緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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戦兄弟

 4月の上旬、俺は武偵高の入学式に出席していた。

 

 

 

 つまり、ちゃんと合格したのだ。武偵高に。それも、ランクはA。一般の中学出身の武偵としてはかなり珍しいらしい。

 

 

 そして今。俺はその東京武偵高の防弾制服に身を包み、黒光りする『H&K P2000』を胸のホルスターに携え、火薬の臭いからして本来は射撃訓練か戦闘訓練をしているのであろうこの体育館にいる。

 

 正直、今ここに立っている事が嬉しいと思える。ここがゴールなのではないか。もう俺は十分満たされたのではないかとついつい考えてしまう。

 

 だが、それは違う。

 

 今いるここはスタートでしかない。つまり、俺はそのスタート地点にやって来ただけにすぎないのだ。

 自惚れてはいけない。そんなヤツから死んでいくのだ。武偵とい職業は。

 

 

 

 

 

 

 

 入学式と武偵高の説明会が終って外に出ると、目の前に広がっていたのは桜並木だった。

 

 日本で多く見られる種類のソメイヨシノは、日露戦争時代に日本が『この桜の花の様に美しく散ってこい』という意を込めて日本中に埋めまくったそうだ。このソメイヨシノのDNAを辿ると、1本の原種に行き着くらしい。つまり、全部クローンのような物なのだ。

 ちなみにこのソメイヨシノ、枯れる時は日本中の全ての木が枯れる。中2の時、親の都合で転校した先の中学で先生が言っていた。

 

 そんな至極どうでもいいうんちくを思い出してしまい、若干気分が萎えた俺の前にいたのは、入試の時に闘った学生教官こと遠山金一先輩だった。

 

「こんな所で会うとは、奇遇だな」

 金一さんは桜の木を見上げながらそう言った。桜はもう散り始めており、花びらが宙をひらひらと舞っている。アイドルと偽って一般人にアンケートしても全く疑われそうにない整った顔立ちをしている金一さんがその中にいると、映画か写真集の撮影のようにすら見えてくる。

 

 

「さっきまでそこで1年の説明会があったんですから、当然じゃないですか」

 

 この人がここにいるのは、ここに何か用があったのか俺か他の生徒に用があったかのどっちかだ。

 実力的にSランク、いやそれ以上の彼が、春の陽気に誘われてこんな場所に来るわけがない。

 

 

「そういえば、聞きたかったことがあるんです」

「なんだ?」

「入試の時、何であなたは教官なんてやってたんですか? 生徒は普通やらないでしょ」

「俺はこの高校に籍は置いているが、1年の頃から殆ど通っていなかったのだ。だから、せめて先生たちの手伝いがしたくて無理を言わせてもらった」

 

 苦笑いを浮かべながら、金一さんは俺の質問にそう答えてくれた。

 

 

「そうだったんですか。ところで、俺に何か用ですか?」

「ああ……お前に頼みというか、誘いに来たんだ」

 

 金一さんは一度言葉を区切った。

 

 その時、強い風が吹き、桜吹雪が舞い起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「響哉。俺の『戦弟』になれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……突然何を言い出すんだこの人。

 

 

 

「え~と……なんで、俺なんですか?」

「お前と入試で闘った時、俺は直感した。コイツは、鍛えれば強くなる逸材だと」

「つまり、自分の手で俺を鍛えたい、って事ですか」

 

 もしそうならこの人どんな神経してんだよ。現実にそんな変な人がいるなんて信じたくない。そういうのはアニメか漫画の中だけで十分だ。

 

 

「まぁ、半分はそうだな。もう半分は、お前にはやってもらわなければならない事があるからだ」

「要するに、俺を強くして後で自分の面倒事を俺に押し付けるって言いたいんですね。だったらそんなのお断りですよ」

 

 俺は金一さんの横を通り、さっさとこの場から去ろうとしたのだが、

 

 

「そうではない」

 

 チャキッ。

 

 どうやらSAAの銃口を向けられているようだ。冷たい汗が背中を流れる。

 

「安心しろ。悪いようにはしないさ」

「銃口向けられて安心できるヤツなんて世界中どこ捜してもいませんよ」

 俺は頭の横に手を置きながらそう言った。どんな画だよ、コレ。

 

 ってか、これって脅迫じゃねえの? ああ、これが噂に聞く武偵高の日常か。

 

 

「もう一度訊くが…………俺の戦弟になるか?」

「拒否したら?」

「さあ?」

 金一さんはフッと一度笑ってからそう言った。お願いだからそんな恐怖心を煽るようなやり方をしないでくれ。めっさ怖い。

 

 

「……わかりましたよ。なりますよ。先輩の戦弟に」

 俺は嫌々という感じに金一さんの誘いを承諾した。断ったらどうなるかわかったモンじゃないからな。

 戦弟という立場が経験を積みやすく、技能の上達も早いということはよく判っているし、どうしても断らなければならない訳があるわけでもないのだが。

 

 

 

 

 

 

 ――――実を言うと、俺はこの人に関わるったその瞬間に、これから面倒事に巻き込まれるような気がしていた。だから誘いを躊躇ったのだが……これは、別に第六感でも何でもない。本当にただの『勘』だ。

 

 だが、俺はその不確定な勘がまさか当たっているとは、この時は微塵も思っていなかった。

 

 


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