彼女は僕の黒歴史 作:中二病万歳
2月13日、土曜日。
その日、私は朝からそわそわしっぱなしだった。
「蘭子ちゃん、どうかした? 今日なんか様子変だけど」
あまりにそわそわしているので、仕事で一緒になった李衣菜ちゃんにも心配されちゃうくらいだ。
「我が魔眼が疼く……不確定の未来を見通そうと言うのか(今気にしてもしょうがないのに気になっちゃうの)」
「……? う、うん。そうだね、わかるわかる」
「……
「えっ? 偽りって……いや、別に偽ってないし? 私はいつも偽らないロッカーだし!」
「2人とも、会話がまったくかみ合っていないにゃ……」
額に汗をかき始めた李衣菜ちゃんにじとーっと視線を送っていると、近くにいたみくちゃんが間に入ってきた。
「まず李衣菜チャン。蘭子チャンは別に李衣菜チャンのロック知識を疑っているわけじゃないから安心するにゃ」
「あっ、そうなんだ。ほっ……」
「蘭子チャンは純粋だから疑うことを知らないにゃ」
「ちょっと待った。なにその微妙に引っかかる言い方」
猫耳をひょこひょこさせながら李衣菜ちゃんと話しているみくちゃん。あの猫耳、時々生きているみたいに動くけどどういう仕組みなのかな。
「それで、結局蘭子ちゃんはなんて言いたかったのさ」
「多分飛鳥チャンの入試の結果が気になってるのにゃ。今日合格発表だったでしょ」
「あー、なるほど」
その通り。今日のお昼頃に、アスカちゃんの第一志望の高校の合格発表が行われるのだ。
今はちょうど10時をまわったところだから、あと2時間くらい。仕事の合間合間に何度も時計を確認しているせいで、なかなか時間が進まないような気がしてしまう。
「我が友の覇道に、障害なきことを信じてはいるが……(きっと大丈夫だよね?)」
「一生懸命勉強してたみたいだし、心配いらないにゃ」
「……うむ、そうだな!」
私もアスカちゃんの部屋に遊びに行きたいのをちゃんと我慢したし。
みくちゃんが迷うことなくうなずいてくれたので、ちょっと気持ちが落ち着いた。
「今の言葉は私でもなんとなくわかったよ」
「李衣菜チャンはまだまだ精進が足りないにゃ。友達が何言ってるのかくらいわかって当然だよ?」
「むー……みくって時々委員長みたいだよね」
胸を張るみくちゃんに対して苦笑を浮かべる李衣菜ちゃん。変わったしゃべり方をしているのは私の勝手だから、たまに理解してもらえないのも仕方ないかなーって思うんだけど。
でも、私の周りはちゃんと私の言うことをわかろうとしてくれる人ばかり。それは本当にうれしいし、幸せ者だなって思う。
「とにかく、みく達はみく達でお仕事頑張るにゃ。気が抜けてると怒られちゃうから」
その言葉を聞いて、私も気合いを入れ直す。
そうだよね。私は私でしっかりしないと、プロデューサーやアスカちゃんに申し訳ない。
よーし、頑張っていこー!
*
アスカちゃんから携帯に連絡が入ったのは、ちょうど仕事が終わってロッカーで荷物をまとめている最中だった。
『合格していたよ。気にかけてくれていたようだから、それだけ伝えておこうと思って』
まるで他人事のようにあっさりと、でも声には喜びが見え隠れしているような。
そんな感じの様子で、アスカちゃんは合格の報せを伝えてくれた。
これから学校とかに連絡しなくちゃいけないということで、あんまりおしゃべりはできなかったけど……通話が切れた瞬間、私はぎゅっと両手の拳を握りしめた。
「よかった~」
力いっぱいガッツポーズをした後、安心したせいか一気に体がへなへなとなってしまう。
そんな私の姿を見て、同じく荷物の片づけをしていたみくちゃんと李衣菜ちゃんが近寄ってきた。今聞いたばかりのことをそのまま伝えると、2人も笑って喜んでくれた。
「これで飛鳥チャンもアイドルのお仕事に集中できるから、ライバルとして安心にゃ」
「ライバルだったんだ」
「同業者は友達でありライバルなのにゃ。李衣菜チャンも蘭子チャンも同じだよ」
ふんす、と鼻を鳴らすみくちゃん。こういう、なんていうかしっかりしているところは、みくちゃんのすごいところだと思う。
「ま、なんにせよよかったじゃん。私も高校受かった時はうれしかったなー」
目を閉じて何年か前の思い出を懐かしみ始める李衣菜ちゃん。その話を聞きながら、私はアスカちゃんに一通のメールを送っていた。
