突如現れた女……雅と呼ばれた用心棒は、右手のナイフで俺の首を狙う。
対する俺は左手のナイフでそれを受け止め、雅の左肩にP2000の銃口を向ける。
が、引き金を引く直前に雅はクーガーを持ったまま俺の右手を叩き、斜線を逸らして銃弾を躱した。
(マズい……ッ!)
『第六感』で危険を察知して、俺は反射的に上体を後ろに反らす。その直後、さっきまで俺の顎があった辺りを雅の蹴り上げが空を切った。
もし直撃していたならば、下手をすればあの一撃で勝負は決まっていたかもしれない。そう考えると、背中を冷たい汗が流れる。
雅はそのまま宙返りし、片手でバク転しながらクーガーを撃ってきた。
(だが、判っていたぞ……!)
ある程度の狙い、発砲のタイミング、ナイフを持っている右手がこれからどこに着くかまで、俺は蹴りが放たれた直後の一瞬で全て読み取っていた。
訓練の成果が発揮された瞬間だと即座に理解できた。俺の『第六感』は、確実に進化している――――!
雅は3発の銃弾を放った。1発目は頭部。2発目、3発目はそれぞれ俺の両肩に向かって飛んでくるハズだ。
生憎、俺は金一さんのように『銃弾撃ち(ビリヤード)』ができるわけじゃない。自分に飛んでくる弾丸を避けるので精一杯だ。
俺は自分の左足を、畳の上を滑らせた。元々重心が後ろに傾いていたのでバランスを崩し、すっ転ぶようになりながら飛来した3発の9ミリ弾を真下に躱す。
頭が床に付きそうになる直前に両手を突き、ブリッジのような姿勢になりながら俺もバク転を披露し、額に上げていたNVD(暗視装置)を下ろした。
それとほぼ同時に、俺は部屋の照明を銃撃して光源を破壊した。隣の部屋は元々明かりが点いていなかったため、部屋は暗闇に包まれるが、俺はNVDによって相手の姿がよく見えている。
しかし、雅は突然の暗闇で何も見えていないハズだ。
俺はP2000を向け、右肩を狙って銃弾を撃ち込んだ。だが――
「――――ッ!!?」
俺は目を疑った。
雅は左側に跳び退き、この暗闇の中で飛来した弾丸を見切り、躱したのだ……!
さらに、彼女はクーガーを突き出し発砲しようとしていた。『第六感』で察知したその狙いは、俺の頭部。反応が遅れたせいで完全に斜線から外れることは難しいだろうか。
それでも、やるしかない。
首を曲げて身体も同じ向きに傾ける。刹那、銃声とともに俺の左頬を掠りながら弾丸が通り過ぎていった。
それと同時に、俺はP2000の引き金を引く。撃ち出された銃弾はクーガーに命中し、彼女の手から弾いた。
しかし、ヤツにはまだナイフがある。即座にナイフを構えながら特攻してくる雅に対し、俺は彼女の右膝を狙って動きを止めようとした。
――だが、彼女は止まらなかった。動きは多少鈍くなったが、しかし出血はしていない。
(あぁ、クソ! やっぱあの服防弾か!)
心中で悪態をつきながら、雅の攻撃に備える。
武偵法9条により、武偵は人を殺せない。それを理解しているから、彼女は頭の防御を捨て、真っ直ぐに突進できるのだ。
(ってかコイツ、この暗闇で見えてるのかよ……!)
一体どんな目の作りをしているんだ。フクロウか何かの生まれ変わりじゃねえだろうな。
雅は、狩りをする時の肉食動物が爪で獲物を刻むように――――右手のナイフを俺の頸動脈を下から切り裂こうとしている。
「しまっ……!」
俺はスウェーで躱そうとしたが、頭から前に突き出ているNVDの分まで身体を反らせず、NVDをナイフで弾き飛ばされてしまった。
(コイツ……ここにきて一段と疾くなりやがった……ッ!)
焦燥感と同時に、俺はなぜだか、気が高ぶるような奇妙な感覚に襲われた。
心音が大きく、ゆっくりと胸の中で響く。その破裂しそうな鼓動とともに、俺は口元を歪ませていた。
その時、俺の身体は頭で命令する前に勝手に動き始める。興奮状態となっていた俺の頭が、遅れて状況を理解してきた。
俺は今、NVDを破壊されて暗闇の中、何も視えないはずなのに――――ヤツが今どこで、どんな姿勢で、何をしようとしているのかが、手に取るように理解できたのだ。
――彼女の速さは、俺を遥かに上回っている。瞬発力も、あの銭形以上だ。この攻撃も並大抵の武偵では躱すことはできないだろう。相手の動きを直前で察知できる俺ですら、完全な回避は危うい。
しかし……この極限まで高まった緊張が、俺の持つ『第六感』を進化させた。
今まで繰り返してきた地盤となる基礎訓練の成果と、ほんの少しの実戦経験が身体に叩き込まれ、敵が何をしているのかを教えてくれる。
身体に染み付いた2種類の経験が、相手の行動を予測し、反射的にそれに対する最善の対抗措置を取ったのだ――――!
