もし青銅が黄金だったら   作:377

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第十七話 薔薇の舞う双魚宮

 宝瓶宮を越え、宮を繋ぐ道を駆け抜けていく二つの人影――――ムウとアイオロス。

 彼らが最初に白羊宮を抜けてから既にどれほどの時間が経ったのだろう。

 辺りは夕暮れを通り越してすっかり暗くなっている。

 もはや教皇の間も目前に迫り、残す宮もあと一つ。

 二人は言葉を交わすことも無く、ひたすらに走り続けていた。

 そして遂に、黄道十二宮最後の宮の姿を捉えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双魚宮に到達したアイオロスとムウを、既に最後の黄金聖闘士は待ち構えていた。

 口元に添えた一輪の真紅の薔薇と、まるで女性かと見紛うような美貌の闘士。

 この男こそ、十二宮最後の守護者,魚座(ピスケス)のアフロディーテ!

 

 双魚宮の入口で、真っ向から二人を迎撃しようとする意志を見せるアフロディーテに、アイオロス達の足が止まる。

 だがその時、立ち止まっている暇は無いとばかりにムウがアイオロスにそっと囁いた。

 

 「アイオロス、あなたは先に行って下さい。彼の相手は私がします」

 

 決意に満ちた表情。

 もはや言葉は要らない。

 ただ託す者と託される者の姿があるだけだ。

 

 「済まない。だが頼んだぞ」

 

 アイオロスはそう言って、じっとアフロディーテの隙を窺った。

 今やアフロディーテの小宇宙や殺気は、何時戦闘が始まってもおかしくない程の高まりを見せている。

 そんな相手を前に、攻撃を掻い潜っていくのはそう簡単にはいかない。

 

 「私が何とかします。一気に宮を駆け抜けて下さい」

 

 アフロディーテの注意を引き付けるように、ムウは小宇宙を燃やしてアイオロスよりも前に出た。

 

 「教皇の間で待ち受けているのはサガ。あの男と闘うことができるのは、あなたしかいない!」

 

 「ムウ……!」

 

 聖域での十三年の永きに渡る混乱に終止符を打つために。

 先に進むべきはどちらか、その眼差しがムウの覚悟を伝えている。

 

 「…分かった。ここはお前に任せよう。私は教皇の間を目指す!」

 

 「頼みましたよ……アイオロス」

 

 ムウはそう言って微笑むと、アフロディーテの方に向き直った。

 アイオロスはそれを目にすることも無く、一人アフロディーテに向かって走り出す。

 

 「フッ……まずはあなたか! アイオロス!」

 

 向かってくるアイオロスに、アフロディーテは、くわえた赤い薔薇を手に取り構えた。

 

 手に持つ薔薇を包むようにアフロディーテの小宇宙が行き渡る。

 そして小宇宙を纏った薔薇がその手を離れた。

 それらが瞬時に増殖し、真紅の花吹雪となって乱れ飛ぶ。

 

 「ロイヤルデモン・ローズ!!!」

 

 アイオロス目掛けて、幾多の薔薇の花が一斉に殺到する。

 しかし、突如として二人の間に鏡のような障壁が現れた。

 

 「むっ!?」

 

 その障壁が放たれた薔薇のことごとくを受け止め――――いやそれだけではない、なんと、それらの薔薇がアイオロスの手前で弾かれるかのように、方向を変えアフロディーテへ跳ね返る!

 

 「なにぃ!?」

 

 己が投擲した薔薇の花が、跳ね返って自身を襲う。

 その隙にアイオロスはアフロディーテの傍を素早く駆け抜け、一瞬の内にその姿は見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フフ……今のは君の仕業か? おかげで仕留め損なったではないか」

 

 自らが放った薔薇をはね除けるのに手間取ってアイオロスは取り逃がしてしまったが、そんなことはまるで感じさせない雰囲気でアフロディーテは言った。

 どのみち今から追いかけても意味は無いだろう。

 そう考えてアフロディーテは、双魚宮に一人残ったムウと対峙する。

 

 「彼を先に行かせるために君はここに留まったのだろう。だが、私の足止めなど無意味だ」

 

 アフロディーテの言葉にムウは沈黙を返す。

 

 「この双魚宮まで来れたことを奇跡と思え。アイオロス一人ここを抜けようが、教皇には万に一つも勝ち目は無い!」

 

 アフロディーテの小宇宙も徐々に高まり、臨戦態勢を整えていく。

 

 「そして君も……今この場で息絶えるのだ!」

 

 アフロディーテの手に、再び血のように赤い薔薇が現れた。

 

