うずまきナギサ物語~姉の愛は世界を救う~ 作:レイリア@風雅
1話 うずまきナギサ
ここは木ノ葉の里の外れの方にある小さなアパート。
アパートとはいっても名ばかりでここに住んでいる住民はたった一人だったりするのだが・・・。
「この家の造りって絶対私に対する嫌がらせだよなぁ」
まぁ筋力鍛えられるから丁度良いけど、とため息混じりに呟く。
読みかけの巻物を持ったまま、よっ、というかけ声とともに踏み台によじ登り、ポストに入っていた一通の封筒を取り出した。
封筒の中身を確認した途端、ゲッ、と顔を引きつらせる。
「アカデミーからねぇ・・・もうこの年で入れって?
・・・ぶっちゃけアカデミーとかかったるい・・・めんどくさい、行きたくない、てか私、アカデミーなんか行かなくたって充分強いっつーかなんつーか・・・」
そう悪態を吐いたその人物は、その大人びた口調とは裏腹に外見はまだ幼い赤毛の子供。
その子供の名はうずまきナギサ。
四代目火影、波風ミナトとその妻うずまきクシナの娘である。
・・・この口調ではそうとは思えないが、正真正銘の2歳児だ。
「っと!今日はこんなもん見てる暇は無いんだった!!」
花が咲いたようにパァっと笑顔を浮かべたナギサは身軽に踏み台から飛び降り、リビングに戻ると巻物をテーブルへと放り投げ、封筒を見て暫し思案する。
「・・・う~ん・・・これは見せた方がいいか」
私だけじゃ決めかねるし、と封筒を懐に入れ、印を結び、変化した。
ナギサが変化した姿はショートウルフの赤い髪に端正な顔立ちの青年。
「よし!行くか!!」
窓から颯爽と外に飛び出した。
向かう先は四代目火影、ミナトの家・・・。
今日が、1ヶ月に1度の約束の日だった。
「・・・ここらでいいか」
人気の無い場所で変化を解き、ちょこちょこと覚束ない足取りで目的地へと向かう。
・・・やっぱり小さいと不便だな・・・
内心ため息を吐いた直後、不意にめんどくさい気配がして急いで電柱の影に隠れた。
私が隠れてすぐ、角を曲がって現れた二人のくノ一。
その内の一人は私の世話係りを命じられている奴。
嫌な奴に遭遇しちゃったな・・・
「へぇー、アンタもとんだ貧乏くじを引いちゃったものね」
かわいそうに、と続けたくノ一は心の底から同情した眼差しを世話係に向けた。
彼女はため息を吐き、深く頷いて見せる。
「ホント、そうよね~・・・。あのガキ、まだ2歳児なのにも関わらず、食事に毒を入れても死なないのよ?
殴られても蹴られても人形みたいに無表情でさー!」
「あはは、なにそれー!気持ち悪ッ!笑ったり泣いたりしないわけ?」
「そうね・・・。前に一度だけ髪引っぱって笑えって脅した時くらいかしら?泣いたところは・・・赤ん坊の頃に泣きわめいてうるさくって、怒鳴ってからは一度も見たことないわ」
普通ならば、その会話は信じられないものだが、ナギサにとっては既にもう“あたりまえ”のことだった。
この女はナギサが1歳の時までは毎日家に来てはいたのだが、1歳になってからは家にすら来なくなり、ストレス発散しに殴りつけたり蹴りつけたりしにくるくらいだ。
かといって女がいた頃は食事に毒を入れられるのは当たり前、断食もよくあることだった。
ナギサの生活費として貰っているお金のほとんどがあの女の服や使用品、遊びに使われている。
それは今でも変わらず、ナギサが必要最小限のお金を死守していなければ今日のように特別な日でも、毎日ボロボロの雑巾のような服を着ていなければならなかっただろう。
かといって服を沢山買うお金なんてもちろん持ってない訳で、月に一度の両親に会える日以外はボロボロの服を着ているのだが・・・。
「本当に気持ち悪い子ね・・・聞いてるだけでゾッとするわ」
「でしょ~?あ、そういえばついこの間色々あってむしゃくしゃしててクナイで斬りつけちゃったのよね~」
あ~・・・そんなこともあったな
それを思い出して思わず遠い目をしてしまう。
また唐突にやってきたこの女は、クナイを振りかざして腹を刺してきたんだったっけ。
あれは斬りつけたなんてもんじゃなく、突き刺したの方が合ってる気がする・・・。
「そしたら?」
「流石に倒れたけど、でも相変わらずの無表情。実は痛覚なんて無かったりしてね!」
「まっさか~!でもバケモノだし、ありえるかも・・・!!」
甲高い、嫌に響く笑い声を残し、二人は去っていった。
「・・・バカみたい」
