彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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中二病との実家訪問

「おー、大きな家だな」

「古来より伝わる魂の波動を感じるわ(和風だねっ)」

「言ったろう。スペースだけはある家なんだ」

 

 静岡で開催されたプロ野球のオープン戦。春の日差しが照りつける球場で、アスカと蘭子は立派にその役目を果たした。

 蘭子はツーバウンド、アスカは山なりながらもノーバウンドで始球式を行い、その後のゲスト解説でもある程度滑らかにトークをすることができていた。あくまでプロ野球の中継という舞台なので、蘭子にはできるだけわかりやすい言葉を使ってもらうことになったけど。アスカや実況の人が適度にフォローしてくれたので、お茶の間のみんなにも彼女の言葉はきちんと伝わったと思う。

 そして、試合も終わって夕暮れ時を迎えた今、俺達はアスカの実家の前に立っていた。

 家そのものも大きい方だけど、庭も広い。色とりどりの花がたくさん植えられている。

 

「母の趣味だよ。花屋の息子としてはどう思う?」

「その肩書きは関係ないけど、きれいな庭だと思うぞ」

「そうか」

 

 俺の返事にうなずきながら、インターホンを押すアスカ。

 そう待たないうちに、玄関の引き戸が内側から開かれる。

 

「おかえりなさい。飛鳥」

「ただいま、母さん」

 

 現れたのは、茶色がかった長髪がよく似合う美しい女性。中学生の娘を持っている割にはかなり若々しい顔立ちだ。

 アスカに笑いかけた彼女は、続いて隣に立っている俺に視線を向けて頭を下げる。

 

「お電話では何度かお話しさせていただきましたけど、会うのはこれが初めてですね。いつも娘がお世話になっております」

「お初にお目にかかります。飛鳥さんのプロデュースを担当させていただいております、渋谷と申します」

 

 俺も姿勢正しく礼をして、名刺をお母様に差し出す。

 最後に残ったのは、一歩下がった位置で成り行きを見守っていた蘭子。

 

「そちらにいらっしゃるのが、飛鳥のパートナーさんかしら」

「は、はいっ! か、神崎蘭子です……はじめまして」

「はじめまして。飛鳥の母です」

 

 緊張で硬くなりながらも、なんとか蘭子もあいさつすることができた。お母様の柔和な笑みを向けられ、多少は安心感を覚えているように見える。

 

「いつもこの子と仲良くしてくれているみたいで――」

「母さん、話は中に入ってからにしよう。プロデューサーも蘭子も仕事で疲れているから」

「あら、ごめんなさい」

 

 うっかりした、という風に口に手を当てるお母様。その仕草もなんとなく若さを感じるものだった。俺より10個ほど年上のはずだが、下手をすると同年代と勘違いしかねないかもしれない。

 

「どうぞ、お入りください」

「お邪魔させていただきます」

「お、お邪魔します」

「母さん。父さんはまだ仕事?」

「ええ。あと1時間くらいで帰ってくるわ」

 

 玄関に足を踏み入れると、気持ちが落ち着くような良い香りが漂ってきた。おそらく芳香剤だろう。

 家の外見と同じく、内装も和風な雰囲気で統一されている。かといって、古臭さを感じるわけでもない。

 

「素敵なお家ですね」

「そうですか? ありがとうございます」

 

 客間に案内される途中でそんな感想を漏らすと、お母様は振り返って笑顔で返事をしてくれた。

 

「お世辞なら必要ないよ、プロデューサー」

「思ったことを素直に言っただけだ。俺の顔見たら、お世辞かどうかくらいなんとなくわかるだろう」

「……まあ、付き合い長いからね」

「我が魂が共鳴を求める……(私も素敵なお家だと思うよ)」

「あらあら。仲良しさんですね」

 

 俺達の会話を聞いて、お母様は左手を頬に当ててうれしそうにつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 しばらく談笑しているうちにお父様が帰ってきて、夕食の時間となった。

 お母様が腕によりをかけて作ったらしい料理の数々は、質も量も豪華でとてもおいしかった。その頃になると蘭子もだいぶ緊張が解け、アスカとおしゃべりしながら好きなおかずを遠慮することなく頬張っていた。

 

「さ、まずは一杯」

「ありがとうございます」

 

 現在時刻は午後8時半。

 子供達がアスカの部屋で遊んでいる一方、俺とお父様は居間で杯を交わしていた。もちろん、お酒に誘ったのはあちらからである。

 明日も仕事だから飲み過ぎはよくないが、元来酒には強いのである程度なら大丈夫と判断した。

 

