なんて........デタラメ。
頭上から迫るブレードを紙一重で躱して距離をとる。 考えた通りに動いてくれるISに驚くが足を止める訳にはいかない、次は横凪ぎ、まるで台風の様に繰り出される剣撃を必死に躱していく。
頑丈なライフルでいなし、ISによってもたらされた運動能力を駆使しているがそれでも避けられない一撃はどうしてもある。
「横に避けて良いのか? 高町なのは」
「っ........!?」
再び繰り出された頭上からの一振りを躱した直後、目の前に壁が見えた。 否、壁ではない、打鉄の巨大な足を使ったただの蹴りだ。
真っ直ぐ頭を狙ってきた一撃をライフルの側面で受け止めようと突き出す。 が、私の身体はまるで超戦士バトルモノの漫画の様に後方に吹き飛ばされてしまった。
「なんだか........デジャブ........」
違いと言えば武器が壊れていないという点と今度は相手も私もISを着ているという点だろう。
........ISの搭乗者があのシグナムさんだと言う事はこの際考えない様にする。 深く考えてしまえば心が折れてしまいそうだったからだ。
蹴り飛ばされたのを逆に利用してシグナムさんから大きく距離をとりつつライフルを連射する。 轟音が辺りに響き渡りライフルからは幾つもの銃弾が撃ちだされ彼女の下へ殺到した。
『魔法少女リリカルなのは』の剣豪『烈火の将、剣の騎士シグナム』。
原作の続編から登場した一人で、私が知っている知識の中でも指折りの実力者。
原作のフェイトちゃんだって捨て身で挑んでも勝ち星をとるのが難しい程の相手だ、もしシグナムさんが原作通りの力を持っているならこの程度の攻撃で沈む訳がない。
躱されるか気にせず突っ込んで切ってくるか........それとも........。
「良い狙いだ、外れている弾が一つも無い」
銃弾を切り捨てるか。
巨大なブレードが横凪ぎに振られた。
有り得ないと理性が叫び、当たり前だと心が諭した。 一閃で銃弾が全て弾き落とされる光景に思わず笑いが出そうになった。
なんて言うファンタジー........私が彼女と同じ世界に住んでいるのだと思うと嬉しくなる。
でも........。
「実技試験にしてはハード過ぎる気がするんだけどっ........!」
迫るシグナムさんを遠ざける様に銃弾を撃ち出しつつ後ろに跳ぶ。 ISに搭載されているハイパーセンサーのお陰で後ろの壁までの距離が解るがその数値がカウントダウンにしか見えなくなってきてジリジリと縮んでいく距離にまたもやデジャブを感じた。
視界の端に映る弾数だって心許ない感じがする、装填さの僅かな時間に切られてしまいそうな予感さえなければ今すぐにでも弾を込め直したいくらいだ。
「すまないな、手加減は苦手なんだ」
突然の返答に心臓が大きく跳ねる。
私の独り言もISの性能の前では駄々もれだった様だ、試験官に失礼な物言いだったが謝る暇すら私には無い様で正に目と鼻の先にシグナムさんがいた。
下から上への切り上げを再び武器で受け止めようとして失敗した。 腕から離れていくライフル、今度は上から下へと降り下ろされる斬撃を後ろに跳ぶ事で回避する........回避しようとした。
「い........っ!?」
肩に走る強い衝撃に私の顔が歪む、切られたのだ。
BJとシールドのお陰で真っ赤な花が咲く事は無かったが、代わりに感じたのは鈍器で殴られたような強い衝撃。