『私と共に魅惑の甘きなる物を創りましょう(チョコレート一緒に作らない?)』
しばらく待っていると、短い返事がかえってきた。
『ちょうどこちらも、同じ話をしようと思っていたところだ』
*
今日の仕事はお昼で終わりなので、みくちゃん達とお別れのあいさつをした私はそのまま寮に帰ってきた。
それから少し経って、チョコレートの材料が入った袋を片手にアスカちゃんが戻ってきた。私は前もって材料を買っていたので、そっちの準備は万全だ。
「汝の成果を讃えよう! (合格おめでとう、アスカちゃん!)」
「あぁ、ありがとう。正直ここ最近はプレッシャーがきつかったから、今は解放された気分だよ」
ほっとしたように頬を緩めるアスカちゃんは、それでも普段のクールな雰囲気を保ったままだった。やっぱりかっこいいなあ……。
「場所は調理室でいいかい」
「うむ」
ここの女子寮には、大きなスペースをとって調理室が用意されている。きっと女の子がみんなで料理を楽しめるようにと考えたんだと思う。
「祭りにふさわしい師を召喚しているわ(助っ人を呼んでるよー)」
「師?」
首を小さくかしげるアスカちゃんを連れて、調理室に向かう。
中に入ると、すでにその人はいろいろと準備を始めてくれていた。
「あ、来た来た。おかえりなさい、2人とも」
「あなたは……三村さん」
「闇に飲まれよ! (お疲れ様です、せんせー!)」
アスカちゃんを誘う前からチョコを手作りすることは考えていたから、お菓子を作るのが得意な人に先生になってくれるよう頼んでおいたのだ。
その人こそ、今目の前でニコニコと笑っている三村かな子ちゃん。お菓子を作るのも食べるのも大好きで、この寮の中では間違いなくスイーツ作りナンバーワン。
「ボク達を手伝ってくれるんですか。ありがとうございます」
「そんなかしこまらなくても大丈夫だよ。私は、みんなにもお菓子作りの楽しさを知ってもらえたらいいなって思ってるだけだから」
「食の女神、その慈愛に感謝するぞ(かな子ちゃんは優しいね)」
かな子ちゃんの柔らかな態度に、アスカちゃんもフッと笑って応える。
「それじゃあ、早速始めようか。まずは2人とも、エプロンをつけて手を洗わないとね」
それから、かな子ちゃんの指導のもとでバレンタインデーのチョコレート作りが始まった。
私はマカロン、アスカちゃんはちょっぴりビターなトリュフチョコを完成させるのが目標。エプロンと三角頭巾を装着して、慎重にひとつひとつの作業を行っていく。普段あんまり料理しないから、どうしても緊張してしまう。そもそも手作りチョコ自体初めてだったり。
「そこは時間をかけてしっかり混ぜてね」
買ってきた本のレシピを見ながら、かな子ちゃんの適切なアドバイスを受ける。これぞ隙を生じぬ二段構え……うーん、もう少しかっこいい言い方にしたいなあ。
「こうやってチョコ作りをするなんて、以前はあまり考えていなかった」
チョコレートを一度冷蔵庫で冷やしている途中、アスカちゃんがふと思いついたように言葉を漏らした。
「バレンタインデーとは、ひとりの牧師が法に背いた罰で処刑された日。それ以上でもそれ以下でもなく、チョコレートをあげるだなんてお菓子メーカーの戦略にすぎない。正直そう考えていた」
あ、なんだかその話は聞いたことがあるような気がする。確か、バレンタイン牧師だったよね?
私の友達の中にも、アスカちゃんと似たようなことを言っている子がいたと思う。
でも、アスカちゃんは今チョコを手作りしているわけだから……。
「ただ……日頃の感謝とか想いを伝える機会としては、確かに優秀だ。なんとなく今は、そう思える」
エプロンの結び目を正しながらつぶやくアスカちゃんは、とても優しい目をしていて。
「頑張ってね、飛鳥ちゃん」
そう声をかけるかな子ちゃんと同じく、私もすごく応援したくなるのだった。
……もちろん応援だけじゃなくて、自分のマカロンを完成させられるように頑張ることも忘れない。
友達やお世話になっている人への気持ち……特にアスカちゃんとプロデューサーへの気持ちをこめて。おいしいものが作れるといいな。
みくにゃんやだりーな達が準レギュラーと化しつつある。
感想・評価などあれば気軽に送ってもらえるとありがたし、です。
いよいよ本日アニメで蘭子回です。中二つながりで飛鳥が声付きで来ることをひそかに期待しております。