もし青銅が黄金だったら   作:377

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第二十一話 出撃!海底へ

 「今日も雨か……こんなにも長く続くとは、珍しいこともあるものだ」

 

 教皇の間から外を眺めると、ここ最近降り続けている雨が目に入る。

 それを見つめていたサガが、一人静かに呟いた。

 

 聖域のあるギリシャは、地中海に面している国であるため、もともとそれほど雨の多い地域ではなく、どちらかと言えば乾いた気候の国だ。

 それなのに、こうも連日雨が続いているのは、何か理由があるのではないだろうかと、つい考えてしまう。

 

 「考え過ぎか。よく見れば、雨の勢いも多少衰えてきたようだな……その内に、止むか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 教皇に扮したサガが治めていた聖域に、アテナが聖闘士を引き連れ乗り込み、十二宮を守る黄金聖闘士の全てを巻き込んでのぶつかり合いとなった、あの闘いから数ヶ月。

 

 アテナを亡き者にしょうとしたサガは、彼女を守ろうとする聖闘士達の前に敗れた。

 

 あの時、サガは半ば正気を失っていたとはいえ、彼が犯してきた事を鑑みれば、その罪は死を以て償うしか出来ないであろうということは明白だった。

 それが分かっていたからこそ、最期は潔く、せめて自らの手で命を断とうと急所を目掛けて放った手刀は、かつてサガに聖域を逐われ、そして再びアテナと共にサガに挑んできた友の手で阻まれた。

 

 そしてアテナから告げられた、裁きという名の赦し。

 サガは、今まで自分が行ってきた事を心の底から後悔した。

 またそれ以上に、アテナの限り無い優しさへの感謝の気持ちが、熱い涙となって沸き上がった。

 そして悟った、これから先に、聖闘士として己の成すべきことが何であるかを。

 それが例えどれほど辛く苦しい道のりであったとしても、全てを受け入れ、貫き通すだけの覚悟を、サガはその時、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教皇の不在が明らかとなった聖域では、今現在、黄金聖闘士の年長者としてアイオロスとサガが聖域全体をまとめている。

 既に聖戦への準備に入っているため、通常教皇が行っていたような業務は減ってきているが、それでも無くなった訳ではないので、二人は大抵教皇の間にいることにしている。

 そうしている内に、聖域での混乱も収まり、緊迫した中でも徐々に落ち着きを取り戻していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨の中、教皇の間の入口近くで何をするでもなく立ち尽くしていたサガの元に、しばらくしてからアイオロスもやって来た。

 ちなみに二人は教皇の法衣ではなく聖衣を着ている。

 すると、唐突にアイオロスが話し始めた。

 

 「こうも雨ばかり続くと、流石に気が滅入るな。世界中でも雨が止まず、各地で洪水も起きているそうだ」

 

 「ああ、それは私も聞いている。聖戦もまだ始まっていないというのに……」

 

 ここギリシャの地だけでなく、豪雨は全世界を覆っていた。

 世界中を襲う雨は止むことなくその激しさを増し、それによって引き起こされる洪水や津波の被害も日に日に増えている。

 人智を超えた力を持つ聖闘士といえども、自然が起こす天災を相手にして出来ることなどありはしない。

 故に、二人は苦い思いを抱きながらも、聖域を動かすことはしなかった。

 

 だが、もしもそこには何か理由があるのだとしたら――――

 

 「アイオロス様! サガ様! 五老峰からの知らせでございます!」

 

 雨の降る中静寂を破ったのは、一人の雑兵の声だった。

 老師からの知らせという手紙を受け取ったアイオロスは、それを開いた瞬間、起こってしまった出来事の重大さを直感的に感じていた。

 思わず手紙を握り潰したアイオロスの表情が一変する。

 

 「サガ、今すぐ黄金聖闘士を教皇の間に集めるぞ! それにしても……何ということだ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 召集をかけられてから間もなく、五老峰に鎮座する老師を除く、九名の黄金聖闘士達が全員教皇の間に集結した。

