提督ニ捧グ巡恋歌   作:サッドライプ

5 / 7

 夕立って英語でなんなんだろう?
 ちょっと違う気もするけど………squall(スコール)?

―――――あっ(察し)



夕立

 

 洋上を滑る。

 

 今日は風が強い。

 海面は間断無く波立ち上下を続け、その中を割り裂く“航行”によって白い波飛沫となってともすればこの小さな身体よりも高く跳ねる。

 

「………ぽい!」

 

 悪戯に叩いた水面が一気に膨れ上がり、四々散々。

 見渡す限りの水平線にそんなことをすれば――――挑発された深海棲艦共が夕立を見つけてくれる。

 

『来たぜ夕立―――まずはオードブルだ』

 

「じっくり味わう暇は、ないっぽい!」

 

 夕立は今、敵地にいた。

 提督のストレスを発散する為に、深海棲艦の勢力の強い海域に単独出撃。

 僚艦は、要らない。

 

 提督との繋がり、提督と心を通わし――――“提督と一つになる”ためにはフジュンブツだから。

 

 身軽な夕立は、こちらを見つけて猛然と向かって来る巡洋艦級に負けない勢いで加速した。

 “相手の”有効射程に入って、敵はこちらを狙って船体に埋め込まれた砲を動かす。

 ぴりぴりと海風と混じり合って肌を刺激する殺意。

 

 なんて、遅すぎる。

 

 全く減速しなかったことで向こうが狙いを定めて砲弾を命中させられるようになったころには、もはやお互いの距離は正面衝突寸前にまで詰まっていた。

 そのまま撃ってもクラッシュして来る夕立を厭ったのか、回避を選ぶ相手。

 それが例え合理的な判断だとしても……残念ながら夕立には敵を目前に怯む臆病者の選択にしか見えなかった。

 

「ねえ、腰抜けさん」

 

 戦場では臆病な奴が生き残れる?

 

『逝っちまいなァッ!!』

 

 そんな訳が、ないだろう――――――!!

 

 すれ違い様に、得物を抜き打つ。

 獲物を捉える瞬間に引かれたトリガーが、破滅への導火線を一瞬でゼロにする。

 

 

 砕き斬る。

 

 

 大きく旋回して速度と波を散らす次の瞬間の夕立に残っていたのは、真っ二つになった敵艦と腕に未だ残る振動だけ。

 

 

『ハハッ、いいね。今日も〈白雨〉は―――、』

 

「―――絶好調っぽい!!」

 

 やはりこの武器は最高だ。

 敵を直に斬り裂く感触と、引き金と共に伝わる反動と火薬臭が同時に味わえる。

 

 “炸裂斬艦刀【ヘビーガンブレード】”、〈白雨〉。

 

 夕立より大きく、夕立より重い―――丁度提督と同じくらいのサイズを誇る刀身の内部には、弾薬を炸裂させ振動によって斬撃のインパクトをそれこそ爆発的に増大するギミックが仕込まれている妖精の特別製だ。

 

 戦闘とも言えない交錯の余波を探知したのか、新手の深海棲艦が水平線に姿を晒す。

 先ほどの情けない巡洋艦級よりも更に化け物染みた姿をしている―――つまり更に弱い雑魚。

 

 ただどちらが戦いを楽しめるかで考えれば―――断然こちらだ。

 所詮夕立の耐久力も装甲も駆逐艦のもの。

 すっとろく狙い撃たれるより、知性拙く機銃を乱れ撃たれた方がダメージとしてきついのは自明。

 

『かすらせもしねぇけどなァ!』

 

「掻きまわす、っぽい!」

 

 姿勢を低くして銃身の角度に傾斜をつけさせ、その状態でくぐり抜けるようにジグザグに海面を駆ける。

 時に離れ時に近づく火線と夕立の海面に刻む痕跡は、ステップを踏み外した瞬間に鉛の洗礼を食らう最高に悪趣味なダンスの記録。

 そう長くは続かない、夕立も避けきれなくなる――――それだけ、至近距離まで近づいたから。

 仕方ないので銃弾を吐き出す武装ごと叩っ斬り、返しの一閃で断つ。

 

 血のような、油のような、よくわからない液体が飛び散り夕立を汚した。

 目に入りそうな分だけを軽く拭い、ちろっと舌を出して手の甲を舐め、味を確かめる。

 

 不味い。でも。

 

『滾ってきたぜえ?』

 

