緋弾のアリア 不屈の武偵   作:出川タケヲ

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アドシアード 1

 

 アドシアードという行事があるのを、俺はすっかり忘れていた。

 

 5月の終りに行われるこの行事は、武偵高の国際競技会である。まぁ、インターハイのようなものだ。行われる競技は主に強襲科(アサルト)や狙撃科(スナイプ)による銃を使った競技しかないのだが。

 

 だが、その祭の最後の締めである生徒による有志バンドの演奏とチアは一般にもウケが良いので毎年やっている。俺も何度か見たことあるが、競技はやっぱり一般人にはわかりにくいものだった。俺には格好いいと思えたが。

 

 ちなみに、このアドシアードで優秀な成績を残すと賞状と共にメダルがもらえる。そのメダルを持っていると、どこの武偵大学にも推薦で進学でき、武偵局には無条件でキャリア入局。民間の武偵企業だって一流から超一流まで選びたい放題。まさに人生バラ色だ。

 

 金一さんが参加したら優勝は間違いないのだが、あの人は普段、世界中を飛び回っていて今年はたまたま東京に訪れていただけで、参加資格がないそうだ。

 

 ちなみに俺には拳銃射撃競技(ガンシューティング)の代表補欠に選ばれた。俺の場合は断る理由も無かったので引き受けたが、補欠なので出番は無いだろう。

 

 

 

「響哉は競技の特訓はしなくていいのか?」

 そう言ってさっきまで寝ていた俺の隣にやってきたのは、SSRの期待の星、時任(ときとう)ジュリアだった。テーブルの向かい側でロシア料理のボルシチを食べている。

 

 

「俺は補欠だから、出番なんてどうせ回ってこねえよ。お前こそ、チアの練習しなくていいのか?」

「これからやる」

 ジュリアはアドシアードの最後にやるチアのメンバーに入っている。顔もスタイルもハーフだけあってかなり高ポイントなので、多くの男子生徒は喜んでいたが……。

 

「ていうか、なんでお前は急にチアをやりたいなんて言い出したんだ? みんな喜んでるからいいけどさ」

 飯を食いながら俺が訊くと、時任はそっぽを向いてしまった。

 

「……お、お前に見てほしかったからなど……言えるわけがない…………」

 

 最初の方が聞こえなかったが、どうやら言いたくない事らしいのでこれ以上は聞かないでおこう。俺は以前のコイツと違って空気の読める男だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 学食で、俺はどういう訳か時任と2人で昼飯を食っている。龍達同居人3人は、有志バンドの練習を見に行くとかで一緒じゃない。俺としてはいてほしいのだが……。

 冷やかしと思われるのも嫌なので一緒に行くかと誘われた時は断ったが、これは行った方が良かったな。

 

「そういえば、響哉は私達のクラスからアドシアードに代表として出場する女子の事って知ってるか?」

 突然、時任がボルシチを食べていた手を止め、そんな事を訊いてきた。

 

「ん? いや、知らん。最近いろいろあったからなぁ」

 

 

 主に、時任の事と4対4と……警視庁での殺人事件の事。

 

 

 あの事件に関しては、カナから「これ以上関わるのはまだやめておきなさい」と警告され、詳しい事は何も知らされていない。そして、金一さんはその事件の調査のために学校を休むことが多くなった。俺も手伝おうとしたが、「まだ関わるなと言ったはずだ」と叱られてしまった。

 

 

 だが、『まだ』と言ったのだ。つまり、『これから』知る事になるであろう事件なのだ。そしてその犯人は未だ逃走中。またこれから同一犯による惨劇が繰り替えされる可能性は、十分にある。

 次起こった時、俺は金一さんと共に事件に関わっていけるのだろうか。それとも、前と同じように置いていかれるのだろうか。

 

 やっぱり、実力が足りないんだろうな。刑事3人をあんな風に惨殺する輩が相手となると、経験も必要になってくるだろうし。

 

 と言うか、そもそもあの人はどうして俺を徒友(アミカ)にしたかったのだろうか。基本的に忙しく世界各国を飛び回っている人だ。日本でも凶悪犯罪の検挙に尽力しているに違いない。