 「このロイヤルデモン・ローズの香りに包まれた者は、ゆっくりと五感を失い死に至る。さあムウよ、陶酔の内に死ぬがいい! ロイヤルデモン・ローズ!!!」

 

 アイオロスに向けられたものと同じ、赤薔薇の花弁が大量にムウへと襲いかかる。

 しかし、ムウは慌てること無く小宇宙を両掌に集中させた。

 掌から滲み出る波動が形を成し、攻撃を受け止める障壁となって結集する。

 

 「クリスタルウォール!!!」

 

 「!!」

 

 瞬時に展開する不可視の障壁が、迫り来る薔薇の香気を跳ね返す。

 

 だがある程度は予測していたのか、アフロディーテは跳ね返ってきた薔薇を拳で吹き飛ばした。

 ムウはその様子を冷めた目で見つめている。

 

 「クリスタルウォールに攻撃を仕掛けるのは、鏡に映った自分に向けてするようなもの。全ての攻撃は跳ね返り、ことごとく己を傷付けるしかないのだ」

 

 「フッ……ならば試してやろう!」

 

 花が効かぬならとアフロディーテは拳を走らせる。

 だが幾筋もの輝線がクリスタルウォールを打つも、光の壁は微塵も揺らぎはしなかった。

 

 「なにっ……!」

 

 「このクリスタルウォールを破壊するなど到底不可能。それでも続けるかアフロディーテ」

 

 薔薇の香気も、光速の拳も弾かれた。

 まさしく鉄壁の防御を誇るクリスタルウォールの前に、アフロディーテは肩を落として項垂れたように見えた。

 しかし次の瞬間、アフロディーテの口からククク……という声が漏れる。

 

 「なるほど……確かに、この薔薇ではその障壁を打ち破ることは難しい……」

 

 「むっ……?」

 

 どこか嘲笑するような表情でムウを睨み付け、アフロディーテは顔を上げた。

 その手には、先程までの赤とは異なる漆黒の薔薇。

 

 「破壊不可能だと? この黒薔薇を受けても同じことが言えるか!?」

 

 アフロディーテの小宇宙が爆発し、その手に持った黒薔薇の花へと集約される。

 

 「受けよ! ピラニアン・ローズ!!!!」

 

 一輪の黒薔薇から次々に生み出される黒い花弁。

 一斉にそれらが押し寄せ、ムウのクリスタルウォールに触れたその時、まるで脆いガラス細工のようにクリスタルウォールが音を立てて崩れ落ちる。

 

 「なにっ!?」

 

 驚きのあまり呆然とするムウに対して、アフロディーテは黒薔薇の花を向ける。

 

 「フッ……どうだ。この黒薔薇は触れるもの全てを噛み砕く。クリスタルウォールといえども例外ではない」

 

 薔薇を突き付けるアフロディーテの手に力が籠る。

 

 「今度こそ、その身に受けよ! ピラニアン・ローズ!!!!」

 

 視界を覆う黒き花弁が、大渦と化して押し寄せる!

 

 対してムウは、迫り来る薔薇の嵐を冷静に観察していた。

 先程の様子からクリスタルウォールを張っても無駄だと分かる。

 しかも、薔薇は広範囲を包み込むように迫ってくるため回避も困難。

 

 黒薔薇がムウを覆い隠した――――次の瞬間。

 

 「なにい!? ムウの姿が消えた?」

 

 黒薔薇の中からムウの姿が一瞬で消失した。

 代わりに双魚宮の壁がピラニアン・ローズを受け、粉々の瓦礫となって崩壊する。

 

 ムウが目の前から消えると、アフロディーテは即座に小宇宙を察知し身構える。

 そして数瞬の後、斜め前方にムウは姿を現した。

 

 「ッ……テレポートか……!」

 

 長い間聖域を離れていたムウの超能力を、アフロディーテは失念していた。

 そもそも十二宮では、神話の時代から立ち込めるアテナの神聖な小宇宙によって宮を飛び越えてテレポートすることはできない。

 しかし、宮の内部でしか行えないとしても、一対一の闘いでそれが非常に厄介であることに変わりはないのだ。

 

 「だが……テレポートなど所詮は時間稼ぎに過ぎん。かわしきれなかった時が君の最期だ。行け、黒薔薇!」

 

 触れたものを噛み砕く、そんな凶悪な力を持った花弁が、渦を巻いて襲来する。

 既にその威力を目の当たりにしているムウは、アフロディーテに勝るとも劣らぬ位にまで小宇宙を高めていた。

 高く掲げた手をアフロディーテに向けて振り下ろす。

 尾を引く光の流星と化したあの拳は!

