彼女は僕の黒歴史   作:中二病万歳

10 / 31
中二病との見るべきもの

 9月。

 膨大な時間を仕事やレッスンに充ててもらうことができた夏休みも終わり、蘭子とアスカは再び学校に通い始めた。

 学業で特に心配なのはアスカの進路についてなのだが、本人いわく志望校はだいたい決めたうえでぼちぼち受験勉強の時間を増やしているらしい。彼女に関しては、そのあたりも考慮したうえで、こっちも時間管理を行わなければならない。

 一方の蘭子は、通信簿を見る限りでは成績は平均的。国語の評価が高めなのは、普段のボキャブラリーの豊富さを考えるとすごく納得できる。あと美術の成績もいい。

 数学が若干苦手のようだが、たまに事務所でアスカに教えを請うている様子を見ると、やる気がないわけではないみたいだ。なんとかアイドル活動との両立を図ってほしい。

 

「はい、じゃあもう一度同じところ! ワン、ツー、スリー、フォー!」

 

 とある平日の夕方、俺はレッスン場で蘭子のダンスレッスンを見守っていた。

 トレーナーさん(姉妹がたくさんいて、みんなこの事務所で働いている)の厳しい指導に従って、手足を一生懸命動かしている。

 アスカは担任の先生との進路相談があるのでまだ中学校に残っている。勉強する時間も与えたいので、今日はあらかじめ休みにしておいた。

俺はというと、ちょうど時間が空いたので、蘭子がひとり頑張る姿を観察しに来たというわけだ。

 

「今のところ、またワンテンポ遅れているぞ! もう一度!」

「は、はいっ」

 

 普段は他のアイドルと合同で練習することも多いのだが、今取り組んでいるのは次のライブで新曲とともに披露するための『ダークイルミネイト』専用の振りつけなのである。

 デビュー後、CDショップやライブハウスなどで何回かミニライブを行い、少しずつではあるが着実にファンを増やし、同時にライブの経験を積んできた。

 そして今回、先輩アイドルとの共演という形で、ホールでの大規模なライブに参加することが決まった。

 凛や川島瑞樹さん達も出演する、346プロが力を入れて開催する一大イベント。

 本当の大舞台でパフォーマンスを行うのは初めてだが、だからこそこれを乗り越えれば2人にとっては大きな糧となるだろう。

 

「もう一度!」

「はいっ」

 

 何度も何度も同じ箇所の振りつけを繰り返す蘭子。だが、なかなか成功させることができない。

 普段の中二的言動は鳴りを潜め、ひたすらトレーナーさんの声に返事をしては踊り続けていた。

 ライブ本番まで残り3週間弱。それまでに、彼女とアスカにはすべてを完璧にしてもらう必要がある。大変なのはわかっているが、やってもらうしかないし、やり切ってくれると信じている。

 

 

 

 

 

 

 レッスン終了後、蘭子が着替えに行ったのを見計らってからトレーナーさんに声をかける。

 

「どうでしょうか。ここまでの2人の調子は」

「そうですね……」

 

 やや細長い目を伏せ、あごに手を当てて考える姿勢を見せる彼女。

 

「二宮に関しては、このペースで続ければ問題ないと思います。ただ、神崎は直前になってみないとわからないです」

「ギリギリ、ということですか」

「ええ。あまり筋肉がついているほうではありませんし、一日に運動できる量も限られています。うまくいくに越したことはありませんが、最悪振りつけの簡略化も考えないといけなくなるかもしれません」

 

 ダンスに関して俺は専門外な以上、彼女の意見は正しいものとして受け入れなければならない。

 振りつけの簡略化。できればしてほしくない。蘭子達には、最高のパフォーマンスを観客の前で披露してもらいたいからだ。

 だが、それにこだわって本番で失敗しては元も子もない。

 そんな心の葛藤が顔に出ていたのか、トレーナーさんは気遣うような視線を向けてきた。

 

「そう厳しい顔をしないでください。まだ時間はあるんですから。私も全力を尽くします」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 深く頭を下げて、俺はレッスン場をあとにした。

 そうだな。今の時点であれこれ考えすぎても仕方ない。これから状況はいくらでも変わりうるんだから。

 

「あ……プロデューサー」

「お疲れ様、蘭子」

「私……うまく、できなかった」

 

 部屋を出てすぐに、トレーニング服から着替え終わった蘭子と出くわした。

 見るからに落ちこんだ様子で、いつもの言葉遣いを考える余裕もないようだ。

 

「まだ本番まで時間はある。あんまり気負いすぎるのは良くないぞ」

「でも、全然上手にならないし……アスカちゃんは、練習少なくてもできてるのに」

 

 俺の励ましの言葉にも、蘭子は首を横に振るばかりだ。一生懸命取り組んでいるからこそ、うまくいかない時のダメージも大きいのだろう。

 

