今回はなんかつなぎの話かも。
まあ榛名は大丈夫だからそんなにインパクト大きくないもんね()
秘書艦、という役職がある。
秘書“官”と軍“艦”を掛け合わせた駄洒落みたいな造語で、字面から分かるように司令を補佐する為の事務仕事を担当するのが職務内容。
これでも大本営が定めた正式の役職であり、配下の艦娘の内一名を指名することが義務付けられている。
提督が指名しているのは、榛名。
理由は『なんかそれらしい』という如何にも見た目と雰囲気だけで決めたという適当さだった。
なので例えばもし霧島が来たらきっと交代になる予感しかしないので、光栄とは言えないものの、着任からこちらずっと榛名が秘書艦業務を担当している。
だから提督と執務室で事務仕事をしているのも、わりといつもの風景で、これに関して役得と言えることではあった。
そして提督は地味な書類仕事を当然の如く嫌っていて、あまりというより全然やる気を見せないので、それを宥め賺し愚痴を吐き出させてはそれに相槌を打つのも秘書艦の役得(しごと)の一つ。
「なあ、榛名ー?」
今日も、ぐだっとだらしなく伸ばした声で榛名を呼ぶ。
こう言ってはなんだけれども、提督に甘えられているような気がして嬉しくなってしまう自分がいて、なんだか雷のようだと我ながら呆れてしまう。
それはともかくとして、提督のこれから言う内容を予想して適切な返答を考えながら、直角に並べられた机越しに体を向けて訊ねた。
「どうしました、何か不備がありましたか?」
「俺がそんなのチェックしてないなんて知ってるだろうが。それより書類に全部サインしてくの面倒くせえから、俺の決裁用の印鑑作ってくれね?」
「………残念ながら」
提督の望みは叶えるべきだが、印鑑自体は作れても提督の目的は果たせないので否定の返事を返さざるを得ない。
「以前も申し上げたと思いますが、大本営発『鎮守府の運営に関する通達』第590号において、鎮守府の提督の直筆の署名以外の、代筆及び印章による決裁は効力を認められません………見透かされています、提督」
「…………チッ」
大本営に、提督に対して印鑑による決裁を認めたら榛名(秘書艦)にそれを渡して事務仕事を全て丸投げしてしまう、と。
あるいは、どこか別の鎮守府の提督で前例があったのだろうか。
物資の搬入指定、備品の在庫管理、施設点検、工廠の利用記録etc.………鎮守府を鎮守府として成り立たせる為の書類全てにおいて、提督の決裁が必要となる。
現状でも提督は上がってきたものにただ名前を書いているだけなのだけれども、最低限それだけでいいからどうしても体裁を整える必要があるのかも知れない。
“艦娘という兵器が提督の管理下にあること”。
自立した兵器が人間の手を離れて鎮守府の事務仕事を全てこなす―――即ち軍事基地を掌握しているというのは色々な意味で認められないであろうから、最終決定権を握る責任者が提督というのは譲れない一線ということ。
「まあ、俺なんか〈提督〉の中じゃ扱いやすい部類だろーからな。何せ戦う場所と手段だけお膳立てしときゃそれでいい」
「………ノーコメントです」
そもそも。
うちに限らず基本的に提督というのは殆どが人格破綻者か、まともそうに見える場合余計に性質の悪いサイコパスの類かのどちらかで、大本営も軍人としての教練を施すことを半ば投げ出している。
そうでなければ艦娘と魂を繋げた状態での戦闘時の精神へのダメージに耐えられないのか―――普通の人間が艦砲を受けたら肉片しか残らない、それと同等の衝撃を何度も何度も受けて廃人にならないことが要求されると考えれば過酷なんてレベルじゃない―――それとも、そもそも艦娘(兵器)と心を通わせる、魂を繋げるなどという所業そのものが気狂いの為せる業なのか。
「そんな俺らにこんな地道な仕事やらせよーってのはどだい無茶な話じゃねーのか?」
「仕方ないです。言っても虚しくなるだけですよ?」
提言はしたが経験則上少しばかり愚痴を続けさせないと仕事にはならないだろう。
束ねて丸めた書類で戯れに机の上を叩く提督を、ただ見据えて促した。
「なあ榛名。天才少年提督ってちょっと前にやってたよな?」
「はい、記憶しています」
確か歳の頃は提督の一回り下くらい。
父母の居る祖国を護る為身を尽くすのだと天晴な心がけで提督になった、とプロパガンダされていた。
