レモン   作:木炭

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「私の名はクラピカ」

「オレはゴン!」

「オレはレオリオという者だ」

 

 船員の問いに素直に名乗る三人。

 

「ナップ」

 

 立ち上がるのも億劫なほど眠いので、横になったまま名乗る。

 よし、寝よう。

 硬いはずの船室の床に体と意識が沈んでいく──

 

「──やがれ。オイ、コラ!」

「ナップ! ほら、起きて起きて!」

「……う、何すか?」

 

 何だってんだ。

 赤鼻の船員が何故だか怒っている。

 うーん、ちゃんと名乗ったはずなんだけど、はて。

 

 そういえば、この辺の細かい流れは覚えてないけど、試験ってまだ始まってなかったような。

 とにかく起きないといけなさそうなので起きておこう。

 毛布を置き、とぼとぼとゴンの横に並ぶ。

 

 ほーほー。

 レオリオは近くで見ると結構デカイ。

 〇〇〇が相当デカそうな顔をしている。

 

 反対にクラピカは意外と小さい。

 でも〇〇〇はデカそうな気がする。

 

「改めて聞く。お前らは何故ハンターになりたいんだ?」

「オイ。偉そうに聞くもんじゃねーぜ。面接官でもあるまいし」

「いいから答えろ」

「あ? 何だと?」

 

 レオリオが赤鼻の船員に突っかかる。

 確かに、この船員は試験官には見えない。

 

「オレは親父が魅せられた仕事がどんなものか、やってみたくなったんだ」

 

 右手を挙げ、元気よく答えるゴン。

 

「俺も! ゴンの親父はカッコイイもんな!」

 

 面倒なのでゴンに便乗しておく。

 見た目も兄弟に間違えられるくらいだし、ペアとして処理してくれるかもしれない。

 ここは便乗あるのみ、さっさと片付けて寝たい。

 

「オイ待て、ガキ共。勝手に答えるんじゃねーぜ。協調性のねー奴らだな」

「いいじゃん。理由を話すくらい」

「いーや、ダメだね。オレはイヤな事は決闘してでもやらねぇ」

 

 何だろう。

 レオリオは怒っているというより、イラついている。

 

「私もレオリオに同感だな」

「オイ。お前、年いくつだ。人を呼び捨てにしてんじゃねーぞ」

「もっともらしいウソをついて、イヤな質問を回避するのは容易い。しかし、偽証は──」

 

 金髪さんの話は長くて難しい。

 ぼーっとした頭では半分以上理解出来ない。

 

 そういえば、もう一発嵐が来るはずだけど、いつだっけか。

 うーん、思い出せない眠い。

 

「──すでにハンター資格試験は始まってるんだよ」

「何ですとー!」

 

 赤鼻がしたり顔で宣言する。

 はい?

 いつだよ!

 

 って今かよ!

 えーっと、えーっと、ここでは何をするんだっけ。

 船の上だしマラソンて事はないだろう。

 

 ちくしょう思い出せない!

 

──ギィィイイイ

 

 船が大きく揺れる。

 このタイミングで嵐がきたか。

 嵐をもう一度無事に乗り越えられるかが試験?

 

 そんなような気もするし、全然違う気もする。

 ちらりとゴンの顔を見る。

 アカン、こいつぬぼーっとしてるだけや。

 

「知っての通り、ハンター資格を取りたい奴は星の数ほどいる。そいつら全部を審査できるほど、試験官に人的余裕も時間も、ねぇ」

 

 赤鼻が再びしたり顔で話し始める。

 船の揺れは激しくなるばかりだ。

 

「──お前らが本試験を受けられるかどうかはオレ様の気分次第ってことだ。細心の注意を払ってオレの質問に答えな」

 

 俺とゴンはもう答えたはずだ。

 大丈夫なんだろうか?

 

「……私はクルタ族の生き残りだ」

 

 クルタ、クルタ……これは覚えている。

 このクルタ云々が元でドロボー集団と絡んでいくんだな。

 登場人物の中でも危険度が高い奴らだっけな。

 

「──死は全く怖くない。一番恐れるのはこの怒りがやがて風化してしまわないかということだ」

 

 言葉、表情、彼の纏う雰囲気全てからその覚悟のほどがうかがえる。

 物語で見ていた分にはただの復讐者であったクラピカも、間近で手の届く距離で見るとやはり違う。

 

 ん?

