もし青銅が黄金だったら   作:377

5 / 30
第五話 黄金聖闘士

 「な……なにい!? アイオロスだと!?」

 

 「かつて聖域から幼いアテナを連れ去ろうとした逆賊のアイオロスか!?」

 

 十三年前、アテナに対する反逆罪で処刑されたと伝えられるアイオロス。

 白銀聖闘士達の中にはその顔を直接見たことのある者はいない。

 そしてそれは星矢達にも当てはまる。

 

 「あれが……アイオロスだって……本当なのか、沙織お嬢さん!?」

 

 「ええ、そうです。私をお祖父様に託して倒れたアイオロスを、お祖父様はすぐに病院へと運んだそうです。そのおかげで彼は一命を取り留めました。その後、彼は表向きは城戸家に仕える執事として、私のことを今までずっと見守ってくれていたのです。私はそのことを、お祖父様が亡くなった時に、アイオロス自身の口から聞きました」

 

 思いもよらない真相を聞いた星矢達は、驚いて未だ白銀聖闘士達と闘っているアイオロスの方へと目を向けた。

 その時、星矢はふと思い出した。

 あの男、アイオロスを星矢は一度目にしている。

 あれは、星矢が日本へ戻り聖衣を預けるために城戸沙織の元を訪れた時だった。

 その時彼女の傍に居た見慣れない男。

 それが、アイオロスだったのだ。

 普段彼女の護衛をしている禿げ頭の大男・辰巳と違って、静かに佇んでいる様子にはどこか気品のようなものが感じられた。

 改めて見ると、白銀聖闘士達が全力の攻撃を繰り出しているにもかかわらず、彼の身体に触れることも出来ていない。

 

 やはり本当に黄金聖闘士のアイオロスなのか。

 そう思った星矢達は、再び闘いに加わろうと駆け出した。

 だが、それは沙織の声によって押し留められた。

 

 「あなた達が加勢に行く必要はありませんよ。アイオロスのことなら心配は要りません。それにあなた達は闘うには傷付きすぎています。今行けば命を落とすどころか足手まといになりかねません」

 

 「でも……アイオロスは聖衣も纏っていないんだ。いくら黄金聖闘士だからって……」

 

 星矢がそう言って再び動き出そうとした時、目の前の戦場に突如轟音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハァ……ハァ……まさかこんなところにいたとは思わなかったぞ。逆賊アイオロス!」

 

 荒い息を吐きながら、白銀聖闘士達は口々にそう言った。

 それまで放った攻撃は全てかわされているが、その闘志は些かも鈍ってはいない。

 そんな彼らに対して、息ひとつ乱さずにアイオロスはきっぱりと言った。

 

 「お前達では勝ち目はない。潔くここは聖域へと退くがいい」

 

 「バカな…! 掟を破った青銅聖闘士のみならず、逆賊の貴様まで現れたとあっては退けるものか!」

 

 そう言って次々と音速を遥かに超えた拳を放つも、そのことごとくが虚しく地面を削るだけ。

 アイオロス一人を三人で取り囲んでいる状態で攻撃しているにもかかわらず、まるで一撃も加えることが出来ていない。

 さらに異常なのは、傍目にはアイオロスが彼らの攻撃を避けているようには見えないことだ。

 微動だにしないアイオロスの身体を、まるですり抜けるかのように何の手応えも無く拳が通過するのだ。

 そのような攻防がしばらく続き、遂に白銀聖闘士の攻撃が止まった。

 

 「バカな……どうして攻撃が当たらない…!」

 

 あり得ないものを目にしたかのように動揺を隠せない白銀聖闘士達。

 だが、次にアイオロスの口から出た言葉が彼らに更なる驚愕を与える。

 

 「知らないのならば教えてやろう。聖闘士の速さ……それは青銅ならばせいぜいマッハ1、白銀でもその速さはマッハ2~5といったところだ。対して黄金聖闘士の速さは……秒速30万km、マッハにして88万以上……そう、それは一秒間に地球を七周半という光速の動き!」

 

 「な……なにい!?」

 

 「分かったか。光速の速さを持つ私の前ではお前達の拳の速さなどゼロに等しい。ただ身体を緩やかに動かしてかわすだけで十分!」

 

 そう、アイオロスは最初から白銀聖闘士の攻撃を避けていたのだ。

 だが、あまりに速すぎるその動きは聖闘士といえども捉えることは出来ず、攻撃がすり抜けているように見えていたに過ぎなかった。

 

 「ううっ……!」

 

 自分達が相手にしている者の力が、それほどまでに想像を絶していることに、白銀聖闘士達はようやく気が付いた。

 知らぬ間に腰は引け、僅かに後退りをし始めているのがその心情を表している。

 

