可能なのだろうか。
銃弾を、拳銃で撃った銃弾で弾くという芸当が。
だが、信じなければならない。
目の前で、実際に起きた現象なのだから……!
俺はすぐさま瓦礫の山の陰に隠れ、学生教官の様子を窺う。だが、彼は隠れようとしなかった。
一度、バレないように銃口を隠しながら発砲してみた。だが、さっきと同じように彼の銃弾によって弾かれてしまう。
さっきのは多分、当たりそうだったのが1発だけだったからそれだけ狙って撃ったのだろう。器用すぎるだろ。
あの銃は、コルト社のシングル・アクション・アーミー(通称ピースメーカー)のはずだ。今では博物館にでも飾ってあるようなアンティーク物だが、アレで俺の銃弾を弾いているのは間違いない。現に銃口はこちらに向いている。
(これじゃあ埒が明かない……)
こうなったら、一気に間合いを詰めてアル=カタで勝負を着けるべきか?
いや、ヤツと俺の実力差は歴然だ。いくら第六感があっても、身体がソレに追いつかず、反撃を受けてしまえば元も子もない。
「いつまで隠れているつもりだ?」
学生教官が、不意に言葉を発した。まさか、戦闘中に話しかけられるなんて思ってもみなかったために、俺は何も返事をすることができない。否、予想していたとしても返事を返す余裕はなかっただろう。
「そっちが出てこないなら、こっちから行くぞ!」
威圧的な低音でそう言った後、学生教官はダッと床を蹴って走りだした。
さっきまであった俺と彼の距離は、およそ12m。それが、一瞬で縮まり気がついたら俺の横まで来ていた。ものすごい瞬発力だ。
SAAの銃口を向けられる前に、俺は背面跳びのように後ろに跳び退く。
学生教官のSAAから、2発の銃声が響く。だが、その銃弾は空を切り、壁にめり込んだ。
SAAの反動の隙を衝くような形で、俺はグロックで学生教官の肘と肩を撃とうとする。
ここに当たれば痛みで銃を手放し、先の戦闘でこっちが有利になる。
だが彼はあたかもそれを読んでいたかのように身体を捻り、銃弾2発を躱す。そんなのアリかよ、と文句を言いたくなるが、よく考えれば俺がやっている事と全く同じである。
学生教官は左手をポケットの中につっ込んだ。なにか武器を取り出すのだろう。第六感が警告してくる。
避けなければ――――!
「詰めが甘い!」
彼が取り出したのはバタフライ・ナイフだった。金属同士が擦れ合う時に発する特有の甲高い音を出し、その緋色の刃をむき出しにする。
ソレによる攻撃が右肩にくると解っていた俺は、ナイフが突き出される瞬間に身体を左に倒す。
容赦の欠片も無い突きが、俺の肩があった場所を通った。避けなければその緋色の刃が俺の肩口に突き刺さっていたことだろう。
学生教官はその端正な顔を驚愕の色に染め、見開いた目で俺を見ていた。
「これで終わりだ――――!」
グロックを彼の左肩に押し当て、トリガーを引こうとした。この人も俺の肩狙ってきたので遠慮はしない。
俺は容赦無くトリガーを引いた。だが、銃弾は彼の肩には当たらず、窓ガラスを貫通して明後日の方向に飛んで行った。
彼は、俺がトリガーを引く直前にグロックを殴り、射線を無理やりずらしたのだ。
(なんて反射神経だ――ツ!)
俺はこれ以上この体位は危険だと判断し、腹に爪先で思いっきり蹴りを喰らわせ、立ち上がって銃口を向けた。この間、僅か0,8秒。親父との訓練の賜物だ。
「まさか、あの突きを躱すとは……!」
学生教官の口元が歪んだ。何がそんなに楽しいのか、俺には到底理解できないことだろう。
「アンタこそ、あの一瞬でゼロ距離射撃から逃れるなんて、化け物か?」
そう言う俺の息は荒い。だが、向こうは平然としている。これが、格の違いってヤツなのだろう。
「化け物はないだろう。俺はお前と同じ、人間だ。少々特殊な体質を持っているが、今くらいの回避は鍛えられた人間なら造作もなくやれる。お前もいつか、できるようになるだろう」
どこか嫌味なように彼は言った。だが、彼の言う通りだ。俺程度のヤツなんて、一瞬で殺してしまうこともできるヤツなんて、世界中探したら何百万何千万もいるだろう。
彼は、その内の1人にすぎないのだ。きっと。
「……これからお前に見せる技は、『鍛えられた人間』が編み出した、究極の銃技だ。だが、それは決して視ることのできない銃技でもある。まさか、こんな入学試験でコレを使う気になろうとは思わなかった」
「…………? どういうことだ」
俺の言葉を聞き流し、学生教官はバタフライ・ナイフとSAAを収めた。
彼は、棒立ちしていた。まるで、『撃ってください』と言わんばかりに。
普通ならソレを挑発行為ととるだろう。だが、第六感は警告してきた。『危険だ』と。
何かが来る。そう思うと身体は自然と硬直する。だが、ここからすぐに逃げなければいけなかった。
この、立ち位置から。
僅かに、学生教官の爪先が動いた。俺はその瞬間になってからようやく飛び退くことができた。
だが…………
学生教官の真ん前に、カメラのフラッシュのようなモノが光り、銃声が聞こえた。そして、俺の腕に金属バットで殴られたような痛みが襲った。
「ぐぁ!?」
間違いない。俺は今、撃たれた。
もし防弾装備でなかったら、俺の腕は銃弾が貫通し風穴が開いているだろう。今でもそう思えるほど痛いが。
左手で撃たれた箇所を抑えながら、俺は彼を睨みつけた。俺の息はさらに荒くなっている。
「まさか『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』が見えるのか? ……いや違う。お前、未来でも見えているというのか……!?」
彼はさっきよりも目に見えて驚いていた。瞳を大きく見開き、その視線は真っすぐ俺に向けられている。
「さぁ? どうだか」
荒い息のまま、俺は口元を歪めた。きっと今の俺の顔は、敗北を悟った悪役みたいになっているんだろう。情けない。
「……フフッ、思ったとおりだ。お前に不可視の銃弾を披露して良かった。たまには、こんな仕事もやってみるものだな」
そう言いながら、彼は銃弾を放り、その銃弾を払うようにSAAを薙ぎ、見事6発の銃弾を回転弾倉(リボルバー)に装填した。
(く、空中リロード……? 何だよその曲芸は!?)
