もし青銅が黄金だったら   作:377

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第二話 激突!星矢vsミスティ

 もしも今、通りがかりの一般人がその光景を見たら間違いなく自分の目を疑うことだろう。

 海岸にて対峙する白銀の鎧の男と、ボロボロのシャツを着た少年の様子はそれほどに常識を越えたものだった。

 鎧の男の片腕が一瞬、わずかに霞んで消えた――――ように見えた次の瞬間、眼前の少年がいきなり宙を舞い何メートルもの高さにまで垂直に吹き飛ばされて、そのまま頭から大地に激突した。

 首が折れて即死したと言われてもおかしくない勢いで、少年は地面に叩きつけられる。

 しかし、なんとその少年はそこから立ち上がり、更にあろうことか今自分を吹っ飛ばした相手に向けて攻撃しようと拳を構えている。

 二人共明らかに常軌を逸した闘いを続けていた。

 しかしそれも聖闘士にとっては当たり前のことに過ぎない……だが、そこから少し離れた場所で、この闘いの気配を感じている者達がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 星矢達がまだ一輝と闘う前に、聖闘士同士で銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)というトーナメント戦を行なっていたコロシアムの一角。

 古代ローマのコロッセオを模した巨大な建築物は、わずか数日前に銀河戦争を開催していた時と比べると、見る影もないほどに荒れ果てていた。

 壁のあちこちが崩れ落ち、聖闘士達が闘った中央のリングはズタズタに引き裂かれている。

 

 しかし、既に崩壊したコロシアムの中に、誰かが居る。

 そこにいたのは二人の男女だった。

 どちらもその場に場違いな姿で静かに佇んでいる。

 

 一人は堂々とした体躯の執事服を着た金髪の男で、その目はコロシアムの壁を越えて遥か遠くの海の方角に向けられていた。

 その視線の先にいるのは、星矢達だろうか。

 もう一人はいかにも上流階級のお嬢様といった出で立ちで髪の長い美しい少女だった。

 何故か手にはその身体に合わない黄金の長杖を持ち、容貌によるものとはまた違った美しさを持つ少女であった。

 

 「……どうやら星矢達への追手が現れたようですね」

 

 そう言って少女はため息をつくと、傍の男に声を掛けた。

 

 「加勢に行かなくてよいのですか? おそらく追手は白銀聖闘士、星矢達がかなう相手では……」

 

 すると男は、星矢達のいる海岸の方向から目を逸らさずに言った。

 

 「確かに……青銅聖闘士と白銀聖闘士の間には大きな力の差があります。しかし、聖闘士の強さは纏っている聖衣だけで決まるものではありません」

 

 それは、まるで自分に言い聞かせているようでもあった。

 

 「最も大切なもの……それは小宇宙(コスモ)。聖闘士の闘いは、どこまで自らの小宇宙を高めることが出来るかです。相手を上回る小宇宙を発揮すれば、たとえ最下級の青銅聖闘士でも勝ち目はあります。彼らが真の聖闘士ならば……たとえ相手が白銀聖闘士でも勝つことが出来るでしょう」

 

 「そうですか……それでも……星矢達の元に行ってはもらえないでしょうか? 私は彼らを信じています。けれど、今の星矢達はあまりにも傷付き過ぎていています……これ以上闘えば、命を落とすかもしれない程に。身勝手なのは分かっています……でも……どうか……」

 

 男はそれを聞いて、初めて少女の方を向いた。

 

 「……わかりました。そこまで彼らのことを思っているのなら、私はこれから星矢達の所に向かいましょう。しかし、私にはあなたを守る使命がある。私一人が行く訳にはいきません」

 

 「しかし……」

 

 少女は僅かに顔をしかめた。

 

 「あなたも星矢達には言わなければならないことがあるはず……ならば……」

 

 そんな男の真剣な眼差しを見た少女は、少し躊躇うような表情を見せたものの、やがてそれを振り切ってはっきりと言った。

 

 「そうですね……私が過去から逃げていては何も始まらない。本当なら真っ先に彼らに話さなくてはならなかったのに。……行きましょう、彼らと向き合う覚悟ができました」

 

 「彼らとて聖闘士、正直に事情を話せばきっと分かってくれるでしょう」

 

 男は、そう言って優しげな笑みを浮かべたが、突然弾かれたように険しい顔で元の方向に向き直った。

 

 「これは……いくつもの小宇宙が移動しているのを感じる……向こうに白銀聖闘士が集まっているようです。追手の白銀聖闘士とは私が闘います。共に参りましょう……アテナ……」

 

 「ええ」

 

 こうして二人は星矢達が闘う地へ向かった。

 更なる強大な敵が現れることを予感しながら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、星矢はミスティの音速の拳のダメージをうけながらも、その瞳から闘志を失うこと無く闘っていた。

 既に身体の限界は近い。

 だが自身の小宇宙を最大限に燃やして――――放つ!