天才も何も〈提督〉の資質を有するかに年齢など関係ないし、その性質として艦娘との接続は出来る者には出来て出来ない者には全く出来ないという両極端なものだけれども、報道に踊らされる一般国民にそんな正確な理解などある筈がない。
「見た感じでは純真で真面目そうな子ではありましたが―――、」
「分かってんだろ、〈提督〉にまともな奴がいるかよ」
それでも、と続ける提督。
最初の内は真面目に作戦に従事し、周囲への気配りを絶やさず、戦闘でどんなに痛い思いをしても必死に耐えて逃げることはなかった、そんな“理想的な”提督をやっていたらしいその少年。
配下の艦娘もそんな少年を慕い、その内の一人、重巡・愛宕が―――、
「――――ある夜、そのガキに夜這いしたんだと」
「………は?」
「夜這いっつーか、殆ど性的虐待の域だったとか」
ぱんぱかぱーん。
そんな気の抜ける声がどこかから聴こえてきた気がした。
「で、“ハジけた”」
「………あー」
話のオチが読めた。読めてしまった。
馬鹿にした声で提督はそれを語る。
「姉の高雄まで巻き込んで逆襲食らい、『わん』しか言えなくなった艦娘が二人、今日もその提督の鎮守府で走り回ってるってよ。ちなみに服を脱いだ姿はグロ的な意味で見られたモンじゃなくなってるらしいぜ」
「うぅ、想像してしまいました………」
眩暈と気持ちの悪さがこみ上げてくる。
そんな榛名を見て楽しそうな提督。
まあ、提督が楽しいなら何よりなのだけれど。
「ところで、その情報はどこで?」
「ん?ああ、愛宕の同僚の加賀が大本営に通報したんだよ、『このままだと鎮守府の運営に支障を来たす』ってな」
「なるほど。それでその後はどうなったのでしょう?」
「翌日その加賀が通報を撤回した。『解決シマシタ。オ騒ガセシテ大変申シ訳アリマセンデシタ、わんわん』」
「…………堕ちました?」
「オチたな、一日で」
一航戦の誇りって………いや、うちの五航戦も大概か。
結論としては、その少年提督も狂人で、戦犯愛宕がそれを覚醒させてしまったという“だけ”のこと。
どうせ艦娘のことなのでそんな少年提督のことも大好きで仕方ないだろうし、見るに堪えない有り様ながらもその鎮守府は問題無く運営され続けていくのだろう。
通報を受けた大本営も『いつものことか』で通信記録だけを書類庫に放り込んで終了したらしい。
「深海棲艦と戦う防人だ勇者だと持ち上げたところで、提督なんて所詮そんなもんだ
…………そんなのに鎮守府の運営の事務仕事やらせるとか無茶も過ぎると思わねーのかね大本営は」
「あ、そこに戻ってくるんですね」
提督にしては珍しく回りくどい会話………あるいは単に雑談でその少年提督の話をネタにしたかっただけか。
「仕方ないですよ、言っても」
再び繰り返す。
提督も分かってはいるのだろうけど、これはガス抜きのような会話。
“狂人”だとしても紛れも無く“人”であり、非生産的なこういう行為も必要な時がある。
まして―――――。
「鎮守府に居る“人間”は、提督だけなんですから」
彼と真に対等な存在は周囲にいない。
それは、どのような“人間”に対しても毒のように蓄積していくストレスなのかもしれない、と思った。
とはいえそれこそどうにもならない。
深海棲艦に対抗する為に現れた存在、艦娘を軍が運用し始め、ノウハウも定まらず試行錯誤していた頃は、鎮守府を運営する要員も当たり前にいたらしい。
が――――ある者は発狂し、ある者は原因不明の自殺。
失踪。行方不明。謎の叛乱行為。そして、艦娘による惨殺。
具体的なプロセスは未だに分かっていない。
艦娘が〈提督〉にしか恋をしないことと関係があるのかも知れないけれども、原因の推測もその程度。
結局場当たり的な対処で、鎮守府にその提督以外の人間を配置しないという規則になっている。
おかげで戦いに専念出来ればそれが色々な意味で最良の筈の提督や私達艦娘がこうして事務仕事に精を出すことになってしまっていた。
設備保守や艤装の整備等に関しては妖精がいるけれども、アレは己の銘(フネ)を持たない艦娘もどき。
自意識が希薄で、その分感覚的なことに対しては艦娘以上の性能を持つ部分もあるが、仕事にムラが激しく書類仕事は任せられない。
…………それと同レベルのどこかの瑞鶴と、あとは夕立を除いた面子で手分けして書類を作成し、秘書艦の榛名が最終確認して提督の決裁をいただくのがこの鎮守府の体制になっている。
「あー……だりー。気が滅入る」
「あと少しですよ、提督。がんばりましょう」
効果はあるか分からないが励ましてみると、のろのろ名前を書くだけの作業を再開する提督。