後ろに跳んでいなければ.......そう思い背筋が凍る。
絶対防御の存在を知ってはいるが割りきれない恐怖というモノはある、第一刃物を向けられて平然としている様な環境で生きてきた訳ではないのだ。 向けられる、ましてや切りつけられて何も思わない訳がない。
上空に弾き飛ばされたライフルは大きな音を発てて落ちてきた.......よりにもよってシグナムさんの後ろに。
狙ってやったのだろうか? 間違いなく狙ってやった結果だろう。 物理的な距離で言うならそう離れた距離ではないが、私からすれば絶望的に遠い距離になってしまった。
ISを纏った今ならば本当に短い、瞬きの合間にすら拾えるかも知れない短い距離。 だがそれも私とライフルの直線上にシグナムさんが立っていなければの話だ。
拾わせる気は無い、そう言っているように立つ彼女。 敗北の二文字を頭に浮かばせた自分を叱咤する。
「私が.......諦めちゃ駄目だよね.......」
彼女はきっと諦めない筈だ、『なのは』ならきっと諦めない筈だ。
思い切り大地を踏み締め走り出す、『ブルー・ロー』の防御性能であればまだまだ大丈夫だと考えて前に進む。
チャンスは一瞬。
降り下ろされる一撃を回避しようと身体を反らす。
ISにより引き延ばされた体感時間で見えたシグナムさんの剣はお父さんの剣よりもずっと遅い、それに私は基本的に距離をとる戦い方ばかりだった、それが今までシグナムさんの剣を躱せてこれた理由だ。
だからこそ、私はこの一撃を躱せない。
でも受け流すくらいは出来る筈だ。
私は身体を反らしてなお私を捉え続けているシグナムさんのブレードを横から殴り付けた!
僅かに軌道がずれるブレード、既にその終着地点は私の身体ではなく地面だ!
「とっ.......た!」
しっかりと右手に握られたライフルを握り再びシグナムさんと距離を離す。
勝った訳ではないがそれでも可能性が消えた訳ではない事に安堵した。
シグナムさんはまだ振り返ったところだ、先程までに比べ明らかに遅い動作に疑問が浮かぶが.......これは紛れもない好機だ。
急いで弾を装填し必死に勝利への可能性にしがみつく。
「当たって!」
装填が終わり再び私が撃ち始めるまでシグナムさんは此方を見ているだけだった。
銃弾は全て叩き落とされるが予想通りだ、叩き落とすと言っても断続的に撃つのではなく撃ち続ければきっと何発かは当たってくれる筈.......?
瞬間、自分の中の警報が鳴った。
「すまない」
シグナムさんが消える.......いや、常識外れな速度で周り込んでくる!?
いつか見たフェイトちゃんの速度にも迫る速さのソレに何とか対処しようとするが刹那の時間に私が動かせたのは首だけだった。
動かせた事で見えたモノは、ブレードを振りかぶるシグナムさんの姿。
そして、私に向けられたシグナムさんの瞳には『私』の知らない、向けられた事の無い感情が.......。
私が『なのは』になってから向けられた事の無い感情が、『なのは』になる前の『彼』が嫌と言う程に向けられていた感情が籠っていた。
『失望』
衝撃を感じるが斬られたという事にすら考えがまわらない。
失望させてしまった、よりにもよって原作にいた彼女を。
私は、私が、私の.......私を、『なのは』を失望させてしまった.......彼女を.......貶めてしまった!