 しかし、彼らにも教皇からの勅命を受けたという事実と、聖闘士としての誇りがある。

 たとえ黄金聖闘士が相手であっても、彼らにその場から退くという選択は存在しない。

 

 「クッ……これだけの白銀聖闘士がいて、たった一人に負けることなどあるものか! いくぞ! 一斉にかかれ!」

 

 「おお!」

 

 

 三人の白銀聖闘士の中で先陣を切ったのは白鯨星座(ホエール)のモーゼス。

 白銀聖闘士随一の巨体から繰り出される受身不能な投げ技がアイオロスに襲いかかる。

 

 「くらえ! カイトス・スパウティング・ボンバー!!」

 

 モーゼスの豪腕がアイオロスの身体を捉えた。

 体格で勝るモーゼスの大きな拳が、アイオロスを跳ね飛ばすように振り抜かれる。

 

 「ぬうっ……!」

 

 これまでの音速拳とは違った身体ごと突進してくる投げ技による攻撃。

 拳をかわしたように、一瞬の光速の動きですり抜けるような回避を行うのは不可能。

 しかし猛烈な勢いで打ち上げられたアイオロスだったが、それでもまだ空中で体勢を整えるだけの余裕があった。

 モーゼスの一撃は本来は一度投げられてしまうと受身を取ることも許されず、延々と落下と殴打を繰り返す必殺の拳。

 それを、アイオロスは投げられながらも体勢を崩さず耐え切ることで破っていた。

 体勢を崩すことなく落下すれば、二度目の投げは防げるだろう。

 そのまま落下していけばモーゼスの次の攻撃には対応できる。

 だが次の瞬間アイオロスの周囲に激しい炎が燃え上がる。

 そう、敵は一人ではないのだ。

 いくら黄金聖闘士といえども、何も無い空中では攻撃の的にしかならない。

 

 落下するアイオロスに向かって、ケンタウルス星座のバベルの攻撃が迫る。

 

 「フフフ……俺の拳は空気との摩擦熱で炎を起こす。空中にあっては光速の動きもできまい! いくぞ! フォーティアルフィフトゥラ!!」

 

 地獄の業火を思わせる灼熱の炎が空間を覆い尽くす。

 聖衣も無しにバベルの攻撃をまともに受けたアイオロスの全身に炎が一気に燃え広がった。

 凄まじい炎が彼の身体を焼き尽くしていく。

 地獄の炎に包まれてようやく地面に足が着いた時には既に、アイオロスの全身は黒焦げの状態に――――なってはいなかった。

 

 「なにい!?」

 

 アイオロスが着ていた執事服は焼け落ちてボロボロになっていたが、彼自身には多少の火傷が見える位で大した傷ではない。

 

 「バ……バカな、俺の炎が!?」

 

 強大な小宇宙を纏った身体はあらゆる攻撃を遮る。

 だがそれを行うには計り知れない程の力の差がなければならない。

 まさにアイオロスはその小宇宙によってバベルの放った炎を押し退けたのだ。

 

 「クッ、やるな! だがこれならどうだ!」

 

 畳み掛けるように三人目がきた。

 自身の背中から取り出したのは、盾。

 それを腕に装着すると、不意にその盾から強烈な光が放たれた。

 一瞬目が眩んだアイオロスの動きが止まる。

 それだけならば大したことはないはずだった。

 しかし次の瞬間アイオロスに驚愕が走る。

 

 「むっ……これは!?」

 

 何と!

 己の身体の半分近く、正確には下半身のほぼ全てが物言わぬ石と化していた。

 

 「フッ……驚いたな。このメデューサの光を浴びても全身が石化しないとは」

 

 その光を放った盾を掲げ、アイオロスに迫る白銀聖闘士・ペルセウス星座のアルゴル。

 彼の聖衣に装備されているその盾には、神話の英雄ペルセウスが討ち取ったとされる伝説の魔物メデューサの顔が描かれている。

 そしてアイオロスの身体を石と変えた光は、その盾に描かれたメデューサの瞳から発せられたものだ。

 

 「このメデューサの盾の光を見た者は身体が石となって死ぬのだ。流石に半身の石化に留めたのはお前が初めてだが……動けないなら同じことよ! もはやお前に俺達の拳をかわすことはできん!」

 

 アルゴルの拳が身動きの取れないアイオロスに向かって走る。

 モーゼスとバベルの二人も、それに合わせて音速の拳を繰り出した。

 

 「くらえーーーー!!」

 