こんなガキ虐めてそんなに楽しいのかな~、とまるで他人事のように呟き、世話係たちが去っていった方角を見つめる。
「さてと、バカは死んでも直らないって言うし、相手にするだけ無駄・・・ってね」
くだらないことで時間を無駄にしてしまったことを後悔しつつ、再び目的地である四代目火影宅を目指して歩き出した。
火影邸につき、おそるおそるインターホンのボタンを押そうと手を伸ばす・・・が、
「ナギサ!!」
「うわ!!」
突然開かれた玄関に驚き、尻餅をついてしまった私を抱き上げ、頬摺りする金髪の男。
この男こそが四代目火影の肩書きを持つ私の父さん、波風ミナト。
「と、父さん、苦しい・・・」
「会いたかったよナギサ!!元気そうで何よりだ!!!」
笑顔でそう言われてしまい、思わず呆然とする。
そんな幸せオーラ全開の緩みきった父さんの腕からヒョイっと持ち上げられた。
「まったく、ミナトったら・・・私だってナギサと会いたかったんだからね?」
「ご、ごめんクシナ・・・つい・・・」
まったく、とむくれるこの女性はうずまきクシナ、私の母さんだ。
「母さん!」
「久しぶり、ナギサ。元気そうで何より!
さぁ、家に入りましょう?」
「うん!!」
ぎゅっと抱きつけばさらに強く抱きしめ返してくれる腕に涙が出そうになる。
温かい・・・
――――――たった一月に一度しかこうすることはできなかったけど、俺は母さんも父さんも大好きだった・・・
父さんと母さんと一緒にいられて、ほんの僅かな時間でも嬉しかったし幸せだったんだ・・・
この、温かい空間が、ここに居ていいんだって思えて、この場所を手放したくなくて・・・
ここを守りたかったんだ・・・―――――
「あ、そうだった!ねぇ、父さん、母さん!今日の朝、これが届いたんだけど・・・」
しばらく家族水入らずで談笑をしていたが、ふとアカデミーの件を思い出し、封筒を父さんに渡す。
「ん?これは・・・!!」
「それって、アカデミーから?」
「あ、ああ・・・だけどナギサはまだ二歳なのに・・・」
父さんは難しい顔でプリントを見つめる。
「入学許可証・・・確かにナギサの歳では異例ね・・・」
しばし思案するように母さんが俯く。
ミナトはそんなクシナに気づかず、首を横に振って声を荒げた。
「まだナギサは幼い・・・!確かに今の木ノ葉は少しでも戦力が欲しい状況にある・・・
でも、これ以上ナギサが何かを背負わなくたって・・・!!」
そういいかけ、ナギサがこちらを見ているのに気づいたミナトは言葉を詰まらせる。
そしてこちらを見て安心させるように笑うミナトに内心苦笑する。
ミナトはナギサに鬼が封じられていることを、教えていなかった。
いや、教えたくなかった。
ただでさえこんなに幼い子供であるナギサは、両親と離れて暮らしている。
それだけでも異常で、過酷なのに、更にバケモノが体内に封印されているという事実。
ナギサは父親のミナトの目から見ても、母親のクシナの目から見ても歳の割には賢い子だ。
おそらく、ナギサが幼くともその事実を告げたら理解できてしまうだろう。
ただでさえ、辛い環境におかれたナギサに、まだ真実を打ち明けることなど出来なかった。
しかし、そんなミナトやクシナの想いは、とっくの昔に引き裂かれていた。
なぜなら、ナギサは既にその事実を知り、理解しているからだ。
理解してしまったからこそ、彼女は強くなければならなかった。
両親の想いを理解していたから、彼女は弱音も本音も打ち明けられなかった。
理解していたからこそ、苦しかった・・・。
どんな仕打ちを受けようが、それは仕方ないこと
そう言い聞かせ、やり場のない怒りや憎しみ、悲しみ・・・それらの負の感情に蓋をした。
ナギサは、ミナトとクシナが大好きだったから
離れていても家族だと、自分は二人の娘なんだと・・・
そう、胸を張っていたかったから・・・
だから知らないふりを、気づかないふりをした。
表情を、感情を偽ることを覚えなければ、生きていけなかったから。
「・・・いいんじゃないかしら」
ふと、俯かせていた顔をあげ、微笑むクシナをぎょっと見る。
それはナギサも同じだった。
「く、クシナ?!ナギサはまだ二歳なんだよ!?いくらなんでも・・・」
「でも、三歳になったミコトの子も今年からアカデミーに入るらしいの!」
「え、確かそれって・・・あのフガクとの・・・?」
「ええ!だからちょうどいいんじゃないかしら?
