彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病とのコーヒーあれこれ

 二宮飛鳥という少女は、ブラックコーヒーを好んで飲む傾向がある。

 しかしおいしいから飲んでいるわけではないようで、毎度毎度苦いと感じている顔を隠そうとして結局眉間にしわが寄っている。

 ではなぜそんな思いまでしてブラックにこだわるのか。その理由を、俺は自身の経験から推測することができる。

 昔の俺や今の彼女は、いわゆる『大人への背伸び』をしているのだ。コーヒー、ひいてはブラックを大人の味と認識し、それを飲むことでなんとなく新しいものを知ることができた気分になる。

 中二病罹患の過去を持つ俺には、アスカの気持ちがなんとなくわかるのである。

 

「アスカ。コーヒー淹れようと思うんだけど、飲むか」

 

 デスクでキーボードを打っていた手を止め、ソファーでファッション誌をぺらぺらとめくっている彼女に声をかける。

 蘭子は夏休みを利用して熊本に帰省中なので、数日間この部屋は俺と彼女だけのものになっていた。

 元気な子がいなくなると一気に静かになるが、たまにはこういう雰囲気も悪くはない。

 

「あぁ。いつも通りブラックで頼むよ」

「了解」

 

 椅子から腰を上げ、コーヒーメーカーのもとへ移動する。

 アパートから持ち込んできた、俺お気に入りのコーヒーメーカーである。

 だから、アスカにも苦味だけじゃないおいしさをちゃんと味わってほしいんだが……。

 

「ひとりで退屈じゃないか? 俺、あんまり相手できてないし」

「フリーなのに勝手に事務所に来たのはボクなのだから、気にしなくてもかまわないよ。孤独を愛する性質というわけでもないけど、静かに雑誌に目を通すのも十分有意義な時間だからね」

「なら、いいんだけどな」

 

 本来ならアスカも地元静岡に帰っているはずなのだが、予定よりも早くこっちに戻って来たらしい。親御さんと一緒にいなくていいのかと尋ねたら『ボクも両親も、自分から何かを積極的に語るタイプじゃないんだ。でも彼らはボクを理解しているし、ボクも彼らをある程度は理解している。だから、同じ空間で過ごす時間の長さは大した要素じゃない』なんてわかるようなわからないような答えが返ってきた。

 

「確かアスカは、学校の成績は良かったよな」

「一応はね。でなければ、この時期にアイドルにスカウトされて上京したりはしないさ」

「受験生だもんな」

 

 普通に難しい言葉とかも知っているし、頭の回転は速そうだ。

 地頭がいい人間というのは、多少勉強時間が削られても要領よくこなしてしまうものである。

 先月見せてもらった1学期の通信簿を思い出しながら、俺はそんなことを考える。

 

「勉強でわからないことがあったら聞いてもいいんだぞ?」

「プロデューサー、勉強できるのかい?」

「社会人だぞ。高校受験レベルならできる。多分、おそらく」

「……ちひろさんあたりに聞いた方がよさそうだ」

 

 ため息をバックに、2人分のコーヒーを用意していく。

 砂糖入りのケースを手に取った瞬間、俺の頭にある考えが浮かんだ。

 ……アスカのカップにも、ほんの少し砂糖を混ぜてみてはどうだろうか。

 俺としては無理に苦いものを飲まなくてもいいと思うのだが、正面からそれを言ったところで彼女は聞き入れないだろう。根っこの部分は素直な子だけど、基本的に二宮飛鳥はひねくれ者の頑固者だからだ。

 ならばせめて、もう少し低めのハードルを飛ぶことから慣れていくのはどうだろうか。

 このまま彼女がコーヒーそのものを嫌いになりでもしたら、コーヒー好きの俺としては残念だし。

 そういうわけで、本当に微量の砂糖をアスカのコーヒーに投入。俺のぶんには普通にそれなりの量を入れる。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 ソファーの前のテーブルにソーサーとカップを置くと、雑誌から視線を外した彼女がお礼を言う。

 

「ああ、それでな」

 

 先ほど考えた理由と一緒に、コーヒーに砂糖を加えたことを説明しようと思ったその時だった。

 ――これ、黙ったまま飲ませたらどうなるんだろう。

 砂糖の存在に気づくのか、あるいは他の反応を見せるのか。

 イタズラ心というか、そういう遊びの気持ちが生まれてしまったのである。

 

「それで、なんだい」

「いや、なんでもない」

「……? そうか」

 