俺は雅の攻撃を左側に躱し、その右腕を掴みながら押し倒した。彼女の右腕は上を向き、関節を極めた俺は、彼女が身動きが取れないように馬乗りになる。
「ぐっ……」
雅は痛みに耐え切れず、ナイフを落とした。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息が切れ、呼吸が荒くなる。しかし、緊張感は保ったまま、頭と胸の中が妙に冷えてきているのが分かった。
「お前、これだけの腕があって、何でヤクザの用心棒なんかを……」
「……生きるため」
ふと、思わず尋ねてしまった俺の問に、彼女はポツリと答えた。
「肉を食べるために牛や豚を殺すように、私は生きるために人を殺してきた」
「自分の行いを正当化しているつもりか?」
「そんなつもりはない。私はこうすることでしか生きていけなかっただけ」
「だったら、いい所に連れてってやるよ」
「……?」
俺は懐の中を探り――
「刑務所だ」
――――取り出した手錠を、雅の手首に掛けた。
「後はあの爺さん達だけか……弱ったな」
予め車に細工して、エンジンが掛からないようにしておいたのだが、さすがに今からコイツを縛って動けないようにしてから追っていては逃げられてしまう。
かと言ってこんな危険人物(今は借りてきた猫のように大人しい)を野放しにしておくのはもっと危険だ。一体どうしたらいいものか。
「……ねえ」
手錠で拘束されている雅が呼びかけてきた。
「何だよ」
「いつになったら連れて行ってくれるの?」
「ああ、刑務所か。悪いがあのジジイどもを捕まえるまで大人しく……」
「そう、分かった」
「ッ!?」
雅はスッと立ち上がり、俺は警戒してP2000の銃口を向けた。
「大人しくしていろ!」
「組長を捕まえたら連れて行ってくれるんでしょう? 私も手伝うわ」
「何馬鹿なこと――――」
『言ってるんだ!』……と、俺が言い切るまでに雅は手を後ろで繋がれたまま走り出して部屋を飛び出してしまった。
逃げられたと思った俺は慌てて彼女を追うが、全力で走っても追いつけないくらいヤツは足が速かった。走っているせいで狙いが定まらず、銃を使うこともできない。
「ああ、クソ! 大人しいからって油断した!」
自分の甘さに腹を立たせながら雅を追って、屋敷の角を曲がったその先には――――
「……おいおい、どういうことだよ」
時雨沢組の組長とその側近2人が、雅の足下でぐったりと倒れていた。どうやら、死んではいないようだ。彼女が気絶させたものと伺える。
すぐそこに裏門があるので、彼らはそこから走って逃亡しようとしたのだろう。ガレージにあった車は全て動かなくしておいたから、ある程度の時間は稼げたようだ。
「お前がこれをやったのか?」
「そう。だから早くケイムショに連れてって」
「あのなぁ……」
俺は溜息をしながら項垂れた。コイツには、罪悪感というものが最初からないのだ。一般論をいくら語っても、コイツには何も伝わらない。
それでも、言い聞かせなければならない。解らせなければ、彼女はまた同じ事を繰り返してしまう。
「刑務所っていうのは、自分が犯した罪を反省する場所なんだ。遊園地じゃねえんだよ」
「じゃあ、いい所じゃないの?」
「雨風凌げて3食小遣い付きだから、あながち嘘でもない。そこで自分の生き甲斐とか、そういうのを見つけてこい」
「生き甲斐……?」
「『人生を賭けてやりたいコト』だ」
「…………」
雅は黙りこんで夜空を仰いだ。
コイツは……少し時間がかかるかもしれないが、まだ更生の余地は残っているのではないかと俺は思う。
傭兵紛いの事でしか生きる術を知らなかっただけで、その手段さえ与えてやれば別の生き方を歩めるのでは、と。
大人しくしていれば、ただの可愛らしい中高生の少女なのだから。
雅編、3話もやってしまった……。早く2年にして原作主要キャラ出したいのに。この分だとそれは随分先になりそうです。
ちなみに私が一番好きなキャラはレキです。次点はジャンヌ理子辺り。出番はよ、はよ!
とにかく今後はお盆、依頼、文化祭、体育祭、クリスマス、卒業式、春休み、入学式と予定がわんさかあるのでそれら全部消化していく事になりそうです。
特に体育祭がきつい。完全に0から書き上げなければならないので1話で纏める可能性が高いです。
ちなみに原作開始まで、前回は凄く駆け足進行だったにも関わらず70話までかかりました。
今回はきっとそれ以上かかるんじゃないかと思いますが、それまでよろしくお願いします。