正義から遠き二人
「ランサーが討たれたか。そろそろギルガメッシュを動かすか――」
言峰綺礼は先程の光景を思いだしながら呟く、衛宮創名。自身の仇敵とも言える男の養子であり、綺礼からすれば興味深い衛宮士郎の双子の弟。
しかし、ランサーと共有した視界に映った彼は二人からは似て非なる性質を持っているように見えた。そう、例えるなら第四次聖杯戦争終結のあの時見た、忌まわしくて愛しい聖杯のような……
そんな思考をしながら綺礼は教会奥から礼拝堂へ踏み込み、喉から笑いを洩らす。
教会の礼拝堂は、銀の砂が溢れていた。
唯一砂ががかかっていない信者席には少年が一人腰掛けている。
「God, give us serenity to accept what cannot be changed, courage to change what should be changed, and wisdom to distinguish the one from the other.」
「主よ。変えられる物を変える勇気と、変えられない物を受け入れる心の静けさと、変えられる物と変えられない物、その両者を見極める叡智を我等に与えたまえ。
ラインホールド・ニーバーの言葉か。汝、神に祈る子羊か?衛宮創名。」
「――自分は神に祈らないよ。ただ、この言葉通りに色々と割り切れたら楽だったろうな、と言うだけだよ。」
創名の呟きに綺礼が問いを投げ掛け、創名は自嘲しながら即答する。
「ギルガメッシュを呼ぶのは無駄だよ。アサシンが足止めしてる。令呪も無意味、それはさっきランサーへの令呪の命令を無効にした事で理解してもらえてると思うけど。」
「ククッ、ああ勿論。元よりギルガメッシュを呼ぶなど無粋な事をするつもりは無い。」
令呪による強制転移は防げないがハッタリで封じようとする創名に、綺礼は不気味な微笑を浮かべ答える。ハッタリに引っ掛かったと言うよりは、本心からそう思っているのが明らかであり、創名はそれに不愉快そうに舌打ちをする。
「無粋かどうかは知らないけど、貴方と自分が話してるだけなのも粋じゃないでしょ?」
創名の言葉と共に銀の砂が舞い上がり、攻撃の準備を開始する。しかし、綺礼はそれを察しながらも一切構えず、ただ見透かすような瞳で創名を見つめるのみだった。
「まぁ、待て、衛宮創名。お前にとって、私は何時でも殺せる相手だ。遺言ぐらいは言わせてくれても構わんだろう?」
綺礼は創名の左胸、いや、心臓を見詰めて言う、何もかも知っているとでも言うような表情だった。
「まさか、前回の聖杯の欠片を心臓に埋め込むとはな、サーヴァントにさえ匹敵しうる魔力のタネはそれだな?」
「……」
綺礼の言葉に創名は沈黙する。その言葉に動揺した訳ではない。
綺礼の言葉通り、創名の心臓には桜の心臓から奪った『マキリの聖杯』を改造したモノが埋め込まれている。
聖杯の泥から体を創られた創名は、聖杯との相性が良い。それこそ、聖杯の呪いにより、魔力を活性化させることも、その身に宿した聖杯にくべられたサーヴァントの魔力を引き出す事も出来る程度に。
それは、聖杯の泥を喪った心臓代わりにしている綺礼に対し、絶対的な優位を持っているのと同義だ。そうでなくともアンリ・マユの呪いを活性化させる創名が近くにいれば、綺礼を生かしている呪詛の泥が綺礼を蝕み、死を与える。
創名が目の前に現れた時点で、綺礼は詰んでいるのだ。ランサーがいれば、逆転の可能性もあった。呪いにより、アドバンテージを奪われる綺礼と、無限の剣骸によりほぼ全ての攻撃手段を封じられてしまうギルガメッシュだけではなく、一撃でその心臓を穿つ事が出来るランサーがいれば、この状況からでも創名の心臓を聖杯ごと破壊し、魔力量による不利をなくす事が出来ただろう、だから、創名はランサーを撃破して間を置かずに綺礼を襲撃したのだ。暗躍する者が
そうだと言うのに、綺礼にも創名にも目に見える変化は無い。敗北が決定した絶望も、勝利が約束された高揚も二人には無い。ただ、目の前の存在を観察している。片や自身の愉悦の為に、片や何の感情も無いような瞳で……
