赤い赤い世界、そこは士郎がただ一日も忘れることが出来ない悪夢と同一の光景だった。
「ッ・・・!?なんなんだよここは!?」
「この場所には大火災の死者達の怨念が焼き付いていた。それこそ、ちょっとの弾みで異界を作るぐらいにね。
それをこの世界を原風景とする自分を核に纏めて、固有結界を作ったんだ。」
士郎は自身の側で瓦礫に押し潰されている男を助けようとするが、男は士郎が触れた所から灰となり消えていく。そして、その次の瞬間にはまた同じ場所で悲鳴を上げている。
「ここは死者に焼け付き、場に焼き付いた心象風景。ただあの夜を再生し続けるだけ、だから、この場に居るものは全て死者なんだ。士郎と自分を除いてね。」
死に逝くものは、死してまた死に逝くものに戻る。何度も何度も『崩壊』を『再生』し続ける絶望の『輪廻』。それがこの固有結界なのだと創名は言う。
「こんな世界を作って何になるって言うんだよッ、創名!?」
「言っただろう?『最期の問い掛け』って。
この世界で死者達は何を考えてると思う?」
怒りに顔を歪める士郎に創名は言う。士郎とは真逆に淡々と、冷たく感じる声。
「何故?どうして?自分がこんな目に会うのか?何が『悪かったのか』?そんなことを考えてるんだよ。」
「何が悪かったか?」
「そう、本当に彼らはどうしてあの日死んじゃったんだろうね?まぁ、大雑把に言っちゃえば聖杯戦争のせいだけどさ、そんなの当時の彼らに分かる筈もないよね。」
おどけるように手を上げて続ける。
「誰が悪かったのか?自分が悪かったのか?別の人間が悪かったのか?運が悪かったのか?」
「そんなの・・・」
「答えなんて出る筈がないよね。」
彼らは悪くはなかった。確かに言えるのはそれだけなのだ。ただ巻き込まれただけ、ただそれだけで死んでいった者達は問い掛け続ける。どうして?何が悪かったのか?誰が悪いのか?
「自分は悪くない、原因を探し、そして見つからない時、亡者たちが求めるのは『悪』だ。
それが有ったから、ソイツが居たから、分かりやすくて責め立てやすい悪を人は求める。」
「それがどうしたって言うんだ!」
「悪を求めるからこそ、この世界が必要なんだよ。」
創名の言葉はあらゆる物が燃える音が上がり続ける世界で、嫌になるほど響いた。
「この亡者達は問い続ける、その答えとして、全ての
「その為の、この地獄の再現か。」
「その通り。だからこそ、この世界の名は『最期の問い掛け』。全ての悪を背負う者を導き出す亡者の世界。」
この固有結界その物が供物であり、詠唱なのだ。聖杯の降臨は本来この土地では行えない。けれど、その道理を10年及ぶ怨念と、10年前の惨劇の縁を使って曲げさせる。そして、その力で自身の目的を達成する。創名の目的を考えればこの上ない手段だ。
「それに、どんな形であれ答えが出て、その力を吸われれば、この怨念も消えてなくなる。
10年前の犠牲者も、何の意味もなく死んだんじゃなくなる。その死に意味が生まれる。」
「・・・創名。」
創名の言葉によって、士郎の表情に戸惑いが生まれる。大火災で生き残った士郎にとって、犠牲者達の死と、その意味は考え続けてきた物である。彼らの死に何の意味があったのか。自分達が生き残った意味は何か。士郎が考えていたように、創名も考えていた。そしてこれがその答えだ。創名の目的、すなわち『正義の味方の誕生』その為に使われるなら、彼らの死にはその意味と価値が有ったということになる。暴論であり、独善であり、見方によっては侮辱でさえあるだろうそれを、創名は示して見せた。どんなに最悪のものであれ、無意味よりは良いだろうと。
「自分は彼らに答えを与える。自身以外のモノが悪かった、そんな身勝手で人間らしい結論を。」
言葉を区切り、創名は士郎を見る。その瞳が求める者を理解し、士郎は呻く。
「・・・俺にも答えを出せ、ってことか。この世界の問い掛けに。」
「その通り、士郎の答えが、自分よりも納得いく答えだったらこの結界に自分が望む効果は無くなる。」
この場を造り上げている怨念は、救われなかった者の怨念だ。全ての人を救おうとする『正義の味方』を目指す士郎にとっては答えを出すことの出来ないモノだ。誰かを救うことというのは、士郎にとって命を救うという事だ。しかし、この結界を生み出している彼らは既に死んでいる。そうである以上、彼らにとっての救いは心の救済以外に無い。士郎にはそれが理解出来ないが故に、救済の答えを出すのは不可能だと言える。
「自分を止めるのに、2つの方法がある。さっき言った通り、この惨劇の答えを示すこと。
もう一つは、この結界の核であり、聖杯を持つ自分を殺すこと。何れかを持って士郎の勝利となる。」
「わざわざ教えてくれるなんて親切だな。」
「ラスボスだからね。自分の弱点を教えるなんてお約束だろう?もちろん、どっちの方法を選んだ所で、自分は剣を持って妨害するけどね。」
士郎の皮肉に創名は嘯いた。茶化すように、巫山戯けるように。
「自分たちはずっとそれぞれの道を歩いてきた。人に与えられた理想を、借り物の夢を。自分の内から生まれたものじゃないモノを追い求める道を。それでも、それが正しいって信じてきた。」
創名は一歩前に出て士郎の正面に立つ。手を伸ばせば届く距離、剣を振るえばその命を断てる距離。聖杯戦争が始まる前なら、幾度もこうやってお互いに顔を付き合わせたことがある。しかし、士郎も創名も、向かい合った互いの顔を見るのは初めてのように感じた。
二人の道行きはどこまでも隣り合っていた。『正義の味方』を目指す士郎と、『士郎を正義の味方』にしようとする創名。その道は何処までも平行で、交わる事も、向き合うことも無いはずだった。けれど、今、二人は対峙している。向き合い、互いの思いをぶつけ合うように視線を交錯させている。どちらも退く意思など無く、諦めることなどあり得ない理想を抱えながら。
「ねぇ、士郎。自分が君を見てきたように、君は自分を見てきた。だから、君に聞こう。
「ああ、間違っている。だから止める。」
士郎の言葉を聞き満足そうに、創名は頷く。そして、一歩で士郎から距離を取り、銀の砂を投影する。
士郎も同じく、士郎も投影した双剣を握る。
創名が士郎をここに招いた理由は、単にこの世界で士郎へと問いたかったのだろう。間違っていると思うのか?どう答えられようと、創名が行ってきたこと、行うことは変わらない。それでも、聞きたかったのだ。創名にとって『最期』になるのだから。
「お前は間違ってきたかもしれない。桜にも、他の連中にも謝るだけじゃ済まない事してきたかも知れない。
でも、俺はお前を『悪』だとは思わない。ただ、間違っただけだ。
だから、帰ったら一緒に謝ってやる。」
「やっぱり、壊れてるね。士郎。」
士郎の宣言に呆れたように、あるいは諦めたように創名は言う。
「それじゃぁ、方法は一つだ。聖杯を賭けて
言い終わると同時に、刹那の違いも無く、二人は地を蹴り、剣を振るう。合図など要らない。この二人が向かい合った時点でこうなることは決まっていたのだから。
衛宮士郎と衛宮創名、二人の原点である赤い世界で、二人に決着が与えられる。