なんだかんだで、あまりサボタージュして鎮守府の運営に支障を来たすと…………“戦えなくなる”ことが分かっている以上、絶対にやらないなんて言い出すことはない。
それもまた大本営に扱いやすい部類の提督として認識されている一因だけれども。
(ああ、おいたわしい。提督……)
とりあえず今最も重要なことは―――提督の気分と機嫌が最底辺なこと。
こちらで何か気晴らしを用意しようかと思うが、有効なものはなかなか思いつかな―――――、
「提督さんっ、出撃するっぽい!!」
ばんっ、と勢いよく掌を叩きつけて扉を開き、執務室に乱入してきたのは、駆逐艦・夕立。
西洋人形のような見た目と、子犬の純粋さを思わせる爛漫さが第一印象に残る少女。
実際は、そんな可愛げのあるものでは断じてないが。
「おう、夕立」
「したくもないのにしないといけない書類仕事に提督さんの気分は鬱鬱。その気晴らしに最適なのは、勿論出撃っ!闘争こそ提督さんの本懐、戦争こそ提督さんの生きがい、っぽい!!」
「ま、待ってください夕立!資源に余裕はありますが、それは今月大本営より受領した海域侵攻作戦への参加の為の備蓄です。私だって、それは考えましたけど………っ」
「ぽい?」
そのままだとほいほい提督が頷いてしまいそうな提案に対してつい椅子を蹴倒しながら立ちあがった私の反駁に、何気なくこちらに顔を向ける夕立。
それだけで、どうしても体が身構えてしまう。
「大丈夫っぽい!駆逐艦の夕立での単独出撃なら大して消費はないし、
――――なんならついでに深海棲艦の“巣”でも潰して、そこから資源をかっぱらってきてもいいっぽい?」
大言を吐く彼女…………それが不可能でないことは、この鎮守府の誰もが知っていた。
「………っ」
「ふっ、くく……じゃあやるか、夕立!」
「ぽいっ!」
“当然に”夕立の案を採用してしまう提督に、机を飛び越してその胸元に潜り込む夕立。
その光景を見た榛名が一歩後ずさったのを――――“同時に”愉快そうな顔で二人視線を向けてきた。
「榛名、やっぱり夕立のこと、苦手っぽい?」
「噛みやしねーぞ、こいつは。ハハッ」
「それは、その……」
図星を突かれ、言葉に詰まる。
確かに、榛名は夕立が苦手だ。
彼女だけは………ダメだ。榛名の意識にどうしてもノイズを交えてくる。
榛名は、提督の為に存在し駆動している。
提督の欲望、愉悦、そういうものに寄り添い、出来ることを全力で尽くす。
他の艦娘ならそれで問題無い。
例え提督が彼女達を愛でようが、その為に先日の瑞鶴の時のように榛名を道具にしようが、それが提督の望むことなのだからそれで大丈夫。
けれども夕立は、“あなたのよくぼうこそわたしののぞみ”だと提督と“思考共鳴”させる夕立は。
夕立が喜ぶことは即ち提督が喜ぶことで、だからそれに尽くせば………しかしそれは夕立に尽くしていることになる、そんな矛盾を起こして榛名の中にエラーとして亀裂を刻んでくる。
そんな榛名の内情を、“提督の思考で”理解しているのだろう、提督そっくりの意地の悪い笑みで、しかし優しく可愛らしい声で夕立は囁く。
「だいじょうぶよ、榛名。怖がることなんて何もないわ」
苦しい。
苦しい。
こんな思いを私にさせる夕立は、しかし提督の意思であり、それならば甘んじて受け入れなければならない、でも受け入れるのは夕立で、ああ、ああ、エラーが榛名をどんどん軋ませる。
「だって、提督(わたし)は榛名が好き。マジ愛してる、っぽい!」
「やめてえええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ―――――――――――――――!!!!!」
耐えきれなくなって榛名は、執務室から逃げ出した。
己を保存する本能が命じた、あまりに直接的な逃避行動。
その後ろを、愉快そうな笑い声が“二つ”、追い掛けてくる。
振り払っても、振り払っても、耳に響く。
榛名は、夕立だけは、どうしても大丈夫ではなかった。
榛名はダメみたいです。犬が。
半ば説明回になったけど、まあこの榛名のデレ方は静と受容だから、最後みたいに積極的に弄っていかないと話が発展しないからね。
それはともかく、次回は夕立話。
この鎮守府で実は一番邪悪というかゲスいロリでした。
それも全部クソ提督に汚染されたせいなんだけど。
ところでなんで愛宕高雄の薄い本はショタ提督ばっかなんだろうね?
加賀も比率高いし。いや、本編の内容とは関係ないけど。