原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 ぐらりと揺れる偏頭痛のような感覚が醒めやれば、私はもう別の場所へと転移していた。

 どうやら室内の公式戦ルールフィールドらしい。眩しいほどの照明に照らされて、障害物のない乾いた地面が広がっている。テレポーターとフィールドは柵で仕切られていて、そのままトレーナーボックスになっている。

 しかし観戦席はなく、代わりに馬鹿でかいディスプレイが両側に掲げられている。そこには挑戦者・伊藤海史――つまり私がすり替わった少年の情報が表示されている。

 ただ、相手側のトレーナーボックスに人影は見えない。きょろきょろ辺りを見回していると、スピーカーからあの司会のおちゃらけた声が響いた。

 

『さぁ、それではいよいよ、試合開始です! 伊藤くん、準備はいいかなーっ!?』

 

 こちらから向こうの様子がどうなっているのかはわからないが、私はとりあえず曖昧に頷いた。まぁ賭け試合なのだから、向こうからは丸見えだろう。案の定、私が正面に向き直ると、どこからともなくモンスターボールが打ち出されてきて、フィールドにガルーラが現れた。

 さて、こうまで巻き込まれてしまったんじゃ仕方ない。やるだけやり切らないと、逆に怪しまれてしまう。救援の増田ジュンサー達が来るまでは、なんとか時間を稼いでおかないと。敵地のど真ん中、孤立無援。この上ない主人公フラグに心が折れそうです。

 と、大人しく折れてる場合じゃない。一匹目は誰で行こうか。

 ぶっちゃけ、ここまでの道程で既に手持ちの半分はバレてる。特に目立つジャンボがいないのは幸いだけど、残り五匹のうちでも顔バレしているアルディナとバーナードは出せない。消去法に則れば、使えるのはカロッサ、メルシュ、職人だけ。三匹中二匹水ポケかよ。バランス悪いな。

 まぁ、ここにきて四の五の言っても始まらない。私の選んだ一番槍は――

 

「カロッサ、頼んだぞ!」

 

 私の声に応じ、カロッサは頼もしく飛び出してくれた。

 ここは地面のフィールドだ。水辺じゃない場所では、メルシュはとことん不利。できれば職人とカロッサの二匹で、三匹とも処理してしまいたい。

 

『それでは両者のポケモンが出揃ったところで……エキシビジョンマッチ、スタートォ!』

 

 耳障りな司会の掛け声と共に、ガルーラは真っ直ぐに突進してきた。トレーナーがいないのに、自分の判断で勝手に動いている。その様子から見ても、トレーナーの指示がない独立戦闘(スタンド・アローン)に慣れていることがわかる。相手の経験値はかなり高そうだ。

 だけど、場数ならカロッサだって伊達じゃない。トップ独走のジャンボを除けば、間違いなくメンバーの中で1、2を争う実力の持ち主だ。

 ガルーラは鈍重そうな巨体とは裏腹に、凄まじい脚力で一気に距離を詰めてくる。右手が輝き、腰の後ろまで思い切り引かれていく。メガトンパンチの体勢だ。

 

「カロッサ、焦るなよ」

「ガメ!」

 

 対するカロッサは低く腰を落とし、広めに足を開いて構えを取る。カロッサは唯一、見よう見まねで私の柔術や合気道を覚えてしまったヤツだ。元々バリエーションに富むポケモンの技や高い身体能力に、理に適った人間の武術が合わさったらどうなるか。

 それは大変危険で合理的な、肉体兵器の完成である。

 

「ガメッ!」

 

 胴体の真ん中に目掛けて打ち込まれた重い一撃を軽やかにいなし、そのままくるりと身体を翻す。その途中、僅かにカロッサの尻尾が輝くのが見えた。そして次の瞬間、盛大な水飛沫とともにガルーラは大きくふっ飛ばされた。

