緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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EXAMINATION 1

 

 バスに揺られてやってきたのはレインボーブリッジの南に浮かぶ、東西500m、南北約2kmの人口浮島(メガフロート)の東京武偵高だ。当たり前だがここが試験会場である。

 

 俺は招集時間の15分前に到着したのだが、俺が来た時にはすでに百人近くの受験生が集まっていた。

 筋骨隆々のゴリラみたいなヤツや、ヒョロすぎてこっちが心配するようなヤツもいる。だが、そんなヤツらはどうでもよかった。

 

 なぜなら俺は、3年前の受験よりも遥かに緊張しているからだ。さらに、この場の空気が俺の精神を潰しにくる。

 全員が、なんと言うか殺伐としているのだ。まだ武偵になる前の、スタートラインにも立っていない輩だというのに。心臓が弱いヤツなら、今頃救急車で運ばれているだろう。

 

 この中にも、世間一般で『天才』と呼ばれる者も何人かいるのだろう。その天才たちと競っていけるのか、俺はすでに、この空気に呑まれかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺の番が来た。

 

 強襲科の試験は、敷地内にある廃ビルに20人ほどの受験生を武装させて放り込み、その中で拘束し合うという一昔前ならPTAや教育委員会とかで大問題になるようなものだ。まぁ、今ならそんなことはないが。

 言ってみれば『実戦』だ。『実技』じゃないのがミソである。

 

 あと、廃ビルの中には武偵高の教員が試験官として何人か紛れ込んでるらしい。面倒くさいことこの上ない。

 

 

 受験生に支給された装備は『グロック17』、防弾チョッキ、拘束用の縄。

 軽口径で反動も小さく、装填数も17+1とそれなりに多い。武偵を志す者ならこれくらいは扱えなければならない代物である。

 

 ビルの一角に連れてこられ、ついに試験が始まった。緊張で汗ばんだ手でグロックを強く握りながら、俺は足音を殺して動き出した。

 

 

 ……コン……

 

 微かに、物音が聞こえた。この先の階段からだ。俺の体に緊張が走る。

 一度深呼吸してから、壁に背を向けながら歩き出す。

 

 

 そして、角から飛び出し銃口を正面に向けた。

 

 だが、俺の目の前には誰もいない…………ように見える。

 

 

 しかし、上に登る階段に積まれた瓦礫の山がある。さっきまでここにいたヤツは、あそこに隠れて不意打ちを仕掛けるつもりだろうか。

 

 だが、バレてしまっては不意打ちもクソもない。

 

「ッチ、まだ遠くには行ってねえハズだ。向こうを捜すか……」

 わざと聞こえるように大きな舌打ちをし、これから向かう先を教えてやった。

 

 俺は角の柱の陰に隠れ、息を殺してソイツを待ち構えた。緊張で口の中が乾ききっている。

 

 

 ザリ…………ザッザッザ…………

 

 砂を踏み分ける音が聞こえる。どうやらノコノコやってきたようだ。

 

「動くな!」

 角を曲がってきた瞬間、さっきのヤツの頭に銃口を向ける。彼は一瞬驚いた後、両手を頭に付き、銃を捨て大人しく捕まった。

 

 これで、まず1人だ。あと18人と試験官がいる。まだまだ先は長いな。

 

 

 

 一つ深呼吸し、また俺は廃ビル内を散策し始めた。

 

 すると、銃声が聞こえたのでそこに向かって早足で向かう。

 

 そこに着く頃には戦闘は終わったらしく、勝った受験生が負けた受験生を捕まえようと意気揚々と縄を持って無防備な背中を俺に晒していた。

 

 

 俺はグロックを構え、先程の勝者の後頭部に銃口をつきつける。

 

「浮かれているところ申し訳ないが、銃を捨てて大人しくしてくれないか?」

 ちょっと調子に乗ってきた俺の言葉にさっきまでの勝者は敗者へと移り変わり、三日天下どころか三分天下にもならずに御縄を頂戴となった。さっきコイツに敗けた受験生はどうやら足に銃弾が掠めたようで、一応応急処置をしておいた。衛生的に悪そうだからな、このビル。