 一瞬訝しむような視線を受けたが、特に追及されることもなかった。

 何食わぬ顔でデスクに戻った俺は、こっそりとアスカの様子をうかがい始める。

 

「……ふぅ」

 

 カップを手に取り水面をじっと見つめている。憂いを感じとれる表情なのだが、そこまで無理してチャレンジする必要は果たしてあるのか。

 やがて彼女は意を決したようにカップを口につけ、ゆっくりとそれを傾けた。

 

「……?」

 

 瞬間、アスカの目が大きく見開かれた。

 顔に出たのは苦みではなく、困惑。どうやら味が違うことに気づいたらしい。

 

「……あまり苦くない」

 

 耳を澄ますと、ぼそりと独り言を漏らしているのがなんとか聞き取れた。

 

「プロデューサーはいつも通りブラックで淹れてくれたはず」

 

 俺を疑う様子は微塵も見せない。信頼が心に突き刺さるが、今は子供じみた好奇心が俺の中で優先されてしまっている。くだらないイタズラを許してくれ、アスカ。

 

「……少しは慣れた?」

 

 俺を信じた結果、どうやら自身の味覚が苦味に適応したという結論に至ったらしい。

 微妙に口元がにやけている。クールな彼女にしてはかなりのレア顔だった。

 しかしあれだ。勘違いしているのを見ていると、なんか面白い。

 でも悪趣味だし、そろそろネタばらしした方がいいな。ずっと観察してたら仕事にもならないし。

 そう考えて、アスカに声をかけようとしたところ。

 

「ヒトには無限の可能性があるということか。些細なことだけど、たいしたものだよ」

 

 悟ったようなセリフをすまし顔で言いだした。

 

「ぶふっ!」

 

 それを聞いた俺は、思わず吹き出してしまっていた。

 しかも変にツボに入ったのか、笑いをこらえようとしても頬と腹がひくひく動いてしまう。

 わ、笑うな。早く本当のことを言ってあげないと――

 

「……楽しそうだね? プロデューサー」

「あ」

 

 いつの間にか、真正面に仁王立ちのアスカの姿があった。

 滅多に見せない『ニッコリ』笑顔で俺を見つめているが、声にやたらとドスがきいている。

 14歳という幼さを持ちながらも、クールビューティーの静かな怒りを体現した存在がそこにはいた。

 頭のいい彼女のことだ。きっと俺の笑い声を聞いてすべてを察したのだろう。

 

「ちょっとだけ、イラッときたよ」

 

 その日、俺は初めてアスカに怒られた。

 謝ったらすぐに許してくれたので、そこまでの怒りではなかったようだが。

 そしてほとぼりが冷めた後、彼女はこんなことを言っていた。

 

「キミとイタズラをしあうことのできる関係になれたというのは、ある意味喜ばしくもあるけどね。……それと、今後はあのコーヒーを希望する」

 

 

 

 

 

 

 夏といえば海。海といえば水着である。

 というわけで、俺の担当するアイドル達にも水着写真の撮影の仕事がまわってきた。

 世間の需要に応えるべく一肌脱ぐのも、アイドル活動の一環なのである。

 しかし。

 

「……はぁ」

「魔装を欠いての戦いの儀は、やはりこの身に堪えるぞ……(水着で撮影、恥ずかしい……)」

 

 撮影現場の室内プールに来た今となっても、アスカと蘭子はあまり気乗りしていない様子だった。

 

「水着、似合ってるぞ。何か不満か?」

「仕事を選べる立場でないことは理解(わか)っているつもりなんだけどね。ただ、プロポーションにはあまり自信がないから」

「十分整ってると思うけどな」

 

 白を基調とした色合いのセパレート水着を身につけたアスカのスタイルは、十分男ウケするものに思われた。すらりと伸びた脚が特にいい感じだ。

 

「自信もなくすさ。隣にあんなのがいるとね」

「……ああ、そういうことか」

 

 彼女にならって視線を動かすと、肩を抱いて恥ずかしそうにしている蘭子の姿が視界に入った。

 こちらの水着は黒メインだ。アスカと同じく、ビキニほどの露出度はない。

 

「蘭子の体つきを見ていると、どうしても自分のそれと比較してしまうんだ」

 

 2人の身体データは書類で見ている。

 二宮飛鳥:身長154センチ。体重42キロ。スリーサイズは上から75-58-78。

 神崎蘭子:身長156センチ。体重41キロ。スリーサイズは上から81-57-80。

 これに関しては、蘭子のプロポーションが良すぎると俺も思う。一般的に見ればアスカも全然悪くない。

 筋肉や脂肪の付き方とか、いろんな要素が原因としてあるんだろうけど。

 