「燃えてきた、っぽい………!」

 

 西に北西に北北東、いずれにもちらつく黒い影。

 流石敵勢力圏。次から次へと深海棲艦が湧いて出る。

 その高揚感を煽るには、いいスパイス。

 

 くるくるといささか大き過ぎるバトンのように〈白雨〉を回した後、肩に担ぎ水面を滑る。

 狙うは北北東、二隻ツガイのような巡洋艦級。

 何やら連携も取れているようで、前後に並んだ後一定の距離を崩さずに進撃する。

 陣形、のつもりなのか―――それを戦速を維持しながら僅かにも揺るがせない。

 

 少し感心する。

 ああ、そんなに仲がイイノナラ―――、

 

 

「仲良く一緒に」『ジャンクにしてやる』

 

 

 

 

――――。

 

「っ、ぽいっ!!」

 

 銃火を抜けて、刺し貫く。

 仲間が殺られた、それを好機と見たのか人間の手足を生やした黒いバケモノが他の仲間の死体ごと夕立に砲火を撃ちかける。

 

「ぽいっ」

 

『ああ、そうだな―――――』

 

 屍骸に刺さったままの〈白雨〉の柄の、引き金を引く。

 派手に爆ぜて、血煙りと霧立つ海面が夕立を覆い隠した。

 

 一瞬こちらを見失い、何の脅威もなくなった砲身が―――、

 

 

「廃棄(ぽい)♪」

 

 

――――持ち主の破却と共に、それこそ意味を見失った。

 

 身を隠す煙幕から、しかし一直線に襲いかかった夕立に自分が真っ二つになる形で道を空けたとーっても親切な深海棲艦だった。

 

 さあ、次だ。次。もっと。いくらでも――――そう、全霊を込めて戦争をしに来い。

 

 

『散れよ、砕けろ、爆ぜろ、………壊れちまいなァ!!』

 

「廃棄(ぽい)っ、廃棄(ぽい)っ廃棄(ぽい)っ、あはははは、ぜんぶぜーんぶこわれて、廃棄(ぽい)ッッッ!!」

 

 

 振り下ろし、切り上げ、現れる敵全部をズタズタにバラす。

 この快楽、止められない―――ああ、提督さん(ゆうだち)は今、とっても楽しい。

 

 そうこうしている内に、ぞわぞわと駆け抜ける悪寒。

 本命の到来を予期する、第六感に似て非なる何か。

 

 

「『ああ、素敵なパーティーの予感だ』」

 

 

 今までのような、数が多いとはいえ散発的だった襲来と違い、艦隊を組んで深海棲艦(あそびあいて)がやってくる。

 他とは性能が段違いの、発光している奴らまでいる。

 

 いいね――――提督さん(ゆうだち)もいい感じにノれている。

 喋る一字一句が、二人で重なっているのがその証拠。

 これが夕立の欲望であり生態であり、その重ねた思いはただでさえ我慢の効かない提督さん(ゆうだち)を更に駆り立てる。

 

「『本気出してやるから……さあ、素敵に踊り狂え。鉄屑になるまで―――』」

 

 “蹴る”。

 

 当たり前のように海面を蹴った夕立が、子供が水面に投げた平たい石同然に、跳ねた。

 右へ左へ前へ上へ。

 海の上を航行する艦娘<フネ>を狙うように出来ている兵装では、三次元的な機動を取る夕立を捕捉することは不可能。

 

 戦艦級まで混じった艦隊の一斉射撃は正に死の弾幕。

 駆逐艦の夕立の装甲なら一瞬で消し飛ぶ物量。

 ただそれも殆どは平面にしか展開できず、着地もとい着水の瞬間を狙うなんてあからさまな真似をしても当たってやるほどこちらは親切ではない。

 

 今の夕立を有効に攻撃出来るのは、空母の艦載機くらい。

 だからこそ最初の一太刀は二隻いた空母級の片割れに馳走してやったし、次に狙いを定めたのも残りの空母級。

 

 向こうもまずいと思ったのか、襲いかかる夕立の進路上に駆逐艦級(被害担当)が通せんぼするようにその醜い図体を置く。

 そんなに斬られたいんなら――――慌てんなよあとでじっくり細切れにしてやるから。

 

「『学ばねえのな………踏み台御苦労さん』」

 

