緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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VS 銭形平士  2

 

 

 

 始めに動いたのは銭形だった。

 

 

 いや、正確には俺が後から動いたと言うべきか。俺の基本は相手の動きを第六感で先読みしてからのカウンターだからな。

 

 銭形はガバメントで俺の右膝を狙っている。視線、銃口の向きでそれくらいなら解る。

 

 わざと負けてやっても良いのだが、それだと蘭豹にボコボコにされるのでそれなりの力を出して勝負しなければいけない。

 

 なので、俺は右脚を引いてヤツのガバメントの射線から外し、右手でP2000を抜きそのまま銭形の右膝を撃つ。

 

 しかし、銭形は俺が撃ってくる事を察知し、回避行動をとって銃弾を躱し再度ガバメントで撃ってきた。狙いは俺の拳銃。しかし俺にはソレが解っているので銭形の銃弾を前転するように回避し、銃を銭形の方に向けた。

 

 

 だが、銭形は俺が避ける事を読んでいた。

 

 撃った瞬間に凄まじいスピードで駆け出し、左手で防弾制服の中から十手を引き抜き、ソレで俺の頭部に無駄のない最小限の動きで殴りかかろうとしてきた。

 

「――っく!」

 

 俺は左手でガード姿勢をとり、十手から頭部を守る。左腕に鈍い痛みが走るが、骨折はしていないようだ。

 

 殴られると同時に、P2000の銃口を銭形に向け、この茶番を終わらせようとしたのだが…………、

 

 

「……考える事は、同じのようだな」

 

 銭形も、右手のガバメントを俺に向けていた。

 

 俺達は、そのまま黙って硬直していた。

 

 

 

 ……と思いきや、不意に銭形が喋り始めた。

 

「ああ、たった今思い出したぞ。貴様の事を」

「……?」

「昔より強く、別人のように雰囲気までもかなり変わっていたせいで思い出すのに時間がかかってしまった」

「…………何が言いてぇんだ!」

 

 バァンッ!

 

 俺は、ほぼ無意識に引き金を引いていた。

 

 

 だが銭形はその銃弾を見事な体捌きで避け、十手で俺の銃を弾き飛ばした。

 

「おい……この程度なのか?」

 銭形は、まるで玩具に飽きた子供のような眼差しで俺を見ていた。

 

「本気を出せ。本気出さないまま決着を着けちまったら、勝っても負けても後味が悪い」

「んだと…………!」

 

 ああ……俺は今、自分でも引くくらい酷い顔をしているに違いない。銭形が言っている事は――――正しい。本気で勝負をしないのは、相手にとって最大の侮辱だ。

 

 ……でも、今の俺には、そんな事はどうだってよく思える――――

 

 

 

 

 ―――――はず、だった。他人から何を言われようが、何とも思わなかったのに……。

 

 

 

 

「さっきから見てたら、辛気臭いツラしやがって。見てるこっちまでイライラしてくる」

 

 

 

 なのに、コイツに説教されると…………なぜだか無性に腹が立つ!

 

 

 

 

「……さっきから黙って聞いてりゃ、好き勝手言いやがって…………いいぜ! 本気で相手してやんよ! また鼻血出して後悔すんなよ、クソッタレ!」

 

 

 

 ――――ああ、俺よ。他人(ヒト)に、こんなに大声で叫んだのは、いったい何年ぶりだ?――――

 

 

 

「そうだ! 貴様の本気を、オレに見せてみろッ!!」

 

 

 ――――ここまで心の内を曝け出したのは、いつ以来だ?――――

 

 

 

 銭形のガバメントが火を吹く。しかし、俺はその銃弾を紙一重で避けながら駆ける。

 そして十手による殴打を喰らいながらも、お返しと言わんばかりに顔面にパンチを浴びせる。

 

 だが銭形もソレに耐え、十手を捨てて素手で俺の顔を殴る。

 第六感でくることは解っていた。しかし、俺はあえてソレを受けた。そして、今度は鳩尾を思いっきり殴ってやった。

 銭形はその腫れた顔を苦痛に歪ませるが、すぐにその歪みは悦びのそれに変わっていく。

 

 

「さっきの礼だ!」

 銭形の拳が俺の腹にめり込んだ。

 

 

 ――そこからは、ただの殴り合いだった。

 

 お互い拳銃を捨て、その他の武器も、投げ技や関節技も使わず、ただ己の拳だけで、ただ単に殴り合って闘った。

 

 

 

