予想外な程計画通りに事が進んだ。体に走る激痛さえ忘れて笑みがこぼれる。
計画の中では、慎二が来ても来なくても上手く行くように手を打っていたけど、できれば来て欲しいなぁとは思っていた。あの日、確率は低いとは言え士郎達に見つかるかもしれないと言うリスクを払ってまで慎二に勿忘草の弾丸を撃ち込んだのは、この為だったのだから。
勿忘草の弾丸、効果はシンプルにして強力、ある一つの事柄とそれにまつわる記憶の忘却。例えば、人間だった事を忘れさせれば対象は自身が人間であることと、人間として生活していた記憶を失う。今回、慎二に忘れて貰ったのは魔術への執着と、それに起因した感情だ。
名門の魔術師の家系に生まれた慎二は、魔術が使えない事によって歪んだ。魔術が使えないと知る前は、自身が特別で他人より優れていると思っていた。なのに、彼は
それゆえに魔術に執着し歪んだ。魔術回路を持ち、マキリを次代に繋ぐ為に養子となった桜に嫉妬し、その行き場の無い感情を彼女にぶつける程に歪んでしまった。
でも、高校に入学した頃からの友人として、慎二がそれだけではない事を自分は知っていた。
だからこそ、慎二が再び舞台に上がるように細工したのだ。聖杯戦争後、慎二がまた士郎と友人であれるように、桜とやり直せるように、余計なお世話のお節介を焼いて、しなくてもいい賭けをした。
あの日、
「僕は、桜に謝らなけゃいけないんだ!今さらだと言われても、やり直せなくても、それでも桜にもう一度会うんだ!だから、桜を返せ!!」
慎二は熱い言葉と共に、短剣を振りかぶりキャスターにトドメを刺そうとする。まだキャスターに消えられたら困るので、ゆるくなった拘束から逃げてキャスターを突き飛ばす。短剣がカスって傷が増えたが気にしない。どうせ治るし。
「起動しろ、無限の剣骸。
制限展開。」
いい加減痛いので奥の手を使う。切嗣の魔術、固有時制御の考えを応用した物だ。
人の体は世界から隔絶されている。つまり、肉体自体が結界だと言える。固有時制御は、それを利用して結界内の時を操る衛宮の秘術の効果を体内に限定し、自身の体の時を操作する魔術だ。これはそれの無限の剣骸バージョン、体内に固有結界の効果が発現する。士郎の体から剣が生えてくる現象も同じ理屈だと思う。
痛みが引いていく、やっぱり固有結界を完全に展開した時に比べるとはるかに再生速度が遅い。
戦場は、突然の乱入者と自分の再生で混乱して停止している。そんな中、時間がやってくる。
「ぐぅっ!」
「宗一郎様!!」
葛木先生がバタリと倒れ、キャスターが悲鳴を上げる。予定時間と誤差五分以内、うん、上出来だ。
「……なるほど、創名、何を盛った?」
「遅効性の睡眠薬、葛木先生が食べたのにもれなくね。」
「なんですって!?」
アーチャーの問いに答えれば、キャスターが叫ぶ。かなりの重傷のはずなのだが、どれ程弱くてもサーヴァントと言うべきか。戦闘前に弁当を作ったのは、これが理由。キャスターは魔術品としての毒薬には気を配っていたので、魔力が一切無い普通の薬を使ったのだ。この場でやることは完了した。桜ちゃんが囚われている場所は、慎二に渡したメモに入ってるから心配無い。計画を頭の中でシュミレーションし、成功率が八割を越えたのを確認して動き出す。
「じゃ、またね。」
「は?ちょっと待て創名!」
意識が完全に葛木先生に向いていたのか、反応が遅れた士郎に手を振りスタン・ロッドの術式を遠隔で起動する。スタン・ロッドは家で逃げる時に使った鞄と同じ術式が仕込んであり、目を潰すような激しい光を放って爆発する。その瞬間に脱兎の如く逃げ出す。足の健をアーチャーが放った剣で切られるが、転ぶ前に再生し逃走に成功する。なんか、アーチャーが容赦なくなってる気がする。逃げまくってること怒ってるのかな?