 

 「くらえ! ペガサス流星拳!!」

 

 渾身の小宇宙を込めて放たれた星矢の拳は、その名の如く流星となっって飛ぶ!

 これは、かつて星矢がペガサスの聖衣を得るための聖闘士候補生同士の闘いの際に見出だした必殺の拳。

 その速さ、一秒間に百発。

 一瞬にして音速を超えた星矢の拳は、散弾と化してミスティに炸裂した――――次の瞬間。

 

 パアアァァァァン!!

 

 「なにい!?」

 

 何が起きたか分からない、といった風に星矢は目を見開いた。

 ミスティに向けて放った百発以上の拳は、一つとして命中することは無かったのだ。

 かすり傷すらも無い、ミスティは全くの無傷。

 

 「ばかな……いくら白銀聖闘士とはいえ……流星拳で傷ひとつ付けられないなんて!?」

 

 予想外の結果に狼狽える星矢に対して、ミスティはこの程度は当然という余裕の表情で迫る。

 

 「ようやく気付いたか? お前と私との間に存在する力の差が。教えてやろう……私は今まで闘いで傷を負ったことなど一度も無い。まして青銅如きの技が通用するとでも思ったか! さあ、今度はこちらからいくぞ!」

 

 再び放たれたミスティの拳は、呆然としたままの星矢に襲いかかった。

 星矢は咄嗟に目を閉じて防御の体勢を取る。

 しかし拳が届く直前、激しい金属音と共に硬質な何かがミスティの攻撃を跳ね返した。

 

 「うっ! こ……これは!?」

 

 予想した衝撃の代わりに届いたのは、ミスティの驚きの声。

 怪訝な思いで目を開くと、そこには星矢にとった見慣れたものが鎮座していた。

 

 「これは……ペガサスの聖衣!」

 

 そう、そこにあったのは先の一輝との闘いの後、行方不明となっていたペガサスの聖衣だった。

 それだけではない、他の三人の聖衣もそれぞれの所有者の前に出現している。

 

 「でもどうしてここに俺達の聖衣が……?」

 

 突然の出来事に、その場の誰もが動きを止めた。

 そして、その答えは意外な方向からやって来た。

 

 「私がそれをここにテレポートで転送したからです」

 

 「あ……あんたは?」

 

 不意にかけられた声に後ろを振り向くと、穏やかな表情の紫髪の男が立っていた。

 

 「あなたは……ジャミールのムウ!」

 

 驚きの声を上げたのは紫龍だった。

 ジャミールのムウ、彼は世界中でも唯一人の破損した聖衣を修復して甦らせることができる聖衣の修復師なのだ。

 星矢達の中ではただ一人紫龍だけが聖衣の修復で会いにいったため面識がある。

 

 「そうか……あんたが修復師の……でも、どうして聖衣を転送してくれたんだ?」

 

 星矢はいきなり現れたムウに戸惑いながらもそう尋ねた。

 青銅聖闘士達の中で実際にムウに会ったことのは紫龍だけ、破損した聖衣を修復してくれたことは分かっているが、何故ここまで肩入れしてくれるのかは気になった。

 

 「聖衣だけではありませんよ。あなた達をここへ運んだのも私です。もっとも、一度に聖衣も人間も運ぶのは多少骨が折れるので別々に転送しましたがね」

 

 どうやら星矢達の命を救ったのもこの男のおかげのようだ。

 星矢は目が覚めた時、何故自分が海岸にいたのか理解した。

 

 「そうか、よく分かんないけど、助けてくれたことには礼を言うぜ!」

 

 そう言って星矢は自らの聖衣を装着すると再びミスティに向き直った。

 