「お父様も、どうぞ」

「どうも」

 

 互いに相手の杯に酒を注ぎ、ぐいっと飲み干す。小さな杯なので、一気飲みでも大した負担にはならない。

 

「いい飲みっぷりですね。渋谷さん」

 

 アスカのお父様は47歳で、俺の親父とそう年が離れていない。

 しかし、明らかに親父よりも威厳があった。理由は……なんだろう、口髭だろうか。

 

「娘は普段元気にやっているでしょうか」

「はい。職場の方達とも、良好な関係を築けているようです。アイドル活動も、とても頑張ってくれています」

「それはよかった」

 

 作務衣姿で杯を傾けるお父様の様子を、なんだか絵になりそうだな、なんて考えながら見つめる。家と同じく、服も和風なものを好んでいるようだ。

 テレビでは、前もって録画していた今日のオープン戦の映像が流れている。ちょうど今6回に突入して、アスカと蘭子が実況席に姿を現したところだ。

 

『二宮さんは、普段から野球観戦をなさっているとお聞きしましたが』

『はい。試合を見るのも好きなんですが、プロ野球に関する記事を読むのも同じくらい好きですね』

『記事ですか』

『選手ひとりひとりのエピソードを知ることができるので。この人は何を思ってプロの舞台でプレーをしているのか。不振が続く時はどのようなことを考えているのか。そういったことには興味が湧きます』

『なるほど』

 

「偉そうに語るなあ、うちの娘は」

「実況の方は感心していましたよ」

 

 プロ野球ファンとしての持論を語るアスカに苦笑いを浮かべるお父様。

 試合に出る選手が打てなかったり守れなかったりしてもどかしく感じることはあれど、彼らの努力のエピソードを知るととてもじゃないが嫌うことはできない――なんてことを彼女は言っていた。

 

「野球が好きになったのはお父様の影響だと聞きましたが」

「ええ、その通りです。もっとも、私は結果を出せない選手がいたら野次を飛ばしたくなってしまう性質なんですがね」

 

 その辺はあいつの方が大人かもしれません、と彼は笑う。どちらもファンとしては十分アリな形なんだと思う。

 

「飛鳥は変わった娘でしょう」

 

 3杯目を飲み干したところで、若干返答に困るようなことを尋ねられた。

 

「いえ、そんなことは」

「正直に答えてもらいたい」

「……変わった子だとは思います」

 

 ごまかされることをあちらは望んでいないようなので、率直な気持ちを語ることにする。

 

「でも、彼女は自分なりに物事を一生懸命考えています。簡単に誰かの意見になびいたりせず、世間の常識に流されることもない。意思を持って、やりたいことをやりたいようにやっている。それは、立派なことではないでしょうか」

 

 少し褒めすぎかもしれないけど、自然と口に出たということはこれが俺の本心なのだろう。

 

「それに、『人とは違う変わったところ』を売りにできるのがアイドルですから」

「なるほど。それをうまく売り込むのが渋谷さんの仕事というわけですか」

「はい。今のところ、飛鳥さんの特徴はファンの心をつかむことに成功しています」

 

 アスカと蘭子。2人の個性的すぎる特質は、ダークイルミネイトというユニットの人気に確かにつながっている。

 アイドルブームの続く中、『これ!』という売りを作り出すことができているのだ。だからこそ、彼女達について来てくれる人が数多くいる。

 

「あの子の個性が、ですか……」

 

 そこまで言って、お父様は視線を俺から外して虚空を見つめる。

 何かを思い出しているのだろうか。当たり前だが、俺には彼が心の内で考えていることはまったくわからない。

 

「もう1年になりますか」

 

 しばらく沈黙が続いた後、彼はおもむろに口を開いた。

 

「仕事から帰ったら、娘がいきなり東京に行きたいとお願いしてきたんです。話を聞くと『アイドルになりませんかとスカウトされた』なんて言うじゃありませんか」

 

 俺は彼女のスカウトに関わっていないので、当時の状況は又聞きでしか知らない。

 スカウトした同僚によれば、最初は胡散臭そうな視線をこちらに向けていたが、話を続けるうちにだんだんと食いついてきたらしい。

 

「正直耳を疑いましたし、困惑もしました。あの子はまだ中学生で、多くのことを学校で学ばなければならない時期だ。アイドルという難しい仕事をさせるなんて不安でしかないと、当時の私は考えていました」

「お気持ちは、わかります」

 

 俺だって、凛が突然スカウトされてきた時は似たような気持ちになった。プロデューサーである俺でさえそうだったんだから、彼の娘を心配する思いはもっと大きなものだったに違いない。

