もし青銅が黄金だったら   作:377

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第二十三話 VS海将軍 (前篇)

 北太平洋の柱を守護するシーホースのバイアンと対峙するレオのアイオリア。

 互いの実力を値踏みするように睨み合う一瞬。

 次の瞬間、アイオリアの小宇宙が高まり、肩口から先が光と消える。

 同時に、ありとあらゆる方向からバイアンに向かって閃光と化した無数の拳が襲いかかった。

 

 これぞアイオリア必殺の拳!

 

 「いくぞ! ライトニング・プラズマ!!!!」

 

 その一撃すら原子を砕く。

 拳の軌跡が輝線を描く。

 

 しかしバイアンは、それを見ても動じることは無かった。

 それどころかアイオリアが拳を放った後も、バイアンは棒立ちのまま動こうともしない。

 

 拳が目前に達した次の瞬間、バイアンの前に突如水面を広がる波紋のようなものが巻き起こる。

 その波紋が、アイオリアのライトニング・プラズマを――――止めた!

 

 「なにぃ!?」

 

 思わずアイオリアの攻撃の手が止まる。

 バイアンの前に広がった波紋は、小宇宙を乗せたアイオリアの拳を一つ残らず防ぎきって消えた。

 まるで拳が水面を叩いたかのような跡を残して。

 そして水面の向こうの鱗衣に拳は届いていない。

 

 「フフフ……どうした? 黄金聖闘士とやらの力はそんなものか。この私に触れることさえ出来ぬとはな!」

 

 「クッ……!」

 

 その時、アイオリアの耳が何かを捉えた。

 空気が動いている。

 どこか一か所に向かって。

 風を吸い込んでいるのは、バイアン!

 

 「そうら吹き飛べ! ゴッドブレス!!!」

 

 途轍もない息吹が突風となって押し寄せた。

 大量の空気を一息に圧縮して解き放つその一撃。

 

 打ち付ける暴風。

 人が容易く宙を舞う程の凄まじさ。

 突風の吹き荒れる嵐を正面から叩きつけられたような強烈な圧がアイオリアに襲い掛かった。

 

 「ぬうっ!!」

 

 だが相手は黄金聖闘士の中でも力を以て鳴るアイオリア。

 その強烈な風圧に負けて吹き飛ぶ程に柔ではない。

 

 むしろその勢いを両手で受け止め、瞬時に散らして打ち払う。

 

 「むっ!?」

 

 「甘く見るなよ、このレオの力を! 今一度受けろ! 黄金の獅子の牙を!!」

 

 「バカめ! お前の拳など通用しないと知れ!」

 

 アイオリアの拳の軌跡が広がる。

 だがまたしてもバイアンが繰り出した波紋の広がりに打ち消された。

 

 「フッ……流石は黄金、だが何度やっても無駄な事だ!」

 

 せせら笑うとバイアンが再び大きく息を吸い込んだ。

 

 「今度こそ吹き飛べ! ゴッドブレス!!!」

 

 巻き起こる二度目の烈風。

 海底の石畳をも吹き飛ばし、空気の壁がアイオリアを呑みこんだ。

 

 「なっ……!?」

 

 だが一度目とは違った。

 アイオリアは無造作に片腕をバイアンへと向ける。

 傍目には足に力を入れて踏ん張っている様子でもない。

 ただそれだけ。

 ただそれだけで、一歩も動くこと無くアイオリアは押し寄せる暴風を止めた。

 

 「覚えておくのだな。聖闘士に同じ技は何度も通用しない。ましてその程度ならば一目で十分!」

 

 「なんだと…………うっ!?」

 

 全力で繰り出したゴッドブレスが完璧に受け切られたことにバイアンは動揺を隠せない。

 だが、バイアンを真に驚愕させたのはその直後だった。

 

 ピシィッ

 

 何かが割れるような音が小さく響く。

 次の瞬間、バイアンの頭部を守るシーホースのマスクが真っ二つになって吹っ飛んだ。

 

 「なにい!? そんなバカな……雑兵の鱗衣ならばいざ知らず……我ら海将軍の鱗衣の防御力は黄金聖衣にも匹敵する! 第一奴の光速拳は全て見切っていたはず!」

 

 確かにバイアンの目はアイオリアが拳を放った直後、自身に向かってくる光線の如き拳の軌道が見えていた。

 万全の態勢でその全てを防ぎきったのが見えていたのだ。

 しかし、今の状況を考えれば自ずと理解もするだろう。

 

