冬休みが明け、東京武偵高は3学期の始業式を迎えた。
あと僅か2ヶ月で3年は卒業し、俺も進級し遂に2年生になる。つまり、後輩ができてしまうのだ。
既に武偵高にも中等部の連中がインターン制度を利用して一緒に訓練しているため、あまり校内の雰囲気は変わりないだろうが、それでも『2年』と『1年』という関係になるのは気持ち的な意味でも特別なのだと思う。
しかし、そんな先のことを考えていても埒が明かないので、今日の放課後にやる自主訓練のメニューをどうしようか考えていると、朝のHRに5分くらい遅刻してやっと担任の綴が教室に姿を現した。
ただでさえSHRは時間が短いんだから、遅くとも1分か2分くらいまでには来て欲しいものだ。
「あ~、今日は名古屋武偵女子校から来た研修生を1人紹介する」
綴が気怠そうな声でそう言った時、俺はクリスマスイブに時任が言っていたことを思い出す。今の今まですっかり忘れていた。
「入ってこ~い」
間の抜けた様な声で綴が言うと、教室の扉が開き1人の女子が入ってきた。
その瞬間、教室中の男子が変な声を上げる。
「強襲科の鷹見(タカミ)伊織(イオリ)です。よろしく」
そう簡単な自己紹介を済ませた研修生――鷹見の防弾制服は、なんと極端に布が少なく腹部や太腿が完全に露出しているのだ。
(聞いてはいたが、なんつー格好だよ……)
そよ風が吹けば中が見えてしまいそうなスカートの下に、モロに見えているレッグホルスターに収められた拳銃。アレは……シグ・ザウエルの『P230JP』か。日本の警官やSPに貸与されているコンパクト自動拳銃だ。
「向こうの人達って、撃たれるのが怖くないのかなぁ」
隣の席の志波が、控えめな声で俺に話しかけてくる。志波は狙撃手だから、相手からの反撃の恐怖が俺達より大きいのだろう。
狙撃手は一撃で標的を射止められなかった時、死を覚悟するという。相手に自分の位置を知られ、警戒され、そして自分は精神的余裕を一気に失い正確性が極端に鈍るのだ。
「撃たれるのは怖いわよ。でも、大丈夫なの。私達は決して、撃たれないから」
志波の話が耳に入っていたらしい鷹見は、そう言って教卓から俺達の席の方へゆっくりと歩いてきた。
「……って言っても、流れ弾や苦し紛れに撃った弾に当たっちゃうかもしれないんだけどね」
困ったような笑顔をして、鷹見は肩をくすめた。どうやら、彼女はナゴジョのカットオフ・セーラーにはあまりいい印象がないらしい。
「偶然って、絶対じゃないけど、起こっちゃう時は起こっちゃうから……そういう、『防げた事故』で怪我しちゃうような格好だから、他校の人達にはあまり評判が良くないみたいなのよね。だからナゴジョの生徒も、何人かは普通の制服を着てるし」
「じゃあ、なんで鷹見さんは普通の制服を着ないの?」
志波がそう尋ねると、鷹見は「うーん」と唸り、少し考えてから「それはね」と答えようとするが……
「おーい、まだHRの途中だ。そういう質問とかは休み時間にやれー」
妙に間延びした声で、パイプ椅子の背もたれを前にして前のめりになった綴が早速煙草をふかしながらそう言った。
結局、そのせいで志波の質問は答えられないままHRは終わり、休み時間には大勢のクラスメイトが鷹見に押し寄せるように集まり、とてもじゃないがその中に割り込んで質問をしたりすることはできそうになかった。
――そして、午後。
案の定というか何と言うか、昼休みまで鷹見の周りは相変わらず人が集まっていて、俺はHRの時に志波に訊かれた質問の答を聞くことはできなかった。
しかし、それを聞く機会はまたあるだろうと思い直し、俺は強襲科の体育館でそそくさと最低限のトレーニングノルマを片付け、逸早く射撃訓練場のレーンに立って訓練を始めようとしていた。
大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出す。いつものこの動作を行い、集中力を高めていく。
(この感覚……やれるか?)
唾を飲み、少しだけ前屈みになったような姿勢で標的(ターゲット)と向かい合う。
勝負は1発。狙うは敵の向けている銃口――――そのど真ん中に、鉛弾をぶち込む!
(今だ……ッ!)
俺の右手が、懐のホルスターに仕舞われたP2000の握把に伸びようとした、その時。
「お前が朱葉響哉?」
背後から突然声を掛けられ、思わず銃を持ったまま背後を振り返ってしまった。
冷たい汗が背中を流れる。もう少しで銃を抜いて、引金を引きかねなかったからだ。
「何をそんなに怖がっている?」
後ろに立っていたのは、知らない女子生徒だった。だが、制服はナゴジョのカットオフ・セーラー。それも鷹見のそれよりもさらに短い、過激なものだった。
「アンタ……研修生か」
すっかり集中が切れてしまった俺は、制服の襟を整えて目の前の研修生に向き直る。
「そう。私は名古屋武偵女子校の不二(フジ)杏(アンズ)。朱葉響哉って、お前のことだろう?」
「ああ、その通りだ」
「あの銭形平士と引き分けたって、本当か?」
「……本当だ」
正確には、どっかの暴力教師に途中で殴られて引き分けにさせられたというのが正しく、あのまま続けていても普通に負けていたのかもしれないが。
「私は信じられない。お前はロクに依頼も受けず、ここで訓練ばかりしていると聞いた。そんなヘタレが銭形平士と互角に戦っただけでなく、私と同じランクAを持っていることがっ!」
そう言いながら、不二は俺のことを指差してきた。その手には何やら白い布のような物が、指先を出す形で巻かれている。
「……一体何をするつもりだ?」
「とぼけるのはやめなよ。私はお前に、勝負を申し込む」
「冗談だろ。なんで俺が……」
「気に入らないからさ。お前みたいな奴が、私と同じレベルだなんて」
「はぁ~……」
俺は頭を軽く押さえて大きく溜息を吐く。目の前にいる女は、小学生の男子か? いや、今時『気に入らないから』なんて理由で喧嘩ふっかけて来るのは漫画の中の典型的なヤンキーくらいだ。
そんな時、玄関の方から誰かが走ってくるのが俺の視界に入る。性別は女で、不二と同じく丈の極端に短い防弾制服を着ている。研修生の1人だということはすぐに見分けがついたが、しかしそれは鷹見とは違う人物だった。
「あーちゃん、大変だよ!」
「み、美羽! こっちではそのあだ名で呼ぶなって言っただろ!」
(へ……!?)
さっきまでとは打って変わって、不二は恥ずかしそうに顔を紅潮させ甲高く女性らしい声を上げた。俺はそれに驚き、顔を引き攣らせている。
「ご、ごめんね。でも、聞いて! あの人がもうすぐここに……あ、来たよ!」
「なにっ!?」
後ろを振り返りながら不二に対しそう言った3人目の研修生の奥から、1人の大柄な男が俺達の前に姿を現した。そしてそれは、俺のよく知る人物でもあった。
「待っていたぞ。私と決闘しろ――――銭形平士!」