「下水道で敵と遭遇。フラッグを折って制圧した」
薄汚い下水道から明るい地上に出た俺は、まず大きく深呼吸した。その後P2000に取り付けたライトを外し、敵の拠点と思われる公園に向かった。
『響哉。相手は公園の林の中にフラッグを埋めている。防衛には2人いるから、まずはその2人を倒してからフラッグを探して』
「りょーかい」
作戦通りだ。相手の思考を読み取る超能力『脳波計』を持つ時任を遊撃手にして、それを後方から志波と山吹が援護する。1人倒すことができたらソイツから情報を根こそぎ奪い取っていけば、ダミーに掛かることなく迅速に『目』のフラッグを探し当てることができる。
「目標を発見、強襲する――――ッ!」
ガソリンスタンドから障害物の影を転々とし、相手に接近していた俺は物陰から飛び出し、手前にいた強襲科の女子との距離を一瞬で詰めた!
「しまっ……!」
「遅い!」
銃を向け引き金を引かれる前に、俺は相手の拳銃を左手で横薙ぎに殴って斜線を逸らし、そのまま膝蹴り、拳銃の握把で首を殴打して気絶させる。
もう1人は俺の正面――前方8メートルの位置にいた。拳銃を構え、今にも引金を引こうとしている。
俺はその光景を目にした瞬間、『第六感』で銃口の向き、視線、足の開く角度、身体の向きから斜線を察知し、右半身を後ろに捻って間一髪のところで迫り来る銃弾を躱した。
その不安定な姿勢のまま、俺は腹部にP2000を押し当てて2回引金を引く。
放たれた9ミリパラベラム弾は右肩と拳銃に命中し、その女子は銃を弾かれ顔を歪めた。
「まだだ!」
制服の中からトンファーを取り出し、奥の女子は接近戦を挑んできた。
(ックソ、闘り辛い……!)
俺は心の中で悪態をつきながら、トンファーの初撃を、相手の手を掴むことで止めながら、彼女の脇を通るようにして背後に回り込みながら関節を極めた。
「っぐぅ……!」
苦悶の表情を浮かべるが、これも勝負だ。悪く思わないでほしい。
後は適当に投げ飛ばしでもしておけば、フラッグを見つける程度の時間は稼ぐことができる。この時点で俺は自軍の勝利を確信していた。
「…………」
「――――!」
今、この女は……笑った。見間違いじゃない。確かに口元を吊り上げ、笑みを零したのだ。
「獲った――ッ!」
いつの間にかトンファーを捨てて素手になっていた彼女の手には、『クモ』のフラッグが握られていた。
(あの一瞬で俺の懐から攻撃フラッグを盗んだっていうのか!?)
何という手癖の悪さだ。素直に感心する。
彼女はそのまま『クモ』のフラッグをへし折り、不敵に笑っていた。
「やるじゃねえか……!」
言いながら、俺は彼女を一本背負いで地面に叩きつけた。
「だが、残念だったな」
俺は林の中に入り、
「クモは1匹だけとは限らねえんだよ」
『目』のフラッグを掘り出して、懐から取り出した『クモ』のフラッグをそれに当てるのだった。
「では……時任班の勝利を祝して、乾杯ッ!」
『かんぱーい!』
カルテット終了後、俺達は学園島唯一のファミレスである『ロキシー』のボックス席で祝勝会を開いていた。ちなみに、乾杯の掛け声は山吹である。
「相手に諜報科の生徒がいるって聞いて、対策しておいて正解だったな」
「ああ、フラッグを1本奪われたと言っていたな」
「まったく、フラッグを盗まれるとは情けない。それでもAランク武偵か」
「うっせえ。勝てたんだから良いだろうが。主に時任と志波の作戦だが」
――そう。時任の超能力を活かす戦法を考案したのは志波で、諜報科の生徒への対策を考案したのは時任なのだ。この勝利は2人のお陰だと言っても過言ではない。