 「ま……まさか……この私ですら気付かぬ内に奴の拳は私の防御をすり抜けていたというのか!?」

 

 バイアンが狼狽えた一瞬の隙を衝いて、またもアイオリアの拳が光の中に消える。

 それは一筋の閃光と化してバイアンを襲った。

 

 やはり見えている。

 

 バイアンは命中する寸前、ギリギリで首を捻って回避を成功させると、その一撃は僅かに頬を掠めて通り過ぎる。

 それを見たバイアンの顔に、ゆっくりと喜色が広がっていった。

 

 「フ……フフフ、どうやら先程の攻撃は、単なるまぐれだったようだな! やはりお前の光速拳などその程度よ! くれてやるぞ、二度と立ち上がれぬ程の決定的な一撃を!」

 

 バイアンが構えを変えた。

 昂る小宇宙がその全身から立ち上る。

 そして大きく腕を振りかぶり渾身の一撃を――――放つ!

 

 「受けろ! ライジングビロウズ!!!!」

 

 下から上へ、大きく突き上げるようにバイアンが自らの掌底を全力で振り抜いた。

 昇天の勢いで脅威の一撃がアイオリアに迫る!

 

 パアアァァァァン!!

 

 「なにぃ!?」

 

 渾身の力を込めた拳が。

 受けた者は遥か彼方の高さまで吹き飛ぶはずの、この拳が。

 

 それが――――いとも容易く掴まれ止まる!

 

 アイオリアのかざした右手は、下から突き上げた掌底をまともに受けても微動だにしない。

 相手の身体ごと吹き飛ばすはずの威力は、アイオリアの手で抑えられ、完全に霧散していた。

 

 「バカな……今の技を受けてもびくともしないだと!? 黄金聖闘士とはこれ程の……!」

 

 決定打とするつもりで放った一撃が、致命傷どころか攻撃にすらなっていない。

 信じられない事態に呆然と立ち尽くすバイアン。

 アイオリアは、それまでの攻防でバイアンの実力を見定め確信と共に言い放った。

 

 「……分かったか。お前の力など、黄金聖闘士の足元にも及ばん!」

 

 言った瞬間、アイオリアの片腕が消えた。

 

 「クッ……またか!」

 

 バイアンは即座に身構え、その周囲に攻撃を弾く波紋の防御を作り出す。

 水面を走る細波のように、広がっていく波紋がアイオリアの拳を受け止める。

 

 一発、二発、五発、十発――――

 

 「フン、どうやらさっきのは黄金聖衣の防御力に頼っただけだったようだな! お前の纏う聖衣には驚かされたが、お前自身の力は所詮この程度よ! どうだ! 私にお前の光速拳は届きはしない!」

 

 確かにバイアンの言う通り、アイオリアの拳は相手の手前で受けられている。

 

 五十発、百発、二百発、五百発――――

 

 「……一つ言っておく」

 

 「なに?」

 

 千、二千、三千、五千――――

 

 「お前はこれを見て俺の拳を見切ったつもりなのか?」

 

 「なにっ!?」

 

 一万、五万、十万、百万――――

 

 「教えてやろう。俺の放つ光速拳は一秒間に一億発。お前を取り巻く光の全てが俺の拳なのだ。お前が見ていたのは、たまたま俺の小宇宙が低下した拳の一部に過ぎん」

 

 「ま……まさか!?」

 

 拳の回転数は更に跳ね上がる、そして――――!

 

 「その身をもって知るがいい! 俺が全小宇宙を集中して放つこの……ライトニング・プラズマを!!」

 

 光の軌跡が縦横無限に駆け巡る!

 バイアンの全身を、いやそれどころか周囲の空間をも呑み込み貫く光速拳!

 五体を引き裂く超絶の連弾は、バイアンの巻き起こした守りの障壁を容易に押し退け、その全身に突き刺さる!

 

 「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガガカァァァッ!!

