あの色々とヤバそうなクリスマスイブの事件からおよそ1周間の月日が流れ――――今年も、残すところあと1日となった。
調べてみたところ、案の定ひったくり犯が持っていたあのジェリコ941は非合法のルートによって密輸されたものだった。
しかし、尋問科による取り調べでは彼は拳銃を自分で『買った』のではなく、今月の初めに新宿を歩いていたらスーツ姿の見知らぬ男にこっそり『貰った』のだという。
日本ではまだ(狩猟・競技目的などを除いて)一部の職業に付いている者でしか扱えない銃だが、最近では中国や韓国を通じて安価な物が流れてきていたりする。しかしそれは日本円が狙いの『商売』としてであり、見ず知らずの他人に譲渡するなど前代未聞のことだ。
不審に思った俺が少し調べてみたところ、どうやら先月辺りから日本中のあちらこちらで同様の事件が起こっていることが発覚した。事件が起きているのは主に東京、大阪、愛知、福岡。日本の4大都市周辺にて、怪しい男の目撃情報と拳銃の違法所持が多く確認されている。
だが、その検挙数も怪しい男の目撃情報も、俺がひったくり犯を逮捕したすぐ後からピタリと収まり、捜査は完全に行き詰まっている状態になっていた。
――任務の際に負った怪我で引退した、とある武偵の本によると……武偵の、と言うよりも、警察機関の仕事とは『火種を大きくしないこと』なのだという。
一番初めの事件は防げなくても、2番目、3番目の事件は起こさせないという意味の比喩である。
事件を未然に防ぐことも重要だが、それはとても幸運なことで、起こってしまえば残念だがそれはどうしようもない。その事件を逸早く解決し、さらなる被害を出さないようにするのが我々の仕事なのだとその本に綴っている。
その言葉に習い、俺達はこの事件をこれ以上進展させるわけにはいかない。謎の男の正体とその目的は定かではないが、一連の事件は恐らく下準備だと俺は推測する。火に例えるなら『火種』の段階だ。
そして、その『火種』を使って次は『火』を生み出し――――そしていずれは『炎』となる。
『炎』は知らぬ間に燃え移り、関係無かった他の場所にまで被害を被らせてしまいかねない。愉快犯などがその最たる例だ。
この一件は本来、武偵局直属の武偵が全国区に渡って調査をすることになっていて、捜査の邪魔しないように大人しくしておけと教務科からキツく言われた。現にその甲斐あってか、結果だけ見れば事件の発生件数は減少している。
――しかし、俺は思う。武偵局の対応はもう手遅れだったのではないか、と。
事件は既に、第1段階を終え、第2段階へと進む準備を始めているのかもしれないと俺は危惧している。あの本で言うならば、『火』の段階だ。
だが、捜査をしているのは熟練の凄腕武偵の面々だ。俺達武偵高の生徒とは、潜り抜けてきた修羅場の数が違う。きっとこの事件も彼らが全て解決してくれるだろう。
そう自分に言い聞かせ、俺は完全にこの一件から手を引く事を決意したのだった。
◇◆◇
「ただいまー」
気怠そうな声を上げ、俺はまた半年ぶりに帰ってきた自宅の玄関の扉を開ける。すると、玄関の奥からドタドタと誰かが家の中を走っている音が耳に入り、そしてその人物が俺の眼前に現れた。
「きょーやー!」
俺の名前を大声で叫びながら頭から飛び込んできた姉貴に、俺は押し倒されるような形で玄関に尻餅をついた。
俺は無闇に身体を密着させてくるいい歳した自分の姉を何とか退かして立ち上がろうとするが、腕を背中で組まれているのか、立ち上がることは辛うじてできたものの、引き離すことまではできなかった。
「なんで大晦日に帰って来なかったんだよー! おねーちゃん寂しかったんだよぉ!」
「正月には帰ってくると言ったが、大晦日に帰るとは言ってなかったはずだろ。ってか、様子が変じゃないか?」
よく見ると姉貴は顔が赤くなっていて、体温も若干熱い気がする。口調も何だか変な感じがするし、もしかしたらインフルエンザか何かなのかもしれないと俺が思った丁度その時、姉貴の吐息に酒の匂いが僅かに含まれている事に俺は気付いた。