「無駄だよ。自分は傷だらけだけど、貴方に開ける傷はない。」
やがて、綺礼の
「然り、その様だ。魂までが傷にまみれているというのに、それだけだ。血も流れず、膿みもしない、かといって回復するわけでもない。まるで生まれた時からそうであるかのような傷……」
そこまで言って、綺礼は何かに思い至ったように笑みを深めた。
「いや、傷その物がお前の存在証明。衛宮創名という存在と衛宮士郎という存在を分けるのはその傷のみーー」
「ーー故に、
綺礼の独白のような言葉を遮り、創名が言う。淡々と、
「切嗣が自分に創名という名をあてがったのは、どういう意図が有ったのかは知らないけれど、コレほど相応しい名は無いだろうね。」
それが、衛宮創名の存在を縛る
「
とんだ
傷付く事は、言い換えれば変化するという事だ。創名の精神は、それが出来ない。幼い約束の月夜から、彼のは何一つとして変わっていない。年月も平穏も、
一人で壊れ、戻り、崩壊と再生を輪廻する。
「そうだね、自分は紛い物でしかない。」
しかも、返品必至の出来損ないだ、そうおどけながらも、なにかを確定させるように言葉を続ける。
「けれど、自分の願いや目的は本物だ。どれだけ間違った物だろうと、切嗣から与えられた物だろうと、自分の心にある、自分だけの物だ。」
そう言った自身の言葉が正しいと信じて創名は行動する。原点から誤っていると知っていながら、正しいと信じる事を止められない。
「お前がそうだと信じるならばそうなのだろう。」
創名の矛盾を愛でるように綺礼は笑い、腕を広げる。これで最後だと言うように。
「偽物が本物に焦がれるのは道理、お前が目的を果たさんと死力を尽くすのも尤もだ。その熱意、その情念、果てを見られないのは残念だ。」
最期の祝詞を唱える。神を讃える言葉、神に赦されないモノを愛した魂は果たして救われるのか、それを知る者は誰も居ない。
創名が一丁の銃を向ける。それは、綺礼がかつて答えを求め、相対した衛宮切嗣の切り札の後継、アンコール。それから放たれた弾丸が綺礼の左胸に喰い込み、瞬間、魔力が炸裂し野球ボール程の風穴をあけ、聖杯の呪詛による炎が上がる、第四次聖杯戦争終結時に多くの人を焼いた炎だ。
「貴方の生き方は大嫌いだけど、貴方自体は嫌いじゃなかったですよ。」
燃え上がる骸を見つめて囁く、それは完全に死亡したかを見届けるついでのような、ぞんざいな、だからこそ心の底から思っている事を洩らしたような言葉だった。
「求道者に死後の救済が在らんことを………Amen。」
弔いの言葉を言うのと同時にアサシンから撤退に成功したという報告が念話を通じて届き、安堵の息を吐く。
燃え移る炎を横目に、教会の地下へと歩き出した。
その日、教会で起きた火災と教会の神父と思われる焼死体が発見された事が報じられた。
そこは、虎なししよーやロリでブルマな弟子が居る道場の真上から2つ隣の教室。今日も赤毛白衣な先生と、やる気の無い学ランなアヴェくんがいた。
「アンリ´Sきゅーあんどえー」
「いえーい」
恒例の掛け声を出すが、アヴェくんの頭からは煙が出ている。
「今回は外道神父との問答だけど、ぶっちゃけ何が言いたいんだ?」
「えーと、回りくどく言ってるけど、言ってるのは創名の精神や考え方はどうやっても変わらない、固定化されている事と、今の状態ではアーチャーの願いである創名の救済が不可能って事だよ。」
アヴェくんに言いながら、本当の授業のように黒板に書き始める先生。
「精神が変わらないのは、固有結界の作用。固有結界は精神世界の具現化、つまり精神には固有結界と同じ効果、同じ特性があると思われる。それによって創名の精神は常に一定の…………長くなりそうだし今度補足しようか。」
ノートに巻いて!と書いて見せるアヴェくんに苦笑し、先生は次の話へと移る。
「救済の不可能さは本当に救いようがないレベルだね。創名が救われるには、衛宮士郎を正義の味方にするのを諦めさせるのが一番早いけど、説得も生半可なダメージも無駄。諦める事は死ぬ瞬間まであり得ない、現状じゃ殺すしか止める方法は無い。」
「救われない話だな」
「では、次回
神を語る
お楽しみに」