 「聖衣装着完了! これでお前と対等に闘えるぜ!」

 

 肉体的には聖闘士とて常人とそう変わる訳ではない。

 原子を砕く威力を秘めた拳を生身で受けても平気、ということではないのだ。

 そのため、聖闘士は聖衣を纏うことで敵の攻撃にも耐えられるようになる――――あくまで万全の状態ならばの話だが。

 

 「フッ……お前はそんな傷ついた身体と聖衣で私に勝つつもりか?」

 

 ミスティは星矢の纏う聖衣を見て鼻で笑った。

 その理由は、彼らの聖衣を見れば明らか。

 全体に深い亀裂が入っていて、触れただけで砕け散りそうな所を、何とか辛うじて形を保っているだけの酷い状態だ。

 

 「それに……お前は聖衣修復師のムウだな。大人しくジャミールに籠っていればよいものを、これ以上この青銅聖闘士共の味方をするなら、お前とて容赦はしないぞ! それとも、こいつらを処刑するという教皇の勅命に逆らう気か?」

 

 自分の攻撃を邪魔されたことへの苛立ちからか、ミスティは多少声を荒げて言った。

 しかし、ムウの答えはまったく動じることはない。

 

 「別に彼らの味方をする気はありませんよ。ただ、聖衣を修復した手前、彼らもあんな場所で死ぬのは惜しいと思っただけのこと。聖衣まで運んだのは、白銀聖闘士と聖衣も無しで闘うのではあまりに不利でしょう。そうは思いませんか?」

 

 「フン……ボロボロの聖衣など纏ったところで何も変わらん! 二度とそんなことを考えぬよう、こいつらを即座に抹殺してくれる!」

 

 そう言い放つと、ミスティは再び星矢を攻撃するべく構えた。

 

 「さあ、この技で砕け散るがいい! いくぞ! マーブルトリパー!!!」

 

 その瞬間、星矢の目の前で凄まじい圧力が一気に爆ぜた。

 まるで至近距離で大爆発が起こったかのような威力。

 五体が砕けんばかりの激しい衝撃を受けた星矢は、再びその場から弾き飛ばされ、またしても頭から地面に激しく叩きつけられた。

 

 「グハァッ!」

 

 まるで地の底までも揺るがすような、強烈な一撃。

 その凄まじい威力に愕然としつつも、聖衣を身につけたおかげか、何とか意識を失うこと無く星矢は立ち上がることが出来た。

 

 「ほう……今の一撃でも倒れんとは、少しはやるな」

 

 立ったとはいえ重大なダメージを負っている星矢に、未だ無傷のミスティは余裕の態度で近寄っていく。

 何が来ようと、自分の優位は絶対に揺るがないと確信しているのだろう。

 今の星矢は満身創痍。

 この状況ですがるものなど、もはや一つしか無い。

 

 「クッ……このままではやられる……! 攻撃だ……俺の方から攻撃しなくては! 燃えろ! 俺の小宇宙よ!!!」

 

 渾身の気合を込めて星矢は己の小宇宙を高めていく。

 小宇宙とは全ての人間が身体の内に秘めているものであり、聖闘士の力の真髄。

 聖闘士はそれを燃焼させ、高めることで奇跡を起こす!

 

 「今度こそくらえ! ペガサス流星拳!!」

 

 先程の流星拳をはるかに凌ぐ勢いで放たれた音速の拳。

 それに対して、先程と同様にミスティは回避する素振りも見せない。

 

 「またその技か……私に同じ技が通じると思うな!」

 

 するとミスティは正面に両手を構え、マッハを越える速さで迫ってくる星矢の拳を平然と受け止めた。

 

 「こっ……これは!?」

 

 星矢は見た。

 ミスティが流星拳を防ぐことが出来た、その理由を。

 二つの掌を身体の前で高速旋回させることで発生する空気の障壁。

 流星拳を防いでいたのはそれだ。

 

 「見えたぞ! お前の動き……そして俺の拳を受け止めている空気の壁が!」

 

 星矢は渾身の流星拳を防がれながらも、ようやくミスティの動きを捉えたのだ。

 

 「クッ……私の動きを見切るか……! だがこの壁を打ち抜くことは出来まい!」

 

 僅かに悔しさを滲ませるミスティだったが、その言葉通り相変わらず星矢の拳は空気の障壁に阻まれ届いていない。

 しかしそうは言いながらも、ミスティは眼前の異変に気が付いていた。

 小宇宙が――星矢の小宇宙が信じられない勢いで高まっていく。

 

 「なっ……そんなバカな!? 奴の小宇宙は……一体どこまで高まるというのだ!?」

 

 予想外の事態に、動揺を隠せないミスティ。

 次の瞬間。

 

 ピシィィィ!