 

 瞬時に粉砕され、鎧としての機能を失うシーホースの鱗衣。

 頭から大地に激突するバイアン。

 

 「グハァッ!」

 

 海底に全身を叩きつけられたバイアンが、既に致命傷を負っていることは誰の目にも明らかだった。

 しかし己の敗北を否定しきれないのか、そんな状態でもバイアンは尚立ち上がろうと力を込める。

 だが、アイオリアが全力で放った光速拳は、それを受けた者に立つことを許す程生易しいものでは無い。

 鱗衣を砕いて、あらゆる角度から拳を叩き込まれたバイアンに、そのような力はもう残されてはいなかった。

 

 「クッ……これまでか……だが……この私が死んでも柱を砕くことはできん。この柱は黄金聖闘士数人がかりでも破壊することは不可能なのだからな……」

 

 崩れ落ちそうになる身体を持ち上げ、それだけを言うと、バイアンはニヤリと笑って地面に倒れ込んだ。

 

 だがその言葉を背中で聞いたアイオリアは、強い視線を柱へと向けた。

 目の前の柱が途轍もなく強固であることは既に理解している。

 恐らく、この場に到達して最初に放った拳では、バイアンが防がずとも柱に傷一つ付けることは出来なかっただろう。

 

 アイオリアは握り締めた拳を大きく腰の辺りまで引き、構えた。

 見据えるのは、この海底にあって天を衝く程の巨大な柱。

 その前で、アイオリアの小宇宙が激しく高まり拳を包む。

 

 「バイアンよ……見ているがいい……柱を砕くのが果たして不可能なのかどうか……! この俺の、獅子の牙を!」

 

 全身の力を、小宇宙を、拳に乗せて――――撃つ!

 

 「ライトニング・ボルトーーーー!!!!」

 

 轟音、衝撃。

 光の流れが北太平洋の柱を貫いた。

 僅かに遅れて激しい衝撃の余波が辺りに広がっていく。

 待つこと数秒、北太平洋を支える柱に徐々に刻み込まれていく亀裂。

 

 悲鳴を上げる柱はやがてその中心から真っ二つになって、崩れ落ちた。

 頭上から雨のように細かい水滴となった海の水が降り注ぐ。

 それを見届けたアイオリアは踵を返すと、柱に背を向けアテナの待つ海底神殿の方へと走り去った。

 

 

 

 

 

 

 ――南太平洋

 

 ここにも柱を目指す聖闘士が一人。

 他には目もくれず、ただ真っ直ぐに目的の場所へとひた走る男の前に、不意に飛び出す女性の姿。

 

 「邪魔だ!」

 

 しかし、その姿は男の放った拳にあえなく一瞬で消え去った――――本当はまだ続きがあったのだが、それが陽の目を見ることは無いだろう。

 

 「出てこい海将軍とやら! たかが幻影でこの俺を止められるとでも思ったか!」

 

 霧散した幻影には目もくれず、男が吼える。

 覇気に満ちた一喝がその場に響き渡る。

 

 男が最初から自らの存在に気付いていたことは、承知していたのだろう。

 身を翻して柱の陰から現れる海将軍。

 

 「来たな黄金聖闘士。私の名はスキュラのイオ! この南太平洋の柱の下にお前を沈めてやろう!」

 

 「できるものならやってみろ! このスコーピオンのミロが相手だ!」

 

 立ち塞がる海将軍、スキュラのイオ!

 闘いを挑む黄金聖闘士、スコーピオンのミロ!

 

 不敵な笑みを見せるイオに対して、険しい表情を崩さないミロ、睨み合う二人。

 しかし彼らが動き出すまでに、さほどの時間はかからなかった。

 

 「スキュラとは女の上半身に獣の下半身を持つという海の魔物のこと。この私の鱗衣にも六体の聖獣が宿っているのだ。六聖獣の拳を受けるがいい!」

 

 イオが纏うのは、左右非対称の独特の形状を持つスキュラの鱗衣。

 六つの聖獣の力が宿るというその鱗衣を見せつけるかの如く、イオが一直線に駆け出した。

 鱗衣の一部から浮かび上がる聖獣の姿、指先から放たれる鋭い一撃!

 

 「まずはくらえ! 女王蜂の一刺しを!」

 

 蜂の幻影と共に突き刺すように繰り出された指拳が、ミロの身体を貫こうと伸びる。

 

 「クイーンビーズ・スティンガー!!!」

 

 カッ!!

