(相変わらず、ここだけ雰囲気が違うんだよなぁ……)
人混みを避け、ようやく辿り着いた超能力捜査研究科――SSR棟の前で、俺は訝しげな表情でそれを見上げていた。
建物は近代的なビルの癖して、ビルの前には朱の鳥居がこれでもかというほど立ち並び、入り口にはどこから運んできたのか狛犬と小さなスフィンクスが向かい合っている。
その回りには地蔵やトーテムポールが所狭しと並んでおり、頭上には注連縄があるかと思ったら手前に掛かっているのは心中のベル……。
ここだけ文化祭にもかかわらず、なぜか開放されないで一般人立入禁止になっている。と言っても、外観だけでそれはもう十分過ぎる程なので、中に入れる意味はあまり無さそうだが。
俺はそんなSSRの中――礼拝堂のような作りになっているホールへと入っていく。
すると、俺はすぐ傍の椅子に時任が座っていたのに気づいた。彼女も俺に気づいたようで、こちらを振り返って立ち上がった。
「時任、悪いな。迷惑かけて」
「気にしないで。それより、自分の仕事はいいの?」
「龍に任せてきた。どうせ人の出入りが少ない時間帯だ、大丈夫だろ。雅はどこだ?」
「むこうよ。……今は、パイプオルガンに夢中みたいね」
時任が指差した方を見ると、そこにはパイプオルガンの前でボーっと立っている雅の姿があった。
興味を持ったのか、パイプオルガンの鍵盤を指で押さえつけ、音を鳴らす。
「こら。勝手に触ったらダメだろ」
「あ、響哉。これ、何て言うの?」
「パイプオルガン、だ。この鍵盤を引くと、さっきみたいに音が出るんだよ。教会とか、こういう礼拝堂に置いてある楽器だな」
俺が教えてやると、雅はじっと鍵盤を見つめて指を伸ばそうとする。しかし、それを『第六感』で予見していた俺は「音を出すなよ」と釘を刺す。
すると雅は伸ばしていた指を引っ込め、今度は上の方を指差した。
「じゃあ、これは?」
「……木魚、だな」
「これも楽器?」
「いや、違うと思うんだが……」
『何でこんなモンがパイプオルガンの上に置いてあるんだよ』 と視線で時任に訴えるが、『私が知ったことじゃない』と言いたそうにそっぽを向かれてしまった。
相変わらず、内も外も多宗教、多国籍のごった煮みたいな場所だ。
などと考えていると、雅が今度はこっちに興味を惹かれたのかポクポクポク…と木魚を叩き始めた。
「やめろ、縁起の悪い!」
「……?」
きょとん、と首を傾げながらも、雅は葬式の会場でよく耳にしたあのリズムと音を出すのを止めた。本当、何にでも興味を持つな、コイツ。
「ほら、それ置いて。……それで、響哉。久我さんはどうするの? 榊原を待たせてるんじゃないの?」
「どうするもこうするも、連れて行くしかないだろ。2000円も奢る約束したんだから、その分は寄り道するが。お前も来いよ」
「わ、私も?」
時任は困ったような表情を浮かべる。どうやら、誘われるだなんて思っても見なかったらしい。
「1人でも多い方が楽しいって。それとも、都合が悪かったか?」
「う、ううん……そんな事、ないけど……でも…………久我さんは、いいの? 私が一緒で」
「響哉がいいって言うならいい。私は気にしない」
何か負い目のようなものを感じているのか、まごまごしている時任とは対照的に、雅はきっぱりとそう言ってのけた。と言うよりも、雅は俺の意見に絶対肯定を貫いているだけで、そこに個人の意志は存在していないような気がする。
それは、俺にとっては都合がいいことは確かだが、果たして本当にそれでいいんだろうかと問われれば、俺は首を横に振る。なぜなら、個の意見と言うものを、俺はできるだけ尊重したいと思っているからだ。
「なあ雅。時任は、お前がどう思ってるかを聞いてるんだ。俺の意見じゃない、お前の意見を聞きたいんだ」
「……よく分からないけど、一緒にいたくない人なら、ずっと同じ空間にいたりはしないわ」
それはつまり――雅が時任のことを嫌っていたら、ずっとSSRにいたりはしない、と言う事なのだろう。言い回しが独特で、ちゃんと正しく理解するのに手間がかかるのはいつものことだ。今さら何を言うまでもない。
「ってことだ、時任。行くぞ。折角の文化祭だ、何か奢ってやる」
「あ、待って……その、2人とも……ありが、とう……」
「よせよ、礼なんて。文化祭の出し物なんて、安いもんだ」
「それとは違うんだけど……まあ、いいか」
「……?」
◇◆◇
時任と雅を引き連れて文化祭を見て回っていると、周囲からの視線が嫌というほど送られてきた。
男が女子生徒2人と一緒に歩いていたら、それだけでもかなり目立つというのに、雅が目に入る物を何でもかんでも尋ねてくるせいで、俺達は余計に人目を引いていた。
「響哉、あそこ。鑑識科の方。あれは何?」
「ああ、あれは救護科と鑑識科でお化け屋敷をやってるんだよ。ホラーハウスって看板に書いてあるだろ」
「……それより、『死体安置所の仲間たち』って不謹慎過ぎない? 本当にあるのに」