 

 「スターダストレボリューション!!!!」

 

 「ピラニアン・ローズ!!!!」

 

 小宇宙を乗せた光速拳が、命を奪わんと迫り来る薔薇の刃と激突する。

 凶器となって宙を舞う黒薔薇が、光の流星に撃たれては力を失い落下していく。

 互いの身を削り合う、火花散る一瞬の攻防。

 だが次の瞬間、流星の拳が黒薔薇の牙を突き抜け、その全てを叩き落としていた。

 

 「……やるな」

 

 「クッ……!」

 

 ムウの顔が険しくなった。

 ムウとて渾身の力で放った拳。

 その威力が、アフロディーテの花の前に相殺されてしまっている。

 

 「……よくここまで辿り着いたものだと感心もしよう。だが、これ以上好き勝手はさせん。聖域に反旗を翻したこと、あの世で後悔するがいい!」

 

 再び掲げた黒薔薇にアフロディーテの小宇宙が注ぎ込まれる。

 ジリジリと焼けつくような緊張の中、互いが互いの僅かな挙動にも目を凝らす。

 相手が繰り出す攻撃よりも一瞬だけ早く、それでいて見切られることの無い刹那のタイミング。

 己の小宇宙をひたすら高め、その瞬間を待つ二人。

 

 どちらも自らの持つ力を信じ、自らが正義の側に立っていると信じている。

 

 アフロディーテの信じる正義、それは地上を守る絶対的な力。

 そして、教皇こそがまさしくその体現者である以上、忠誠を誓うのは当然。

 ムウやアイオロスは聖域に対する逆賊でしか無く、彼らを葬ることは己の使命であるとさえ考えている。

 

 「あなたは……今の教皇がかつての教皇を殺し、アテナまでも害そうとしたことを知っているのですか?」

 

 「……知っている。少なくとも私とデスマスク、シュラの三人はな。そして他の二人は知らんが……このアフロディーテは教皇の正体を知りながら、それでも忠誠を誓っている」

 

 ムウの脳裏に、力が全てと言い同じように教皇に従い立ちはだかったデスマスクの姿が去来する。

 あの時程動揺した訳ではない。

 だが、胸の内に苦いものが広がるのを抑え切れなかった。

 

 「そもそも考えてみるがいい。この地上の平和を守るためには強大な力は不可欠だ。そして今の教皇にはその力がある」

 

 言葉を続けるアフロディーテの顔には、そのことに対する後ろめたさは微塵も感じられなかった。

 教皇への、そして教皇がもたらす平和への揺るがぬ信頼がその表情から見てとれた。

 

 「聖闘士でありながら……力による世界の支配を認めるのか?」

 

 聖闘士とは、アテナの下で地上の平和のために闘う戦士。

 アテナは地上を邪悪な神々の手から守っても、決して支配しようとはしない。

 かつてムウの師・シオンが教皇であった時も、世界への干渉は最低限の者だった。

 いかに平和のためだとしても、聖闘士の力を支配に向けるサガに地上を任せられるのか。

 

 「フッ……無論だ」

 

 「…………」

 

 「ならば逆に聞くが、君は幼い赤子と老いた教皇に地上の平和が保てたと思うのか? 何も出来ない無力な神よりも、強い力で世界を治める者にこそ正義がある。そうは思わないか」

 

 或いは、アフロディーテの考えも正しいのかもしれない。

 ただ神に依存するのでは無く、人の力で以て平和を築く、それもまた一つの理想であろう。

 

 「サガならば私は信じられる。地上の恒久の平和のため……彼こそが世界の救世主となる!」

 

 自らの力を捧げるのに何の躊躇いも無い。

 アフロディーテはそう言い切った。

 

 幼い女神に従うだけが地上を守る方法ではない。

 それについては、ムウも無碍に否定するところではない。

 ないのだが――――アフロディーテの言葉を認める気は無かった。

 

 「確かに神とはいえ、赤子のアテナよりも従うに値する者はいるのかもしれない……」

 

 「ほう……?」

 

 意外という声を上げるアフロディーテだったが、ムウは更に続けた。

 

 「だが」

 

 ムウの声が一際強くなる。

 

 「私欲で罪無き我が師を殺め、更に幼きアテナをも害そうとするような者が……平和をもたらす正義であるとは思わない!」

 

 その瞬間、ムウの小宇宙が物凄い勢いで膨れ上がった。

 双魚宮の空気が音を立てて震える程の膨大な小宇宙。

 

 果てなき小宇宙が拳に宿る!

