彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
年末年始は帰省しなかったから、実家にある自分の部屋を訪れるのは夏休み以来だった。
家族以外の誰かを招き入れるのは、それこそいつ振りだろうか。
「殺風景ですまないね。普段使う物は、みんな東京の寮に持って行ってしまっているから」
「しかし魔具の配置に趣を感じるわ(でも家具の置き方とかセンスあると思うよー)」
必要最低限のものしか置かれていない自室だけど、蘭子は気に入ってくれたようだ。
座布団を敷いて互いにテーブルを挟んで座り、まずは明日の仕事に関する話をすることにした。他愛のない雑談をしたり絵を描いたりするのはその後でいい。
「うまくいけば昼過ぎに収録が終わるらしいから、頑張ろうか」
「うむ」
明日は朝からローカルCMの収録を行い、終了次第フリータイム。明後日と合わせて静岡観光を楽しめというプロデューサーの計らいだ。
地元とはいえ、ボクにも足を運んでいない場所はある。自由時間を持て余すということにはならないだろう。
「とりあえず、こんなところか」
確認すべき事項を一通り口にしたところで、ちょうど
「飛鳥。入っていいかしら」
「どうぞ」
返事をすると、母さんが和菓子を乗せたお盆を片手に部屋に入ってきた。
テーブルを挟んで座っているボク達を交互に見て、柔和な笑みをふりまく。
「2人でおしゃべりしていたの?」
「あぁ。仕事の内容の確認だったけど、今終わったところ」
「仕事……」
まあ、と口を開けて驚いた様子の母さん。どうかしたのだろうか。
「何かおかしなことを言ったかな」
「ううん、そうじゃないの。なんだか本当にアイドルなんだなーって、今さら実感しちゃって」
こちらを見つめながら、母さんは感慨深げな表情を浮かべる。照れているのか、蘭子は少し顔を下に向けていた。
「これ、少ないけどお菓子ね。蘭子ちゃんもどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
テーブルに置かれた和菓子のうちのひとつを手に取り、小さな口で頬張る蘭子。返事は小さかったけど、遠慮せずに食べてくれるみたいだ。
「私が担任をしているクラスにも、飛鳥や蘭子ちゃんのファンだって言う子達が結構いるの」
「今は6年生の担当だったっけ」
母さんは公立小学校の教師をしており、それゆえに子供達の間での流行には結構詳しい。
「もうそんなに有名になったんだって、お母さんびっくりしちゃったわ」
「ボク自身、ここまでは順調すぎると思っているからね。蘭子やプロデューサーが頑張ってくれているおかげさ」
「ククク、我が友よ。自らの戦果も顧みるがいい(アスカちゃんが頑張ってるおかげでもあるよ)」
「……うん。まあ、自画自賛になってしまうけどね」
でも、事実だと胸を張っていいのかもしれない。
きっとボクひとりだけでも、蘭子ひとりだけでもここまでの人気は得られなかった。2人でユニットを組み、そしてプロデューサーの助けがあったからこそ、今の立ち位置がある。
「ちょっと変わり者だけど、うちの娘をよろしくね。蘭子ちゃん」
「は、はいっ」
座ったまま蘭子の方に向き直って笑いかける母さんだが、彼女の緊張した様子を見て首をかしげる。
「あら? おばさんにはさっきみたいに元気な話し方はしてくれないの?」
「……いいんですか?」
「全然いいわよ? 飛鳥のお友達とは私も仲良くしたいし」
すとんと肩の力を抜く蘭子。やや間を置いてから、勢いよく立ち上がって高笑いを始めた。
「ハーッハッハ! 我が名は神崎蘭子! 盟友と共に世界に混沌をもたらす者! (改めまして神崎蘭子です。アスカちゃんと一緒にトップアイドル目指します!)」
「ふふ、よろしくね」
答えながら横目でボクの顔を見る母さん。おそらくだが、何を言っているのか翻訳してほしいという意思表示だろう。今のは雰囲気でだいたい理解できたんだろうけど、細かいニュアンスは難しいはずだからね。
そういうわけで、その後は母さんも交えてガールズ(?)トークとしゃれこんだ。終わり際には蘭子もすっかり打ち解けており、『闇に飲まれよ』など定番のあいさつをいくつか教えるまでになっていた。
ボクとしても、母親と友人が仲良くしてくれるのは悪い気分ではない……というより、素直に喜ぶべきことだった。
*
「もうこんな時間か」
母さんが居間に戻った後は2人で絵を描いていたのだけれど、少し集中し過ぎたようだ。気づくと壁にかかった時計が12時を示そうとしていた。
「結局、いつもと同じようなことしかできなかったね」
「戦場の変化は私に新たな覚醒をもたらすわ(でも、いつもと違う場所だから新鮮だったなあ)」