「このままじゃ、私……」

 

 受験勉強との兼ね合いもあり、9月以降のアスカの練習量は落ちている。

 それでもダンスレッスンに参加すれば、要領のいい動きを見せてトレーナーさんを満足させていた。

 ――時間に余裕があるはずの自分が、足を引っ張っている。

 蘭子にとっては、それは許せないことなんだろう。

 

「蘭子。ちょっと、ついて来てくれるか」

 

 少し、頭を冷やしてもらう必要があるかもしれない。そう判断した俺は、うつむきっ放しの彼女をある場所へ連れて行くことにした。

 

「ここは……?」

 

 場所自体はそう遠くない。というかすぐそこなので、いくばくもしないうちに俺達2人は足を止めた。

 

「今はアイドル候補生達がダンスレッスンしているはずだ。見学させてもらおう」

 

 さっきまで蘭子が練習していた場所とはまた異なるレッスン場。たまたまスケジュールを把握していた俺は、彼女の手を軽く引きながら部屋に足を踏み入れる。

 

「あれ、プロデューサー。どうしたの?」

 

 入ってすぐのところで、壁際でレッスンの様子を観察していた少女に声をかけられた。

 

「凛? お前こそどうしてここに」

「仕事の予定がずれて時間が空いちゃったから、ちょっと見学。そっちは?」

「俺達も思いつきで見学に来ただけだ」

 

 部屋の中では、5人の少女達がトレーナーの動きに合わせて踊っている。

 まだ練習を始めて日が浅いのか、タイミングはそれぞれバラバラになってしまっていた。

 

「レッスン、しばらく見ていよう」

「………」

 

 俺に連れてこられた蘭子は、困惑した様子ながらも、言われた通り彼女達のダンスを眺め始める。

 ちょっとの間、そっとしておく。

 

「蘭子、何かあったの? 元気なさそうだけど」

「ちょっとな」

「ふうん」

「聞かないのか? 内容」

「プロデューサー、『心配するな』って顔してるし。だったら私が首を突っ込む必要ないかなって」

「付き合いが長いと、いろいろ察してくれるから助かるよ」

 

 レッスン中、合間合間に候補生達の視線がこちらに向けられていた。人気アイドル渋谷凛が見ているとなれば、気になるのも当然だろう。

 あんまりジロジロ見ている子は、トレーナーさんに叱られていた。

 

「ふふ、怒られてる」

「凛も昔はあんな感じだったな」

「懐かしいね」

 

 新人時代を思い出しているのか、凛は穏やかな顔で練習を見つめている。

 ……さて。そろそろこっちにも声をかけていいころか。

 

「蘭子。あの子達を見て、どう思う?」

「どう、思う?」

「ダンス、上手いと思うか?」

 

 率直な質問に、蘭子は迷いながらも控えめに首を横に振った。こちらの会話は聞こえてないだろうし、そんなにおどおどする必要はないと思うんだけどな。

 

「蘭子の方が、上手に踊れる。そうだろう」

「……うん」

「でも、俺と会ったばかりのころの蘭子は、あの子達と似たようなもんだったんだぞ?」

 

 ステップも毎回ぶれるし、尻もちをつくことだってたくさんあった。昨日のことのように鮮明に覚えている光景だ。

 

「それが今じゃ、ミニライブで堂々と歌いながら踊れるレベルにまで達してる。俺が言いたいこと、わかるか」

「………」

 

 候補生達に向けられていた視線が、俺の顔へと移動する。

 瞳はまだ暗いけれど、俺をしっかり見ることができるだけの力は取り戻していた。

 

「頑張ってるよ、蘭子は。頑張って、結果を出している。自分自身の頑張りを、自分が認めてあげないと」

「認める?」

「うん。じゃないと、人は頑張れなくなっちゃうから」

 

 もっと頑張らなければ。努力をしなければ。そう思うのはかまわないし、プロデューサーとしてはむしろ歓迎だ。

 忘れないでほしいのは、今までの頑張りにも必ず価値はあるのだということ。そこをはき違えて自己嫌悪に陥るのはよくない。

 

「向上心を持つのは大事だけど、上ばっかり見ていると疲れるし考えが偏ってしまう。だから俺は今日、蘭子に下を見てほしかった。昔の自分に似た子達を見ることで、今まで自分が通ってきた道のりをちゃんとわかってほしかったんだ」

「私の道のり……事務所に入って、アスカちゃんとプロデューサーに会って。いっぱい練習して、CDデビューして」

 

 いろんなことを思い出せるはずだ。

 思い出すたびにこれまでの道のりがはっきり形作られ、それとつながるようにこれからの道のりも浮かび上がってくる。

 