ミコトもね、一人だけは不安だーって言ってたのよ、だったら来年や再来年に一人で入学させるより、ミコトの子と一緒に入学した方がお友達にもなれると思うの!」
これ名案とばかりに両手を合わせ、ニコリと笑うクシナに顔をひきつらせるミナト。
「クシナ・・・まさかとは思うけど、ミコトさんにナギサのこと話して・・・」
「ええ、話したわよ?
だって、こうなる前に生まれたっていう報告しちゃってたんだもん」
だったら同じじゃないと満面の笑みを浮かべる母に対し、ナギサまでもが思わず固まってしまった。
・・・いや、それってヤバイんじゃあ・・・?
「・・・でも、クシナの言うことに一理あるよね・・・。」
ええー父さんまで!?
正直面倒臭いと愚痴をこぼしたいところである。
結局、アカデミーに入学することに決まってしまい、ミナトが書類にサインするのを内心ため息をつきながら見ていた。
「ナギサ、ちょっと母さんとお話しよう?」
「え?う、うん・・・」
辛そうに、悲しそうに笑顔を浮かべた母に手を引かれ、連れて行かれたのは寝室だった。
ナギサを抱き上げ、ベッドに座らせたクシナは、目線を合わせるためにナギサの前にしゃがむ。
「話って何?母さん」
「ナギサ・・・何か辛い思いとか、怖い思いしてない?」
「え・・・?」
ドクン
鼓動が早く、大きく波打った。
「な、なんで?私はだいじょうぶだよ!!みんなやさしい人たちだもん!!」
「じゃあ、そのやさしい人たちに大事にしてもらえてる?」
「あ、あたりまえでしょ?」
嫌な汗が流れ、頬を伝う。
まるで心臓が耳元にあるかのように煩く感じる。
なぜ、母はこんなことを聞くのだろう・・・?
精一杯笑顔を作ろうとしているのだろう。
引きつっている笑みを貼り付け、怯え、動揺で揺れる瞳で己を見上げてくる我が子に、胸が張り裂けそうになりながらクシナはそっとナギサの服の裾をまくり上げた。
その際にビクッと過剰に反応するナギサ。
「じゃあ、これはどうしたの?」
「こ、これ、は・・・階段から、落ちて・・・」
「階段から落ちたのに、こんなところに刺し傷なんてつかないよね?」
「それは・・・ま、間違ってほうちょうで切っちゃって・・・」
腹部にはどす黒く変色した打撲痕がいくつもあり、一際痛々しく残っている刺し傷や刀傷。
それは腕や足、服に隠れているだけで全身にあるのだろう。
元から赤い髪をしているため、分かりづらいが頭にはいくつものかさぶた。
相当辛く、苦しい目にあったであろうことは一目瞭然だ。
しかしこれだけの仕打ちを受けているのに、そんな我が子はなんでもないと一生懸命笑顔を作り、里の人を庇う。
今にも、クシナの瞳から涙があふれ出そうだった。
「ナギサ」
「な、に・・・っ!?」
ふわり、とナギサはその両腕で抱きしめられた。
温かさがナギサを包み込む。
優しくて、ほっとして、だけどなんだか怖いその温もりにその小さな身を強張らせるナギサ。
そんなナギサの頬に、冷たい何かがこぼれ落ちた。
「かあ、さん・・・?」
おそるおそる見上げたその先には、涙を流すクシナの姿。
「どう、して・・・」
「ホントはね、数日前、あなたが里の人達に暴力をふるわれているところを見てしまったの」
「え・・・?」
「なのに、私はナギサの母親なのに・・・ッ!!
あなたを助けることができなかった、いや、助けようともしなかった!!