 レオリオが今度はクラピカに何やら突っかかっている。

 相手が誰であれ一言、言いたくなるおばさん気質なんだろうか。

 

「──お前は? レオリオ」

「オレか? あんたの顔色をうかがって答えるなんてまっぴらだから正直に言うぜ。金さ! 金さえありゃ何でも手に入るからな。デカイ家! イイ車! うまい酒!」

「品性は金では買えないよ、レオリオ」

 

 クラピカが目を閉じ、首を左右に振りつつ言い放った言葉にレオリオが反応する。

 何故だか俺も体がピクりとした。

 違うよね?

 

 俺に向かって言った訳じゃないよね?

 

「三度目だぜ。表へ出なクラピカ。薄汚ねぇクルタ族の血を絶やしてやるぜ」

「オイオイ」

「……取り消せレオリオ」

「レオリオさん(・・)だ」

 

 レオリオの発言には思わず呆れて声に出してしまった。

 困った事にクラピカの怒りは本物だ。

 

 売り言葉に買い言葉であっても、民族を貶める行為は誰であれ怒りを覚えるだろう。

 赤鼻が慌てて止めようとする中、二人は甲板へと続く通路を歩いていく。

 

「放っておこうよ」

「な!」

 

 ついさっきまでぬぼっていたはずのゴンが発した言葉に、赤鼻が驚きの声を上げる

 関わりたがり屋のくせに、何故に止めるなと言い出すのだろう。

 俺も二人のあとを着いて行こうとしていた足を止め、立ち止まる。

 

「その人を知りたければ、その人が何に対して怒りを感じるかを知れ。おばさんが教えてくれた、オレの好きな言葉なんだ」

「……」

「オレには二人が怒ってる理由は、とても大切なことだと思えるんだ。止めない方がいいよ」

 

 赤鼻の船員は何か思うところがあったらしい。

 帽子のつばを少し下げ、黙り込む。

 だが、俺はゴンの言葉に納得出来ない。

 

「クラピカが怒ってたのはわかるんだけどさ。レオリオの場合は何に対して怒ってたんだろ? 年齢に拘ってた風だけど、このおじさんに一切敬意を払ってなかったように見えるけど?」

「んー……レオリオは年上だから、さん(・・)を付けろとか敬意を求めてたんじゃないと思う」

「そうなの? じゃあ何に対して怒ってたの?」

「さあ?」

 

 え、わかんないの?

 何か深い理由を汲み取ってたんじゃないのかよ。

 ゴンにわからないのであれば、俺にもたぶんわからない。

 

 

 

 

 

 止めないとは言ってもゴンも気になるようで、皆で甲板へと足を運ぶ。

 甲板へと出ると、既にクラピカとレオリオは甲板に打ち付ける荒波を、気にする素振りも見せずに対峙している。

 船体に吹き付ける風と波音に遮られ、二人がどんな言葉を交わしているのかが拾えない。

 

 レオリオの声はそれでも辛うじて聞こえるが、クラピカの方は全然ダメだ。

 ちょっと気になるので風下の方へと移動する。

 この際、甲板に出た時点でズブ濡れなので気にしない。

 

 移動したは良いが、風向きなんて関係なかった。

 耳を澄ませば、波と風の音のみ。

 どんな言葉を交わしたのやら、二人から剣呑な雰囲気が甲板の上に撒き散らされていく。

 

 あ。

 二人共、得物を抜き放ち一気に駆け出す。

 

──バキッ

 

 不意に聞こえた不吉な音。

 会話は聞こえずども、その不吉な音だけは、はっきりと聞こえた。

 上?

 

 音のする方向を見れば、マストが中ほどからぼっきりと折れている。

 強風に煽られるも、その自重の高さから甲板へと降り注ぐ折れたマスト。

 ぐんぐんずんずん下降し、嵐の中を作業中の船員へと向かう。

 

「ぎゃっあう」

 

 折れたマストが船員の顔にぶち当たる。

 

「カッツォ!」

 

 カツオの甲板横断水平飛行。

 これはヤバイ。

 海へと真っ逆さまコースだ。

 

 クッソ!