 メガトンパンチを避けつつ、その懐から回避動作を繋いでのアクアテール。さすが頭脳派。我が子ながら、惚れ惚れする美しいコンボだ。でもドヤ顔してるから褒めてはやらん。

 しかし、やはり一撃では闘志の衰えないらしいガルーラはすぐさま立ち上がった。

 

「ガルルルルッ!」

 

 どうやらこの流れで学習したらしく、今度は無闇に突っ込んでこない。ゆっくりと距離を取りつつ唸り、身体に力を込めていく。そしてガルーラの身体からバチバチと弾ける不穏な音が響いて――。

 

「な……まさか!?」

 

 私は驚き、咄嗟に腕で目を庇った。不意を突かれたので、懐に手を突っ込む余裕はなかったのだ。

 ガルーラから生じた強烈な閃光と雷撃音がフィールドを席巻する。ノーマルタイプにも関わらずガルーラが放ったのは、紛うことなく十万ボルトだ。水タイプであり、下手に距離を詰めても危険な相手。そう学習したガルーラは、相性的にも戦術的にも最も効果的な技を選択したと言える。

 不意を突かれたのはカロッサも同じだったらしい。辛うじて頭は甲羅の中に引っ込めたようだが、モロに直撃を食らってしまった。

 

「カロッサ、大丈夫か!?」

 

 閃光も醒めやらぬうちに、私は思わずカロッサに駆け寄りそうになる。だが、カロッサはそれを制しつつ、ゆっくりと甲羅の中から頭を出してニヤリと笑った。まだまだこんなの余裕。そのように目は告げている。

 だが状況は少々、こちらの分が悪い。ガルーラはすっかり警戒しており、一定の距離を保ったままカロッサの様子を注意深く窺っている。もう初手のように突っ込む愚は犯さないだろう。

 十万ボルトという武器がある以上、中遠距離で技の撃ち合いになれば相性的に削り負けるのは明白だ。となれば積極的に距離を詰めるか、なんとかして相手を撹乱するかの手を考えたいところだが……。

 一人心配する私を他所に、カロッサは不敵な笑みを崩さない。敵方のガルーラ同様、やはり距離の均衡を保ったまま、慎重にその出方を測る。

 先に動いたのはガルーラだった。

 開いた距離を崩さないまま、十万ボルトを放つ。カロッサはそれらを何とか避けつつ、水鉄砲で懸命に応戦する。だが、やはり相性の壁がどこまでも立ちはだかる。水を駆ける電気の性質をそのままに、撃ち出された水弾を丸っきり貫通して電撃が襲い来る。実際には応戦とも呼べない、極めて一方的な消耗戦だ。

 隙を突いて距離を縮めようにも、電撃の届く範囲全てにガルーラの腕が届いているのと同じなのだ。フィールド全域を覆う攻撃範囲で振り回される雷神の大腕には、死角も隙もない。

 ならば、と私はもう一つの戦術を選択する。

 

「交代……するしかないか」

 

 ここを無理にカロッサで押し通す必要はない。まだ一匹目、貴重な戦力を失うわけにもいかない。こちらは実質二匹しか使えない上、まだ相手は三匹共に健在なのだ。同じ十万ボルトでも、ノーマルタイプかつ耐久力に優れる職人ならまだ勝機は見える。

 

「カロッサ、一回退がってくれ! 職人と交代するぞ!」

 

 手摺越しに、フィールドに向けて思い切り叫んだ。しかし、カロッサは一向に退がろうとしない。

 

「おいカロッサ、聞こえないのか!? 交代だ、職人と交代だってば!」

 

 ポケモンの方からキチンと退がってくれないと、交代はできない。逆戻レーザーを使用してボールにポケモンを戻す瞬間を利用し、不正に技を避ける事を防止するためだ。

 ボールの逆戻レーザーの有効射程は、公式戦ルールのフィールドならその全域をカバーするくらいはある。一時期これを利用し、あまりにも高い頻度で交代を装って相手の技を避ける輩が続出したのだ。それはトレーナーの過剰介入による公平なバトルメイクを阻害する行為として、今ではれっきとした公式戦ルールとして禁止されている。