 でもアスカが上京してきたということは、最終的にはアイドル活動を認めてくれたんだよな。どういう経緯があったんだろう。

 

「私も家内も、自分の仕事にやりがいを感じていまして。共働きを続けていたために、飛鳥はひとりでいる時間が長かった。その結果、やたらとあれこれ考えるような性格になったのでしょう」

 

 確か、お父様は県庁に勤める公務員で、お母様は小学校の教師だったと記憶している。

 平日の夕方などは、誰もいない家でひとり考え事に耽るアスカの姿があったのかもしれない。

 

「寂しい思いをさせてきたぶん、せめて娘のやりたいことをさせてあげるのが親としての義務なのではないか。家内ともよく話し合って、最終的にはそういう結論を出したんです」

 

 目を伏せて語る彼の口調は、静かなものだった。

 ひとりにしてしまった時間が長いからといって、決して彼らのアスカに対する愛情が薄かったことにはならない。だから、東京に送り出すときはいろいろと思うところがあったんだろうなと思う。

 

「飛鳥さんは、以前こう言っていました。『アイドルという仕事に励む中で、決して少なくない充足感を得られている』と」

 

 彼らの決断が間違っていなかったと主張したくて、俺はクリスマスイブに聞いたアスカの言葉をそのまま伝える。

 

「やりがいを感じている、ということでしょうか」

「私はそう信じています」

「そうですか……それは良いことだ」

 

 小さく息をつくお父様の表情は、心なしかほっとしているようにも見えた。

 

「渋谷さん。これからも、どうか娘をよろしくお願いします」

「もちろんです。飛鳥さんのことは、私が責任をもって大事にします」

 

 互いに頭を下げ、真っ直ぐな思いを伝え合う。

 顔を上げると、お父様は笑ってこちらを見つめていた。

 

「なんだか、娘を嫁にもらいに来た男を見ている気分になりましたよ」

「あ……すみません。少し言葉選びが変だったかもしれません」

 

 今しがたの自分のセリフを思い出して、確かに彼の言う通りだと感じた。

 仮に結婚の話だとしたら、こんな風にスムーズに話が運んだりはしないだろうけど。

 

「いつか飛鳥にも、そういう日がやって来るんでしょうか」

「アイドルを引退してから、ということになると思いますが……いずれは、そうなるのではないでしょうか」

 

 変人ではあるけれど、外見はアイドルをやれるほどレベルが高いわけだし。

 結婚するなら、やっぱり彼女と気が合う男と結ばれてほしいとは思う。

 ……アスカからしたら、おそらく俺自身が恋人相手の候補そのものなんだろうけど。

 

「あら、もしかしたら結婚相手も渋谷さんになるかもしれませんよ?」

「えっ!?」

 

 酒のつまみをお盆に乗せてやってきたお母様が、まるで俺の心を見透かしたような一言をかましてくる。おかげで心臓がびくんと跳ねた気分だ。

 

「あの子が一番親しくしている異性って、渋谷さんですもの。今日のやり取りを見ていてもよく懐いているようでしたし」

「ほう」

 

 なんかお父様からの視線に一瞬剣呑なものが混じった気がする。気のせいであってほしいものである。

 

「私と飛鳥さんとでは年が離れすぎですよ」

「そんなことありませんよ。私とこの人だって10歳違うんですから」

「……それはそうかもしれませんが」

 

 お父様は40代後半、お母様は30代後半。確かに10個ほど離れているようだった。

 アスカがあまり俺との年齢差を気にしないのは、もしかしたらこの両親を見て育ったからなのかもしれない。

 

「まあ、将来嫁にもらいに来るのはかまいませんが……その時は、厳しくいかせてもらいますよ?」

「で、ですから私は」

「渋谷さん。この人酔ってるだけだから真面目に取り合わなくてもいいですよ。お酒に弱いくせにたくさん飲むんだから」

 

 その後、娘への愛を語り出したお父様。それに適当な相槌を打ちながら、俺はお母様としばらく世間話に興じていた。

 ちなみに、アスカが最初に覚えた言葉は『パパ』らしい。赤ん坊のころはそれはもう天使のように可愛らしかったとかなんとか。

 ……まあ、彼女が親からきちんと愛されているようでなによりだ。

 

 




次回は飛鳥、蘭子サイドのお話になる予定です。大人達が飲んでいる間に2人は何をしていたのか、みたいな感じです。

感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
飛鳥の家庭環境などはすべて独自設定なのでご了承ください。デレマスのアイドルって割とバックボーンが明らかになっていない子達が多いので……

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