 いやそれよりも、あの時カナが言っていた『これから俺が闘う敵』というのは一体――――

 

 

「響哉、私の話を聞いていたのか?」

 ああ、そういや時任の事をすっかり忘れてた。

 

「いや、まったく」

 俺はラーメンをふぅふぅと息をかけて冷ましてから食べた。うん、美味い。

 

「そこまでくると怒りを通り越して呆れるな…………」

「そりゃどうも」

「褒めてない。せっかくクラスメートが代表に選抜されたんだから、応援してやらないか?」

「別にいいけどよぉ」

 

 どうでもいいけど時任よ。ボルシチ冷めてないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時任に半ばむりやり連れられて来たのは狙撃科棟の地下――――狙撃レーンがある場所にやってきた。

 

 そこでは日夜狙撃科の生徒たちが肉眼では豆粒みたいに見える的にバスバスと狙撃銃で撃ちまくっている。

 その中に、見覚えのある女子生徒が1人、いた。

 

 

 

 

 

 カルテットでチームを組んでいた、志波だ。匍匐状態(ほふくじょうたい)でライフルを構え、狙いを的に絞っている。

 ていうかお前、代表入りしてたのか。全然知らなかった。

 

 

 何発か撃った後、ヘッドホンを外して飲み物を飲んでいた。どうやら休憩に入ったようだ。

 

「よう、志波」

「あ、響哉君と時任さんじゃないですか。最近よく2人でいますよね」

「成り行きでな。で、どうなんだ? 調子の方は」

 志波は「まーぼちぼちですね」と言って、ブルーベリーの錠剤を2粒呑み込んだ。

 

 志波は任務を行う直前と直後にこのブルーベリーの錠剤を毎回飲むらしい。飲むと、狙撃の精度が上がると言うのだ。自己暗示というやつだろうか。

 

 

 そういや狙撃科では視力向上のためにブルーベリーを育ててるんだっけ。まさか、それで自作したんじゃあるまいな。

 

「志波さん、応援に来てあげたわ」

 相変わらずの上から目線の言い草で、時任が一歩前に出た。

 

「応援に来たヤツの言い方じゃねえだろ。志波、がんばれよ。クラスの皆も応援してるからよ」

 時任の下手すぎる言い方では、志波の機嫌を悪くしかねないのでなんとかフォローを入れておいてやる。

 

「フフッ。2人共、ありがとう」

 ふぅ。どうやら機嫌を悪くしたわけじゃなさそうだ。

 

 その後、時任を1人で残しておくわけにはいかないので俺も志波の訓練の様子を見ていて、結局夕方まで狙撃科に居座っていた。

 

 

 

 

 

 

 ……その帰りのこと。

 

「結局、ずっと狙撃科にいちまったな」

「いいじゃないか。たまには他の学科の訓練を見学するのも」

 まぁ、それはその通りだから俺は何とも言えないんだけど。

 

「……大丈夫だろうか」

 女子にしては低い声を、さらに不安そうにした時任の声がまだ冷える空気を震わせた。

 

「志波の事か? 俺達が決める事じゃないだろ。でもま、あの調子なら問題ないと思うぜ」

 

 正直、俺にはそんな事は微塵も解りはしない。でも、このまま時任が不安そうにしているのは見たくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アドシアード当日、俺は当日準備を終わらせた後、狙撃競技(スナイピング)の競技会場である狙撃科地下の狙撃レーンに来ていた。クラスのヤツらも結構いる。

 

 だが、志波の姿はそこにはなかった。

 

 

 俺は時任が志波を呼びに行ったのでもうそろそろ出てくるだろうと思っていた。

 

 そんな時、知らない番号から電話がかかってきた。周りには人が多かったので、人気の少ない廊下の隅に行って警戒しながら通話ボタンを押すと、時任がひどく焦った様子でとんでもない事を伝えてきた。

 

 

『響哉、大変だ! 志波さんがどこにもいないんだ!』

 

 俺は時任の言っている事が、一瞬理解できなかった。

 

 


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