 

 だが次の瞬間、イオの拳が目には見えない何物かに弾かれた。

 

 「うっ!?」

 

 突き出した右手の手甲がひび割れを起こして弾け飛ぶ。

 イオの動きが止まる。

 その直後に意識が異変に追いついた。

 

 「な……何だこれは!?」

 

 手の甲に微かに針を刺したような赤い痕が見えた。

 まるで赤熱した金属を直接流し込まれたよう。

 信じられない激痛がその傷跡から広がっていく。

 

 「うぁぁっ……!!」

 

 思わず叫び声を上げそうになるが、歯をくいしばるイオの額を大量の汗が滴り落ちた。

 

 「ぐうっ!」

 

 「どうした? それで終わりか?」

 

 目の前で痛みに耐えるイオを見下ろしながらミロが一歩一歩イオへ、いやその背後の柱へと近づいていく。

 しかし先に動いたのはイオ。

 ミロの視界から逃れるように一気に飛び上がり、その死角から拳を振るう。

 

 「ま……まだだ! くらえ! イーグルクラッチ!!!」

 

 鋭い爪で獲物を引き裂き仕留める、鷹の姿が迫り来る。

 一瞬早く回避に移っていたミロの元いた場所を鋭い一撃が通り抜けた。

 だが次の瞬間、ミロの腕が僅かに裂ける。

 

 「チィッ!!」

 

 浅い切傷。

 だがミロが傷に目を向けた微かな隙がイオの好機。

 

 「もう一度だ! イーグルクラッチ!!!」

 

 急所を目がけて風切る爪撃。

 

 「リストリクション!!!」

 

 「なにぃ!?」

 

 更なる攻勢に出ようとしたイオの身体が強制的に動きを止める。

 全身が痺れて僅かな力も入らない。

 

 蠍の毒のように中枢神経を侵し麻痺させるリストリクション。

 そしてそれは、一瞬にしてイオとミロとの攻守が逆転したことを意味する。

 身体が麻痺したイオは、指一本動かすことも出来ない。

 

 真紅に輝く蠍の爪がイオの身体を突き抜ける!

 

 「受けろ真紅の衝撃! スカーレット・ニードル!!!!」

 

 「ぐわあぁぁっ!!」

 

 鱗衣を貫く激しい痛みに、狂ったように絶叫するイオ。

 その顔はあまりの苦痛に大きく歪み、衝撃で麻痺から解放された身体は動かない。

 スキュラの鱗衣に刻まれた傷は二つ。

 

 「スカーレット・ニードルは貴様の神経を刺激し激痛をもたらす。そして十五発目のアンタレスによって命を落とすまでに、敵に降伏か死かを選ぶ猶予を与える慈悲深い技だ」

 

 小宇宙に呼応し、ミロの指先が紅い光を宿す。

 

 「さあ答えてもらうぞ! 選べ! 降伏か死か!」

 

 イオに向けて突きつけた指に、徐々に小宇宙を込めていくミロ。

 今まで、ミロのスカーレット・ニードルを十五発全て受け切った者などいない。

 五発耐えた者すら数える程しかいないのだ。

 傷が一つ増える度に、加速度的に痛みは増していく。

 しかし、全身を震わせながらもイオは立ち上がった。

 

 「冗談ではない……! この柱を守り抜くのが私の使命だ! この命尽きるまで!!」

 

 奇しくもそれは、青銅でありながら、アテナを守るために最後までミロに抗った星矢達を思い起こさせる。

 あの時、アテナを守る聖闘士であるはずの自分の行動に疑問を持ったが故に、途中で闘いを放棄した。

 その選択は間違ってはいなかったと思う。

 

 「グッ……狼の牙を受けよ! ウルフズファング!!!」

 

 だが今は違う。

 主のために命を懸けるイオの姿に心動かされるものがあるとはいえ。

 聖闘士の闘う理由、地上の愛と平和にために!

 

 「うおおおおおお!!」

 

 イオの鱗衣から出現した狼が、その牙を振りかざして襲いかかる。

 だがミロの喉笛を捉えた瞬間、狼の姿が薄れ鱗衣の一部が弾けて飛んだ!

 

 「なにぃ!?」

 

 それだけではない、イオを襲う痛みの激しさが一気に跳ね上がる。

 

 「スカーレット・ニードルを三発続けざまに放った。如何なる攻撃を仕掛けてこようと、全てこの蠍の爪が撃ち落とす」

 

 「ぐああぁぁぁ!!」

 

 喉も裂けんばかりの絶叫が響く。

 しかしそれでもまだ、イオの目は光を失ってはいない。

 

 「クッ……これならどうだ! バンパイアインヘイル!!!」

 

 次に現れたのは蝙蝠。

 空中を上下左右と飛び回り、巧妙に狙いをつけさせない。

 

 「蝙蝠は超音波を発し、その反射を感じ取ることで敵の位置を把握し、その血を啜るのだ。この動き、捉えられまい!」

 