 まあ実際は、単に俺が銃やその他の武器を持っていなかった事に銭形のヤツが合わせただけで、大昔の少年漫画みたいに『お前、やるな』『お前もな』というようなものではない。最後は結局蘭豹に「飽きた!」と一蹴され、2人共気絶させられた。その後は知らない。

 

 

 

 

 

 そして、今俺は全身打撲で武偵病院に入院しているのだが…………。

 

 

「おい! これは俺の見舞い品だ! お前が喰うな!」

「うるさい! 怪我人は大人しくしてろ!」

「お前だって怪我人だろーがァ!」

 

 

 幸か不幸か……いや、やっぱり不幸の方で。なんと銭形と同室になってしまった。4人部屋に2人で。おまけにベッドは隣同士。こいつは一体誰の陰謀だ? 訓練されたゲリラの仕業か?

 

 

 銭形の野郎、時任と志波が持ってきてくれた俺の見舞い(主にフルーツの詰め合わせとか)を盗み食いしてきやがる。とんでもないヤツだ全く。

 

 

「病院では静かにしろォ!!」

 そして、病院で絶対に1人はいるような超怖い看護師に怒鳴られ続ける毎日。そもそもなんで銭形と部屋を一緒にしたんだよ。

 

 そんな俺と銭形の入院生活も、もうあと数日で終りを迎える。銭形より後に退院するなんてまっぴらご免だったが、一緒に退院すると医者から聞いたはお互い吐気がした。

 

 

 で、今銭形は昼寝していて、俺は窓の外を眺めている。蝉の鳴き声がもう夏だという事を告げてくる。そういえば、もう7月だったな。

 1ヵ月前に燐と会ってから、まるで止まっていた時間が動き始めるように、俺は外の景色を見た。あれからは外を眺めている事が多かった。だが、見てはいなかった。1ヵ月ぶりに見た外の景色は、もう完全に夏のモノだった。

 

 

 コンコン

 

 

「響哉、入ってもいいか?」

 時任だ。毎日毎日よく来るよなお前。自分のことは大丈夫なのだろうか?

 

 だが、1つ言わせてほしい。入ってから入室許可を求めるな!

 

 

「銭形は寝てるのか?」

 時任は俺のベッドの横にあるイスに腰掛けた。

 

「ああ。久しぶりの平穏だよ」

「……よかった」

 

「銭形が寝てるのが、そんなに良かったのか? 確かにこのバカは煩いが……」

 俺がそう言うと時任はフフッと笑い、

 

「『煩いが』、なに?」

「……なんでもねえ!」

 俺は恥ずかしくなって、視線を時任から窓の外に向けた。

 

 もう7月だというのに今日は涼しい。クーラーを使わなくても爽やかな風が舞い込んでくる。白いカーテンとレースがその風になびくのと、志波がなぜか持ってきて付けていった風鈴の音が、一層涼しさを際立たせる。

 

「――前までの響哉は、なんと言うか、辛そうだった。まるで生きた死人みたいで、近寄りにくかった」

「…………」

 時任の話に、俺はただ黙っていた。

 

「正直、あんなお前の姿は見ていられなかった。強襲科以外でも変な噂が立って、あの時の響哉は、もう戻ってこないんじゃないかとさえ思えて…………でも、見舞いに来たら銭形とバカ騒ぎしてるのを見て、やっと響哉が戻ってきたんだって思えたよ」

「……悪かった。心配かけて」

 俺は、時任の方に向き直って謝った。

 

 

 そういや、龍達もアドシアード以降、何かと気にかけてくれてたっけ。帰ったらちゃんと礼を言って謝っとこう。

 

「にしても、コイツのお陰っていうのが気に食わないな」

「あはは……」

「なんかコイツにだと、感情を優先するっつーか、曝け出すっつーか……。アツくなっちまうんだよなぁ」

 

 普通、武器持たないまま拳銃と十手持ってるヤツに挑んだりするはずないし、飛んでくるって解ってるパンチを避けなかったりなんてしない。

 向こうも向こうだ。自分の方だけが武器を持っている有利な状況を、わざわざ相手と五分にするなんて常識では考えられない。

 

「……なんにしても、響哉が帰ってきて、よかった。

 

 

 

 ――――おかえり、響哉」

 

 

 

「――――ただいま……って、言えばいいのか?」

 

 

 

 俺がそう言うと、時任は少し俯き、しばらくしてから

 

 

「最後のは余計だよ」

 その外人ぽい綺麗な顔を笑顔にしながら、そう言った。

 

 

 

 


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