俺と時任は志波と山吹のフラッグを初めから借りて、2本ずつの状態からスタートしたのだ。諜報科は手癖の悪いヤツが多いと聞き、俺達はフラッグを盗まれても攻撃できるよう対策を打っていた。どうせ後衛は攻撃に参加しないのだから、不自由はない。
「まあ何にせよ勝利できて良かった。これはこの班の誰かの勝利ではなく、4人全員の勝利だろう」
……双眼鏡で見てただけのヤツが言うと、なぜだか嫌味な台詞に聞こえるな。
――数十分後――
「朱葉君」
トイレに立った俺が手を洗っていると、山吹が後ろから声をかけてきた。
「何だよ山吹。トイレなら開いてるぞ」
「そうじゃない。この雰囲気で僕が用を足しに来たと本当に考えているのかい?」
「まぁ、ここトイレだし……」
俺が答えると、山吹は溜息を付いて何やらボソッと呟いてきた。
「まったく、なぜ時任様はこんな男を……」
「……? 用がないなら俺はもう行くぞ」
「用ならある。君は少しは待つことができないのか」
「……ならさっさとしてくれよ」
コイツの相手は本当に面倒くさい。早く用件を言って俺を開放してくれないだろうか。
「君は時任様のことをどう思っているんだい?」
「あぁ? どっからどう見ても仲の良いクラスメイトだろ」
「やはりそうか……」
山吹は1人で納得したような表情で、頷いてみせた。本当に何なんだコイツは。
「君が時任様をどう思っているのかはよく分かった。だが1つだけ肝に銘じておけ。時任様に何かあったら、僕達TTPはたとえ地の果てだろうと君を追って、地獄以上の苦しみを与えながら嬲(なぶ)り殺す」
「…………」
俺は絶句した。突然何を言い出すんだこの訳のわからん男は。ってか、それより……
「TPPって何だよ」
「それは環太平洋戦略的経済連携協定のことだ。まったく君は――――」
「いいからさっさと言えよ! 面倒くせえ!」
「TTPとは『時任様に仕える会』、その略称だ」
「…………」
本日2度目の絶句。まさかこんな輩がいるだなんて思いもしなかった。
「……あー、質問いいか?」
「構わない」
「初めのTTが、『時任』のTと『仕える』のTなのは何となく解った。最後のPはどこから来たんだ? 『会』ならKだろ」
「君は無知な男だな。Pとは『Party』のPに決っているだろう」
……何でそこだけ英語なのかはもう突っ込む気にもなれない。
「ちなみに、お前以外は誰がいるんだ?」
「僕を除いて10人だ」
「ああ、そう……」
割と人数いるのな、まだ1ヶ月も経ってないのに……。
「我々は時任様の幸せを第一に考える親衛隊だ。もし時任様を泣かせるようなことをすれば――――」
「地獄以上の苦痛を与えてぶっ殺されるんだろ」
「嬲り殺すだ」
(そこ重要なのか……?)
この数分の間にどっと疲れた俺は、その後のことをよく覚えていない。
――――同時刻 教務科にて――――
「うーん……」
救護科の非常勤講師である小夜鳴徹(さよなきとおる)が、ある書類を机に置いて項垂れていた。
「どうしましたか、小夜鳴先生」
「あ、綴先生。……実は、今日のカルテットの件で少々困っておりまして」
「何か書類に不備でもありましたか?」
「不備というか……とにかく、これを見て下さい」
そう言って、小夜鳴は書類を綴に渡した。
「――あー、確かにこれは難しいですね」
長年武偵高で教師をやってきた綴すら、難しい表情で頭を掻いた。
「【たった1人の生徒が開始直後に相手4人を制圧】……これでは彼以外の7人を評価することができません。後日改めて再試験ということで宜しいでしょうか?」
「それも仕方ないでしょう。それにしても――――
――――1年の銭形か。面倒な奴だ」
切りのいいところまできたので、感想を送ってもらえると嬉しいです。
それから、ここまでの話の中で、何かおかしい、不自然だと思うような箇所や誤字がありましたらご報告下さい。