 

 「なにい!?」

 

 ミスティの白銀聖衣に非常に小さな、だが確かな亀裂が走った。

 それは、星矢の拳が障壁を突き破った証。

 たった一発、しかしその一発が星矢の闘志を奮い立てる。

 

 「どうだ! お前の防御は破った! このままお前を倒すまでやってやる!」

 

 星矢は追撃をかけようと拳を振りかぶった。

 このチャンスで倒し切れなければ押し負けるかもしれない。

 しかし拳が放たれるよりも早く、今度はミスティに異変が起きた。

 

 「そんな……私の身体に傷が……!」

 

 一瞬にして呆然となるミスティ。

 だが、その顔がやがて激しい怒りに歪んでいく。

 

 「おのれ……この肉体に傷を付けるとは……許さん!」 

 

 「な……何だ?」

 

 かつて傷一つ受けたことが無いという自らの肉体に、絶対の自信を持っていたミスティは、今初めて傷を付けられたことに激昂した。

 

 「くらえ! マーブルトリパー!!」

 

 我を忘れる程の怒りが込められたそれは、まさしく白銀聖闘士の本気の一撃。

 その威力は山をも揺るがす凄まじさ、だが今の星矢ならば――――

 

 「クッ……負けて……たまるか! 燃え上がれ俺の小宇宙!!!」

 

 ミスティ渾身の拳を、星矢は受け止めるべく小宇宙を燃やす。

 青銅のレベルを越え、遥かに高まり続ける星矢の小宇宙が――――遂にはミスティを超え、その拳すらも受け止めた。

 

 「まさか……青銅如きが私の拳を止めた……? それにこの小宇宙……まだ高まっていくのか!?」

 

 白銀聖闘士ならば、自分と相手の実力差など容易に見てとれるだろう。

 既に星矢の小宇宙は、ミスティのそれを遥かに越えている。

 

 瞬時にミスティの顔から怒りどころか血の気が引いていく。

 防御を――ミスティが再び空気の障壁を展開しようとしたその時、星矢の小宇宙が爆発した。

 

 「いくぞ! ペガサス流星拳ーーーー!!!」

 

 音速の拳と空気の壁が唸りを上げて激突する。

 腕も千切れよ、とばかりに渾身の力で放たれる星矢の拳が、一発また一発と壁を越えてミスティの身体に突き刺さっていく。

 

 「グウッ……!」

 

 だがミスティも耐える。

 気流の壁を貫いて届いてくるということで、その威力は多少なりとも衰えているということ。

 聖衣の上からならば、数発受けても凌ぎ切れないことはないのかもしれない。

 

 確かに今の星矢の力はとてつもないが、いかに強大な小宇宙とて無尽蔵という訳ではないのだ。

 限界まで高めた小宇宙を維持し続ければ、その分体力も激しく消耗し、やがては倒れるだろう。

 ミスティにはもはやそれを狙って耐え続けるしか無かった。

 

 「ぬうぅっ……!」

 

 秒間数百発という速さで襲いかかってくる拳圧に、徐々に後方へと押し込まれるのを感じながらも、何とかミスティはその殆どを受け止めていた。

 拳が入る度に細かい亀裂が増えていくが、リザドの聖衣は未だ原型を留めている。

 

 そしてその時が訪れた。

 星矢の拳の勢いが衰え始めた――――それを捉えたミスティは自らの勝利を確信する――――次の瞬間。

 

 「な……なにい!?」

 

 それまで散弾のように繰り出されていた拳の軌道が変化した。

 一点を穿つように、貫くように、拳の威力が重なり爆ぜる!

 

 「くらえ! ペガサス彗星拳ーーーー!!!」

 

 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 粉々に砕けた聖衣が宙を舞う。

 白銀の残骸と共にミスティは大地に激突、そしてそのまま崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 


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