 あわよくば動きを鈍らせた隙を狙い撃つ気もあったのだろうが、夕立は助走代わりにその勢いのまま駆逐艦級を踏みつけて高く高く跳ぶ。

 やがて頂上に到達し、そのまま重力に引きこまれ―――、

 

「『あばよ』」

 

 ほぼ直上から爆ぜる剣でもって、人型に近いが故に手頃な位置にあった首を刎ね落とす。

 

 存在一つで場合によっては戦局をも左右する空母級も、場合によらなければこの程度であっさり沈む。

 思うのだ。

 

 

――――どうして艦娘も深海棲艦も、自分の利点を生かさずにこういう風に弱点ばかりを晒すのだろう。

 

 

 あえて艦娘で語るが―――ほぼ完全に人型を取っている深海棲艦にも当てはまる―――、その強みは大きく三つ。

 艦娘か深海棲艦によらない通常兵器がほぼ効かないこと。

 水の上を自在に往けること。

 何よりそもそも人型であること―――軍艦の性能を等身大の少女のサイズに持っている、ということ。

 

 さて、夕立の拠り代である駆逐艦〈夕立〉の性能――――その出力は、四万二千馬力。

 文字通り四万二千頭の馬が全力で引っ張っているのと同じ力を出せるということであり、それをもってこの小さなカラダを駆動させれば、どれだけの運動能力を発揮できるかなど語るまでもない。

 

 だったらちまちま砲弾を撃っているよりこうやって剣でも振り回した方が絶対に強い。

 銃が剣より勝るのは、音速程度を見切れず、たった数ミリの弾丸で殺せてしまう人間の話なのだから。

 提督(艦娘)の精神(装甲)は、そんなに柔ではない。

 

 だから夕立は〈白雨〉以外の兵装はデッドウェイトとして、数本のナイフ以外は全く装備していない。

 結局やることはどうにかして敵に近づいて、思い切り斬る、それだけ。

 まあその過程も傷ついたりそれを無理して押したりと色々あってそれが楽しいのだけれど、同じ要領で一隻ずつ沈めていった。

 

 

 

 

 最後に斬った戦艦級の、どこか唖然としたような表情が印象的だった。

 

――――信ジラレナイ

 

「くす………ふふふふ、あははははははははははっ!!」

 

 本当は分かっている。

 

 

 夕立が異端なだけなのだと。

 

 

 そもそも艦娘はフネだ。

 そしておそらく深海棲艦もまた、あくまでフネだ。

 

 “わたしたち”が、元がそうだったから軍艦を拠り代にしたのか拠り代にしたからそうなったのかは分からない。

 だが今そうである以上、どんなに人間らしく見せても性質に縛られる。

 

 船員の白兵戦ならともかく“艦自体が殴り合いを、ましてチャンバラなどする訳が無い”。

 船は海を航行するものであり、“二本の足で駆けたり、まして飛び跳ねるなどありえるものか”。

 

 

 だったら人型を取って喋っているのは何事なのかと―――それだけ愛したかったということだろうけど。

 戦いはあくまで軍艦の存在意義であり、“艦娘(わたしたち)”の渇望(ねがい)ではない、だからそこまで気合を入れて法則(せかい)を超えられない。

 考え付くことすらしない。

 

 けれども夕立は、その思考のルールを超えている。

 それは―――それだけ、夕立の考えが、論理が、提督さんとシンクロしていることの証明だ。

 艦娘としてでなく、人間の思考になれている証明だ。

 

 

 そうやって愛する人と同じことを考え、同じものを好み、同じ理屈を共有する。

 

 なんて素敵な変化。

 例えその結果夕立が夕立でなくなっても構わない、寧ろ“提督さん”と同じになることこそが、夕立の――――。

 

 

 

≪その矛盾、分かってる?≫

 

「え――――?」

 

 

 

 何かがいた。

 敵じゃない、でもすぐそばにぼやけた何か。

 近くにいるのに、果てしなく遠い。絶対に触れられない何か。

 

≪素敵よね、分かるわ、“わたしたち”はずっと愛したかったんだもの、やっと愛せるようになったのだもの≫

 

「………、だれ?」

 

≪愛し方はそれぞれ。あなたのユメは“同じになりたい”という目的(よくぼう)そのものが妨げになっているから、叶うことは決してないのだけれど―――でも、はずみでということだってあるから、ダメ。“そこまで”≫

 

 目を凝らして姿をみようとして、耳を澄ましてその声を聴こうとして、失敗した。

 むしろ集中すればするほど輪郭を失っていくそいつ。

 

≪“わたしたち”は〈艦娘〉以上になってはいけないわ。人間は、〈提督〉以上に踏み外してもいけない≫

 

「かってな、こと………っ」

 

 ただ忠告に秘められた哀れみという感情が、夕立の神経を逆撫でした。

 

≪その先にあるのは破滅だけ。愛なんてないのよ。嫌でしょう?