「自分を悪く思いすぎないでくれ。プロデューサーである俺は、君をアイドルにふさわしい女の子だと確信しているんだから」

「ぷ、プロデューサー……」

 

 はっきり言われて照れてしまったのか、蘭子はしどろもどろに目線をあちこち動かす。

 

「アスカだって、俺と同じようなことを思ってるはずだ」

「……そうかな」

「聞いてみればいいじゃないか。今夜にでも電話か何かで」

「う、うん」

 

 こくこくと小さくうなずく彼女を見て、ひとまず多少は落ち着かせることができたかなと感じる。

 今日のところは、もう寮に帰してもいいだろう。

 

「じゃあ、俺達は戻るよ」

 

 隣にいながらずっと無言だった凛に一声かけてから、俺は蘭子を連れて出口へ向かう。

 その時、こちらを見た彼女が不意に口を開いた。

 

「懐かしいね」

「ん?」

「昔、私に同じようなこと言ってくれたでしょ」

「……そうだったな。お前がスランプでふさぎ込んだ時だったか」

「そうそう」

 

 誰だって、似たような悩みを抱えることはあるんだ。

 大事なのは、その時の気の持ちようなんだと改めて思う。

 

「今度の合同ライブ、成功させようね」

「もちろんだ」

 

 

 

 

 

 

 デスクまで戻ってくると、俺達を待っていた制服姿の少女がソファーから立ち上がった。

 

「おかえり。遅かったね」

「アスカ? 今日は休みだって伝えただろう」

「事務所と寮は遠くないから、少し様子を見に来ただけさ……ん?」

 

 俺の背後で何かがもぞもぞと動いていることに気づくアスカ。

 

「蘭子。何をしているんだい」

「え、えっと」

「よかったな蘭子。直接顔見て聞く機会がすぐにできて」

 

 事情を知らないために首をかしげるアスカの顔を、俺の背中からチラチラ見つめる蘭子。どうやら踏ん切りがつかないらしい。いまだに言葉遣いもとに戻ってないし。

 

「素直に聞けばいいんだ。アスカなら、きっと蘭子が望んだ答えをくれるから」

「よくわからないけど、ボクに課せられた何かのハードルがどんどん高くなっていないかい?」

 

 俺の説得もあり、蘭子がようやく全身を露わにする。

 一歩前に出て、絞り出すような声で彼女はアスカに問いを投げかけた。

 

「あ、アスカちゃんは……私が、パートナーでもいいの……?」

 

 たった一言。

 前後関係をすっ飛ばしているせいで、アスカからしてみればなぜいきなりそんなことを尋ねてくるのかと疑問に思うところだろう。

 だから俺は、これまでの経緯をかいつまんで説明しようとしたのだが。

 

「まったく。深刻な顔で何を言い出すのかと思えば」

 

 俺が補足する前に口を開いたアスカは、泣きそうな顔をしている蘭子に歩み寄って微笑んだ。

 

「いいに決まっているだろう。キミ以外に誰がいるというんだ」

「……っ!」

「歌声はボクよりずっときれいだし、容姿も衣装によく映える。なにより、キミとボクはこれ以上なく気が合う。精神的に不調な時、キミの元気に救われたことが何度もある」

 

 目を閉じて話しているせいで、アスカは蘭子の目にうるうると光るものが溜まっていくことに気づかない。

 

「これ以上、何を望むことが――」

「アスカちゃんっ!」

 

 そして、ついにダムが決壊を迎えた。

 

「なっ、ちょっと、いきなり抱きつくとはどういう」

「が、頑張るから! 私、頑張るからっ!」

「あ、ああ。それはわかっているけど、なぜそんなにボロボロ泣いているんだキミは?」

 

 抱きついて感動のあまり涙を流し始める蘭子。結構制服がひどいことになりそうだ。

 パートナーの突然の行動に、基本クールなアスカもさすがにうろたえた様子を見せている。

 

「めでたしめでたしだな。それじゃあ俺は千川さんに用があるから、ちょっと席を外すぞ」

「待つんだプロデューサー。キミ、アイドルの世話を丸投げするのは職務上どうなんだ」

「丸投げじゃなくて、適任者に託しただけだ。ちょっとの間でいいから、そのままにしてあげてくれ」

「……はぁ。まったく、これが『やれやれ』というヤツか」

 

 口では不平を漏らしつつも、蘭子に抱き着かれた彼女の表情はまんざらでもなさそうだった。

 これで一安心だ。用事があるのは本当なので、俺も先を急ぐことにしよう。

 




百合ではないです。健全な女の子同士の友情です。

祝お気に入り1000件。こんなに伸びるとは思っていませんでした。ありがとうございます。

凛とプロデューサーが通じ合っている感じですが、まあ付きあいが長いので。蘭子や飛鳥とはまだ発展途上なのです。
今回熊本弁一度も出てこなかったなあ……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。