今の時間は午後8時半。夕飯を食べた時に酒も一緒に飲んだのだと容易に想像がつく。
「アンタ酒飲んだのか」
「私は酔ってなんかいませんよぉー!」
「酔ってるヤツが絶対に言う台詞じゃねえか。ほら、しっかりしろって……」
俺はペシペシと姉貴の肩を軽く叩いて自分で立って歩くよう促すが、逆に姉貴は俺に身体を預けていびきをかき始めてしまった。
仕方ないので俺は姉貴を抱え、彼女の部屋まで運びベッドの上に寝かせてあげる事にした。
昔は姉弟2人で同じ部屋を使っていたのだが、成長して部屋が狭く感じるようになり、俺が隣の倉庫として使っていた部屋に移るようになったことをふと思い出す。
こうして姉貴の部屋にはいるのは実は本当に久しぶりで、2人で使っていた当時の面影が今だに残っている。
「――何やってるんだ。静音の部屋なんかで」
そう言って部屋に一歩立ち入ってきたのは親父だった。幼い時の懐かしさに見とれて、すぐ近くまで来ていたことに気付けなかったようだ。
「昔は俺の部屋でもあっただろ」
「そういえば、そうだったな。……まあ何と言うか、積もる話もあるだろう。降りてこい」
そう言って、親父は先に階段を降りて1階に行ってしまう。
俺も親父には聞きたいことがあったので、ベッドに横になっている姉貴に布団をかけてやりそのまま立ち去ろうとしたのだが――――
「私を置いてかないでよ……響哉ぁ……」
ぎゅっ、と姉貴に手を掴まれ、俺は足を止めて振り返る。姉貴は瞳を閉じたまま横になって寝息を立てていた。
――どうやら、さっきのはただの寝言だったようだ。
(もしかしたら、母さんと俺を重ね合わせた夢を見ているのかもしれないな……)
俺の母さんはどこかの研究機関の研究員だったらしく、また救護科の小夜鳴先生となんの研究かは知らないが一時期一緒に研究をしていたらしい。
そんな母さんは8年……いや、今年でもう9年前の冬、いつも通り家を出て――――いつもと違い、2度と帰って来なかった。
仕事柄、泊りがけで半年近く家に戻らなかった時もあったのだが、その時も家を出てから1ヶ月と少し経った頃だったと記憶している。
母さんは俺を産んで少ししてから仕事で家を開けることが多くなり、俺はあの人と一緒にいた記憶があまりないのだが、姉貴の時はべったりだったらしい。
なので姉貴は、俺が武偵高の寮で生活すると言った時、自分の傍から俺が離れることに内心ではかなりの抵抗を抱いているようだった。それもそうだろう。自分の目の届かない所で大切な人が知らない間に死んでしまうのは、目の前でその人が息を引き取るよりも大きな精神的苦痛を受けるものだ。
――当時の燐の姿が脳裏を過る。正義を愛し、悪を正すことだけを一心に思っていた、あの時の燐。彼女が殉学したと聞いた時に感じた無力感を、俺は一生忘れられない。
そんな気持ちを姉貴にさせてでも、俺にはやりたいことがある。いや、それはきっと、俺にしかできないんだ。
「悪い、姉貴。俺はもう、後には引けないんだ……」
俺は姉貴の手を解き、部屋から出て音を立てないようにそっと扉を閉めた。
「何してる、早く降りてこい」
親父がもたついていた俺を急かす。まだ昔の嫌な記憶が頭から拭い切れない中、俺は「ああ」となげやりに答えて階段を降りていく。
お盆の時と同じように、俺と親父はダイニングのテーブルで向かい合って座り、親父は黙って俺が話を切り出すのをタバコに火を点けながら待っていた。
「……親父。この小太刀、銘は【雲雀】だったか?」
「小さい時に教えてやっただろ」
「一体俺がいくつの時の話だ。覚えてるわけないだろ」
「そう言えば、あれは4歳くらいの時だったか……まあ覚えてないのも無理ないか。ところで、どうしてお前は覚えてないハズのその刀の銘を知っているんだ?」
親父の返答を聞き、俺は確信した。口ぶりからして、この小太刀は【雲雀】で間違いない。
「玄田ってヤツから聞いた。アイツは俺と、この雲雀を狙ってた」