 三方から音速拳が迫っているにも拘らず、アイオロスの表情に変化は無い。

 ただ片腕を上げそっと一本指を立てて、言った。

 

 「仕方あるまい。見せてやろう……光速の拳というものを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついに攻撃に転じたアイオロス。

 しかし、それはとても攻撃とは思えぬ構えだった。

 

 指を一本立てる、ただそれだけ。

 

 アイオロスが指を一本軽く上げた次の瞬間――――白銀聖闘士達の繰り出した拳はことごとく撃ち落とされていた。

 僅かに彼の指先が光ったことにさえ、気が付いた者がいるかどうか。

 まさしく一瞬の出来事だった。

 

 「ううっ……!」

 

 目にも映らぬ光の速さ。

 放った拳が指一本で打ち落とされるなど誰が想像しただろうか。

 そして再びアイオロスの指が光った。

 

 「なっ!?」

 

 「うおぉ!」

 

 「ガハァッ!」

 

 一瞬の内に白銀聖闘士達が宙を舞う。

 成す術無く大地に叩きつけられた白銀聖闘士達は、呆然と立ち上がるしかなかった。

 いつ攻撃されたのか、あるいは攻撃されたのかどうかさえ、彼らには分かっていない。

 しかし、攻撃する瞬間はおろかそれを受けた瞬間すら認識させない黄金聖闘士の底知れぬ力に、三人は等しく戦慄していた。

 

 「まるで見えなかった……本当に奴の拳は光速に達しているというのか……!」

 

 「こ……これではどんな攻撃も……」

 

 「待て!」

 

 もはや自分達の手に負える相手ではない。

 モーゼスとバベルの二人ははっきりそう感じていた。

 たとえ三人、いやこの場にいる全員で挑んだとしても敵わないと。

 だがそれを叱咤したのは、三人の白銀聖闘士の中でも別格と見られるアルゴルだった。

 

 「確かに俺達では光速の動きは見切れない。だが、聖衣も持たない奴の攻撃ではダメージを受けることもない……もう一度全員で総攻撃だ!」

 

 アルゴルの言った通り、光速の拳を受けたとはいえ白銀聖衣を纏った彼らの肉体には傷一つ付いていない。

 対してアイオロスの方は相変わらず半身が石と化した状態で、自由に動くこともままならない。

 

 「アイオロスさえ倒すことができれば残りは雑魚に過ぎん。奴が動けない今の内なら、勝機はある!」

 

 「ならば……三人で一斉にやるぞ!」

 

 アイオロスが動けないこと、光速拳では大したダメージを受けないことが彼らの背を押す決め手になった。

 駆け出したアルゴル、モーゼス、バベルの三人が、未だ動けぬアイオロスに向けて同時に繰り出す必殺の拳。

 

 「カイトス・スパウティング・ボンバー!!」

 

 「フォーティアルフィフトゥラ!!」

 

 「ラス・アルグール・ゴルゴニオ!!!」

 

 白銀聖闘士達の無数の拳が乱舞する。

 

 しかし彼らは知らなかった。

 アイオロスはまだ一度も本気で彼らに拳を向けてはいない。

 全ては加減した一撃に過ぎなかったということを。

 

 指でなく拳で光速拳を放てば彼らを絶命させることも容易に出来た。

 しかし、そもそもアイオロスには最初からアルゴル達の命まで取るつもりはなかったのだ。

 だからこそ始めの内は敢えて反撃せずにその力の差を見せつけることで、戦意を奪おうとした。

 たとえ逆賊と罵られようとも、彼らは本来ならば同じアテナを守り闘う聖闘士である。

 殺してしまうような事はなるべくなら避けたかった。

 真の敵は彼らではなく、聖域に潜むあの男なのだから。

 だがしかし、目の前の状況ではとてもそうは言ってはいられない。

 ここで自分が倒れてしまったら、一体何のために十三年間身を潜めてアテナを守ってきたというのか。

 白銀聖闘士達が迫ってくる前で、アイオロスは覚悟を決めた。

 静かに小宇宙を高めていくにつれてアイオロスの周囲に黄金に輝くオーラが揺らめき満ち溢れてゆく。

 そして遂に、高まる小宇宙が半身の石化を打ち破る!

