弟くんがラスボスルート   作:潤雨

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本日二回目の投稿です。


夢2

 

凛が本堂へ足を踏み入れた瞬間、アーチャーが彼女を抱えて後ろに飛ぶ。刹那の後、五本の矢が凛がいた場所を貫く、二秒の時間差で後退した場所をねらう矢をアーチャーが打ち落とした。

「ふむ、そこまで殺す気ではないようだな。」

「どこがよ!?殺意満載じゃない!」

「矢に毒も爆発物も付いてない上に、時間差で来る矢の数も少い。どちらかと言えば警告だろう。ここから先には罠があるぞ、というな。」

アーチャーがそう告げて、本堂の入り口にガントレットで触れる。

「――トレース・オン」

アーチャーの詠唱にガントレットが白い光を放ち、それに呼応するように本堂のいたる所で赤い光で魔法陣が浮かび上がる。

「私のガントレットには、私の解析魔術を格段に向上させる効果がある。それを使えば、ご覧の通りだ。」

浮き彫りになった隠された魔術の罠を前に、アーチャーは得意げに言う。

また、魔法陣が光を放つことで、暗かった本堂の中の状況が人の目でも分かる程になる。

「ッ――桜っ!!」

本堂の奥に一際強い輝きの魔法陣、その上に横たわる桜の姿があった。目覚めないように意識を封印されているようだが、目立った外傷は無い。

凛の叫びと共に、慎二と士郎が桜の元へ駆けて行こうとしたが、凛がそれを制す。

「ちょっと待ちなさい。キャスターが消えても、罠がまだ生きてる。下手に突っ込んだら、桜を巻き込みかねないわ。」

「その通りです。先程の矢のような、ハーヴェストが仕掛けた罠もあるはずです。」

凛とバゼット、魔術師二人に言われて無謀な二人は本堂への突撃を諦めた。

「物理的罠なら私が解除しよう。凛とバゼットは魔術による罠を。」

「ええ、任せなさい。」

「私も問題有りません。」

アーチャーの言葉に二人が頷き、魔法陣の解除にかかる。本来ならば、魔術の英霊たるキャスターの魔術を解除するのは至難の技だが、キャスターが消えた今なら比較的楽に解除できる。アーチャーも手早く罠を解除していき、一時間すれば桜までの最短ルートの安全を確保できた。

「桜!」

最後の赤い光を放つ魔法陣を解除した途端、凛は桜に駆け寄ろうとした。しかしその時、凛の踏み出した先に白い光を放つ魔法陣が現れた。アーチャーの解析に引っ掛からなかった真に最後の罠。アーチャーのガントレットを製作したのは創名だ。ならば、ガントレットによって精度の上がったアーチャーの解析のレベルを予想し、それを上回る秘匿を行っているのは当たり前に考えられる事だ。今回、凛がそれに思い至らなかったのは遠坂の御家芸“うっかり”が原因だろう。もしくは、妹の窮地に冷静を保てなかったのか。どちらにせよ、凛は罠を起動させてしまった。

「しまっ……!!」

凛の意識は悲鳴を上げるより先に闇に呑まれた。

 

凛は夢を見る、それは凛が知り得ない光景だった。いや、凛だけではなく、ただ一人を除いて世界の誰も知らない光景だ。それはある少女が抱えてきた記憶、閉ざした心の中に隠し続けた悪夢。

蟲が体を這う、蟲に体内を侵される。蟲に胎内を犯される。響くのは耳障りな老人の声、桜は棄てられたのだと笑う。

「(嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌)」

誰にも助けを求められず、兄である慎二にも虐げられ、犯される。その記憶を凛も追体験させられる。桜が飲み込んできた悲鳴が聞こえ、故に凛は折れそうな心を奮い立たせる。凛が気付けなかった、助けられなかった桜の思い。それならば堪えなければならない。凛は、桜の姉なのだから……

「(嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……………助けて)」

 

凛は静かに目を開く、自分を見下ろすアーチャー達が歪んで見えて、自分が泣いているのだと気付いた。声をかけてくる士郎を押し留め、桜を抱き起こしている慎二に近付き、

「破ッ!!」

「ゲフッゥ!」

一歩で間合いに入り震脚、膝を付いている慎二の顔に美しく、何よりも破壊的な掬い上げるような拳を決めた。英霊のアーチャー、格闘をこなすバゼットでさえ感嘆するしか無い完璧な一撃だった。慎二は転がるように吹き飛び、まだ解除していない魔術の罠にかかり、本堂の入り口まで恐ろしい勢いで飛ばされ、立ち上がる事さえできない。