 降り注ぐ拳、輝く閃光、眩い光の流星驟雨!

 

 「受けよ! スターダストレボリューション!!!!」

 

 「クッ……ピラニアン・ローズ!!!!」

 

 アフロディーテも即座に黒薔薇で光速の拳に応じる。

 一斉に空間を蹂躙する漆黒の渦。

 しかし次の瞬間、流星のような勢いで拳が黒薔薇を突き破った!

 

 「なにぃ!?」

 

 恐るべき薔薇の刃を押し流す流星の拳。

 弧を描いて飛ぶ無数の流星が、全身に突き刺さる。

 光の渦に巻き込まれたアフロディーテは、天高く舞い双魚宮の天井にまで激突した。

 その背に加わる強烈な衝撃。

 息が止まり、身体が軋む。

 流れのままにアフロディーテは落下し、頭から地面に叩きつけられた。

 

 「グハァッ!!」

 

 血を吐き、呻き声を上げながらも、ゆっくりと立ち上がるアフロディーテ。

 しかし、ふと気付くと自分の周囲に張り巡らされた光の輪。

 

 「こ……これは!?」

 

 アフロディーテを幾重にも取り囲む光輪が、ムウの小宇宙に同調して更に激しく輝きを増していく。

 

 「あなたを殺す気は無い。デスマスクと同様、どこか遠くへ消え去ってもらおう!」

 

 アフロディーテの目の前で牡羊座を背負った小宇宙が激しく燃える。

 

 「いくぞ! スターライト・エクスティンクション!!!!」

 

 大いなる光の輪が収束し、アフロディーテを呑み込んだ。

 だがその刹那、ムウは見た。

 彼の手の中にあった黒薔薇が、いつの間にかその色を白へと変えている。

 

 光を断ち切り、風を裂いて白い線と化したその薔薇が、ムウの胸に突き刺さったのはそれとほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフロディーテを取り囲んでいた光輪は消えている。

 先程までとは状況がまるで逆転していた。

 苦し気に顔をしかめるムウは膝をつき、アフロディーテは立ち上がっている。

 

 ムウが自分の心臓の前にかざした手。

 その手甲を貫き、純白の薔薇が茎の半ばまで黄金聖衣に突き刺さっている。

 

 アフロディーテ自身もまだ肩で息をしているが、緩慢な動作で薔薇を構えるその顔には、徐々に余裕が戻りつつあった。

 

 「うっ……!?」

 

 「技を中断し、薔薇を遮らなければ君の心臓は貫かれていた」

 

 そう言って、これ見よがしにムウにその白薔薇を突き付けると、アフロディーテの小宇宙が昂り威圧感を増していく。

 

 「この白薔薇を放ったのは君が初めてだ。そして……ここまで追い詰められたのもな」

 

 ムウは力尽くで己の胸から薔薇を引き抜いた。

 アフロディーテの手にあった時は真白だった薔薇の花弁が、ムウの血で微かに赤く染まっている。

 

 一見すれば、ただの白い薔薇。

 双魚宮に代々伝わる毒を持った薔薇の一種だが、それ以外は普通の花と全く変わらない。

 だがそこに黄金聖闘士の小宇宙が込められた時、その威力、その鋭さは想像を超えるものとなる。

 もしムウの纏っているものが黄金聖衣でなければ、一撃目で心臓を貫かれ、絶命していてもおかしくは無かっただろう。

 緊張と驚愕と恐怖が入り混じりながらも、アフロディーテと対峙するべくムウは立った。

 アフロディーテの方は、そんなムウの反応を見透かしたように、更に小宇宙を高めていく。

 

 「私の持つ薔薇にはいくつか種類がある。猛毒だが遅効性のロイヤルデモン・ローズ。敵を噛み砕くピラニアン・ローズ。そして心臓を穿つこの白薔薇……ブラッティ・ローズ」

 

 白薔薇を握り締める指に、一層の力が込められる。

 

 「これは私の手から離れると、一瞬の内に敵の心臓を貫く。そして花弁全てが血で赤く染まると同時にその者は息絶えるのだ。今の君の穴の空いた黄金聖衣では耐え切れまい」

 

 ムウの黄金聖衣の傷跡からは、今も血が流れている。

 心臓を完全に貫かれた訳ではないが、かといって放っておけるような軽いものでは決してない。

 

 しかし次の瞬間、ムウの小宇宙もまた高まり始めた。

 アフロディーテと同じように、全身から黄金のオーラが立ち上る。

 

