作者史上初の、
気付いたら終わってた作品(え
いつだってすぐ近くにいた。
遥か昔、気の遠くなるような年月を“わたしたち”は待っていた。
まるで遥か星々と交わる夜の海原目掛けて漕ぎ出す船のように、目指す希望は抱きながら、それでも途方も当ても無いそれを諦め切れないままに、寄り添い続けた。
遥か昔、人が人であると自分達を認識した時、“わたしたち”は歓喜した。
形のない・目にも見えない・音も発さない―――そんな存在が、同じく実体の無い魂という自分達と似て非なるものが現れた時、己と異なるものを認識したことによって“わたしたち”は自らの定義を得た。
その時初めて得た感情―――“歓喜”は、人の赤子が産み落とされた場に現れるものととてもよく似ていた。
そしてそんなある意味親とも言える人間のことが、“わたしたち”は大好きになった。
だから、当然に抱く願いも次々と湧き上がる。
なんでもない願い、ありきたりで、贅沢なわけでもない筈の、それでも大切で大切で仕方ない願い。
話したい、触れたい、いっしょに遊びたい。
見て欲しい、優しくしたい、笑い合いたい。
でも。
“わたしたち”は、どうしようもなくカタチの無い者たちだった。
人間は“わたしたち”に気付かない。
気付いても、あやふやな接触はすぐに途切れそれは伝承やオカルトの闇に紛れ薄れていく。
いつか、いつかきっと。
人間と交われるその時を夢見ながら、“わたしたち”は彼らに寄り添い続けた。
人間の言葉を借りて自分達のことを妖精と名付け、限りなく近い場所で、限りなく厚い認識という壁に阻まれながら。
人間の歴史を、営みを、争いを、発展を、悲劇を、栄光を。
見て、観て、視て、観察して、俯瞰して、見守って、――――ずっと。
『ねえ、気付いて』
………それだけの願いを込めて何千年。
人間が世界を有限のものと思い始め、やがて何千万、何億という人々が始めたとても大きくて楽しそうな戦争(おまつり)。
その中で活躍した軍艦という兵器が―――鍵となった。
“わたしたち”の中で、それを拠り代として人と同じ肉体を、愛し合える姿を持てるものが出始めた。
祈りが生んだ奇跡なのか、神とやらの御業なのか、それともただただ偶然だったのか、そんなことはどうでもよくて。
大好きな人間とやっと愛を交わすことが出来る。
それでもやはりどこか次元がズレているというか、楽器に例えれば完全にチューニングを合わせることが出来るのは〈提督〉と呼ばれる限られた相手だけだったけど、歓喜を通り越して狂喜と化した感情のままに、“わたしたち”は愛を解き放つ。
人間のそれと比べ物にならない深度で、人の生など閃光のような年月を積み重ねてきた想いの丈のままに。
それが、〈艦娘〉。
≪…………なんて話は、どう?≫
白い部屋。
家具など無い、扉も窓も無い、明かりも無い、手抜きの画家がイメージしたにしても酷過ぎる何も無い部屋。
暗闇すら無い、手抜き極まる空想の空間で、私は彼を見下ろした。
ふてぶてしく足を組んで座り込む、提督…………彼にじゃれつこうとする懐の猫を抱え直して抑える。
「ファンタジーなんぞに興味はねーな」
にゃあ。
≪あなたは艦娘と心を交わし、人外の愛を受ける〈提督〉じゃないの?≫
「それは実際に今そこにあるもんだろうが。どうしてそこにあるのかなんて因果<ファンタジー>、俺にとって何の価値も無い」
≪………そうね。“わたしたち”にとっても今までの過程なんかより、好きな人と居られる今の方が億倍大事―――でもね、≫
――――そのせいで死んだの、分かってる?
