緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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休息

 7月12日。気温は39度という冗談じゃないくらい暑い気温が続く中、俺はエアコンが利いた快適な寮で医療箱を取り出し、先日、雅との闘いの際に切った頭の包帯を取り替えていた。

 

 そんな時、バタンッ、とドアを叩き開けて外の熱気と共に入ってきたのは、女装癖のある俺の戦兄こと遠山金一その人だった。

 

「……インターホン押すとかして下さいよ、ビックリするじゃないですか」

 何事かと咄嗟にP2000を構えて廊下に出た俺は、「は~」と大きく息を吐いて胸を撫で下ろした。

 

 

「すまない……あんまりにも外が蒸し暑くてな……」

 

 流石の彼も、気候には敵わないということだろうか。金一さんの額からは滝のように汗が流れ落ちている。

 

「まあとにかく上がって下さい」

 俺は金一さんをリビングに案内して冷蔵庫から缶ジュースを2本持ち出し、その片方をリビングで座っている金一さんの前に置いた。

 

 

「久しぶりですね、金一さん。一体何日学校休んだんですか?」

「すまない。私情でアメリカに行っていて暫く日本から離れていたのだ。学校には90日近く来ていなかっただろうか」

 金一さんはパコッとプルタグを開け、一気にジュースを喉に流していった。

 

 っていうか、90日って……1年の4分の1じゃないか。やはりこの人クラスの大物になると、事件の調査や依頼の行動範囲が世界規模になってくるのだろう。俺もそのくらい有名になってみたいものだ。

 

 

「今日はどういった要件でここに来たんですか?」

「伝えておくべきことが2つあってな」

「何ですか?」

「例の警視庁での変死事件の捜査が、今日の正午で武装検事の管轄になった」

「武装検事……」

 

 ――日本には職務上の殺人を容認されている組織がいくつかある。武装検事はその内の1つで、公安0課と並び国内最強の呼び声が高い。

 双方の違いを上げるならば、武偵や武装検事などだった元公職の重大犯罪者には公安0課が、武偵法9条により人を殺してはならない武偵が太刀打ち出来ない様な戦闘力を持っている犯罪者には武装検事が出向く事が多い。

 

 そんなおっかない奴等が動いたということは、この事件も収束を見せるはずだ。

 

 

「この事件の捜査で日本にいる機会が多くなったからお前を戦弟にしたのだが、予定が狂ってしまった」

 

 3年が戦姉妹や戦兄弟を作るのは珍しいと聞く。

 それは、3年になると世界各国に行き来して仕事を行うため、後輩に教鞭をする時間が大幅に不足することが避けられないからだ。

 

 ただでさえ大きな事件との接点を持ってそうな金一さんなのだから、何をするにも大規模な準備を整える必要性がある。

 

 後輩への指導は確かに大切だが、最優先されるべきは仕事の準備だ。

 

 

 なのに金一さんは、自分から俺を指導してやると迫ってきた。そしてカナの時に言っていた、『これから闘うであろう敵』という存在。

 そしてアドシアードに現れた燐が言っていた、『イ・ウー』という謎の組織……。

 

 

 もし金一さんが、燐が生きていることを知っていて、俺が燐やそのイ・ウーと闘うことを見越しているのだとしたら――――

 

 

 

 

 ――彼は、俺が思っている以上に大きな事件、それか組織に関わっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「それと、もう1つ。8月の末に、少し手伝ってもらいたい依頼があるのだ。俺と共に受けてくれるか?」

「いいんですか、俺なんかで。もっと強い生徒もたくさんいるでしょう」

 

 以前にも警視庁に出向いたりする時には呼ばれたりはしたが、このように『手伝って欲しい』という風に言われたのは初めてで、少し複雑な気分になる。

 

 とにもかくにも、俺はこの人にほんの少しではあるが認められ始めているのだろう。それがなんだか、嬉しく感じるのもまた事実だった。

 

 

「確かにそうだが、俺はお前の力を高く評価している。それだけだ。現にお前はSランクの1年と引き分けたそうじゃないか」

「はぁ……まあそうですけど」

「決まりだな。依頼の詳細は追ってメールする」

 そう言って金一さんは立ち上がり、玄関の方に歩いていく。

 

「ああ、それと」

 思い出したように、金一さんは玄関の扉の前で振り返った。

 

「多少の無理は必要だが、し過ぎれば身を滅ぼすぞ」

 それだけ言い残して、彼は陽炎の向こう側へ去って行った。熱気が、またも室内に侵入してきた。

 

 

『無茶をして実戦で何かあったら、元も子もありませんからね』

 ふと、先日小夜鳴先生が言っていた言葉を思い出す。

 

 他人から見て、俺はそこまで無茶なことをしているのだろうか。もしそうだとしても、現に訓練量を増やしてから結果は出ている。雅との戦闘でそれは実証済みだ。

 

 スタートが遅れたのだから、それを巻き返そうと努力するのは当然だ。小夜鳴先生も金一さんも、少し心配し過ぎなのではないだろうかと疑わざるをえない。今も、身体のどこにも違和感はない。戦闘による外傷は少々あるが。