 その誰もが、大なり小なり緊迫した表情で、アイオロスとサガから自分達がここに集められた理由を聞いていた。

 

 「そんなバカな……アテナが、攫われただと!?」

 

 全てを聞き終えて、アイオリアが掠れた声で言った。

 それは聖闘士にとってあまりにも衝撃的な知らせだった。

 

 アテナの生まれ変わりである少女、城戸沙織には、戦女神としての役割だけではなく、城戸光政が遺したグラード財団の長としての顔もある。

 それだけに外での仕事も多く、聖域に常駐している訳にはいかないのが現状だ。

 事件が起きたのは、まさに聖域を離れていた最中でのことだった。

 

 これから、今まさに聖戦が始まろうとしているこの時に、聖域の要であるアテナが姿を消すということがどれほどの事態なのか、それを彼らは十分に理解している。

 そして僅かの沈黙を経て、未だ動揺も冷めやらぬままに、二人に向かって真っ先尋ねたのはムウだった。

 

 「アテナをさらったというのは何者ですか?」

 

 「敵は海皇ポセイドンの戦士、海闘士(マリーナ)と名乗ったそうだ」

 

 ムウの問いかけに答えたのはサガ。

 そして海闘士の名が出た瞬間、黄金聖闘士達の目つきが鋭くなった。

 

 地上の戦女神アテナに仕える聖闘士同様、海を治める海皇ポセイドンにも海闘士が存在するのはあまり知られてはいない。

 何故なら彼らは、遠い昔にアテナと地上の支配権を争い、それに敗北してから今まで、ずっと息を潜めていたからだ。

 だがポセイドン配下の者がアテナを攫ったということは、その長い雌伏の時を経て、ポセイドンが再び戦いを挑んできたということなのだ。

 

 それぞれが今起こっている事態の重さを噛みしめていると、アイオロスがそこにいる黄金聖闘士全員に向けて檄を飛ばした。

 

 「皆も事態を把握出来たと思う。そこでだ……アテナを救うために、私達が直接ポセイドンの本拠地である海底へと乗り込む!」

 

 するとその時、黄金聖闘士の中から呆れたような声が聞こえてきた。

 デスマスクだ。

 

 「おいおいアイオロス、俺達黄金聖闘士が、ってのは大袈裟じゃねえか? 別に白銀や青銅でも十分だろ」

 

 デスマスクはそんな軽口を叩いたが、それを聞いてもアイオロスは真剣な顔つきを崩さない。

 

 「敵を侮るなデスマスク。海底には、海将軍(ジェネラル)という海闘士の中から選りすぐられた七名の精鋭がいるそうだ。今回アテナを連れ去ったのもこの海将軍だ」

 

 そこでアイオロスは一旦話を切った。

 言うべきかどうか、迷うような素振りを見せた後、意を決して続けた。

 

 「その七人の海将軍の内の一人が、今回アテナを連れ去った張本人なのだが……アテナが聖域の外に出ている時、護衛として常に青銅聖闘士四人が付き添っていた。だがその男は何と、たった一人でその守りを突破したのだ」

 

 「ッ! その四人とはまさか!?」

 

 四人の青銅聖闘士、という言葉に最初に反応したのは、ミロであった。

 

 「そう、星矢達だ。彼らは今聖域で治療を受けているが、まだ意識は戻っていない。つまり、海将軍とやらの強さはそれほどのものなのだ」

 

 ミロの顔が驚愕に染まる。

 黄金聖闘士達で唯一、星矢達と真っ正面から闘った経験のあるミロだからこそ、彼らを倒したという海将軍の手強さを理解した。

 並の青銅聖闘士を遥かに超える力を持つ星矢達でさえ、こうもあっさりと倒され、しかもアテナを守り切れなかった程の敵ならば、たとえ何人がかりで行っても白銀や青銅では相手にならないだろう。

 そう確信したミロは、強い口調でアイオロスに言い放った。

 

 「良かろう……ならばこのミロが海底へ赴こう! そして海将軍共を叩き伏せてくれる!」

 

 だが、そう言っていきり立つミロを、サガの一言が制止した。

 