 間に合え!

 走れ走れ、ダッシュダッシュ!

 

 マズイ、間に合わない。

 飛べ飛べ、前を走るゴンさん!

 ゴーゴー。

 

「ゴン、とベー!」

 

 カツオの足をがっちり掴んだゴン。

 海にそのままダイブしてしまいそうなゴンの足を掴む。

 左右の視界に映るクラピカとレオリオ。

 

 彼らもゴンの体を引っ張りあげようと咄嗟に動いたようだ。

 良かった良かった。

 危うくカツオが海に帰るところだった。

 

「大丈夫か!? オイ、ロープをよこせ!」

「引っ張れ! よし!」

「先にケガ人を!」

 

 少し遅れてドタドタと船員が集まってくる。

 すぐさま、周囲に集まった船員達がゴンを褒め称える。

 俺もナイスですよーっと連呼する。

 

「何という無謀な! 下には激速の潮の渦で人魚さえ溺れるといわれる、危険海流どというのに!」

「オレ達が足を捕まえなかったらオメェまで海の藻屑だぞ! このボケ!」

 

 ゴンがクラピカとレオリオから怒られている。

 怒られているゴンはどこか困った顔をしている。

 

「──でも、掴んでくれたじゃん」

 

 ゴンが放つ爽やかな空気。

 それに当てられたのか、クラピカとレオリオが顔を見合わせ和解する。

 クラピカは心底イイ奴だと思う。

 

 あれだけの事を言われても許せてしまうのは、器が大きいんだろうな。

 もう一人、ゴンに当てられたのか赤鼻の船員がオメェら気に入った的な事を言い放つ。

 そこに俺も入っているのかは微妙!

 

 こんな所で島に引き返したら確実に殺される。

 大丈夫、大丈夫だ、きっと。

 

 

 

 

 

 嵐が過ぎ去った後、カツオ氏の容態が少し気になり医務室へと足を運ぶ。

 ベッドに顔を固定された状態のカツオ氏は、意識は取り戻していた。

 

「お? オメェ、まだ残ってたのか」

「あ、昨日はどうも」

 

 昨日、絡んできたおじさん二人を医務室に運んだ際、対応してくれた船医が話しかけてくる。

 カツオ氏は何やら言いたそうにしているが、口を開けるられる状態ではないだろう。

 

「ん? 何しに来たんだ?」

「容態はどうですか?」

「ほぉー、昨日は騒ぎを起したようだが、まともな行動も出来んだな」

「ハハッ、お見舞いって訳でもないんですけど。手ぶらですしね」

 

 実際手ぶらだ。

 船に売店なんてものはないし、あれば既に菓子を抱いている。

 

「顔、固定されちゃってますけど、大丈夫そうですか?」

「あ、ああ、大したことねぇさ。顎がイカれちまってるのと前歯が全滅した程度だ。船乗りは続けられる」

「おー、よかった──おめでとう!」

 

 こんな時、何て言えばいいのかわからない。

 なので、一応祝福しておく。

 

「ホ、ホ……ホオ」

 

 右手を弱々しく掲げ、握りこぶしを作るカツオ氏。

 まったくもって何を言いたいのか、何を表しているのかは不明だ。

 でもケガ人である彼には曖昧な笑顔を向けておく。

 

 

 

 

 

 カツオ氏の生存確認は、港へ到着する前にもう一度行ったが、相変わらずホオホオ言っていただけで意思の疎通は図れず仕舞いだった。

 あとはほとんどの時間を船室でゴロゴロして過ごした。

 船の上では妙に眠くなる体質でもあるのかもしれない。

 

 そして、ほどなくしてドーレ港に到着。

 港は大勢の人々でごった返している。

 こっちで生まれてから、初めて見る町に気分が高揚する。

 

 町といえばお店、お店といえばコンビニ、コンビニといえばお菓子!

 手軽に入手出来る少々お高いお菓子達!