嫌だ........嫌だ嫌だ『なのは』は『なのは』を『なのは』に.......『
◆◆◆◆◆
ハンドガンを仕舞ったのは失敗だった.......そう私は考え始めていた。
ISを初めて装着した人間は何かしら満たされた表情で此処に現れる、銃と言った容易に人を殺せる兵器や優れたデバイスを持つ人間でさえそういった表情をするのだから今まで中学校に通っていた学生がそのような表情をするのは当たり前だと考えていたのだ。
そんな中一人だけ変わった表情をした少女が、今目の前で逃げ惑っている彼女だった。
満たされないような、そんな顔をしていた彼女に私は少なからず期待してしまったのだろう.......。
ISにアシストされた正確な照準は私を撃ち抜かんばかりに迫ってくる。
正確な照準からなる正確な射撃、試合が始まり暫く経ってなおまるで教科書に載っているお手本の様な射撃に私は僅かに驚き、そして落胆した。
「当たって!」
ISに初めて乗るにも関わらず冷静を保てる精神、ISにアシストされたとは言えぶれる事の無い照準、そして何よりペイント弾とは言え人を狙う事に対して抵抗が見られない戦おうという意思は評価に値する。
修練を重ね、経験を積み、先へ進もうという意思が消えなければきっと代表にだって届く資質を持っている.......。
だが、それだけだ。
両手に握る剣を振る、それだけで私に迫っていたペイント弾は全て凪ぎ払われた。
それに彼女は特に驚いた様子も無く次々と正確な射撃をしてくるが私は避けようとする気にもなれなかった。
正確な照準、正確な射撃.......あまりにも教科書通りの射撃は私にとっては障害にすらなり得ない。
「.......」
彼女には悪い事をしてしまった。
他の受験生と同じく、剣を使わずにハンドガンのみで相手をすれば良かったのだ。 そうすれば今の様なつまらない試合にはならなかっただろうし彼女も良い試合だったと、勝っても負けても良い思い出になったに違いない。
―――大人気ないからなお前は、それでいて不器用だ
嘗ての目標であり、好敵手であり、今となっては同僚である親友の言葉を思い出した。
あの時は人の事を言えるのか、と一蹴したが確かに私は不器用なのかも知れない。
私は何事も.......特に戦いでは手を抜かない、手を抜くという行為は相手に対して失礼であると考えているからだ。
.......嘗ての後輩、今では先輩になってしまったもう一人の親友に手加減のしかたを学ぶべき時期なのだろうかとそんな事を考えながら時間を見た。
三分経過。
もう充分だろう、彼女は合格だ。 彼女の筆記試験での点数は知らないが初めて乗ったとは思えない程の動き、恐らく国や企業の連中は食い入る様に彼女を見ているに違いない。
筆記試験の点数が幾らだろうが彼女が受からなければ実技試験の意味をお偉い方に追及されてしまうだろう。 ........流石に赤点をとってはいないだろう。
だからこそ、今終わらせる。
「すまない」
彼女が最高の待遇をうけれるであろう今こそ彼女を落とすべきだ。 そう判断を下した私は
僅かに首が動き、彼女が私を追おうとしているのが解った。
........末恐ろしい、見えているのか。
必死になって私の速度に対応しようとしている彼女への評価を上方修正する。 しかし、だからと言って結末が変わる事も無く。
私は彼女の背を目掛けて剣を振り抜く。
吹き飛ばされる彼女、己の手に感じる確かな手応えは本物で敵のシールドを削ったのは確かだ。
私は拡張領域からハンドガンを取りだし次の受験生を審査するための準備に入った。
彼女は大丈夫だろう、ISは搭乗者の安全に重きを置いた兵器だ。 この程度で怪我など有ろう筈もない。
視界の隅から彼女に駆け寄る回収班を見て私は安心して.......纏わり付く様な奇妙な気配を感じた。
直感に従い剣を後ろに振る。
無茶な体勢、そして片腕、力など殆ど入っていない直感的に振った剣から伝わる何か金属と打ち合った様なガキッ........という硬い音。
「ち....が....ぅ」
首を動かして見えたモノは先程とは全く違う彼女の顔だった。
何より違うのは彼女の瞳だ、虚ろな........濁った........何処かで見たことのある不気味な、本当に不気味で悍ましい見覚えのある彼女の瞳!
刀身に当たっていたのは彼女の持っていたライフルだ、其処から想像出来ない様な力で剣を押し返した彼女は剣にその銃口を向ける!
「わたしは........」
発砲、それとほぼ同時に剣から伝わる凄まじい衝撃に思わず剣から手を離してしまう。 瞬時加速を使って後ろに振り向いた私の目に写ったのはやはり、紛れもないあのシルエット!
―――ブルー・ロー!
私は.......!
侮っていたのだ、かの機体の防壁を!
侮っていたのだ、彼女の勝利への執念を!