「それもそうか」
他愛のない会話を挟みながら、蘭子と一緒に床に布団を2人分敷く。
余っている部屋はあるのだが、彼女の希望で今夜は並んで眠ることになっている。
「ふんふふーん♪」
ボクが添い寝することがそんなにうれしいのか、鼻歌を歌いながら準備を整える蘭子。
とはいえ、ボク自身も少々気持ちが高揚している感じはある。普段と違う要素ひとつで喜んだり悲しんだりできるのも、人間の人間らしいところなんだと思う。
……なんて考えているうちに、寝床の用意も終わり。
「じゃあ、明かりを消すよ」
照明のスイッチを切り、真っ暗な部屋の中で横になる。
すぐそばに人の気配を感じながら眠るのは、修学旅行以来だ。
「……アスカちゃん」
おやすみ、と言おうとした瞬間、蘭子が小声で話しかけてきた。
「なんだい」
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
天井を見つめたまま、彼女の話に耳を傾ける。なにやら声に躊躇いの色が感じられるけど、いったい何を尋ねるつもりなのだろう。
「……プロデューサーのこと、好きなの?」
「………」
これから静かに寝ようという時に、心臓の鼓動が一気に激しくなるような話題を持ち出された。
「どうして、そんなことを?」
「……我が魔眼が微かに映し出している(なんとなく、そう見えたから……勘、なんだけど)」
「勘か」
自分から話すべきかどうか、正直に言えば迷っていた。
でもこうして直球に問われてしまった以上、無理にごまかす必要はもうない。
「正解だ。好きだよ、あの人のことが」
「……それは、私の好きとは違うんだよね」
「あぁ、キミが彼に恋をしていない限りはね。というかキミ、言葉遣いが安定していないようだけど」
「えっと。今は、暗くて顔がよく見えないから」
面と向かって話さずにすむから、恥ずかしがらないで普通にしゃべろうと努力しているらしい。
もぞもぞと隣の布団がこすれる音を聞きながら、ボクは蘭子の次の言葉を待つ。
「その……ひょっとして、付き合ったりとかは」
「そんな大それたことをするのなら、真っ先にキミに報告しているよ」
おずおずと尋ねてくる蘭子に対して、バレンタインデー近辺にプロデューサーと交わした会話の内容を簡潔に説明する。
「今のところ、プロデューサーにその気はまったくない。そしてボクは、蘭子と一緒に行けるところまで行きたいと願っている」
そうボクが締めくくると、彼女は安心したように小さく息をついた。
もしボクと彼が交際しているなんて冗談で言ったら、きっと大いに慌てる彼女の姿が見られただろう。アイドルが恋愛をするというのは、それほどに衝撃的なことなのだ。
「私、恋をしたことないから……そういうの、よくわかんなくて」
「ボクも同じさ。正直、自分の感情がわからなくなる時もある。でもきっと、わからないのが正しいんだ」
「わからないのが、正しい?」
「心理学の歴史は長いけれど、その終わりは一向に見えてこないだろう? きっと未来永劫ゴールのない学問なんだ。答えが出ないのが答えで、それがあるべき形……ボクはそう思う」
「……アスカちゃんの言うことは、難しいね」
「だろうね」
蘭子の率直な感想を聞き、思わず笑い声が漏れてしまう。
「ボク自身、感覚的なモノを無理やり言葉にしているだけだから。難しいというか、下手をするとそれ以前の問題だ」
うまい言い回しができない自分が、少しだけもどかしい。
気持ちや考えをわかりやすく伝えるのは難儀なことだと、再認識させられる。
「………」
会話が途切れ、沈黙が流れる。今度こそ、おやすみなさいと言うタイミングかな。
「よく、わからないけど」
なんて思っていると、またも蘭子が先に口を開いた。ちらりと隣をうかがうと、彼女は体を横にしてボクの方をじっと見つめている。
「私は、アスカちゃんの友達だから……何かあったら、相談してね」
聞こえてきたのは、小声ながらもはっきりとボクの心に届くような、そんな優しい言葉だった。
「……あぁ。ありがとう」
近くに気を許せる友人がいてくれる。それは間違いなく、幸福なことなんだろうと確信をもって言える。
「今度、野球のことも教えてね。今日の試合見て、興味が湧いちゃった」
「もちろんかまわないさ」
その夜は、いつも以上に穏やかな眠りにつけた気がした。
みんなの運気が上がるように馬の蹄鉄を持って来たり、蘭子は根はとてもいい子なのです。
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最近アイドル活動の描写が少ないので、次回以降はお仕事多めでいきます。