「………ハッ」
私の言葉に楽しそうに笑った提督。
あんな最期(服毒死)でも、彼にとっては存外刺激だったのだろうか。
≪金剛の血を毎日の様に飲み干して。ダメだって、引き返さなきゃって思わなかったの?≫
にゃあっ
責めるように語調をきつくする私と何故か同調する猫。
そして、笑顔を崩さない提督。
「逆に訊くが、俺がビビって引き返すとでも?ましてお前の声は決して届かなかった…………なあ“大天使”猫吊るし様?」
≪…………っ≫
分かっていた、くせに。
話せた、触れた、いっしょに遊べた。
見てくれた、優しくされた、笑い合えた。
それでも人間と“わたしたち”にはどうしても違いがあった。
感性が、精神が、魂が。
それこそカタチの無いが故に言葉で表現出来ない何かが掛け違えている。
適応出来ない〈提督〉ではない人間が艦娘や艦娘に成り損なった妖精に触れるだけで、正気を失うように。
〈提督〉になれない人間を愛してしまった艦娘がその捩れに磨滅し、拠り代にした兵器の性そのままに破壊の愛を振りまく深海棲艦になるように。
無理やり埋めようとすれば、そのしっぺ返しは凶悪な呪いとなって跳ね返る。
≪だからこそ、突き進んだ?≫
「――――だってそっちの方が楽しそうだろ?」
人の世界に存在しない、物質――のような何か――である金剛の体液を取り込み続けたことで、線を踏み外してしまった提督。
こうして境界を無理やり踏み越える者に何が起こるかは実のところ断言は出来ない。
…………わたしの様に、誰にも認識されなくなる代わりに世界をほんの少し“修正”する存在になることも。
…………それを猫を抱えた一人の少女の姿として見据えられる今の提督の状態も。
深海棲艦化の亜種と言われても否定など出来ない。
逆に彼の認識ではもしかしたらいいことなのかも知れない、それでも私は決めていた。
≪“そっち”側に戻ってもらうわ、提督≫
「…………」
提督の変質に“修正”をかける。
それで何もかもが元通り、ただし金剛の性質は提督に自分の体液を摂取させようとしないものに変わるだろう。
私だって元でも艦娘だ、提督がたとえ深海棲艦よりおぞましい何かに変わっても絶対に愛せる。
そしてこの空間で、提督と二人きりでいられる。
それは確かに誘惑だったけれど、心の天秤を揺らすほどのものでもなかった。
こんな異常を抱えるようなことなくあるがままに日常を過ごす提督が一番好きだから。
だから私は、彼の周りの艦娘が踏み外しそうになった時もこうして修正をかけている。
いつものこと………そう自分に言い聞かせる。
「それで満足かよ、“ ”?」
にゃあ。
≪………え、え?≫
呆れたような提督の声が、私の心を揺らした。
呼ばれたその名前は、私がまだ艦娘だった頃の………提督と魂を繋げて幸せに過ごしていた頃の名前だったから。
≪覚えて、くれていたの?≫
誰にも認識されなくなって、最愛の提督からすら私の事は忘れられてしまったと、そう思っていた。
泣きそうになる。
もう呼ばれることもないと諦めていたそれが、もう一度提督の口から紡がれる。
どんなに嬉しいことだろう、どんなに幸せなことだろう。
嗚呼――――だからこそ。
≪ありがとうね、私の提督。………だいすき≫
とん、と繊細に突き飛ばすようなイメージで、私は“修正”を完了させた。
“通信エラーが発生しました。お手数ですが、オンラインゲームTOPからゲームの再開をお願いします”
…………。
「なあ、曙」
「何よクソ提督」
さして長くない鎮守府の廊下を提督と二人で歩く。
足音が存外響く中で二人分が混じり合う。
目的地まで遠くもないが、この小さな体の小さな歩幅だと予想以上に移動時間を要する。
そんな中で、私は提督に問われた。
「なんでお前ら、俺のこと好きなの?」
「…………」
詰まったのは、単純に応えるべき言葉がなかったから。
見つからなかったと言ってもいい。
「愛することに理由が必要?…………ああ、そういえば人間はそうだったのよね、不便だこと」
性質や愛し方に差があっても、艦娘にとって愛することと生きることは同義だ。
だからそこに意思はあっても意味は無い。
――――そう、それは私のような欠陥艦娘でも変わらない真理だ。
「お?否定しないのな、曙が俺の事好きで好きでたまらないこと」
「っ!?ば、…………っかじゃないの!何言い出すのよこのクソ提督、クソ提督、クソ提督!!」
その通りだ。
提督のことが好きで好きでたまらないから、本当は優しくしたいし、甘えたい。
なのに口を突いて出るのは罵声ばかり。
「はいはいクソガキクソガキ~」
「わぷっ、ちょっと……なにすんのよ!?」
そんな私の頭を、提督は撫でてくれる。
雑な手つきで、髪も思い切り乱されるけど、嫌いじゃない。
それでも。
「雷や榛名と同じ感覚で女の子を扱わないでよ、あいつらはその辺すっ飛んでるんだから。それともそんなことも分からないくらいそのただでさえ鈍い神経が麻痺しきっちゃったの?」
まともにお礼を言うことも出来ない。
ああ…………鈴谷に言われるまでもない、私は欠陥品だ。
提督に酷いことを言って、そっけなくして――――なのに提督に見捨てられないことにこうして悦楽を感じてしまう困った習性は、どうしようもない欠陥品のそれだ。
何より酷いのは、自覚してなお改められない艦娘の性質。
私なんて死んだ方がいいと、誰より私自身が思っているのに。
見捨ててよ(みすてないで)。