ハンドガンを至近距離の彼女の頭を狙って引き金を引くがあまりにも遅い、遅すぎた。
構えている者といない者、準備していた者といない者いかに優れていようと絶対的な差を覆せる筈もなく。
乾いた銃声が試合終了の合図となった。
◇◇◇◇
テーブルに置かれたビールを飲みながら彼女は私を見つめ不思議そうにしていた。
「........」
「お前が飲みに誘うなんて........珍しい事もあると思えば黙りか........」
織斑千冬........世界最強と言えば恐らく真っ先に名が挙がるであろう彼女。 今でこそIS学園の教師なんぞに収まっているがかつては日本の代表を務めていた。
第1回
「聞きたい事は私の弟の事か? 残念ながら私にも解らん、何故アイツがISを起動出来たのか........国のお偉い方にも質問されたが本当に解らないんだ」
「........弟? そうか、流石千冬の弟だな世界初じゃないか」
国のお偉い方によほど聞かれたのかうんざりだと若干苛立ちながら酒に口をつけようとした千冬が固まる。
「知らなかったのか........? 確かに何処か上の空だとは思っていたが、まさか聞いてすらいなかったとは」
「すまない、考え事をしていた」
「何があった? あまり考え込む様な性格じゃないだろう、お前らしくない」
お前らしくない、確かに私らしく無いかも知れない。
あの試合、彼女と戦ってからどうも調子がでない........彼女のあの瞳を見てから。
似ている、似ているのだ、あの瞳はあまりにもアレに似ていた。
「高町なのは........という名前に聞き覚えは?」
「A&Fの新しいテストパイロットか、あの出来損ないを起動させて話題になった」
「そうか........彼女が........」
我ながら私はモノを知らない様だ、流行の話題には疎い方とは思っていたが........副とはいえ本当に担任が出来るのかと心配になってくる。
彼女、高町なのはとの試合の結果は私の勝ちで終わった。 最後の一瞬彼女は引き金を引かず、結果的に私の攻撃だけが彼女に通った。
ライフルに弾が入っていなかった訳ではない、彼女は直前に弾を装填していた........つまり彼女は引き金を引かなかったのだ。
いや、引けなかったという方が正しいかも知れない。
気絶........最後の瞬間に彼女の瞼は閉じられ意識は残っていなかった。
あの瞳、あの何処か別の何かを見ている様な瞳を私は見たことがある。 そしてそれは千冬の方がよく知っている瞳だっただろう。
「.......アレの姉妹や親戚はいるか?」
アレ、それだけで千冬は私が誰の事を言っているのかを理解してくれた。 長い仲だ、私がアレと呼ぶ人物が一人しかいない事を解ってくれている。
「.......あぁ妹が一人今年入って来てはいるが.......流石に親戚までは解らないな、どうした?」
「アレと同じ眼をしていた.......下手をすればアレよりも不気味な眼を」
千冬は瞼を閉じ何かを考えるとバックの中からある書類を取り出してテーブルに置く。
書類の名前の欄には高町なのはの名前があった。
「彼女の履歴書、精神鑑定、その他もろもろの書類だ」
何故彼女がそんな物を持っているのかと彼女を見れば逆に呆れたような視線で見つめ返される。
「入学が試験を受ける前から確定されている特例だ、書類を持ち歩いておけと言われていただろう.......まぁ今持っている理由は返す暇さえ無かっただけだが」
「すまない、必要無いと.......」
「はぁ.......とりあえずコレを見て頭を冷やせ。 問題がある娘じゃないだろう、精神鑑定では少々おかしな点が見られたがお前の言う程じゃない」
頭を押さえながら溜め息をつく千冬。
書類をペラペラ読んでいくが確かに突出する様な点は無い.......精神鑑定こそ何処か違和感のある回答があるがそんなものだろう、もっとひどい生徒だってIS学園にはいる。
「じゃあ私は帰るからな、その書類は明日返してくれれば良い」
話は終わりとビールを飲み干し千冬は席を立った。
足取りはしっかりとしている、これなら心配はいらないだろう。
「アイツが........そう何人もいてたまるか」
そう言い残して行った千冬の後ろ姿は、何故か何時もより小さく見えた。
3月11日シグナムさんの立ち位置を若干の修正。