凛は激怒した。必ず、かの邪智暴虐を
過去の名作をワンクッション置かなければ表現する事を憚られる程に凛は激怒していた。
理由は現在穂群原学園で流行っている恋の御守りである。
この御守り、冬木のある神社で購入できる物で、半球体のガラス玉であり、男性用女性用に別れていて、それぞれ1つの球体を割った物なのだ。自身が持つ御守りの片割れを持つのが運命の人、と言うローカル極まりない代物である。
凛は魔術の世界に身を置く者として、その程度『おまじない』は歯牙にも掛けず、鼻で笑う程度だ。由緒ある神社の古くからの御守りなどは侮れない力を秘めているが、新しく作られた御守りなど大した神秘を持っていないのが常識である。
しかし、この御守りには確かに神秘を纏っていたのだ。微弱な魔術と術式を暴かれない様に隠す高度な隠蔽。それなりの腕の魔術師が関わっている事が確定なブツが、冬木のセカンドオーナーである凛の許可なく流通している。この事実だけでも凛は怒りは測り知れない。
その上、御守りが売られている神社というのは、『遠坂神社』なのである。遠坂神社は名前の通り、冬木の土地管理者である遠坂の先祖が所有していた神社(正確には神社を隠れ蓑にした国外宗教の教会)だ。宝石魔術の祖、宝石翁に弟子入りする際に魔術基盤が混ざらない様に管理を委託していた土地である。
そう、遠坂の土地である。例え権利書がそれを預かっていた言峰綺礼が教会ごと燃えた所為で行方不明だったとしても、遠坂の土地なのだ。
遠坂の土地で、凛の許し無く、許可してもいない魔術品が、それなりの値段で、流行している。それは凛の逆鱗を16連打するレベルで怒りを誘発、否、誘爆させた。決して、土地の許可と流通の許可でどれだけの上前を撥ねる事が出来たかを計算しての怒りでは無い。セカンドオーナーとしての怒りだ。別に首謀者を半殺しにして売り上げをかっぱらってしまおうなんて考えて居ない、いないったらいない。
御守りの話を聞いた凛は即座に行動を起こした。体調不良の振りと言う個人的には屈辱この上ない手段を持って学校を後にし、魔術による強化さえ入れて遠坂神社へと走り抜く。
そして、辿り着いた遠坂神社で見たのは神主の格好で掃き掃除を行っている想い人と同じ顔のガングロ。つまりアヴェくんである。
「そうじ〜そうじ〜楽しいなぁっと、、って、げぇっ遠坂!?」
何処からか響くジャーンジャーンと言う音と共に近づいて来る凛に恐れ慄くアヴェくん。
「
「ひぃっ!和やかな挨拶に最後の慈悲が混じってるよぉ!こぇーよ!」
笑顔の凛にアヴェくんは五体投地を持って答える。現在地は神社であり、対象があかいあくまでなければ完璧な五体投地であった。
「こんな事を仕出かす奴なんて、どんな奴なのかしらと思ってたのだけど、探る手間が省けたわね」
「ちょ、ちょっと待て。俺はただの手伝いだ!アレを作った奴は・・・」
「凛、騙されちゃ駄目だ。全部ソイツがやったんだ!」
凛の笑顔に恐れを成して洗いざらい吐こうとしたアヴェくんの言葉を、突如として現れた巫女服のキズナ(装備:銅鑼)が遮る。
凛は取り敢えず2人にガンドを放った。
「さて、コレはどう言う事か説明して貰いましょうか」
その後2人を制圧した凛は石畳に2人を正座させてから口を開いた。平日の午後で人が殆ど居なかったが、人払いが施されてしまった神社にその行いを止める人間は居なかった。
しかし、蛮行と言う点ではキズナも負けて居なかった。説明と言う言葉にばね仕掛けの様に立ち上がり(その際に放たれた凛のガンドはアヴェくんを盾にする事で防いだ)、
「この御守り、正確には『満ちゆく半月』って言う量産型礼装です!」
「魔術師として、量産と言う言葉がどれだけアウトか考えなさい」
凛の冷静なツッコミにも負けず、キズナはアヴェくんに御守りの在庫を持ってこさせる。1000個程のガラス玉の山が2山、女性用と男性用に分かれているのだろう。
キズナが嬉々として語るには、この礼装は月と言う概念を与えたガラス玉を魔術で2つに割り、元が1つの物は戻ろうと引かれ合う、月は満ちる物であると言った概念によって片割れを持ってる人物に興味を持つ、あるいは、何となく出向いた場所での遭遇率を上げると言う微々たる効果の礼装らしい。
