原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 あれから数分経った。

 室内の風景は元に戻り、視界も良好。バトルも恙無く継続中である。

 電気技を出したのは最初の一度だけ。お互いに最大まで10万ボルトを出し尽くした後は、自然に格闘戦へとシフトしていった。

 

「チャアアアアアッ!!」

「ゥラアアアアイッ!!」

 

 二匹が雄叫びを上げながら飛び上がる。両者共に右足を突き出す体勢が意味する技はメガトンキックだ。

 空中で互いの足裏が合わさり、パァン!と割れるような音をたてて後方に飛び下がる。

 二匹は地に足が着いた途端に電光石火の勢いで距離を詰めた。突っ込むと思いきや、すれ違う形で交差したそれぞれが仕掛ける。

 ジャンボは尻尾で足元を掬うように動かしたが、相手のライチュウの尻尾がジャンボに巻きつく方が早かった。リーチの長さにより先手を取れたライチュウが、走る勢いを利用して拘束したジャンボを放り投げる。

 壁にめり込むようにぶつかり落ちたジャンボだったが、すぐにその場から跳ね上がる。追撃のため詰め寄っていたライチュウの尻尾に叩きつけられるのを回避したのだ。今度はジャンボがその尻尾を掴んでスイング。先ほどのお返しとばかりに、自分が放り投げられた壁へとライチュウをぶん投げた。凹みどころではなく、大破した壁からライチュウが崩れ落ちる。

 ゆらりと立ち上がるライチュウだったが、それも一瞬で姿が消えてしまう。同じくフィールドを見ればジャンボの姿も見えない。

 声や音から彼らが高速で打ち合っているのはわかるが、早すぎて最早目で追い付けないのだ。フィールドには黄色い残像と飛び交う雷光が彼らの軌跡となって残るのみ。

 その様子に、観客のざわめく声が聞こえる。

 

「すげぇ……!!」

「どうなってるんだ!?」

「俺には何がなんだか……」

 

 つまりヤムチャ状態なんですね。わかります。

 安心しろ、私にもまったく見えない! 自分のポケモンなのに、何が起こってるとか全く把握できていないから!

 

 正直ジャンボがあんなに強くなってたとは思いもしなかったです。

 そりゃあ、うちの相棒が結構強いのは知ってたよ。身内の欲目も入ってたと思うけど、まさかここまでとはね。道理でニビジムとハナダジムを軽くあしらえちゃう訳だよ。

 うーん……トレーナーの能力とポケモンの能力が激しく釣り合い取れていないんだが。

 私は眼下の攻防の見て思う。その勢いは凄まじく、時々止まったり減速したりして姿が見える二匹の表情はなんと笑顔だ。それもとびっきり怖いやつ。

 

「Uh-huh。嬢ちゃんのピカチュウと俺のライチュウ、結構な似たもの同士じゃねえか?」

 

 マチスの問いかけには全面的に同意する。

 そもそも体格も互角だし、戦闘スタイルも近似しているのだ。

 格闘戦でわかったが、これはお互いの親である私たち人間の個性がよく現れている。ライチュウはおそらくマチスの軍隊格闘技、ジャンボは私がよく使う合気道と柔道を駆使して戦う。

 ここまで似通ってくると、突出した技や能力、身体技能がないと決め手に欠ける。バトルが延々長続きして耐久戦になるだけだ。

 しかし現状は互角の戦闘に見えて、実はそうでもない。

 ライチュウには鞭のように長く撓る尻尾と、柔軟なバネと脚力を持つ強い足がある。そしてそれを活かす戦い方をしているが、うちのジャンボも負けじと得意なカウンターでしがみ付いていっている。

 勝敗そっちのけで楽しんじゃってる本人たちが気づいているのかはわからないが、ピカチュウが不利な状況に持ち込まれるとまずい。

 背中に冷や汗が流れた刹那、ドゴン! という破壊音を立てて足元が揺れた。視線をフィールドに移せば、バトル用に作られた強固な壁が見るも無残な瓦礫と化している。

 

「いいぞライチュウ、どんどんやれー!」

「リーダー! これ以上続けるとフィールドどころか、ジム全体にまで被害が及びます!」

「うるせえ、戦いに水を差すんじゃねえ!!」

「また奥さんから給料のことでドヤされますよ!!」

「チッ、しゃーねえなー……ライチュウ、遊びはそこまでだ。これ以上ジムを壊す前に終わらせろ!」

 

 どうやらカカア天下らしい。

 審判に窘められたマチスが渋々ながら指示を出す。それに「ヂァア!」と闘志の篭った返事をしたライチュウが、ジャンボに向かって高速移動。懐に入り込んだところで伏せるように一回転をして、長い尻尾を利用する形で足払いをかけた。

 尻尾の範囲が広く、前後左右に逃げ場のないジャンボは必然的に上に逃げるしかない。飛び上がったところを狙って、伏せた上体のライチュウが自慢の脚力で地を蹴り上げる。それは見事ジャンボの腹を捉えて、頭突きとなった。

 ドサリと床に落ちたジャンボが腹を押さえながら咽ぶ。思わず私は叫んだ。

 

「ジャンボっ、大丈夫か!?」

「……ピッ」

 

 口から血溜まりを吐き出したジャンボが、キッとした目でこちらを見る。すぐに間を置かずに詰めてきた相手に対応しはじめた相棒の姿に、少し安心した。

 心配無用、むしろ邪魔と言わんばかりのあの眼。どうやら問題はないらしい。私は今まで焦っていた心が落ち着いていくのを感じた。

 