 

 

 

 

 

 

(そういえば、医療箱のガーゼと消毒液がもう少なくなってきてたんだっけ)

 

 

 面倒だが、医療箱を使っている大半が俺なのと、他の3人が出払っているので、俺は武偵高の制服(夏服)に着替え、医療箱の中身を補填しに炎天下の下、学園島行きのバスに乗り、開いていた座席に適当に座った。

 

 

 

 

 

「ねえ、そこの1年生」

「……?」

 後ろの方に座っていた防弾制服姿の女子が、席を立って歩み寄ってきた。

 

「キミ、朱葉くんだよね。強襲科の」

「ええ、そうですけど」

 その女子は座席に付いている取っ手を握り、立ったまま俺のことを尋ねてきた。

 

「ああ、やっぱり! あの銭形くんと大喧嘩した末、クロスカウンターで相打ちになって、この間も凄腕の傭兵部隊をたった1人で制圧したって話題になってるのよ」

「へ、へぇ……」

 

 なんだか噂に特大の尾ヒレが付いているんだが。

 まず、俺と銭形は確かに蘭豹の差金で模擬戦をやったが、最後は蘭豹本人が飽きて俺達を気絶させただけだし、傭兵部隊の話は時雨沢組の用心棒、雅のことだろう。確かに彼女は凄腕だったが、合っているのはそこだけで部隊ではない。

 

 

「……と、ところであなたはどちら様で?」

 何とか話題を逸らそうと、目の前の女性の名前を訊く。すると彼女は「ああ、まだ名乗ってなかったわね」と言いつつ強引に俺の隣に座ってポケットの中から名刺ケースを取り出し、1枚の名刺を俺に手渡してきた。

 

 

「装備科3年の柊よ。B203作業室で装備の改造から作成、更には仕入れまで何でも承っているわ」

「柊って……まさか、あの?」

 俺は思わず聞き返してしまった。

 

 

 ――装備科の3年生に、とんでもない武偵がいるという有名な話がある。

 

 その人は依頼したら何でもやってくれる便利屋で、改造後も目立った不具合が出たこともなく、安心と信頼ができるとても素晴らしい武偵なのだ。

 だが、その人は人格に少々難があり……自分が認めた人物じゃないと、どれだけ大金を積まれても絶対に依頼を受けないという頑固な職人気質なのだそう。

 

 この人に依頼できるのは知り合える機会が多い武偵高でも学年に3人程で、日本全国で500人もいないと言う。

 

 

 技術だけならAランク以上は確実なのだが、その職人気質の性格でBランクに格下げされているという話を聞いたことがあるが……こんな綺麗な女性だとは知らなかった。

 

 

「いいんですか、俺なんかが」

「私がいいと思ったから渡したのよ。気が向いたらいらっしゃい」

「あ、じゃあ今から行ってもいいですか? 銃の改造と、ついでに整備を頼みたいんですけど」

「……気が早いのね。初回だから料金は部品代だけにしておいてあげるわ」

「ありがとうございます」

 

 

 

 ――――と、そんなこんなで俺は小夜鳴先生からガーゼ等を貰いに行くつもりが、いつの間にやら装備科棟を訪れていた。

 

 

「それじゃあ、頼みました」

「P2000の改造は今日中に仕上げるわ。用事が終わったらまたここに来なさい」

「お願いします。……ところで、1年で俺の他に依頼受けてる生徒っているんですか?」

 何気なく俺が尋ねると、柊先輩は平然と「いるわよ」と返してきた。

 

 

「あなたと同じ強襲科の、銭形君。依頼内容は手錠の改造とかが殆どだけどね」

「手錠の改造?」

「知らないの? 彼、縄の付いた手錠を投げて犯人を拘束するのよ。伯父さん直伝の逮捕術らしいわよ」

 

 

(手錠を……投げる?)

 

 俺はその光景を頭に思い浮かべてみたが、いまいちよく分からない。つまりアイツは、手錠を投擲武器として使っているということになるのだろうか。まだ石の方が投げやすくて痛いだろうに。

 

 

「4月から彼のことは見てるんだけど、銃の整備や部品の交換は必要ないらしいのよね。あのガバメントは大切なモノだから、誰にも預けたくないんだって」

「……そうなんですか」

 

 

 『4月から』――その言葉が、俺に重くのしかかっていた。

 

 柊さんに認められたという、ある種の定規になるような出来事で、俺は少しだけだが浮かれていた。

 だが、俺は今やっと入学当時の銭形に追いついただけなのだと悟った。この程度で浮かれているなど、恥ずかしいを通り越して呆れてくる。

 

 

 3年前から銭形との差は、確かに縮まった。それでも、今だに俺はヤツの背中を追っている立場のままだ。

 

 

(銭形には負けたくない。それに……)

 

 アイツに追い付き、追い越さなければ――――燐と向かい合う事など、到底できはしないのだから。

 

 

 

 柊先輩との出会いは、俺を自惚れさせることはなく、逆に更なる劣等感に奮い立たせるきっかけとなるのだった。

 

 

 


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