彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

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まったり進行です。


中二病とのあいさつ

 いろいろあったが、気を取り直して自分の仕事に取りかかることにした。

 まず最初は、担当アイドルとのコミュニケーション。つまり話し合いだ。

 アイドルとプロデューサーの間には信頼関係が必要不可欠。その第一歩として、お互いのことを知るところから始める。

 これは、俺が前に担当していたアイドルとの経験で学んだことだ。初日からレッスンに参加させるのも気忙しいし、おしゃべりだけでも十分だろう。

 というわけで、ソファーに座って2人と向かい合う。

 

「二宮さんがつけているのはエクステですか?」

「あぁ。ささやかな抵抗ってヤツさ」

「抵抗?」

「校則で髪を染めることを禁止されていてね。素直に従うのも癪だから、グレーゾーンのエクステをしているのさ」

「先生に怒られたりは?」

「たまに注意は受けるけれど、そうされると反骨心がくすぶるのが思春期ってヤツなんだ。ボクは縛られること、拘束されることを嫌うからね」

「あはは……」

 

 わかる。学生特有のその気持ちすごくわかる。わかるがゆえに聞いていて辛い。

 どうしてこうも、彼女の言葉は俺の過去をほじくり返してくるのだろう。

 校則に拘束されるのが嫌だとか、思わずつまらないダジャレが頭に浮かんでしまうほどだ。今度高垣さんにでも聞かせたら笑ってくれるだろうか。

 

「神崎さんは、黒がお好きで?」

「黒、すなわち闇の色。甘美なる輝きよ……」

「なるほど。では今後衣装を着る機会があれば、黒を基調としたデザインを優先的に検討してみます」

「うむ」

 

 満足げにうなずく神崎さん。本当に普段からこういうキャラなんだな。

 とはいえ、彼女の中二病は『行き過ぎている』がゆえにそうダメージは受けない。そりゃあ昔中二ネームをいろいろ考えたのは事実だけど、アレはもう過去のものとして清算済みだ。

 二宮さんと比べると微笑ましくすら思える。あるいは感覚が麻痺しているのかもしれない。

 

「お二人とも14歳とのことですが、学年はひとつ違うみたいですね」

「ボクは早生まれだからね」

 

 二宮さんが中3、神崎さんが中2。誕生日は2月3日と4月8日なので、学年が違うとはいえ生まれた時期はかなり近い。

 

「プロデューサーはいくつなんだい」

「私ですか? 今年で26になります」

「ふうん。ま、見た目相応ってところか」

「道を示す先達ね」

「人生の先輩と言いたいのかい? 確かにその通りだ」

 

 なんと二宮さん、すでに神崎さんの言葉を翻訳できる様子。さすがは中二病同士といったところか。

 ……まあ、俺もなんとなくわかっちゃうんだけどね。アイドルと意思疎通が図れることは喜ぶべきはずなのに、なぜか心がちくりと痛む。

 

「少しお尋ねしたいことがあります」

 

 気持ちを切り替えるために、せき払いを軽くひとつ。

 会話のペースもつかめてきたし、そろそろちょっとだけ真面目な話も混ぜてみよう。

 

「アイドルとして、こういうことがやってみたい。そういう方向性みたいなものはあるでしょうか」

「世界に混沌を!」

「退屈しない風景を見せてくれるなら、なんでもいいよ」

 

 右手を前に突き出し決めポーズをとる神崎さん。大変元気でいいと思う。

 二宮さんはドヤ顔やめてください。

 

「わかりました。ご希望に沿えるよう努力します」

「………」

「どうかしましたか?」

 

 黙って俺の顔を見つめる2人。何か変なことを言ってしまっただろうか。

 

「いや、神崎さんの発言を普通に理解している様子を見て思ったんだけど……もしかしてキミも『痛いヤツ』だったりしないかい?」

「我らの同胞か!」

「……いえ、違います」

 

 少なくとも現在進行形ではない。

 首を横に振ると、神崎さんがしゅんとうなだれた。すみません。でもさすがにこの歳になってそういう言動はとれないんです。

 

「そろそろ、施設の案内に移りましょうか」

 

 時刻を確認すると午後3時。いい時間だ。

 

「早速レッスンしたりするのかな」

「いえ、今日は見学だけです。実践は次の機会からを予定しています」

 

 その後346プロの内部を歩き回り、アイドルプロデュース初日は終了した。

 

 

 

 

 

 

 顔合わせから2週間。3度目の日曜日がやってきた。

 

「今日は宣材写真の撮影をしていただきます」

 

 レッスンを終えて部屋に戻ってきた2人に、俺はこの後の予定を説明する。

 

「宣材写真というと、ボクらを売り出すための写真ってことでいいのかな」

「ククク、ついに私の力を魅せる刻が来たようね……!」

「でもプロデューサーさん。もっと早く撮ってしまってもよかったんじゃないですか?」

 

 たまたま書類を届けに来ていた千川さんが首をかしげる。

 確かに彼女の言う通り、写真撮影を前倒しにすることはスケジュール上十分可能だった。今週の水曜日なんかはレッスン場の都合がつかないからと早めに家に帰したので、空いた時間に撮ればちょうどよかったとも言える。