 交代が認められる範囲は、フィールド中央の<センターライン>とトレーナーボックスの中間に設定される<エンドクォーターライン>から手前側のフィールドだけだ。そこまで退がらない限り交代とは認められず、不正交代の場合はジム戦なら挑戦権を失って強制投了、通常のバトルでも該当ポケモンは使用できなくなる。

 だから交代にもポケモンとの協調性だったり連携の練習だったりが必要で、これができないのは初心者中の初心者ということになってしまう。カロッサと私が今更このステップで躓くとは考えられない。バトルに夢中で、私の指示が聞こえていないということもないだろう。

 つまりあいつは、私の指示をあえて無視している。

 

「……くそ、ほんとに強情なやつ!」

 

 思わず舌打ちをする。こいつの性格をすっかり忘れていた。うちのメンバーの中で、最も負けず嫌いなのだ。

 無鉄砲にして強情、無謀にして不退転。一度闘争心に火が点いたなら、不利だろうがなんだろうが決して諦めない。それは勝利という結果に拘って視界を曇らせる愚か者というより、意地でも自分が諦めることを許せないという不器用者だ。

 自分の中にまだ撤退する理由が見つからない。だから退がれと言われても退がらない。まだできることがある。まだ戦うことができる。

 だから――退がらない。

 

「まったく……一体、誰に似たのやら」

 

 一瞬、もしここにいたのならきっと私を指差しながらやれやれと肩を落としていたであろう、相棒の姿が目に浮かんだ。ふんだ、往生際が悪いのは昔っからの質だい。それをあいつが勝手に真似しちゃったんだ。そこまで見よう見まねにしなくったっていいのにさ!

 私の雑な育成法に遅い後悔を感じる間もなく、いよいよ状況は本格的に膠着しつつあった。カロッサはガルーラが張る電撃の弾幕を突破できない。こぼれ球が可動範囲を狭め、時たま直撃を狙った危険な一撃がそれに混ざる。未だ決定打を貰っていないのが奇跡とさえ言えよう。

 あのガルーラの練度は只者じゃない。仮にジム戦で出てきたとしても、何ら遜色ないほどだ。まさか地下カジノの余興でこんな手練が出てくるとは思わなかった。

 いや、これが賭け試合だからこそ向こうは利益のため、その時に応じて勝敗を操作する必要があるのか。誰にとっても半丁博打にしかならないポケモンバトルの行方を決め、それでいて見せ物として面白くなる様にわざとらしい接戦を演じられる。そんな器用な真似ができるジムクラスのポケモンをわざわざ用意するとは、ほとほと頭が下がる。

 ふとディスプレイを見れば、観客のベットは私の方に多く集まっていることがわかった。

 

「なるほどね……。連中のシナリオとしては、今日は私が負けなきゃいけないってことか」

 

 何かを目指すでもなく、何かを守るでもなく、ただただ純粋に営利目的のためだけに開催される闇試合。別に誰の正義を代弁する気はないけど、癪に障る話だ。真面目にポケモンに向き合う全てのトレーナーをバカにしている。

 あのガルーラが強いのは見せかけだけだ。信念も、目的も、何もない。ならば負ける道理はないし、それは絶対に許せないことだ。

 前言撤回。こんなところで退いてたまるかってんだ!

 

「行くぞ、カロッサ!」

 

 カロッサはようやく待ちわびた言葉を言われたとばかりに、深く頷いてくれた。あいつはずっと戦術とか相性のことなんて事はどうでもよくて、私が信じるのを待ってたんだな。やれやれ、これじゃどっちがトレーナーなんだか。

 相手が大した目的もなく、ただ言われるがままに勝利を掴むために相性のいい技を乱発しているだけなら、どこかに穴があるはずだ。

 まずは、その突破口を見つけてやる!


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