 ゆらゆらと飛び続ける蝙蝠が、隙あらばミロの首筋に牙を立てようと妖しい動きで飛び回る。

 しかし次の瞬間、またしても鱗衣を砕かれ吹き飛んだのはイオだった。

 

 「ぐうぅぅっ! な……何故だ!?」

 

 常人なら発狂する程の痛みの中で、未だに立とうとするだけの気力を失わないイオに、ゆっくりと歩み寄りながらミロは言った。

 

 「黄金聖闘士の動きは光速の動き。超音波程度で捉えられるものか」

 

 そう言ってミロは、指先に紅い光を灯す。

 それを見たイオの目が一瞬鋭くなった。

 

 「ま……まだスキュラの六聖獣は残っているぞ! グリズリースラップ!!! イーグルクラッチ!!!」

 

 「むっ!?」

 

 イオの左右から同時に別の姿が飛び出しミロに襲い掛かった。

 大木をも薙ぎ倒す羆の一撃と、瞬時に敵を切り裂く斬撃がミロに叩き付けられた。

 

 「無駄だ!」

 

 振り降ろされた羆の腕を左で受けると同時にその身体を撃ち抜き、首を狙って迫る鷹を紙一重で躱して撃ち落とす。

 それぞれの聖獣に対応するスキュラの鱗衣のパーツが貫かれ、砕け散る。

 刻まれた傷跡の数に比例してイオの顔も険しさを増す。

 しかし同時に――――ミロの動きも止まっていた。

 

 「むっ……これは!?」

 

 ミロの全身に巻きついていたいたのは、蛇。

 それも人の腕よりも太い胴を持つ大蛇だ。

 

 「掛かったな! サーパンストアングラーはお前を絞め殺すまで外れん!」

 

 恐らくは熊の巨体と高速で滑空する鷹の動きに惑わされて、その隙を突かれた。

 しかしこの蛇に黄金聖衣の上から自分を絞め殺す力は無いとみたミロは、逆に引き千切ろうと自身の両腕に力を込める。

 スキュラの鱗衣に宿る聖獣の数は全部で六体、この大蛇を破壊すればイオの鱗衣は崩壊する――――

 

 「まだだ! 元よりこのままお前を絞め殺せるとは思っていない! 受けろ! スキュラのイオ最大の拳を!!」

 

 「なにっ!?」

 

 「大渦に呑まれて散れ! ビッグトルネード!!!!」

 

 イオの両拳が引き起こす二つの大渦!

 荒れ狂う渦潮がミロの身体を巻き込んで、錐揉み回転で吹き飛ばす!

 

 平衡感覚を失う程の大回転を受けたミロが、そのまま地面に激突する音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 「ぬうっ……!」

 

 大きなダメージの中、立ち上がるミロ。

 天地上下の感覚が覚束ないのか、一瞬膝を折る。

 その視線の先には――――イオが倒れていた。

 

 「……スカーレット・ニードル・アンタレス。十五発目の致命の一撃だ」

 

 蠍座の形に撃ち込まれたスカーレット・ニードル、その心臓・アンタレスの位置に最後の一撃が突き刺さっていた。

 

 「グフッ……!」

 

 致命の一撃をくらったのはイオ。

 その身体は、糸が切れた操り人形のようにゆっくりと倒れ、再び起き上がることは無かった。

 

 

 

 

 

 柱の前に立ったミロは、決して軽くはないダメージを負った身体で静かに小宇宙を燃やす。

 

 「イオよ……お前が命を懸けて守ろうとしたこの柱。俺もまた命に代えても砕いて見せよう」

 

 ミロの身体から立ち上る小宇宙が真紅の光となって指先に集中していく。

 

 「いくぞ! スカーレット・ニードル!!!!」

 

 カカァッ!!

 

 一筋の真紅の光が、柱の急所を貫き火花を散らす!

 寸分の狂いも無く正確に同じポイントを、ミロの拳が貫き穿つ。

 

 「オオォォォォ! スカーレット・ニードル・アンタレス!!!!」

 

 極大の衝撃が、南太平洋の柱の芯を突き崩した。

 巨大な柱の中心を穿つ極細の穴が、完璧に芯を突き抜けていた。

 亀裂の広がりと共に、轟音を上げて崩れ去る柱。

 だが神殿に向かうミロが、再びそれを振り返ることは無かった。

 

 

 

 


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