 

「撮る前に、イメージをきちんと形にしておきたかったんです」

「イメージを?」

「ええ」

 

 顔を見合わせる3人。

 

「ダンスレッスンやボイストレーニング、それに普段の会話。これらをじっくり見せてもらうことで、二宮さんと神崎さんの個性をある程度把握できました。たとえば、二宮さんは新人にしてはダンスのキレがよい、とかですけど」

「何かあった時のために、一応筋トレとかしていたからね」

 

 何かあった時ってなんだろう。俺も昔は帰宅部のくせに無駄に体鍛えたりしていたけど。でも根性ないから運動部の連中の足元にも及ばなかった。

 

「神崎さんは歌がうまいですね。今すぐCD出せるくらいです」

「フッ、これも音奏でる箱の中で孤独な修練を積んだ成果よ」

 

 どうやらヒトカラで頑張って歌いまくったらしい。天性の音感の良さというのもありそうだ。

 

「どういう箇所にスポットを当てて売り出していくか。それによって、写真の撮り方も若干変わってきますから」

 

 運動神経がいい子なら、今にも動き出しそうなポーズで撮ってもらうようカメラマンさんに頼むとか。

 あちらもプロだから大抵うまくやってくれるんだけど、やはりこちら側から具体的な指示がある方がやりやすいとも言っていた。

 

「そういうわけで、今日まで引き延ばしにしていました」

「へえ……なんだか有能な感じだね。蘭子、ボク達は運がいいのかもしれない」

 

 納得したようにうなずく一同。あくまで俺の持論であって正しいかどうかは知らないから、有能なんて言われると少し困ってしまう。

 

「それでは、撮影場所まで行きましょう」

 

 

 

 

 

 

「今日はお疲れ様でした」

 

 無事撮影を終え、2人の荷物を取りにもう一度部屋に戻ってきた。

 

「明日は顔が筋肉痛になるかもね……」

「くっ、魔力の貯蔵が……」

 

 二宮さんも神崎さんも、普段のレッスン以上に疲労が溜まっているように見える。初めての本格的な写真撮影に緊張したというのもあるだろう。

 

「先ほど撮った宣材写真が、クライアントへの宣伝に使用されます」

「つまり、今しがたボクらはアイドル生活の第一歩を踏み出した、というワケかな」

「そんな感じですね」

 

 完成した宣材写真は、満足のいく出来になったと思う。

 この子達の魅力を十分に引き出せていると、カメラマンさんと共ににうなずき合ったほどだ。

 就活でいうエントリーシートみたいなものでもあるので、うまくいって本当によかった。

 それと同時に、彼女達の素材の良さを俺は改めて感じていた。

 

「できるだけ早くデビューにこぎ着けられるようにしますので、これから一緒に頑張っていきましょう。目指すはトップアイドルです」

「いかにも。私達が目指すのは遥かなる高み! 世界を創る鍵となろう!」

「えらく大きな目標だ。……そういうの、嫌いじゃないけどね」

 

 ノリノリの神崎さん。二宮さんの方も、苦笑しながら賛同してくれていた。

 

「それでは、これで解散とします。気をつけて帰ってください」

 

 意思表示も行ったところで、今日はこれにて作業終了。

 荷物を片付け、2人とも帰宅の準備を整える。

 

「………」

 

 と、そこで神崎さんがぴたりと動きを止めた。

 どうしたのかと思っていると、妙に硬い動作で俺の前まで移動し、恥ずかしそうに下を向いた。

 

「何か……?」

「そ、その……」

 

 しばらくごにょごにょと口を動かしていた彼女だが、やがて意を決したように顔を上げると、

 

「こ、これからよろしくお願いします! プロデューサー!」

 

 とだけ言って、真っ赤な顔のまま部屋を出ていってしまった。

 

「………」

 

 しばらく呆けたままの俺。

 えっと……もしかして、今のが彼女の『素』?

 

「どうやら彼女、本当はとても可愛らしい心の持ち主なようだね」

 

 一部始終を眺めていた二宮さんが、バッグを片手にそうつぶやく。

 確かに、あの一言を口にするだけであそこまで恥ずかしがるとは……根は内気なのかもしれない。

 

「安心してくれ。ボクの本質は、彼女のように純真なものではないから」

「そ、そうですか」

 

 で、どうやらこっちは完全にこれが素であるらしい。

 

「それじゃあ、ボクも帰らせてもらうよ」

「お疲れ様でした」

 

 ドアノブに手をかける二宮さん。

 

「あぁ、そうだ」

 

 手の位置は動かさないまま、彼女はくるりとこちらに振り返る。

 

「純真ではないけれど、ボクも言わせてもらおう。改めてよろしく頼むよ、プロデューサー」

 

 その時の彼女は、今まで見たことのないような自然な笑顔を浮かべていて。

 俺の返事を待たずして、彼女の姿もまた廊下へと消えていった。

 

「……まったく」

 

 彼女達は、才能あるアイドルの卵だ。

 そんな子達にあんなことを言われたら――

 

「張り切らずにはいられないな、これは」

 

 今日は早めに退社する予定だったけど、イケるところまで先の仕事を終わらせてしまおう。残業どんと来い、だ。

 


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