 「待て、ミロ。お前一人で行かせる訳にはいかん」

 

 「なにぃ! この俺が、海将軍如きに遅れをとるとでも言うのか!」

 

 今にも海底に向かって飛び出しそうな勢いでいたミロは、それを止めようとするサガを睨み付けた。

 まるでミロ一人では不覚を取る、とでも言いたげなサガの言葉が、ミロの癇に障った。

 ミロは自分の力が海将軍に劣っているとは思わない。

 それだけの自信と、強さを彼は身に付けているのだから。

 しかし続くサガの言葉は、ミロだけでなくその場の者全てに衝撃を与えた。

 

 「老師からの連絡はまだある。かつての聖戦で冥王ハーデスの魔星を閉じ込めた塔の封印が……解けたそうだ」

 

 その一言が出た瞬間、その場の空気が凍りついた。

 

 冥王ハーデス。

 

 神話の時代から地上を狙って戦いを仕掛けてくる冥界の神。

 このハーデスを相手に、これまでどれだけの聖戦が繰り返されてきたのだろうか。

 何時の時代も、聖戦が起こる度に幾多の聖闘士達が命を懸けて闘い、それこそ全滅寸前にまでなりながらも、その侵攻を食い止めてきた。

 

 そして、前聖戦での死闘の果てに、先代アテナによって施された封印が、遂に解けてしまったのだ。

 それはつまり、長きに渡る因縁の宿敵が再び甦るということに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 「百八の魔星が目覚めた今、敵はいつ地上への侵攻を開始するか分からない。故に、聖域の守りは万全でなければならん」

 

 「ならばどうするというのだ! このままアテナを放っておくとでも言うのか!」

 

 サガの淡々とした態度に、言い様の無い憤りを覚えたミロの怒声が教皇の間に響いた。

 聖闘士なら第一に考えるのはアテナ。

 その守るべきアテナを見殺しにするなど、彼には出来るはずもない。

 そのまま即座にここから去ろうと、皆に背を向けたミロだったが、次の瞬間、彼の耳にサガの険しい声が届いた。

 

 「どこへ行くミロ」

 

 「知れたこと! 海底へ行きアテナを連れ戻す!」

 

 これ以上の問答は無用、とばかりにミロが声を荒げると、そこに返ってきたのは、彼には予想外の言葉だった。

 

 「聖域の守りが重要、と言ったはずだ」

 

 「貴様はそれでもアテナの聖闘士か! もはや聞く耳持たん! たとえ何と言われようと、俺は行く!」

 

 ここまで激昂したミロは、彼の仲間達であっても止める手立ては無いかと思われた。

 ミロだけではない、今や他の黄金聖闘士でさえも、サガに対して殺気立っているように見える者が何人もいる。

 しかし、サガはそれらを全く気にも留めず、まるで何事も無かったかのように話を続けた。

 

 「そのためにはアテナが聖域に居ることが絶対。しかし、アテナの救出のためとはいえ、長時間黄金聖闘士が聖域から離れるようなことは出来ないのも事実」

 

 ならば一体どうするというのか。

 皆がその疑問を頭に思い浮かべた。

 そしてそれに対するサガの答えは、正しく全員の度肝を抜くものだった。

 

 「……七人だ」

 

 「何……?」

 

 「強敵と思われる海将軍の数は七人……ならば! 必要最小限の守りを聖域に残し、私達黄金聖闘士もまた七人で海底へと攻め入る! そして相手と一対一に持ち込み、全力で海将軍共を撃破し、最短時間でアテナを救い、出来うる限りの早さで聖域へと帰還するのだ!」

 

 思わずミロも立ち止まって後ろを振り返った。

 そして一息でそう言ってのけたサガに対して、彼に疑惑の目を向けていた黄金聖闘士達も、その気配がついさきほどまでとはがらりと変わった。

 今やこの場の全員が、闘志と覇気が満ち溢れた顔で頷き合った。

 

 そう今こそ――――アテナのために、そして何より地上の平和のために、全聖闘士が一丸となって立ち向かう時!

 

 

 

 

 


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