ただ黙ってナギサが、ヒドイ事をされているのを呆然と見ていたの・・・」
その時のやるせない思いが、怒りが、悲しみが、言葉で言い表せない感情が蘇った。
騒動が起きていた所へたまたま買い物がてらに足を運んだ。
それが自身の娘が理不尽に暴挙を受けている所だなんて誰が予測できようか。
様々な思いが頭へと駆け上がり、呆然とただ、見ていた。
ハッと我に返った時には既に事は終わっていて、血反吐を吐きながら腕を押さえ、文句も何も言わず、ただ黙ってその暴挙を受け止めた小さすぎる体で、ふらふらと立ち上がり、壁伝いに足を引きずらせながら帰っていく我が子。
そんな様子に涙が出て、見ていられなくて視線を逸らせば他の大人たちの冷たい目。
まるで全てを拒絶するかのような冷たい目、そんな目にクシナは思わずひるんだ。
その視線を、一身に受けている者へと視線を向ければ血や泥で汚れたナギサの姿。
信じたくなかった。
こんな目に遭っているだなんて、これはきっと何か悪い夢でもみているのだと。
しかし紛れもない真実で、それは痛い程にクシナの胸に突き刺さったのだった。
だって、ナギサはいつも何事もなかったかのように笑っていたから。
「ごめん、ごめんね・・・ナギサ・・・ごめんね・・・」
ただひたすらに謝りながら涙を流すクシナを、呆然と見上げるナギサ。
謝っても許されることではないとクシナは思っていた。
しかし、ナギサもまた違う考えがあった。
聡明な頭脳を持っていたからこそ自身に対しての憎悪や暴挙は納得できてしまった。
母親からも、父親からも離れて生活させられているのだって、二人が四代目火影とその妻であるが故、仕方ないことと理解していたのだ。
自身がこんなめに遭っていても、それを言わなかったのだって大好きな母や父にこんな表情をして欲しくなかったからだ。
だから、いつもはぐらかしてきたのに・・・
「母さん、謝らないで・・・」
そんな顔、しないでよと縋るようにクシナの服をギュッと握る。
「ほんとうに、大丈夫だから・・・」
「ナギサ・・・」
「私は四代目火影の父さんと、母さんの娘なんだよ?
あれくらい平気平気!!
だから、だから・・・お願いだから・・・泣かないで・・・」
消え入りそうな声色だった。
空元気なのが丸わかりの震えた声で、精一杯笑顔を作る。
今の自分は上手く笑えているだろうか・・・?
暴力を受けるよりも、殺されそうになるよりも、母親が自分のために苦しんで悲しんでいるという事実の方がナギサは痛かったし辛かった。
しかし、今のクシナには涙を止める術はなく、ナギサのその言葉を聞いて更にポロポロと涙を流す。
そんなクシナをナギサはずっと慰めるのだった。
そんな二人を、ミナトがドア付近の壁に背を預け、盗み聞きしていた。
「・・・ナギサ・・・」
まさか、自分の知らぬところでそんなヒドイ目にあっていたとは、とミナトは悲痛な表情を浮かべていた。
知らなかったで済まされることじゃない、ミナトは里の者達へ怒りを募らせたが、何よりも気付かずにただのうのうと父親を気取っていた自分自身に対してはらわたが煮えくり返る思いだった。
「・・・ごめん・・・」
小さく呟いた謝罪は誰に向けてなのか・・・
呟いた言葉とともに、一筋の涙が頬を伝った。
「ナギサ、アカデミー頑張るんだよ?」
「分かってるよ、父さん」
面倒臭いけど、と喉まで出かかったがそれを飲み込み、リュックを背負ってサンダルを履く。
ミナトとクシナは先ほどの会話が頭に過ぎり、表情が曇る。
このまま帰らせてよいのだろうか・・・
ずっと押し込めてきた感情が、ずっと一緒に暮らしたいという気持ちが顔をだす。
「・・・私、大丈夫だよ」
「ナギサ・・・?」
「父さんと母さんの子供だもん、どんなことだって耐えられるしやり遂げてみせるよ」
そんな二人に振り返り、父親譲りの真っ直ぐな瞳を向け、ニッと口角をあげる。
「だから心配しないで?」
ね?とふうわり微笑んだナギサに、ミナトとクシナは目頭が熱くなる。
自分たちは、どんなに、この子に負担をかけさせているのだろう・・・
この小さな背中に、どれだけの物を背負わせてしまっているのだろう・・・
クシナは思わずナギサを抱きしめた。
「・・・母さん・・・?」
「どんなに離れていても、どんなことがあっても、私たちはナギサの味方だからね・・・!
私たちはナギサのお父さんとお母さんだからね・・・ッ!」
「ッ・・・うん・・・また、ここにきてもいい・・・?」
「良いに決まってるじゃないか。・・・ここは、ナギサの“帰ってくる場所”なんだから」
そう、頭を撫でて微笑んだ父と母。
一瞬呆けたナギサだったが、うん、と泣きそうな笑顔で頷いた。
「じゃあ、“いってきます”」
「「うん、“いってらっしゃい”」」
そしてナギサは“我が家”を後にした。