 「最後の一撃に全てを賭けるか……だがどう足掻こうと、この薔薇は決して躱せん。たとえ君のテレポートを以てしてもな」

 

 冷めた目で見つめるアフロディーテ。

 すると、それまで黙っていたムウが徐に口を開いた。

 

 「忘れたのかアフロディーテ。聖闘士の勝敗を決めるのは技ではない」

 

 「なに…?」

 

 「あなたと私、どちらがより小宇宙の究極に近付けるか……今、この場で試してみるか!」

 

 叫びと共に燃え立つ小宇宙。

 ムウの表情はこれまで見たことも無い程の気迫に満ちていた。 

 

 「君の小宇宙が私を超えると言うのか?」

 

 油断無くムウを見据えるアフロディーテも、揺るぎない覚悟が小宇宙となって湧き上がる。

 今ここで、この一撃で。

 この先を目指すムウと、ここで踏み止まろうとするアフロディーテ。

 

 気迫が、覚悟が――――二人の小宇宙を爆発させる!

 

 「戯れもここまでだ! 心臓目掛けて飛べ! ブラッディ・ローズ!!!!」

 

 「真の正義を示すため! 今こそ燃えろ私の小宇宙!!」

 

 急所を撃ち抜く魔性の白薔薇!

 刹那を切り裂く回避不能な死神の牙!

 

 しかしその瞬間、アフロディーテの想像を遥かに超える勢いでムウの小宇宙が強く激しく燃え上がる。

 

 「な……何だこの小宇宙は!」

 

 立ち上る小宇宙は、黄金聖闘士たるアフロディーテをも上回る驚異的な勢いで膨れ上がっていく。

 

 「あれほどの傷を負いながら……本当にこの私を超えるというのか!?」

 

 凄まじいまでに膨れ上がった小宇宙と研ぎ澄まされた感覚の果て。

 不可避と言われた白薔薇の一撃を捉えたのは、小宇宙の究極・セブンセンシズ!

 

 「見切った! 白薔薇の軌跡!」

 

 炸裂する小宇宙。

 繰り出されたのは、かの教皇シオン直伝のアリエスのムウ最大の拳。

 

 「スターダストレボリューション!!!!」

 

 無数に煌めく星の光を纏った拳が、白き毒牙を跳ね返す!

 

 「なにぃ!」

 

 黄金聖衣を貫いて、白薔薇は突き立てられた――――ムウではなくアフロディーテの胸に。

 直後、アフロディーテの目の前には眩い程の光が押し寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「わ…私は……まだ闘える……!」

 

 心臓に自身の白薔薇を受け、更に最大限に威力の高まったムウの拳を受けたアフロディーテは、地面に凄まじい勢いで激突した。

 抉れた石造りの床と周囲の亀裂がその衝撃を物語っている。

 だが、それでも尚、立とうとする彼の姿を見たムウは、そのまま双魚宮を立ち去ろうとはせず、アフロディーテに近付いた。

 

 「何を……!?」

 

 不意に近付かれたことに戸惑うアフロディーテ。

 それを無視して、傍に跪き小宇宙を高めたムウは、薔薇を引き抜き胸の中心にある真央点を突いた。

 

 「なっ!?」

 

 「これで死ぬことは無いでしょう。ただ、しばらくは動かないように」

 

 驚くアフロディーテを尻目にそれだけを言うと、ムウは双魚宮を後にしようとした。

 

 「待て!」

 

 しかし背後から制止の声が届く。

 振り向いたムウの前には、辛うじてであろう、立ち上がったアフロディーテの姿。

 これ以上闘いを続けるつもりか、と再び小宇宙を高めるムウに、思いもよらない言葉が告げられた。

 

 「私の負けは認める……だが私も教皇の間へ向かおう」

 

 ムウは思わず目を見開いた。

 また闘いになるよりずっとましであるが、その真意が分からない。

 

 「行ってどうするのというのですか? サガと共に闘うというとでも?」

 

 「私は……真実を知るために行くのだ。サガは己の欲望などではなく、真から地上の平和をもたらそうとしている…………私はそう信じたい」

 

 一瞬の沈黙。

 互いの視線がぶつかり、やがてムウが折れた。

 

 「……分かりました。ならば共に行きましょう。この十二宮の終点へ……」

 

 ゆっくりとだが、二人は双魚宮から伸びる階段を進み始めた。

 この長かった十二宮での激闘、その最後の闘いとなるであろう場所へ。

 

 

 

 

 


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