うずまきナギサ物語~姉の愛は世界を救う~ 作:レイリア@風雅
「忘れ物、なし、と」
ウエストポーチの中身を確認し、ナギサは頷く。
今日は
_________________
________________________________________
アカデミーに着いてのナギサの一言。
「……人ごみパネェ……」
しかも家族連れ、と呟いて居心地悪そうに門前で立ち止まっていると、
「君、新入生かい?新入生は校内で受付を……ッ」
しかしナギサの姿を認めた瞬間、優しげに微笑んでいたその表情が一気に崩れ、胸くそ悪いとでも言いたげに眉間にしわをよせ、睨み付けられる。
「チッ……なんでここにお前がいるんだよ!?」
お前が来るべき場所ではないと言外に込められているそれに、やっぱりなと内心でため息をつく。
「……なんでって……新入生、だから」
「お前みたいなバケモノがか?笑わせるな!とにかくさっさと帰れ!」
この会話を聞いていた他の父兄からも何事だと目を向けられるが、すぐにそれは嫌悪感を露わにした目に変わり、白い目で見られる。
そんな見慣れてしまった光景も、すぐそばで聞こえるはずの男の罵声も、だんだんと遠退いていく。
目の前にフィルターがかかったかのようだと頭の片隅で考えながら俯き、地面を見つめる。
……だから、いやだったんだ……。
―――――――どんなに離れていても、どんなことがあっても、私たちはナギサの味方だからね……!
私たちはナギサのお父さんとお母さんだからね……ッ!
心の中で呟き、そして一瞬脳裏に蘇った母親の言葉にナギサははっとしたその直後だった。
俯いていたナギサの手を誰かが握ったのだ。
温かいそれに思わず顔をあげると漆黒の瞳と目が合った。
幼いながらも端正な顔立ち、瞳と同じ漆黒の髪、優しく細められた瞳、そして背中には“うちは”の家紋……。
凛とした立ち姿の少年がそこにいた。
その少年はナギサに笑いかけ、大丈夫、とでもいうようにその手を優しく、強く包み、先ほどまでナギサを罵倒していた男を睨みあげた。
「なっ、なんだよ」
「ッ……」
「あなた、子供相手にあんな風に罵倒したりして恥ずかしくないんですか?」
避難めいたその声は案外すぐ近くからして、驚いてそちらを見れば男の子と同じ黒髪に漆黒の瞳を持つ女性がいた。
「で、ですがこいつは普通の子供じゃない、バケモノだ!あなたも知ってるでしょう……?!」
「それはこの子の中に封印されているもののことでしょう!?
この子自体はただの子供!他の子供となんら変わりないわ!!
この子はただの……普通の子供でしょう!!?」
その言葉に、頭が真っ白になった。
これ以上、この人の言葉を聞いていたらどうにかなってしまいそうで急に怖くなった。
体が震え、繋いでいた手を通して震えが伝わり、少年がチラリとナギサを見た瞬間、ナギサはその手を振り切って駆けだした。
たどり着いたのはここに来る途中で見つけた一本の木に括り付けられているブランコ。
人の気配がしないのを荒い息を整えながら確認し、崩れるようにブランコに乗る。
片足をブランコに乗せ、抱え込み、それに頭を乗せる。
訳が分からなかった。
あんなこと、言ってくれた人は初めてだった。
……庇ってもらえたのは、初めてだった。
どう反応すれば良いのかわからなくて、何か裏があるんじゃないかと怖くなって、勢いであの場から逃げたけど……。
「……受付、ギリギリでいっか」
今行けば、本当に耐えられないだろう。
急に逃げ出した自分を、あの親子はどう思ってるのだろうか……。
「って、なんであんな変わった人たちのこと考えないといけないんだっつの」
膝に顔を埋めて自嘲の笑みを浮かべた。
しばらくこうしていよう、そう思った矢先に影が落ちる。
「っうわぁ!!」
気配に気付かないほど自分は考え込んでいたのだろうか、上を見上げれば先ほどの少年の顔がかなりの至近距離にいた。
驚きのあまりにブランコから転げ落ち、逃げようとしたナギサの手を逃がすまいとガシッと掴む。
少しその手をふりほどこうか迷ったが、やがて諦めたように木の幹に背中を預け、座り込む。
そうすれば満足したように笑みを浮かべ、繋いだ手をそのままに隣に座り込んだ。
