緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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VS 銭形平士  1

 

 

 

 

 アドシアードから1ヵ月経った6月下旬、俺は今まで通り普通に学校に通っていた。

 

 一般教科はいつものように熟睡し、専門科目も民間の依頼もそつなくこなしていたが、ただ1つだけ、変わった事がある。

 

 

 それは、何をやっても何も感じなくなってしまったという事だ。

 

 少し前まで、依頼を達成した後は満足感で溢れていたのに。射撃訓練で思った所に銃弾が当たって嬉しいと感じていたのに。今はそんな感情は、微塵も浮き上がってこない。

 

 

 

 

 

 武偵なんて、もう辞めたい。でも、他に行くあてがないから辞められない。だから、せめて鈍らないように最低限の訓練はする。この1ヵ月、俺はそうやって過ごした。

 

 そして、今日も俺はそんな宙ぶらりんな考えを持って、俺はいつものように強襲科の黒い体育館に入っていった。

 

 

 あの時の俺は、自分のことで精一杯で、他人にかまっていられる余裕なんてなかった。

 だから、射撃訓練場(ここ)に来た時は周りに目もくれず、ただひたすらに訓練に打ち込んだ。

 

 今は、適当に的に当てたら、後ろに下がって他のヤツが撃っているのを眺めているだけ。そんな無為な事を、1ヵ月も続けてきた。

 最近、金一さんが例の事件の調査で学校に来ていないのもあって、俺にどうこう言うヤツはほとんどいなかった。

 

 

 

 そんな時、俺の目の前のレーンに、大柄の男子生徒が訓練を始めた。

 

 

 使っているのは、コルト社の『M1911 A1』、ガバメントか……。日本人には反動がでかい.45ACP弾を使っているが、あの図体なら問題ないだろう。

 

 

 他にも射撃訓練をやっている生徒が大勢いるのと、白兵戦の訓練も近くでやっているため、銃声と剣戟の音が体育館の中に響いている。

 

 そんな中、大柄の男はその年季の入ったガバメントで射撃を続けている。

 撃った銃弾は合計7発。ちょうど1弾倉(マガジン)分の数だ。

 

 しかし、人の形を模した的には弾痕が1つしか付いてない。それを見た男子生徒4人が、彼のことを指差して笑っていた。彼らのことは、仮にA、B、C、Dと呼称させてもらおう。

 

「おい、オマエ! いくらガバメントだからって7発も撃って1発しか当たんねェのかよ!? 下手くそにも程があんぞ! ヒャハハハ!」

 しかし大柄の男は、一瞬彼らの方を見ただけで、まるで何事もなかったかのように弾倉(マガジン)を取り替えた。

 

「……テメェ、調子乗ってんじゃねェぞ――――!」

 4人のうちの1人……Aが、大柄の男に殴りかかる。

 

 

 ……以前の俺なら、横槍に入ってこの騒動を鎮めていたかもしれない。

 だが、今の俺には、どうでもよく思えてしまう。どうせ他人事だ。それに――

 

 

 

 

 

 ――――アイツには、どうせ傷1つ負わせることはできないのだろうから。

 

 

 

 

 

 大柄の男子生徒は迫り来るAの拳を掴み、そのまま小手返しで――いや、あれは小手返しなんて生易しい投げ技じゃない。片手で力任せに投げ飛ばしたのと、何ら変わりない。

 投げられる時に関節をおかしな方向に曲げられたのだろう。Aが苦悶の表情を浮かべている。

 

「このヤロ…………ブごはぁっ!?」

 仲間の敵を討とうと拳を振り上げたBも、情けない悲鳴とともに顔面を殴打され、鼻血を出しながら仰向けに倒れた。

 

「っく……!」

 実力差を漸く理解し始めたのか、Cが銃を取り出す素振りを見せる。まだ戦う意志を持っている辺り、今だに相手の力量を見誤っているようではあるが。

 

 直後、銃声が轟いた。だがそれは大柄の男子生徒のガバメントから発せられたもので、銃を抜こうとしていたCは顔を歪ませながらバランスを崩しかけている。どうやら、足を撃たれたようだ。

 

 大柄の男子生徒は、その巨体からは想像できないほどの速さで距離を詰め、回し蹴りでCの側頭部を薙いだ後、ガバメントの握把でDの後頭部を殴打し、沈黙させた。

 

 4人相手でも全く意を介さない、圧倒的なポテンシャル。いくら相手が雑魚だったと言っても、ここまでできる武偵はこの学校にそういないだろう。

 

 

 今思い出したのだが、アイツは俺と同じ1年だ。名前はたしか…………銭形、平士。かの有名な銭形平次の子孫だそうだ。

 

 ただ、この男…………周りに合わせるとか、そういうチームプレイを全くしない。先輩だろうがなんだろうが、自分の邪魔をしたりするヤツには容赦しない。それゆえに、過去に何度もクラスメイトと揉め事を起こしている問題児だ。

 

 

 ちなみに、格闘センスだけでなく射撃の腕も超一流である。的に弾痕が1つしかなかったのは、7発全ての銃弾を寸分の狂いなく同じ個所に撃ち込んだから。言うならば『定点撃ち(ピンホールショット)』だろうか。よくもまあそんな器用なことをガバメントなんかでやってくれる。

 

 

「おうおう! なんつぅザマだァ!? 4人も揃ってよォ!」

 …………この声は…………

 

 

 俺の視界に入ってきたのは人間バンカーバスター、蘭豹だった。最悪だ。よりにもよってこんなタイミングで……。

 

 

「ったく、同じ1年相手に情けないやられ方しやがって! こん中で銭形とヤれるような奴はおらへんのかァ!?」

 

 蘭豹はそのデカイ手に握られたM500を天井に発砲した。パラパラと天井の欠片が落ちてきたが、どうやって修理する気なのだろうか。

 

「……ったく、この根性無し共が! おい朱葉! お前来んかい!」

 もう一回、ドウッ! 俺の頭上に.50マグナム弾がめり込んだ。

 

「……何で俺が…………」

「ええからさっさとせえ! 今度はその脳天ブチ抜くぞ!」

 

 ……蘭豹なら、本気でやりかねんな。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで俺は今、スケートリンクみたいな強襲科の闘技場(コロッセオ)に、銭形と相対している。さすがの銭形も蘭豹に逆らうようなマネはしないようだ。

 

「やれぇぇぇ! ぶっ殺せェェェ!」

 ギャラリーの汚いヤジに俺は溜息をつくしかないが、そのヤジを言っていたのが蘭豹だった事に気づき、さらに俺は溜息をついた。さっさとクビになってしまえばいいのにと思いながら、俺はP2000の安全装置(セーフティ)を外す。

 

 

「はじめぇ!」

 ドウッ、と本日3度目になるM500の銃声が合図となり、俺と銭形は何の話し合いもなされないままに戦闘開始となった。

 

 

 なんで、よりにもよってコイツなんだ……。

 

 

 

 コイツは……銭形は3年前、中学の入試でいきなり俺を戦闘不能にしたヤツだというのに…………。

 

 

 


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