――――全力で破壊(アイ)してるのに、応戦(キョゼツ)されるのも。

――――全霊で守護(あい)してるのに、気付かれ(むくわれ)ないのも≫

 

 知ったことか。

 おまえの寂しさなど、絶望など知らない。

 だからそんな悲しい声で、呪いの言葉をまき散らすな…………!!

 

 けれどそんな叫びは声にならず、気付けばぼやけているのも輪郭を失っているのも、夕立の意識だった。

 遠くなっていくセカイ、その中で。

 

 

 にゃあ。

 

 

 場違いでのんきな、猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

“通信エラーが発生しました。お手数ですが、オンラインゲームTOPからゲームの再開をお願いします”

 

 

 

 

 

「…………………ぽい?」

 

 気付けばそこは鎮守府の提督さんの部屋だった。

 深く椅子に腰かけて居眠りしている提督さんの上に、夕立はちょこんと腰を下ろしている。

 おかしい、どうしてだろう―――記憶では、夕立は単艦で提督さんと楽しく出撃していた。

 

 一瞬で場所を移動したのだろうか、それとも夢でも見ていた………いや、あの戦争の愉悦が夢であるものか。

 

 疑問を解決すべく、浅い眠りの提督さんを揺する。

 提督さんに訊けばなんでも教えてくれる。

 “提督さんの言うことだから、ぜったいに正しい答え”を教えてくれる。

 

「ねえ、てーとくさん、てーとくさんっ」

 

「ん、あー………あ?チッ。“また”かよ」

 

「ぽい?何の話?」

 

 面倒そうに眼を開いた提督さんが、夕立を見てなぜだか舌打ちした。

 何故、なんて。

 まあ“夕立なんかに提督さんの考えが分かるわけがないのだけれど”。

 

「…………お前、俺の考えが分からなくても癇癪起こさなくなってるのな」

 

「そんなの起こす訳ないっぽい。夕立はおばかだから、提督さんの考えが分からないのが当然っぽい!」

 

「ハッ」

 

 元気に応えたら、提督さんが笑ってくれた。

 嬉しくなった。

 嬉しくなって、さっきの疑問なんてどうでもよくなって、“いつものように”おねだりする。

 

「ねえ、てーとくさん。夕立、おばかだからわからないっぽい」

 

 こんなんだからおばかなのかも知れないけど――――、

 

 

「だから、教えて?てーとくさんのぜんぶ、夕立におしえて………?」

 

 

「―――――“全知無脳(あなたいろにそめあげて)”、って感じか。継ぎ接ぎし(パッチ当て)ても歪み具合は変わらないし、性質も結局似たようなユメに着地するのに、満足なのかねあいつも」

 

 壁に立てかけてある夕立の相棒の〈白雨〉を見ながら提督は歪んだ笑みを見せ、そのまま夕立を抱き寄せて唇を奪ってくれた。

 

「……ま、別にいーか」

 

「ちゅぅ、んぅ、えへへ、てーとくさんっ」

 

 もう一度、キス。これがキス。

 てーとくさんのつばが甘くて、ちょっとだけ苦くて、おいしい。

 ちゅるちゅるする舌や唇の感触がきもちよくて、しあわせ。

 

 てーとくさんは、たくさんのことをおばかな夕立におしえてくれる。

 すてき、もっともっと提督さんの伝えること全てを刻みたい。

 

 だからもっとおしえて。

 てーとくさんの全部、教えて。

 何でも受け止めるわ、それが全て正しいことなのだから。

 

 からだを預け切って、すりすり甘えて、夕立はおねだりする。

 

 てーとくさん、だいすき。

 

「ぽいっ!!」

 

 

 

 





 という訳で夕立の区分は…………あれ?

 まあワンパターンにただヤンデレな艦娘達を書いてもよかったけど、それ連載の意味ないよね(特定方向に白手袋)

 ってことで、次回誰の話かは秘密。
 あと夕立さん、艦これってそーいうゲームじゃないから。

 でもガンブレードってやっぱり厨とロマンの塊だとおもうんだ()

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。