だが彼はせっかく装填したSAAをまたホルスターに入れてしまう。また『不可視の銃弾(インヴィジビレ)』が来るのだろう。一々拳銃を仕舞うのは両手を自由にさせることで、ナイフや閃光弾をすぐに使えるようにするためだろうか。
「――――っ」
学生教官の爪先が僅かに動いた。これは
今度はさっきよりも早く反応でき、放たれた3発の銃弾は俺に当たることはなかった。
ソレを避けながら、俺はグロックで学生教官を狙い撃つ。だが、俺の銃弾は
(不可視の銃弾と銃弾撃ちは併用できるのか……!)
さっき撃った銃弾は2発。始めに3発撃ったから向こうにはもう弾は1発しか残っていない。
俺は3発の銃弾を続けて撃ち込む。
ほぼ同時に響いた銃声とマズルフラッシュは1回。だが、俺の銃弾が弾かれた音は3回した。
(う、ウソだろ…………!?)
野郎、1発の銃弾で3発の銃弾を弾きやがった!
始めに俺が撃った弾を弾き、その弾かれた弾で2発目を弾き、さらにその銃弾で最後に撃った銃弾を弾いたのか? 自分で言っててわけがわからなくなるぞ。
学生教官は銃弾を宙に撒き、SAAによる空中リロードで装填した。これで俺は残り4発。向こうは6発になってしまった。
弾倉(マガジン)の交換なんてやらせてくれる隙もないし、普通に撃ってもヤツには届かない。
なら、普通にやらなければいい。
俺はその場から駆け出し、学生教官の懐に潜り込もうとする。
被弾は覚悟していたが、彼はなぜか撃ってこなかった。
だが、今の俺にはそんな事どうだって構わない。
俺はまず1発、避けられることを前提で9ミリパラベラム弾を撃つ。
案の定、彼はそれを避け、こっちに銃口を向けてくる。
だが、その距離は手を伸ばせば届く距離まで縮まった。
彼の銃を持つ手を殴り、射線を逸らす。
俺がさっきやられたことを、そのまま返してやった。さっき俺がやったようなゼロ距離の不意打ちじゃなきゃ、やろうと思えばこの程度ならできる。
右膝蹴りを
だが、その左足を当身の要領で掴まれてしまい、俺はビルの壁に投げ飛ばされた。
(人間を軽々と投げるなんて……一体どんな筋肉してるんだ、コイツは!?)
壁に強く背中を打ちつけて、俺は前のめりに倒れてしまった。
すぐさま起き上がろうとするが、額に熱い物が当てられているのを感じた。
目の前には、学生教官が立っていた。その手に握られているSAAの銃口は、俺の額に押しつけられている。
「……参りました」
俺は、そう言うしかなかった。
完敗だ。彼はほとんど息を切らしていない。その点俺はどうだ。持てる力のほぼ全てをぶつけたのに。圧倒的すぎる。
学生教官はSAAをホルスターに入れ、戦闘態勢を解除した。
「……不合格、か」
「なんでそう思うんだ?」
学生教官は携帯で誰かとメールしている。試験の結果を報告しているのだろうか。
「最後の近接戦。……俺の実力じゃアンタには絶対に及ばないことは誰が見ても明らかだった。それでも無理して接近戦に持ち込んだのは、明らかな判断ミス。大きな減点ポイントだ」
アレは、俺が勝負を焦ったからやってしまった行為だ。無理せず、撤退しておくのが正解だたと思う。それをつまらない意地を張って絶対に勝てない勝負に自分から持ち込んだのだ。実戦なら死んでいてもおかしくない。
「……あのな、これは入試だ。受験生の力量を測るのが目的なんだ。確かに、俺に挑んだお前の判断は間違っていたのかもしれない。だが、そのお陰で近接戦の強さが分かった。安心しろ。お前は合格だ」
その言葉を聞いた時、体から力が抜けて、俺は膝をついてしまった。
「俺が、合格……?」
「当たり前だ。お前を落としたら、今年の
Aランク……おおよそ、個人でも強力な戦闘能力を保有している者に与えられる、言わばエリートの称号。
そんな大層な評価を、ついこの間まで一般人だった俺なんかに付けていいのだろうか。
「あと、お前の名前は何だ?」
制服についた埃を手で払いながら、学生教官はそう尋ねてきた。
「俺は――響哉。
「響哉か。覚えた。俺は遠山金一だ。……入学式の日にまた会おう」
そう言って学生教官――金一さんはどこかへ行ってしまった。