「そもそも、ボクに白はあまり合わないと思うんだが」

 

 アスカの不満の内容は、続いて自らに与えられた水着のカラーリングに移っていた。

 『ダークイルミネイト』というユニットの一員であることや、普段の彼女の在りようを考慮すると、確かに白より黒とかの方が適切だと考えられるかもしれない。

 

「ああ。それは俺がスタッフの人達に提案して決まったんだ」

「えっ……どうして」

「撮影していくうちにわかるよ。ほら、そろそろ始まる」

「あ、あぁ」

 

 困惑気味のアスカだったが、俺が背中を押すとカメラマン達のいるところへ向かっていった。

 

「蘭子も頑張ってくれ。君自身にとっても、いい機会だと思うから」

「う、うむ……」

 

 彼女のあとに蘭子も続いていき、そう時間の経たないうちに写真撮影が開始される。

 

「はい、じゃあまず飛鳥ちゃん! 膝をついて猫のようなポーズで!」

「……猫、ですか?」

「そうそう、可愛い感じでにゃーっとね」

「にゃ、にゃー」

 

 今回俺がスタッフの皆さんと話し合ったのは、特性のひっくり返しについてだ。

 アスカについては、これまでの仕事でクールなイメージが先行している。そこであえて逆を行くキュート方面を強調してみることで、新たなファン層を開拓できるのではないか。

 蘭子についても大筋は同じだ。彼女に関しては大仰な言葉に内包された可愛らしさが売りなので、今回は本気でカッコよさを追求してみることになった。つまり、普段アスカがとるようなポーズで撮影を行うというわけだ。

 

「いいよいいよー! じゃあ次は――」

 

 今日お世話になっているスタッフとは、凛をプロデュースしていた時から仲良くさせてもらっている。いろいろ相談できたのもそのおかげだ。俺が自分の思いつきを伝えると、楽しそうな声で快諾してくれた。

 

『そのアイドルのことをいつも見ている人間の意見なら、大事にしないとな』

 

 とのことらしい。カメラマンさんは俺より一回り以上年齢が上なのだが、本当に気さくで話しやすい人だ。

 腕もいいし、きっといい写真を撮ってくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 撮影終了後に事務所に戻った俺達は、改めて今日撮った写真の出来を確認していた。

 

「これぞ魔王の威光、他を圧倒する漆黒の闇! (すっごくかっこいい♪)」

 

 自身の写真を見ながらご満悦の表情を浮かべる蘭子。どうやら、彼女の理想とするカッコよさをきちんと表現できたようだ。両手を腰に当ててちらりとこちらを振り向いている1枚が特にお気に入りらしい。

 実際、本人のスタイルの良さも手伝ってクールな高校生に見えるほどだと俺も思う。

 

「………」

 

 一方、アスカは無言で数枚の写真を眺めていた。表情からだと何を考えているのか読み取れないので、素直に尋ねてみる。

 

「どうだ? 俺はよく撮れてると思ったけど」

「あぁ……正直、驚いている。ボクでも、これだけの女の子らしさを出すことができたんだね」

 

 白い水着姿で猫のポーズをとったり、満面の笑みで水しぶきを上げていたり。

 可愛らしさを重視した結果、普段の彼女とはまた違った魅力が写真から浮き出ていた。

 

「俺の提案、正解だっただろう」

「すごいな、キミは。ボク以上にボクのことを理解している」

「そんな大げさな。前にも言った通り、俺は君達に可能性を感じている。その可能性が花開くように、いろんなことを試しているだけだ」

 

 今回の一件で、選べる仕事の幅もまた広がると思う。それは俺にとってもうれしいことだ。

 

「大空を翔る魔鳥すら魅了する無垢なる美よ! (アスカちゃん、かわいいよ!)」

「ありがとう。蘭子も格好よく撮れているよ」

 

 互いの写真を見せあいっこしている間、アスカも蘭子も楽しそうに笑っていた。

 




プロデューサーのいたずらは前回いじられた仕返しもこめているようです。
2人の身体データは公式です。蘭子ってナイスバディなんですね。
猫コスプレさせるなら蘭子より飛鳥の方が似合うかな、というのが個人的な印象ですがどうでしょう。まあ蘭子が猫になっても十分可愛いんですが。

今回飛鳥メインだったので、次回は蘭子回です。

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