彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
それは、ダークイルミネイトの初ライブが成功に終わった翌日のこと。
疲れも考慮してアイドル2人には休みを与えたが、プロデューサーである俺は朝からデスクに向かっていた。
しっかりデビューを果たした以上、これからはどれだけ多くの仕事をとれるかが勝負だ。俺が果たさなければならない役割はますます大きくなってくる。
つまるところ、そうそう休んでいる暇はないというわけだ。
「……ちょっと休憩」
時計を確認すると、ちょうど11時をまわったところだった。もうすぐ昼か。
PCから視線を外し、背もたれに体重を乗せて目を閉じる。
すると、昨日のミニライブの光景が鮮明に蘇ってきた。
力強く響く歌声。振りつけはさほど複雑なものではないけど、凛々しさを感じられる。
頑張ってきた姿を知っている子達が輝いているのを見るのは、やはり気持ちのいいものだった。
「……ん?」
思い出にふけっている俺の耳に、ドアが控えめにノックされる音が聞こえてきた。
「どうぞ」
誰だろう、なんて思っていると、現れたのは予想外の人物だった。
「蘭子? あれ、今日は休みだって伝えたはずだけど」
「う、うむ……心得ている(し、知ってます)」
おそらくお気に入りなのであろうゴスロリの服を着た彼女は、おずおずとこちらに歩いてくる。いつもなら元気に『煩わしい太陽ね!』と挨拶してくるのだが、どうも覇気が感じられない。
「あ、あの……」
「うん?」
「あ、ありがとう……っ!」
「うおっ」
いきなり大声とともに頭を下げられて、ちょっと面食らった。
顔を上げた蘭子は、指をもじもじさせながら途切れ途切れに言葉を紡いでいく。
「プロデューサーのおかげで、デビュー、ちゃんとできたから……昨日、すごく楽しくて、だから」
普段の口調を捨てた彼女は、控えめで内気な性格になる。プロデュース開始当初から、まれに見せていた姿だ。
そういう時はきまって、予想外の事態にテンパっているか、あるいは。
「だから、これからも……お願いします! そ、それだけ言いたくて来たの……」
こうやって、顔を真っ赤にしながら自分の素直な思いをぶつけてくる場合だ。
「そうか。わざわざそのためだけに来てくれたのか」
電話で済ませなかったのは、直接会って言いたかったからだろうか。
本当に、純粋でいい子だ。
「ありがとう、蘭子。プロデューサー冥利に尽きるよ」
仕事の疲れが吹き飛ぶような感覚だ。単純な身体構造をしていると言われるかもしれないが、別にそれでもかまわない。
「俺も頑張るから、君も頑張ってくれ。アスカと一緒にな」
「……うん」
「よし。では神崎蘭子! 汝の使命は世界を混沌に陥れること! 預言書に記された因果律を塗り替え、アカシックレコードの先へと進むのだ!」
「……よかろう。共に闇の時代を創ろうぞ! ハーッハッハ! (一生懸命頑張ります!)」
いつもの調子に戻った彼女は、さっきまでのしおらしい態度が嘘のように高笑いを始める。
やっぱりちょっと痛いけど、同時に微笑ましい。
「今日は寮に帰ってゆっくり休むのが仕事だ。気持ちが高揚してるせいで気づいてないかもしれないけど、体に疲れが確実に溜まっているはずだからな」
「我が同胞の申すことなら、素直に従うことにしよう」
その後も二言三言言葉を交わしてから、蘭子は部屋を去って行った。
「そういえば、ドア開けっ放しだったか」
部屋に入って来た時の彼女は緊張していたようだから、うっかり閉めるのを忘れていたらしい。
帰りにバタンとドアが閉まる音を聞いて、ようやくその事実に気づいた。
さっき言った中二的用語の羅列が誰かに聞かれてたら、結構恥ずかしいな。蘭子を相手にしていたという事情がある以上、死ぬほどの羞恥を覚えるほどではないが。
「さて、仕事に戻るか」
なんて思った瞬間、再びノックの音が。さっきとリズムが違うので、多分蘭子ではない。
「どうぞ」
「やぁ、おはよう」
今度はもうひとりの中二病アイドルの登場だった。
こちらは今時の中高生がするようなオシャレな私服姿。少しチェーンの類が多いような気はするが。ちなみにエクステの色は青。
「おはようアスカ。もしかして俺と蘭子の話、聞こえてたか?」
「……まあね。あの空気を壊すのは無粋だと思ったから、彼女が部屋を出るまで待っていたんだ」
タイミングが良すぎると思ったら、やはりそういうことだったらしい。
「ごめんな。わざわざ廊下で待たせることになって」
「いや、ボクが勝手に気を遣っただけだ。キミが謝る理由はないさ」
「……ちなみに、待ってる間に誰か近くを通ったりしたか?」
「安心していい。キミの痛いセリフを聞いていたのは、ボク以外には誰もいなかったから」
「そうか」
それを聞いてほっとした。
ほっとしたのはいいんだが、アスカよ、なぜ君は無意味に壁際まで移動して壁にもたれかかっているんだ。
そういう些細な動作で俺の心を抉りにくるのはやめろ。昔カッコつけで似たようなことやっていたのを思い出すから。
「それで、アスカは何しに来たんだ?」