 

 「おおぉぉぉぉぉ! 燃え上がれ我が小宇宙! アトミック・サンダーボルト!!!!」

 

 その瞬間、白銀聖闘士達の視界は黄金の光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうやらあっちも決着がつきそうだね」

 

 魔鈴は目前で対峙するアステリオンに向かってそう告げた。

 アステリオンも一撃で倒された仲間達の姿を見て、顔をしかめる。

 

 こんなはずでは無かった。

 彼は聖域で教皇の勅命を受けてからのことを思い返していた。

 

 最初は楽な任務だと思っていた。

 相手はたかだか青銅聖闘士が数人。

 それに対して白銀聖闘士が六人も出向くのだ。

 あっさりと処刑を完了して、すぐに聖域に帰れるものと思っていた。

 ところがいざ蓋を開けてみると、真っ先に青銅聖闘士に闘いを挑んだミスティはまさかの返り討ちに合った。

 次の魔鈴は青銅達に寝返り、更には聖域を逃亡したかつての黄金聖闘士までもが救援に駆けつける。

 既に闘っている白銀聖闘士は魔鈴を除いてアステリオンただ一人になってしまっていた。

 相手は無傷の白銀聖闘士と黄金聖闘士が一人ずつ、そして傷付いてはいるが青銅聖闘士が四人。

 もはやアステリオンに勝ち目は無かった。

 仲間は皆倒れてしまった以上、せめてアステリオン一人だけでもこの場から離脱して聖域に帰還すべきであろう。

 だが、目の前の魔鈴はみすみすそれを許すほど甘い相手ではない。

 少なくとも魔鈴を倒さねば聖域へ戻ることも出来ないのだ。

 

 一刻も早く魔鈴を倒して聖域に帰還する。

 アステリオンは、そう思い定めて魔鈴に向かって突進した。

 

 再び始まる音速拳の応酬。

 しかし、今度の撃ち合いは均衡状態とはならなかった。

 顔を苦痛に歪めているのはアステリオン。

 魔鈴の拳に全体的に押されている。

 

 「バ……バカな…! 心が……魔鈴の心が読めん!」

 

 一気に攻めるつもりが、魔鈴の動きがまるで読めなくなったのだ。

 サトリの法を使っているのに、相手が狙ってくる箇所や防御が手薄になっている部分が見えてこない。

 距離を取って素早い動きで翻弄する魔鈴に、これまで有効打こそ無かったものの戦闘の主導権を握っていたのはアステリオンだった。

 だがその肝心のサトリの法の有利が突然通用しなくなり、次第にアステリオンの内心には焦りが広がっていく。

 幾度となく攻撃を試みるも、そのような焦りを押し殺したような状態では魔鈴に通用するはずもない。

 攻撃自体も次第に単調になっていき、逆に相手の反撃による被弾が増加してしまう。

 

 「クッ……魔鈴め! 心を閉ざしているのか!?」

 

 口にするのは簡単だが、心を閉ざして闘うなど並の聖闘士にできることではない。

 こと戦闘の技量という点において、魔鈴はアステリオンを凌駕しているのは明らかだった。

 

 「動きが悪いねアステリオン!」

 

 「なにを!」

 

 直後に繰り出された魔鈴の拳がアステリオンを捉えた。

 

 「グッ!」

 

 地面を転がるアステリオンを魔鈴が追撃する。

 

 カカァッ!!

 

 「チィッ!」

 

 拳の衝撃で舞い上がる砂塵の向こうにアステリオンの姿は無かった。

 魔鈴は咄嗟に上を見る。

 寸前でアステリオンは地面を蹴って魔鈴の拳から逃れたのだ。

 

 それだけではない。

 落下に合わせてアステリオンの姿が二人、三人と増大していく。

 魔鈴に対しては既に意味の無いサトリの法を捨てて、アステリオンは勝負に打って出た。

 

 「俺の最高速度はマッハ2に達する! お前にこれが見切れるか!」

 

 無数に増えたアステリオンの幻影が、魔鈴目掛けて一斉に飛び掛かる!

 

 「いくぞ! ゴーストミリオンアタック!!」

 

 マッハ2を越え入り乱れる無数のアステリオンの姿はまさに分身。

 その一人一人が四方八方から魔鈴に向かって襲いかかる。

 

 それまでの攻防で見た魔鈴の速さでは絶対に回避は不可能。

 それが――――

 

 「かかったなアステリオン!」

 

 「なにっ!?」

 

 魔鈴が突如アステリオンの背後に迫っていた。

 無数の幻影には目もくれず、完全に本体のみを見切った一撃が襲いかかる。

 

 「くらいな! イーグル・トゥ・フラッシュ!!!」

 

 音を抜き去る飛翔蹴撃!

 魔鈴の全体重を込めた蹴りの一撃がアステリオンに突き刺さる。

 その凄まじい威力に、粉々に砕け散る猟犬星座(ハウンド)の白銀聖衣。

 マッハ2を遥かに上回る速さで大地に激突したアステリオンが、再び立ち上がってくることはなかった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。