時任の言う通り、これは来場者からクレームを言われても文句は言えない。死人の名誉も尊重されるこのご時世、悪ふざけもここまで来ると気味悪がられるだけだ。
「一応言っておくけど、お前にとってはあんまり面白くないぞ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「雅は夜目が利き過ぎるんだよ。真っ暗な中、動く標的の色まで識別できるくらい」
「それは……確かに、お化け役が逆に脅かされそうね」
このお化け屋敷では、どうやら入り口でペンライトを渡されるようなので、雅にとっては明る過ぎて面白味がなくなってしまうだろう。
そもそも、ただでさえこの2人はお化け屋敷で脅かされて驚くようなヤツじゃない。入ったところで冷やかしにしかならないのだから、係をやらされている同級生の名誉を守るためにも、これだけは避けて通るべきだろう。
そんなわけでホラーハウスを素通りした俺達は、そのまま諜報科、強襲科棟の方へと歩を進めていた。
道中で様々なものに興味を惹かれていた雅は、さらに強襲科棟の前で、なぜか戒と春樹が店番をやっているわたあめ屋に興味を示し、俺達もその近くへと歩いて行く。
「おいお前ら、何でわたあめ屋なんかやってるんだよ。それより、どこから機械を持ってきたんだ?」
「サッカー部の資金稼ぎだよ。出店で得た利益は生徒の好きに使っていいってルールだからな。毎年やってるみたいで、わたあめを作る機械は部の備品だ」
それは備品じゃなく、部員かOBの私物なんじゃないだろうか。しかし、当人が備品だと言っているのだから、もう備品として取り扱われているのだろう。
「大丈夫なのか、衛生面は。多少の埃が入っていても、気付かんだろ」
「失礼なこと言うな! ちゃんと箱に入れて、来るべき文化祭の日まで部室のロッカーに大事に保管してあるんだよ!」
要するに、1年に2日間しか使わないってことか。それが衛生的に問題があると言わずに何と言うか。せめて部長が寮に持って帰って保管するようにしろ。
「衛生面には気を遣ってるよ。僕がちゃんと洗って、アルコール消毒もしたし」
「……まあ、春樹がしたなら安心だな」
「何だよその言い草は。ってか、お前こそ女子2人も連れ添いやがって。量多めにしてやるから、10本くらい買っていけ」
「2本だけだ。それ以上はいらん」
俺は言いながら、財布から千円札を取り出してレジをしていた春樹にそれを渡す。それより、そのレジスターも部の備品なのだろうか。
「ケチくせえ野郎だ。毎度」
悪態をつきながらも、戒は慣れた手付きでくるくると割り箸を機械の中で回し、大きめのわたあめをすぐに2つ作って俺に手渡した。
「ほら、成り行きだが奢ってやる。いらないんだったら俺が貰うが」
「え、あ、その……あり、がとう……」
「…………」
時任は恥ずかしそうに視線を逸らしながら受け取ってくれたが、しかし雅は受け取ってからも無言でじっとわたあめを見つめているだけだった。
「どうした、雅。甘いものは苦手だったか?」
「甘い……? これは、食べる物なの? クモの巣みたいなのに」
「っ……滅多なこと言わないでよ。お願いだから」
時任は額を軽く押さえて、雅にそう言った。わたあめを作った戒も、なんだか申し訳なさそうな表情になり、その隣にいる春樹も苦笑いを浮かべていた。
「久我さん、それはザラメっていう砂糖を糸みたいにして割り箸に絡めた物なんだよ。虫歯とかじゃなかったら、食べてみたら?」
見かねた春樹がフォローを入れる。まぁ、店の前でクモの巣がどうとか言われたら商売上がったりだからな。
「…………」
春樹にそう勧められ、雅はパクっとわたあめを一口食べた。
「甘いわ」
「そりゃ、砂糖の塊だからな」
「塊じゃなくて糸の集まりよ」
「どっちも同じだろうが。……それより、春樹もサッカー部だっけ? 記憶にないんだが」
「ううん。僕は戒くんの手伝いで、部員じゃないよ」
ブンブンと右手を振って、屈託のない笑顔で春樹はそう言ってのけた。
相変わらず、本当に強襲科の生徒なのかと疑うくらい人のいいヤツだ。春樹の前世は、それはもう素晴らしい聖人だったんだろうというのは、想像に難くない。
まぁ、戒が強引に春樹を誘って、気のいい春樹が笑顔を引き攣らせ苦笑いしながら承諾した光景が目に浮かぶが……。
「そういや、こんなに駄弁ってていいのか? 店の邪魔だろ」
「気にすんな、毎年そんなに人来ないらしからな」
戒の話を聞いて、それで本当に利益が出るのかと心配になった。尤も、無関係なのにそれに付き合わされている春樹が一番可哀想なのだが。
――それから時任と雅を連れて文化祭を一通り見て回り、俺は自分の仕事に戻って1日目が終了した。
2日目は1日目を上回る人が押し寄せ、諜報科の仕事が終わった雅も手伝わせて対処し、忙しいまま文化祭の最終日は過ぎていった。
さらに後片付けまでこの日の内にさせられるのだから、たまったものではない。
来年は、もう少し落ち着いて文化祭を楽しみたいものだ。