「特に用事はないけれど、なんとなくね。最近は毎日事務所に来ていたから、ずっと女子寮にいると落ち着かなくて。人間の適応能力というのは不思議なモノだね」
ふう、とため息をつきながらソファーに座るアスカ。なぜ一度壁際を経由したのか。
「プロデューサーは、今日も仕事かい」
「まあな。君達2人と違って、そう体は疲れてないから」
「熱心なプロデューサーに担当してもらえて、アイドル冥利に尽きるよ」
「それ、俺のセリフの真似か?」
「いい言葉だと思ったからね。やはり、キミとボクにはどこか共鳴し合う部分があるのかもしれない」
蘭子と違って、アスカの様子は平常運転そのもの。どこか達観しているように見せかけて痛い言動をとり続ける、いつものスタイルだ。
「それにしても、蘭子は本当にいい子だね。プロデューサーもそう思うだろう」
「そうだな。外面の中二病を取り払えば、近年まれにみるピュアな女の子になるのかもしれない」
「実はボクも、昨日彼女にお礼を言われたんだ。同性愛者でもないのにコロッと落ちてしまいそうだったよ」
「はは、そりゃ大変だ」
ユニットメンバー同士の禁断の愛。男を作るよりはマシかもしれないが、まあ健全ではないな。
「ギャップ萌えというヤツなのかな。プロデューサーもああいうのを魅力に感じるタイプなのかい」
「ふとした時に見せる可愛らしい一面。そういうのは男なら基本的に好ましく思うだろうなあ」
まして彼女は外見もいいからなおさらだ。だからって恋愛的な方面に発展したりはしないが……したらクビだし、ロリコンになるし。
「なるほど。やはり人気があるのか……」
「なんだ。そういうことに興味があるのか」
「別に異性がらみのことに限らないけど、人の心のありようは奥が深いからね。関心も高まるさ」
趣味は人間観察ですって言いそうな雰囲気だ。目を閉じていったい何を考えているのだろうか。
「でも、ギャップ萌え要素ならアスカにもあるじゃないか」
「え?」
俺が思いついたように言うと、彼女の肩がぴくりと揺れた。
顔をこっちに向けて、心底不思議そうな表情をしている。
「自分じゃ気づいてないかもしれないけど、アスカはたまにすごく自然な笑顔を見せる時があるからな。普段の痛さとか微塵も感じさせないレベルのすごいやつ。もちろん、普段のアスカを否定しているわけじゃないけどな」
どっちの要素もあるからどっちも魅力が際立つ。ギャップ萌えとはそういうものだろう。
昨日のライブ終了後とか、まさにそれの真骨頂だった。
「………」
「アスカ?」
「そうか」
俺の言葉を聞くなり、彼女はくるりと背を向けて顔を隠してしまった。
「どうかしたのか」
「なんでもない。少し、ソファーで寝かせてもらってもいいかい」
「ん? いいけど、ちゃんとベッドで寝た方が疲れはとれるぞ」
「いいんだ。体の方は別として、ここの方が心が安らぐ。さっきも言ったけど、この部屋にいる時間に慣れすぎた」
「そう言うんなら、まあかまわないが。キーボードがうるさいのは我慢してくれよ」
「あぁ」
横になって楽な体勢を探しはじめるアスカ。よく眠れるといいが。
「プロデューサー」
「なんだ?」
クッションを枕代わりにして理想の体勢を見つけたらしい彼女は、眠りにつく前に俺にもう一度声をかけてくる。ソファーのひじかけに隠れて、相変わらず顔は見えないままだ。
「ボクは昨日、アイドルになった」
「ああ、その通りだ」
「……何か、変わったのだろうか。昨日の昼以前と、それ以後で。ボクに変化は訪れたのだろうか」
今までのやり取りは異なる、どこか真に迫るような声色。
声自体は小さいが、彼女にとって大事な話をしているのだということは伝わってきた。
「俺は君じゃないから、君の内心をすべて見通せるわけじゃない。だから、これから言うのは全部ただの推測になる」
俺はあくまでプロデューサーだ。アイドルの立場になったことはない。
ただ、アイドルの近くで彼女達を見てきたからこそ、言えることはある。
「お客さんの前で歌って、楽しかったか」
「……楽しかった」
「自分を表現することに喜びを覚えたか」
「……覚えた」
「また、あの感覚を味わいたいと思ったか」
「……思った。きっと、この先ずっと忘れない経験だ」
「よし」
椅子から立ち上がり、ソファーのそばまで移動する。
アスカは……クッションで顔を隠していた。
「十分変わったよ。心まで立派にアイドルになった。きっとこれから、見える世界も違ってくる」
「………」
返事がない。
「寝たのか」
「……寝た」
「そうか」
じゃあ、反応がないのも当然か。
仕方がないから、俺は仕事に戻るとしよう。
「そうそう。今度ユニットデビューおめでとう会をやるつもりだから、考えといてくれ」
「あぁ」
声色で判断する限りでは、落ちこんでいるわけではないようだ。
気分転換は十分できたし、こっちはこっちでやらなきゃならないことに取り組みますか。
まさか推薦文をいただけるとは思っていませんでした。
この場でマーサー様にはお礼を申し上げさせていただきます。ありがとうございました。
蘭子は独特の言葉遣いさえ理解できれば素直でいい子。そこがいい。
アスカは蘭子に比べるとかなりひねくれているが、純粋な部分もある。そこがいい。
結論として、どっちもいい。