「……なんでここにいんのさ。親はどうしたの?」
「突然走りだしたから、気になってな……追いかけてきてしまった。母さんもいってきなさいっていってくれたし」
「……変な奴」
触れあっている手から伝わる温もりがすごく優しく、心地良いが、ナギサはそれを分かっててそれに気付かないフリをした。
気付いてしまえば、もっと、もっとと求めてしまう。
そんな素っ気ないナギサの様子を気にするでもなく、少年は笑顔を向けた。
同い年か、一つ上くらいなのに、随分と大人びた笑みを浮かべる子供だと自分のことを棚にあげ、ナギサはそう思った。
「オレの名前はうちはイタチ。今年で3歳だ。きみは?」
「……うずまきナギサ、今年で2歳」
「ナギサ、か……よろしくな」
ニコリと笑みを浮かべる少年……うちはイタチにナギサは戸惑いながらもコクリと頷く。
そして何故か一緒に受付に行く羽目になり、気が付けば
周りで年が近くても4、5歳だろう。
やはりナギサとイタチは目立ってしまっていた。
先が思いやられる、と心中で呟いたナギサは、ため息をついたのだった。
なんとか無事に終わった入学式の後。
帰路についたナギサの隣にはなぜかイタチがいる。
「……ねぇ、私帰るんだけど」
「知っている」
「いや知っているじゃなくて……いつまで付いてくんの」
そういうとぱちくり、と不思議そうに瞬きした。
そんな様子を見て嫌な予感に駆られる。
「だって、家が分からないと朝
「お前アホだろ。今日のあれ、みてたよな?」
「ああ、だから?」
「いやだからじゃなくて……私の近くにいるだけで損するっつってんの」
放っとけと突き放したナギサに嫌だ、と負けじと食い下がるイタチは結構大物である。
こいつ……!
ひくりとナギサの頬がひきつる。
「だからもういい加減に……!」
バシャガシャァン!!
しかし、そのくだらない掛け合いは突然飛んできたバケツによって中断させられた。
ご丁寧にも水入りのそれを頭から被ったナギサは呆然としていたが、やがて諦めの色に変わる。
イタチも呆然としていたが、突然走り出したナギサによって現実に引き戻された。
「おいナギサ!!」
「うっさい付いてくんな!!」
「そんなナギサを放っておけないにきまってるだろ!!」
「知るかァアアアアア!!いいからとっとと帰りやがれ!!」
「ゼェ……ハァ……」
「フッ、まだまだだな」
「(こいついつか殺す……!)」
ぎゃーぎゃーと走りながら怒鳴り合い、結局最後まで振り切れなかったナギサに勝ち誇ったような顔をするイタチ。
そもそもイタチより体が幼く、小さいナギサでは無理があるということには彼女は気付いていない。
無駄に負けず嫌い魂を燃やし、イタチを睨む。
「ナギサは負けたから、罰ゲームだ」
「はぁ?!何勝手なこと言ってんだよ!?大体そっちが勝手に追いかけてきただけで……!!」
「それでも逃げ切れなかったことには間違いないだろう?」
「うぐ」
なかなか痛いところを付いてくるイタチ少年にがっくりと肩を落とし、渋々ながら白旗をあげるナギサはふと思う。
自分は一体何をやっているんだ、と。
「あぁ~~もう!わかったよやりゃいいんだろやりゃあ!!
で?!何をさせたいのさ!?」
「友達になろう」
「あーはいはい分かった友達ねー………………」
………
………………
…………………………友達?
「友達!?」
「ああ。でもナギサに拒否権はないからな」
「い、いやちょっと待てよお前……頭おかしいんじゃ……」
イタチはきょとりと目を瞬くと、困ったように首を傾げる。
「ナギサよりは変わってないと思うが」
「放っとけェエエエエエエ!!」
なんて失礼な奴だ、と憤慨するナギサを他所に勝手に友達認定した挙句、イタチ少年は嵐のように帰っていった。
”明日迎えにくるからな”と輝かんばかりの笑顔で宣告して。
ビショビショになってしまった服をここでようやく思いだし、ドッと疲れが押し寄せてきてため息を吐く。
「なんだったんだか……」
もっと足が早くなるように修行しようと密かに決心しつつも胸がぽかぽかと温かくなるのを感じたが、そんなの気のせいだと濡れた服を着替えるため、自室にもどるのだった。