 

 その後そいつも拘束して俺は計3人を捕まえた事となった。気がつけば緊張はなくなり、周りがよく視えるようになっていた。

 

 

 

 

 すぐに他の受験生16名の内9名を、奇襲や罠などで捕縛した(残りは誰か他のヤツに捕まったらしい)。そして、抜き打ちで潜り込んでいた教員が俺を捕まえに来るのだが…………。

 

 

 正直、この試験は俺に有利すぎる。

 

 俺は中学時代、武偵の親父からある技術を教えてもらっている。技術と言えるのかは正直微妙だが。

 

 それは、『観察眼』だ。周りをまんべんなく見渡し、そこから少しでも不自然な点などを見つけ、それに焦点を合わせるという技術だ。隠れて奇襲を仕掛けるのが恐らく基本とされるこの試験において、芋っている相手の場所を特定できることは何よりも大きい。

 親父は日本で武偵制度が発足する以前、警視庁鑑識課で、今は千葉武偵高鑑識科教員なので、その2つの職場のどちらかで磨き上げたモノなのだろう。

 

 だが、俺はそれに加えてもう1つ付け足され、昇華されている。

 

 それが、『直観』。

 

 『観察』で視た視覚情報から僅かな違和感を五感全てを使って、文字通り事象を『感じ』、危機を察知する。その的中率は、驚くべきことにほぼ100%だ。

 

 だが、それもアバウトなものでしかない。『今から誰かが何かをしようとしている』というような、具体的な先読みを実現するにはまだまだ経験が足りない。

 

 この未完成な能力を、俺は『第六感』と呼んでいる。漫画みたいな便利能力じゃないのがたまに傷だ。

 

 

 しかし、そのお陰で多くの受験生を無力化でき、試験官の目から逃れることができた。そろそろ、1人くらい教員も捕まえたいところだ。

 

 

 

 

 そう考えている時だった。

 

 

 カツ……カツ……カツ……

 

 足音が、俺のいる階に響いた。

 誰かがこっちに向かって歩いてきているのだろう。それは間違いなく、試験官である武偵高の教員。

 

 

 すぐさま角に隠れてグロックの残弾を確認する。

 よし、弾は全部入ってる。

 

 足音がしなくなった。どこかに隠れているのか、それとも去ったのか。

 

 確認のためにナイフを出してそれを鏡の代わりにし、様子を窺(うかが)おうとした時だった。

 

 

 乾いた銃声と、亜音速の銃弾によりナイフが弾かれた甲高い金属音。さっきの試験官は、拳銃で俺が僅かに出したナイフを撃ったのだ。

 

 さすが、プロの武偵。こんな高度な技術を要することを、あっさりやってくれる。

 

 だが、一瞬だがヤツの姿がナイフに映っていた。

 着ていた服は恐らく、武偵高の制服。顔はよく見えなかったが、長髪だった。

 

 

(なんで学生が試験官をやってんだよ。他のは教師だったのに)

 

 

 彼の事は学生教官と呼ぼうと決めた時だった。

 

 

 ……ゾクッ!

 

 身体に寒気が走った。

 それは、学生教官の視線と、殺気によるモノだった。ただ見られただけでここまで怖いものなのか!?

 

 だが、そんな恐怖は長くは続かなかった。すぐに身体は慣れ、寒気は消えていた。

 第六感が、逃げろと告げてくる。だが、俺は逃げない。逃げられない。背を向けた瞬間、俺は間違いなく一瞬で捕まってしまうと判ってしまったから。

 

 

(それでもまだ……足掻くことはできるッ!)

 

 柱の陰から飛び出し、グロックの9ミリパラベラム弾を4発撃つ。

 これは牽制で、相手の動きを視るためのモノなのだが、学生教官は思いもつかなかった行動を俺に見せつけてきた。

 

 バンッと炸薬が爆発する音と、さっきのナイフの時と似た金属音が響く。俺は目の前の光景が理解できなかった。が、第六感が今起きたソレを教えてくれた。

 

 

 

 

 学生教官は、俺の撃った『銃弾を撃った』のだ……………!

 

 


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