「安心してね。もうすぐ殺しあうから……」
聞こえないだろうがそう呟いて、キャスターがトドメを刺される前に計画を完遂するために走りながら作業を開始する。
「─素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――」
セイバーとアサシンの戦いも膠着した物になっていた。
ステータスではセイバーの方が優れているが、マスターから満足に魔力供給されていないセイバーは宝具を使わず、しかし、速やかに突破しようとするためにかえって攻めあぐね、アサシンは戦いを楽しみながら、キャスターからの命令である“セイバーの足止め”を全力で行い、戦況が膠着する。
「まったく、女子(おなご)とは思えぬ、素晴らしい剣舞。実に見事だ。」
「貴方こそ、アサシンとは思えない剣技。驚きを禁じ得ません。」
生涯剣を振るい続けた者同士、互いの剣技を称えあう。
「残念ですが、貴方と剣を競いあう時間もあまりない。次で最後です。」
「ふむ、ならば私も死力を尽くそう。」
セイバーとアサシンの気迫がぶつかり合い、空気を震わせる。あと、刹那の後に最後の剣を振るうと言うタイミングで山門から創名が飛び出てきて、山門が独りでに閉じる。創名は、敷かれたままだったブルーシートの上に立ち、石段で向かい合うセイバーとアサシンを見下ろす。
「閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。閉じよ (満たせ)。 閉じよ(満たせ)。閉じよ(満たせ)。
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。」
強い意志を宿した瞳のまま口にするのは、サーヴァントを召喚するための詠唱。セイバーの直感が最大級の警告を鳴らす。
同時に詠唱に呼応し、ブルーシートの裏に描かれていた魔方陣が淡い光で浮かび上がる。
「告げる。
汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣 に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」
あの詠唱を止めなければいけないと直感が告げる。しかし、創名に近づいてはいけないと本能が恐れる。
「邪魔をするなと言ったはずだぞ。狸!」
アサシンが創名を斬り殺さんと駆け出すが、それに対し創名は詠唱を途切れさせず、足下に置かれたままだった重箱をアサシンに向かって蹴り飛ばす。料理が飛び散り、それぞれの重箱の裏に書かれた魔方陣が輝き、連鎖的に爆発を起こす。抗魔力の無いアサシンは意表を突く魔術の攻撃を受け、成す術無く吹き飛ばされる。着地し、再び向かうよりも創名が詠唱を終える方が速い。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善を成す者
我は常世総ての悪を敷く者
汝三大の言霊纏う七天 、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
詠唱の終句と同時に、魔方陣の輝きが一際強くなり、それが収まるとアサシンに異常が起こる。
「ガァァッ!!」
アサシンの肌の下を何か蠢くように、比喩では無く肌が泡立つ。
「……この身を喰らうとは、いかな物怪だ……!?」
「ウケケ、サーヴァントだよ。」
アサシンの体から声が響き、
宝具が発動し、アサシンの体の異変が止まる。しかし、それは正常になったのではなく、
「うおっ!コイツ、アサシンとは思えねぇステータスだ。」
アサシンが、口調も雰囲気も変えて驚きの声を上げる。
「へー、それが君の宝具?」
「その通り。って、大切な事を忘れる所だった。
我は、アサシン。汝が我を招きしマスターか?」
「そうだよ。よろしくアサシン。
いやーぶっつけで成功して良かった。いくら奪った知識とは言え、自分がやれるかはビミョーだったし。」
サーヴァントを生け贄に、サーヴァントを召喚する。それはマキリ・ゾォルケンの奥の手であり、創名がマキリ・ゾォルケンの記憶を奪い手に入れた魔術だ。創名は最初から、この魔術だけを狙いマキリ・ゾォルケンの記憶を奪ったのだ。
「やったね。これなら手間が省ける。」
サーヴァントのステータスを確認したのか、創名の声が弾む。
「で、マスター。最初のご命令は?」
「逃げるよ。」
「仰せのままに」
「なっ!」
あまりの事態に固まるセイバーを尻目に、アサシンは創名を抱え、敏捷A+のステータスを持ってその場から離脱した。
どこまでも不吉な予感を感じるセイバーを振り返らずに……
そこは、虎なししよーやロリでブルマな弟子が居る道場の真上から2つ隣の教室。今日も赤毛白衣な先生と、やる気の無い学ランなアヴェくんがいた。
「アンリ´Sきゅーあんどえー!!」
「いえーい。」
「ワカメがメインだと思った?残念。作者の力量不足で、インパクト無しだよ」
「いやいや、あんなに熱い性格だったけか?」
「まぁ、根はイイ奴だよ。創名も性格の矯正する為に色々やってるし。」
「へぇ、どんな?」
アヴェくんの言葉に、先生は黙りこむ。
「ヒント1、創名の得意なことは、壊す事と直す事です。」
「あれ?ヒントが不吉なんだけど…」
「ヒント2、慎二は根はイイ奴です。」
「……ゴクリ」
「ヒント3、何事も根より表面の方が壊し易いです。」
「こえーよ!慎二はいったいなにされたんだよ!?」
「世の中知らない方が良いことがあるよ」
先生の邪神のような笑みにアヴェくんが後退る。
「後は、固有結界の制限展開か?」
「それはまた、補足説明で創名が召喚したアサシンのステータスと一緒に紹介するんだって。」
「あぁ、なんか性格悪そうなサーヴァントだよな。」
「性格の良い暗殺者ってどうなの、それ?
次回、
夢
お楽しみに」