷹見!?」

 

 レッグホルスターからシグ・ザウエルの自動式拳銃『P230JP』を素早く抜き取り、スライドを引いて初弾を薬室に装填するまでの一連の動作は熟練の武偵や警察官、軍人のそれである。とてもではないが目の前の人間が若干16歳の少女には見えないその動きに、俺と龍は驚きを隠せなかった。

 

 

「私の邪魔をするのがそんなに楽しいか、伊織ィ!」

「違うの、姉さん! 私は姉さんにそんな事してほしくないだけなの!」

「また心にもないことを……ッ!」

 

 感情が強く表に出て、白浪の声色が荒々しくなる。彼女は初めから鷹見の言葉が耳に入っていないようにも見て取れた。

 

 

「お前はいつもそうだ。そうやって表じゃ他人の真似をして、心の中では私を馬鹿にする。たかが分家の跡取りの分際で……お前のせいで、本家の私がどれだけ辛い思いをしたか!」

 

 悲痛なまでの金切り声を上げる白浪に、対する鷹見はかなり狼狽した表情を浮かべている。そんな鷹見に追い打ちを仕掛けるように、白浪は続けて声を荒らげる。

 

 

「挙げ句の果てには、お父様がお前を養子に迎えようなんて言い出した。だから私は武偵になって、お父様に認めてもらえるような結果を残そうとした……そんな矢先だ、お前が武偵になってDランクなんかに収まったのは。これは私への当て付けか? そんなに私を馬鹿にするのが楽しいのかッ!?」

「ち、ちが――」

「うるさいッ!」

 

 白浪の一喝に、鷹見の身体がビクッと竦み上がる。そんな彼女の姿は、先ほどの熟練した動きを見せた人物とは似ても似つかない。

 

 

「私は絶対、朱葉響哉から雲雀を奪って私の力を示してみせる!」

「……さっきも言ったが、俺は今闘える状態じゃないし雲雀も持ってない。また別の機会にしてくれないか?」

「そんな嘘がまかり通ると思うなよ。聞いた話によると雲雀は小太刀らしいじゃないか、背中辺りに隠しているかもしれない」

 

 確かにそこは俺が普段それを隠している場所なのだが、今日は本当にそこに隠していない。持ってきたのはズボンの中に潜ませてあるP2000だけだ。

 

 

「――さっきから黙って聞いてりゃ、好き放題言いやがって。鬱陶しいんだよ。ベラベラと自分の可哀想な話ばっか並べて、全部誰かのせいにして……胸糞悪ィ」

 

 鷹見の登場から大人しくしていた龍が、スゥっと静かに刀を抜いてそれを両手で構える。その声のトーンはいつもより低く、凄みがあった。

 

 

「何、あんた。雑魚のくせにいい度胸してるじゃない。……いいわ。迅、惜しいけれど朱葉響哉と伊織の相手はあなたがやって。私はあの癪に障る男の方をやるわ。1対1で完膚なきまでに叩きのめしてやりたくなった」

「全く、困った主人だ」

 

 鷹見のこともあってか感情的になっていた白浪に、青木はそう言いつつも肩から長太刀を下ろしその眼光を鋭く光らせる。その瞬間、咄嗟に俺はズボンのポケットの中に忍ばせていたP2000に手を伸ばし、鷹見もまた青木に対して身構える。

 

 

 

 ――その時だった。

 

 青木の背後に、突如として何者かが凄まじい速さで飛び出してくる。その人物の正体は七夕の日に時雨澤組の事務所で俺と闘った、あの時と同じ雰囲気を纏った雅だった。

 

 

 雅は即座に右脚での上段蹴りを青木の後頭部めがけて炸裂させる。が、青木は肩から下ろしていた鞘に収められたままの長太刀を後ろに突き出し、突然襲いかかってきた雅のバランスを崩させつつ、自分の身体も前屈みにして雅の蹴りを回避した。

 

 迂闊に攻められないと悟った雅は、後ろに跳び退いて武偵高の防弾制服の中からコンバットナイフを取り出し、両手に構えて態勢を立て直す。

 

 

「響哉を傷つけさせはしない」

「おいおい、こんなのがいるなんて聞いてないぞ……」

 

 悪態をつきながら、青木はその全長1.8メートルはあろうかという巨大な長太刀を抜刀し、鞘を地面に捨て応戦の構えを見せた。

 龍と白浪の方も、いつ斬り合いが始まってもおかしくない緊張感を漂わせている。

 

 

 ――そしてその瞬間は、唐突に訪れた。

 

 

 

 


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