見捨てないで(みすててよ)。
全く同じ重さの感情が私の心の天秤を揺らし続けている。
そして提督がそんな私を見て楽しんでいることに、同じく等しく怒りと安らぎを覚えている。
ただ、一つだけ―――提督という存在だけがそれらの中心軸にいることは確かで。
提督という支点から私のあらゆる感情がぐるぐると回る。
依存執着。
提督という軸を外せば私はきっとどんどん空回る。
そのことにさえ、私は等価の悦楽と恐怖を覚えている。
「…………で?」
「なんだよ、『で』って」
「察しなさいよ、それくらい!」
「けっ、無茶ぶりだねェ」
今日はなんだかぶれがいつも以上に激しい、と私自身にそう感じた。
理由はなんとなく分かっている。
「新しい艦娘を建造しようなんて―――どういう風の吹きまわしよ」
「………うっせーな、そういう気分なんだよ」
普段絶対に建造なんてしたがらないくせに、嘘ばっかり。
しかも理由が『人数増やし過ぎると事務仕事が増えるから』なんて、それだけのことで最低限の艦しか鎮守府に用意していない提督なのだから。
それでも工廠に向かう提督の足取りは澱みなく、何かに突き動かされるように真っ直ぐだ。
数刻前に妖精に建造指示を既に出している為、もう新しい艦娘は生まれているだろう。
あるいは、彼女を見れば提督の様子の意味が分かるのだろうか。
ああ、少し気になってきた(怖い、見たくないよ)。
湧き上がった正反対の感情は打ち消し合って結局何も動かさないモーメント。
そんな私を置き去りにして提督は工廠の扉を開け、新たに鎮守府に着任する艦娘を出迎えた。
にゃあ。
なぜだか、猫の鳴き声がどこかから聴こえて。
「あなたが私の提督?」
「ったりめーだ」
海水の臭いの充満したなかで、電灯の光に照らし出された彼女の姿を見た提督は、どこか満足げに問いに答える。
その後に続いた小さな呟きは、私にしか聴こえなかっただろう。
「―――ああ、それでいいんだよ。俺は死人なんぞ愛した覚えは無え。共に駆け抜けた戦場が愉しかった、それだけで戦友(とも)を弔うには十分過ぎる理由だが…………俺のキャラでも無いんだよ」
聴こえたところで真意など分かるはずも無い言葉だったけれども、ただ提督が猛って何か熱くて激しい情動を内側で燃やしていることだけが感じられる。
「てめーのやることは単純だ。俺がお前に命令することもただ一つだ。
…………さあ、戦争をしようぜ、深海棲艦<バケモノ>達との楽しい楽しい殺し合いだ」
物騒極まりない提督の誘いに笑って頷く彼女。
その笑顔は何かぴったりと当てはまる表現があった気がして、でも一瞬浮かばなくて。
「了解。よろしくお願いします、提督………!」
ああ。
私は彼女の笑顔を見てこう思ったのだ。
まるで“恋する乙女”だと。
そんなの、艦娘だから当たり前のことなのに――――――。
…………。
≪やっぱり、こうなった≫
ほんの気まぐれ。
提督の建造する艦娘に、ほんの少しの私の想いを混ぜ込んだだけ。
それだけで、生まれたのは以前の私と寸分変わらないであろう艦娘だった。
苦笑しか出てこない。
私と同じように、ひと目見て提督に惚れ、見つめるだけでどんどん幸せになって、愛したいと願った。
それはきっと、私が何もしなくても生まれる艦娘の種類が違うだけの話だっただろうけれど。
でも、それで提督が喜んでくれたことに、安心と穏やかな気持ちのままに彼女に託せると思った。
私の愛を、私の想いを。
世界を好き勝手に塗り替え続けた代償だろうか、実体の幽かな自分自身が、ほぼ消滅に瀕しているのが分かる。
死期を悟る、という感覚を今まさに体感しているところ。
悔いは無い。
それどころか、愛する提督に命まで捧げられたのだ、乙女の本懐というものだろう。
多少どころではない自分勝手な自覚はあるけれど…………まあ、それくらいは許して欲しい。
法則(せかい)を超えてまで愛を求めて手を伸ばし続ける、そんなどうしようもない存在が“わたしたち”なのだから。
艦娘達は恋をする。
一度抱いた想いは僅かも嵩を減らすことなく育ち続け、例え何があっても消えることなどありえない。
それが人にとっては狂気にしか見えないものであっても、まったく正気のままに兵器は恋を謳歌する。
もし遂げられぬまま生まれ変わっても、前よりもっとあなただけを愛していく。
そう謳い上げるこの歌は、きっと終わりの無い繰り返しの純恋歌であり…………、
提督(あなた)ニ捧グ、巡恋歌。
≪ていとく、だいすき………っ、――――――――――――
完結。
……………まずはここまで読んでくれた読者に感謝を。
我ながらなにか凄いシュールなオチになったのも含めて、気付けば今までで一番好き勝手やった作品になったもので。
あまり深く語るつもりもなかった世界観設定も結局つっこんだし、――――でもなんだかそんな長い連載でもないのに変な達成感。
うーん、まとまんない。
個人的に自分でも一番訳の分からない作品になった気がしますわ。
不思議と嫌いじゃない。
…………ま、それはそれとして。
今のところ次きれいなサッドライプさんをやるのかきたないサッドライプになってしまうのかは分からないけど、その時はまたかコイツと苦笑いしながら付き合って、出来れば楽しんでいただければ幸いです。
では、いつか。
もしかしたら近い内に。
…………ああ、あと天使の正体は適当に好きな艦娘でも入れといてください。敢えて作者の方で特定はしません。