緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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追加シナリオです。時系列は6月末から7月頭にかけてになります。


第2章
用心棒 雅  1


 東京郊外の閑静な住宅街。真夏の夜に、1人静かにレコードを流しながらウィスキーを飲む壮年の男性が椅子に座っていた。

 部屋には値が張りそうな置物が数点見受けられる。絵画、陶磁器、仏像、懐中時計……それらに統一感はなく、単にこの部屋は美術品を集めて置いておくだけの場所であると推測できる。

 

 男性はとても満足気な表情で瞳を閉じている。確かに、芸術品に囲まれた空間で音楽を聞きながら寛ぐというのは、人が夢見る最高の嗜好の1つなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 だからこそ、彼は幸せだ。この最高の一時を満喫しながら死んでいけるのだから。

 

 

 

 

「……――うぐっ!?」

 

 

 無防備になっていた首にピアノ線を巻きつけられ、焦った男は首を掻き毟り始める。

 

 だが、食い込んだピアノ線に指を挟むことは不可能だ。男の首には、虚しい引っ掻き傷ができるだけだった。

 

 その抵抗も徐々に弱々しくなっていき、遂に男の腕は力なく垂れてしまう。

 

 

 白目を剥き、意識を失った男の前に立った襲撃者は、目出し帽を被っていて素顔を曝していない。

 

 襲撃者は黒い装束の中から自動式拳銃――――『ベレッタM8045 クーガーF』を取り出し、男の額に2発の9ミリパラベラム弾を続けて撃ち込んだ。

 

 

 レコードの音色が消炎の香りと交ざり、銃声は防音設備の整ったこの室内から漏れることなく消えていく。

 

 

 

 襲撃者は、男の亡骸を一瞥し、立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――男の邸宅の近くに止まっていた黒い『日産 キャラバン』に乗り込んだ襲撃者は、スライドドアを閉めて座席に腰を下ろした。

 

 運転手はそれを確認するとアクセルを踏み込み、キャラバンを発進させた。

 

 

「……仕事の首尾は?」

 運転手の男は襲撃者に尋ねる。

 

「上々」

 襲撃者は、目出し帽を脱ぎながら一言そう答えた。その声はまだ若い、女性の声だった。

 

 

 ファサァ……と、僅かに赤みがかった細い髪を靡かせながら、襲撃者はその素顔を露わにした。

 

 歳はまだ16、7歳程度に見える。髪の長さは肩に掛かる程度だが、前髪は目を覆うほど長い。

 身長は160センチ前後で、同年代の女性の平均身長と比べると少し高めだ。

 

 

「あんたが敵じゃなくて良かったよ」

「よく言われる」

 

 彼女の返答は、抑揚のない無機質な声色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武偵高の夏休みは普通一般の学校とは違い、7月7日に始まる。緊急任務という、普通の依頼とは少し違った依頼を受ける生徒が武偵高にはたくさんいるからだ。

 

 緊急任務とは、単位を落としかけている生徒がそれを補填するための補修のようなもので、それにより単位の帳尻合わせをできるようになっている。言ってみれば教務科からの救済措置のようなものだ。

 

 

 そして、単位の取得率が低い生徒は教務科からの連絡掲示板に名前と不足単位が書かれた紙を張り出されるのだが……その中に、俺の名前があった。

 

 

 不足単位は2.7。アドシアード以来、俺は民間の依頼はほとんど受けておらず、食費や銃の整備費に必要な最低限の資金しか集めてこなかったからだろう。

 

 

 その理由は――――トレーニング時間の増大。

 

 金一さんから課せられたノルマに加え、射撃訓練はもとより近接格闘訓練や多対一を想定した強襲訓練などなど……ありとあらゆるトレーニングをやり続けていた俺に、依頼を請け負う余裕はなかった。

 

 6月に銭形と闘って以来、俺は貪欲に強さを欲した。アドシアードの時、燐とは少し話しただけだが……その、次元が違う強さを俺は本能的に察知した。

 

 高々10何年生きていただけでは醸し出せそうにない、凄まじいプレッシャーを燐は身に纏っていた。言葉の一つ一つにまるで攻撃力があるように、聞き手である俺の何かを切り刻んでいくあの感覚は、しばらくは鮮明に覚えているだろう。

 

 

 だから俺は――――強くなりたい。3年前の俺の不甲斐なさでああなってしまった燐を、俺の手で救い出すために……どんな手を使っても、俺は強くならなければならなかった。

 

 

(そのためにも、できるだけ難易度の高めの依頼をやりたいんだが……)

 俺は隣の掲示板に貼られた、緊急任務の一覧を見て目ぼしい依頼がないかを探した。

 

「……これだ!」

 俺は掲示板に近寄り、その依頼の詳細を確認する。

 

『指定暴力団 「時雨沢組」 強襲 (強襲科・諜報科) 2.4単位  原則・Aランク以上の武偵に限る』

 明確な日程はまだ記載されていない。

 

 本来1年が受けるような依頼じゃないが、俺が探していたのはこういう依頼だ。すぐに携帯で登録希望のメールを教務科に送った俺は、あと10数分で始まるHRを受けるために教室へ歩を進めた。

 

 

 

「おや? 朱葉君じゃありませんか」

「あ、小夜鳴先生」

 教室に行くために教務科の前を通っていると、俺は背後から白髪の男性に声をかけられた。

 

 この人は小夜鳴徹……救護科の非常勤講師で、俺の死んだ母さんと同じ職場にいたこともあるらしい。初めて会ったのは皮肉にも母さんの葬式の時で、お盆と命日には毎年会っていたのだが、武偵高で講師をやっているとは入学するまで知らなかった。

 

 

「俺に何か用ですか?」

「ええ。放課後、保健室で少しお手伝いをしてほしいので、来てくれないでしょうか? 単位も0.1くらいなら差し上げられますし」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 これはラッキーだ。あの依頼をクリアしても、まだ単位が0.3足りなかったから、その分どこかで補填しなければならなかったのだが、その苦労を少しでも減らすことができる。

 

「それより、最近ちょっと無理があるトレーニングをしているようですね。無茶をして実戦で何かあったら、元も子もありませんからね」

「……ええ、そうですね」

 

 少し表情を曇らせてしまったかもしれないが、俺は極力平静を装ってそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 俺は、強くならなくてはならない。イ・ウーという謎の組織と闘い燐を連れ戻すためにも……いつまでも弱者のままでは、いられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 7月7日……その日付が8日に変わってから2時間近くが経過した。

 

 俺は今、東京郊外にある指定暴力団、時雨沢組の組長宅の近くに来ている。

 

 典型的な武家屋敷のような時雨沢邸には、黒服を着た大勢の武装したヤクザが目を光らせている。庭には5名ほどの人数が彷徨いているようだ。屋敷の中となるとその桁は変わってくるだろう。

 

 俺は強襲の際によく使用するB装備に身を包み、強襲の準備を進めていく。

 以前まで苦しいと感じていたこの心臓の鼓動が、今ではどこか心地良いとさえ思えてくる。

 

 

「2時ジャスト、任務を開始する……!」

 

 デジタル時計がちょうど午前2時となったその時、俺はNVD(暗視装置)を付け、暗闇の中たった1人で暴力団相手に『出入り』を始めた。

 

 

 


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