「どうした嬢ちゃん、もう諦めんのか!?」

 

 私の雰囲気を察したのだろうか。マチスが怒声を上げるが、私は静かに首を横に振ることで答えた。

 

「だったらこの防戦一方を何とかしてみるんだな!」

 

 確かに、腹に一撃をもらってから相棒はずっとライチュウから逃げ続けている。弱っているジャンボに止めをさそうと、追いかける形で高速移動の鬼ごっこ状態だ。

 またもや猛スピードで行われている回避劇だが、それもジャンボが相手の背後を取ろうと飛び上がった時に戦局は動いた。

 

「今だ!」

 

 マチスが言うが早く、ライチュウは高速移動で相棒の背後に回る。

 ピカチュウとライチュウの差、それは脚力の違いからくる空中戦。先ほどもしかり、またもや飛び上がった瞬間を狙って相手のライチュウは攻撃をしかけてくる。

 体を捻り、尻尾に勢いをつけてジャンボを叩きつけようとするが――尻尾は空を斬った。

 

「ラァ!?」

 

 床に落り立った後も周囲を必死に見渡すライチュウだったが、ジャンボの姿はどこにも見えない。

 

「どうなってやがる!」

「まさか試合放棄か!?」

 

 観客の方は見事に混乱していて騒がしい。が、目の前のジムリーダーは落ち着いていた。むしろ、私の方を見て探っている様子だ。

 さすがベテランジムリーダーなだけあるな。私はニコリと笑い返して、上を指す。

 マチスが顔を上げるよりも早く、弾丸のように降ってきた何かがフィールドに落ちてくる。いや、激突したと表現した方が的確か。

 轟音と共にジムを揺らしたそれは、コンクリートの風塵を巻き起こす。

 誰もが見守る中、出てきたのは抉れた床に埋まったライチュウの横でガッツポーズを上げる相棒の姿だった。

 

「…………しょ、勝者! マサラタウンのレッドーっ!!」

 

 静まり返る中、響き渡る審判の判定に、一斉に歓声が湧き上がる。

 私はトレーナーポジションから真下のフィールドへと飛び降りた。相棒に駆け寄り、ボロボロになった身体をそっと腕の中に抱き込む。

 

「お疲れ様。よく頑張ったね」

「チャー……」

 

 くてっと私の肩に頭を乗せて、瞼を閉じるジャンボの頭を撫でる。

 まったく、ここまでムキにならなくてもいいものを。呆れた顔で相棒を見れば、あいつの鼻っ面を折ってやったぜと満足気だ。お見事なり。

 

 本来なら能力差の出る空中戦だが、うちのジャンボに限っては秘策がある。

 つい最近習得したばかりだが、空を飛びまわることが出来るのだ。勿論、ピカチュウに羽があるはずもなく、高速移動の延長のようなものになるのだが。

 それを生かすため、一度相手を空中戦へと誘い込み、有効と見せておいて二度目はこちらがとっておきをかます。

 実戦で、しかもこんな大舞台でこの技を使うとは思っても見なかったが。上手く行ったようで何よりだ。

 結果的にバッチは手に入ったのだから、私としては万々歳である。これは何かご褒美を考えないとな。

 

「すげえじゃねえか嬢ちゃん!!」

 

 興奮冷めやらぬといった表情でマチスが近寄ってきた。

 差し出された手を握り返して、対戦のお礼を言えば物凄い笑顔で背中をバシバシと叩かれる。

 

「最後のありゃあ一体どんな手品を使ったんだ? いきなり消えたと思ったら空から降ってきたぞ!」

「えーと……」

 

 私は相棒を抱える手とは反対の指で頬をかいた。なんと説明すればよいのやら……。

 うまい説明も適当な言い訳も思いつかない。こんな時こそ秘技・質問返し!

 

「どうやったんだと思います?」

「そりゃあ、空から落ちてきたんだからそこまで上ったか跳んだかしか考えられねえけど」

「じゃあそういうことで」

「What!?」

 

 「あの状況でどうやったらできるんだ!?」とか煩いけど何も聞こえない振り。できるものは仕方ないじゃんか。うちの相棒は凄いのです。

 そのままマチスと二人してフィールドを出たら、大勢の観客に待ち構えられていて驚いた。こ、これが出待ちってやつですか!?

 口々に賞賛の言葉をいただくが、それに一々返していたら切りがない。困ったときの増田ジュンサーとばかりに視線で縋れば、仕方ないなあという顔でその場を諌めてくれた。

 

「まあでも、部下が騒ぐのもわかるよ。少佐に勝ってしまうなんて、それもジム用ポケモンじゃなくて手持ちをだ。本当におめでとう」

「Hey、増田の言う通りだ。俺のライチュウをここまでコテンパンにするなんて、中々できるもんじゃねえぜ。どうだ、うちのジムにこないか?」

 

 マチスの言葉に、ジャンボが飛び上がって腕の中から逃げ出す。私の前で降り立って守るように「シャアアア!!」と威嚇する姿を見て、マチスと視線を合わせながら互いに苦笑いを浮かべる。

 

「ダメっぽいです」

「残念だ。心変わりしたらいつでもこいよ。歓迎するぜ!」

 

 最後までフンッと鼻息荒くマチスを睨みつけた相棒を抱き上げて、私はクチバジムを後にした。




この小説は、番外編の技考察②と一部リンクしています。

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