「ほぉ、最初に動いたのはあいつの所か。俺はてっきり白浪の辺りが一番初めに来ると思ってたんだが」
「教えてくれ、親父。アイツは何者なんだ? その白浪ってヤツのこともだ」
俺がそう迫ると、親父は煙草を灰皿に置いて1つ大きな息を吐いた。吐き出された煙草の煙が、ふわっと広がり消えていく。
「俺の祖父さん……お前の曾祖父さんの話だ。日本がまだ戦争をやってた時、祖父さんは少数精鋭の特別遊撃部隊に所属していたらしい。その部隊の名は、第0小隊……戦争の忘れられた歴史の1つだ。
第0小隊は4人の男性によって構成されていた。祖父さんと、玄田、青木、そして白浪だ。太平洋戦争末期には既に解散していたが、米軍からは『ダイハード』として、最初期に認定された4人だった」
「ダイハード?」
ふと、とある映画のタイトルが頭に浮かぶ。確か日本語では、『危機一髪』とか、そんな感じの意味だったはずだ。
「違う、Die Hardだ。『殺し難し』という意味で付けられたそうだが……米軍が旧敵国にいる、個人でも相当強力な戦闘力を誇る人間に付けたコードネームだ。もしまた戦争が起こっても、そのコードネームを付けられた者には特別な対処をしなければならないとして、死ぬまで警戒を怠らないそうだ。俺も人から聞いただけで、深くは知らないんだがな。
まあとにかく、『殺すのに馬鹿みたいな人員と資金を費やさなければならない人物』を示す単語だと思ってくれ」
「……で? その滅茶苦茶な4人の曾孫がなんで今頃になって動き出してるんだ?」
「祖父さんたちの遺言で、日本が外敵に襲われそうになった時、その末裔で第0小隊を再編しろと言われたんだ。それを率いるのは4人の中で最も強い者で、それを決めるやり方が、それぞれの刀の奪い合いだった」
「つまり――――他の3人の刀を奪ってリーダーを決めるってことか」
「そうだ。『刀狩』、と言ったところか」
親父は頷いて、灰皿に置いていた煙草をまた咥える。しかし、俺には納得のいかない点が1つあった。
『外敵』とは、一体どこの国を指すものなのだろうか。インターネット上で中国や韓国、北朝鮮辺りが日本に侵略しようとしていると騒がれてはいるが、日本の後ろに米軍がいる時点で日本に戦争を仕掛けてこようとするバカな国はない。だからスパイ等を使って国内から蝕もうとしているわけなのだから。
(――それとも、敵は他にもいるとでも言うのか?)
俺がそんな事を考えていると、不意に親父の携帯に着信が入る。テーブルの上に置かれていた携帯を取って通話に出た親父は、何度か相槌を打って10秒程度で電話を切った。
「すまんが話はここまでだ。今からちょっと出かけなくちゃならん」
「仕事か?」
「そうだ。ちっとばかし生徒の手に余るような事件の証拠が出てきちまったらしい」
新年早々、忙しい人だ。俺も武偵高を卒業したらこういう大人になるのだろうか。この親父の息子だ、十分ありえる。
「――ああ、それともう1つ、大事なことがある。勝者と敗者の間には軍の掟が適用され、命令に背けば殺してもいいと言われている。……まあ、今の司法がそれを認めるかどうかは分からないが」
さらっととんでもないこと言ってないか、この親父。てか、命令に背けば死って、ようするにパシリにされるだけなんじゃないだろうか……。
まあ、この小太刀をやるつもりは毛頭ないんだが。
「帰ってくるのは明日の昼過ぎになりそうだが、まだ何か話はあるか?」
「いや、もういい。俺も明日の昼には武偵高に戻る」
「忙しさだけなら一人前だな」
「ほっとけ」
俺は軽く笑いながら、同じくそれ以上何も言わず笑って家を出て行く親父の背を見送った。
COD BO2のDLC『REVOLUTION』、買いました。ダウンロードした直後はなんだか変に重たくて固まったりしたんですが今ではもう直ってます。それより早くLSAT金にしたいなぁ……。
次回は3学期の話、つまり研修生がくる話です。何とか3月中には卒業式の話まで行きたい……!
それでは次回も余裕がある時に見てやって下さい。感想等、送って下さると嬉しいです。