しかし、恋に恋する高校生にターゲットを絞った事で、学校内での遭遇率上昇は元々の遭遇率の高さから更に上がり、興味を持つ事で今まですれ違っても気付いてなかった相手を意識すると言うまるで恋の始まりの様な演出が自然と行われるようになる。極め付けが片割れを持つ人が運命の相手と言う売り文句である。今までの事で距離を詰めた相手が片割れ持ちと言うロマンスにより、錯覚は恋へと変わり、
魔術の効果としてのおまじないでは無く、魔術効果が起こす錯覚を利用した商い。魔術師としてでは無く魔術使いの商売だ。呆れた凛が口を開こうとした時、
「既に士郎にも御守りを渡してあります」
そして、此方がその片割れ。
目を口を、三日月型に歪めた様な笑みを浮かべながらキズナは言う。
凛の中で魔術師としてプライドと少女としての乙女心が天秤に掛けられた。
魔術師として、キズナの魔術師としての矜持が無い行いは八つ裂きにしても許される物だ。恋する乙女として、キズナの持つ御守りは素直に欲しい。好きな人と偶然会える確率が上がるとか、興味を持たれると言う事はあの女の子の髪型より野菜の良し悪しの方が目敏い様な唐変木に、髪型変えた?とか聞かれるかも知れないのだ。
乙女心に天秤が傾く、凛の名誉の為に言うが普段ならこんな事で揺れる程凛は甘く無い、しかし、今回は初めての恋と言うイレギュラーに加え、婚約者とか言う反則的な立場に立っているキズナが想い人の姉の様な人に妹分と認められると言う圧倒的優位に立たれているのだ。恋する女子高生としては焦らない方が可笑しいのだ。
凛が悪魔の誘惑に負け、手を伸ばしそうになった時、更に悪魔は笑みを深めた。
「えい」
「っ!?」
悪魔は軽い掛け声と共に手に持っていた、士郎が持つ御守りの片割れを、御守りの山の中に放り投げ入れて混ぜてしまった。
「ちょっと!?」
「うふふ、手が滑っちゃいましたー」
棒読みの台詞と共にキズナは御守り販売所の看板を指さす。
曰く、『恋守り1体1000円也』
「この山の中に、士郎の持ってる物の片割れが混じっちゃいました。」
さて、幾つお買い上げになられますか?
正に外道。恋心を食い物にするとはこの事である。
「此処にある御守りは1000と1。士郎の片割れの確率は1001分の1。さて、幾つお買い上げになられますか?」
「あ、悪魔じゃないの!?」
「魔術師がそんなに軽く悪魔なんて言っちゃ駄目ですよ?」
狼狽する凛に対しあくまで笑みを崩さずにキズナは今回の仕掛けの名を告げる
「名付けて、キズナ式運命の人ガチャ」
「オーケー、我が来世。お前って最悪だな」
自身の前世に人類悪を見る様な目で見られてもキズナの笑みは崩れない。むしろ単体狙い最高レアリティが約0.1%の底有りなんて、良心的だとさえ信じ切っていた。
笑顔のまま迫るキズナ、圧倒される凛。
「因みに慎二も持っていて、その片割れも入ってます」
「本当に最悪だな、お前」
付け加えられた会話さえ、迷いを生む。
「さぁ、全部買いますと言ってしまえば良い。たった100万ですよ。」
「か、か、」
アヴェくんが1体分はサービスするんだなとか自身の来世の行いに現実逃避を行っている横で凛が気押され、そして吹っ切れた様に叫ぶ。
「買う訳ないでしょォ!そんな物!!」
具体的な金額によって目覚めた魔術師としての矜持により、叫びと共に御守りの山に向かって宝石を投擲、爆発させる。
御守りは砕け散り、事の元凶達も爆風に巻き込まれ転がり、折り重なって倒れた。すぐさま起き上がろうとしたが、底知れない殺気により倒れた姿勢のまま釘付けにされる。
「さて、どうなるか分かるかしら?今回は手加減しないわよ?」
遠坂神社に悲鳴が響く。先程も言った様に遠坂神社にはそれを止める者は無い。
かくして、冬木は守られた。
凛が去った後の遠坂神社、そこに転がる骸が2つ。
骸、キズナとアヴェくんはむくりと起き上がる。どちらも無表情であり、その顔は全く違うハズなのに、似通って感じられた。
「流石遠坂さん、予定より2日早かった」
「いやぁ、金絡みでのあの人の鼻は恐ろしいね」
無表情のまま、声のみはいつも通りなのが不気味さを助長する。
「でも、『欠けたる狂気』はもうばら撒かれた」
「申し訳無いけど、俺らって所詮、ラスボスですから」
小さく響く嗤い声、その狂気を止め得る者は此処には居なかった。
主人公達の裏をかいて企み事するのが好きなだけのラスボス達
因みにタイトルは走れメロスのノリで読んでくださたあ