凛はそんな慎二などすでに眼中に無いように桜を抱き起こし、意識の封印を素早く、丁寧に解除する。声こそ出ていないが、瞳からは止めどなく涙が流れ落ちていた。

「――ん、……姉、さん?」

「桜!……ごめんね。こんなダメな姉貴で。今まで、貴女を助けてあげられなくて……」

涙を流す凛の顔に、桜の手が弱々しく触れる。

「これも、夢なんでしょうか?姉さんも先輩もいて、私なんかを心配してくれてる。」

「夢じゃないわよ。もう、いつまで寝惚けてるのよ?早く帰りましょう。私達の家に……」

赤い少女の涙は、花のような少女の顔に落ち、花のような少女の涙と混ざりあい宝石よりも美しい雫となり、流れ落ちていった。

 

 

衛宮創名は夢を見る。隠れ家へとたどり着き、体を休める為に眠りについた。そのままはっきりとした夢を見るならば、それはサーヴァントの記憶だろうと判断した。

それは彼がまだ顔や名を捨て、山の翁となる前のこと。彼は既に多くの人を殺め、その技を完成させていた。人を殺し成り代わる、異能の域に達した彼の技を見破れた人間はいなかった。ある時、彼は旅の女と恋に落ちた。その時の彼の姿は偽りだったが、その想いは紛れもなく本物だった。彼女の名と彼女が仲間と旅をしてい事しか知らないし、彼女は彼の本当の姿さえ知らなかったが、互いに想い合い、慈しみ合った。それは、とても幸せな日々だった。

しかし、運命あるいは彼の信じる神は、それを赦さなかった。彼にいつも同じように暗殺の命令が下される。標的は彼の愛する彼女、彼女は旅をしながら教えを広める異教徒だった。

彼は、いつものように仕事をこなす。彼女に近い人間、彼女の旅の仲間を殺し成り代わる、そんな事をしなくても彼は充分彼女に近かったのに、彼女に自分が彼女を殺したのだと思われたくなくて、卑怯にもそんな手段を取った。だけど無駄だった。

「あら、■■■そんな事しなくていいのよ。」

彼女は微笑みながらそう言った。今まで誰にも見破れなかった彼の技を見破ったのだ。それも、成り代わった相手をよく知っていたから正体を見破った訳ではなく、彼自身さえ気付かなかったほんの些細な癖で、彼が彼であると見破った。

勿論、彼は変装術を極める過程で自らの癖を全て直している。彼女が気付いた癖は、直すどころか誰も癖だと思わない程度の物だった。愛しているから気付いて当然だと、彼女は微笑んだ。

彼の技を見破った時点で、彼女は彼が何者で何をしに来たのかを悟っていたが、逃げる事も彼を攻撃する事もしなかった。ただ慈しみを持って彼に告げる。

「貴方を愛し、信仰を守り通すのが私の正義なのです。」

彼は異教徒は殺すという彼の正義に従って、彼が愛した笑顔を浮かべる彼女の胸にダガーを突き立てた。死に逝く彼女を自身の素顔をさらして抱き起こす。

「ああ。それが、貴方なのですね。良かった、最期に見るのが貴方で……」

それが、彼女の最後の言葉だった。彼女の亡骸を抱え、彼は慟哭する。

「神よ、なぜ貴方は誰もが信じうる正義を御作りになられなかったのか!?私と彼女、同じモノを信じさせてくれなかったのですか!?」

彼の慟哭に答えるモノは無く、それでも彼は叫び続けた。彼女の体が冷たくなった頃、ようやく彼は彼女を離し決意を持って立ち上がる。その後、彼はさらに多くの人々を殺した。自身の正義を貫き、自身にとっての悪を殺し尽くしたその先に、誰もが同じ正義を信じる世界があると信じて殺し続けた。いつしか彼は名を捨て顔を捨て、山の翁(ハサン・サッバーハ)となっていた。それでも彼の正義は絶対になり得ず、彼は死の間際まで誰もが信じうる正義を求めていた。

やがて彼は一人の少年に召喚される。少年の目的は、正義の味方の誕生。それはつまり、誰もが信じうる正義の誕生を意味していた。彼は心に決める、マスターの目的の為ならばこの仮初めの命、喜んで差し出そうと……

 

 


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