 島には手作りお菓子という意味不明のものが溢れかえり、添加物や体に悪そうなものが混入されたいわゆるスナックなんてものは、外部からの持ち込み品しかなかった。

 

 だからこそ、ここには夢がある。

 なんて考えてる場合じゃない。

 今日はバッチリお菓子でキメてやる!

 

 どこだどこだ、コンビニ、コンビニ……。

 あれれー?

 コンビニどころか港周辺の店舗全てが営業していない、だと?

 

「そ、んな……」

「ん? ナップ?」

「……な、ん」

 

 ここら辺一帯、治安が宜しくない事になるから全店休業ってこと?

 そんな、バカな……ありえねぇ。

 

「だ、大丈夫……次の町って、あれ? あの人」

「あ! 船長!」

 

 何故か先回りして待っている赤鼻のフォルムが見えた。

 ゴンは赤鼻の船員だか船長だったかの方へ走っていく。

 赤鼻とゴンが別れを惜しんでいる間も、どこか開いている店がないかと探す。

 

 ダメそうだなぁ。

 これは、どこも休業状態っぽい。

 ザバン市に到着するまではおあずけか。

 

 そうこうしている内に、赤鼻との話を終えたゴンと合流する。

 

「へ? あっち?」

「うん。あの山の一本杉を目指せば良いらしいよ」

「ほー」

 

 遠くの山のてっぺんに見える一本杉へと向けて、ゴンが歩き出す。

 遅れないよう俺も歩を進める。

 正確には覚えていないが、ゴンが進むのであれば、これが正解なんだろう。

 

「……オレもバスを待とうかと考えたが、オメェまで黙って着いてくんなら正解を引きそうだな」

「確かに」

 

 クラピカとレオリオもゴンを信じるようだ。

 やや遅れて、歩いてくる。

 

「よお、ナップ」

「ん?」

 

 レオリオが歩きつつ、声を掛けてくる。

 

「船でゴンに聞いたんだがよ。オメェさん、遊びより本を読むのが好きで、勉強が出来るそうじゃねぇか」

 

 そういや二度目の嵐の後、あまり話す機会はなかったので聞かれなかったな。

 てか、俺って落ちてないよね?

 大丈夫かなぁ……。

 

「本が好きってほどじゃないよ。島じゃあまり娯楽もなかったし。あと勉強は普通。ゴンがバカなだけって言うか……頭が悪いんだよ」

「オレ、バカじゃないよ!」

「ガッハハハハ。しっかし、お前ら兄弟にも見えなくもないのに、なんつーか、性格は全然違ェんだな」

 

 そりゃ違う。

 ゴンは野生児っぽいくせに几帳面だったりする。

 部屋をわりと綺麗にしていたりする野生児なんて珍しい。

 

 試験前に薬草を丁寧に仕分けして、カバンにいれていたゴンの姿は衝撃だった。

 俺の荷物なんて、腰に提げたナイフと忌々しい五代目花柄ポーチに入る水と水分ゼロの固いパン。

 加えて、サップに貰った金だけという適当っぷりなのに。

 

「それは私も同感だな」

「んー、ゴンってこれで几帳面だしなぁ。天体観測をするんじゃなくて、単純に季節ごとの星の数を数えるという変な趣味まであるしね。じじぃかよ」

「ほぉ、それは意外だな」

「いいじゃん!」

「地味だわ。本を読めバカ」

「バカじゃない、よ!」

 

 否定する声と共に肩をぶつけてくる、ゴン。

 わりと重くて痛い。

 避けたら避けたでしつこくなりそうなので、受けてみたことを後悔する。

 

「オイオイ、喧嘩すんなよ」

 

 誰彼構わず突っかかるおばさん気質なレオリオに言われるのは、釈然としない。

 その思いが喉元まで出掛かったが、クラピカも蒸し返されたくないだろうから堪える。

 

「勉強は苦手だけど、オレも頑張って地名とか覚えたんだから!」

「じゃあザバン市近郊に流れる川の名前は?」

「リュネス川とミロン川、かな」

「へぇー」

 

 合ってるかどうかはわからない。

 

「合ってんのか?」

「合っているよ。レオリオ」

 

 クラピキアさんが正解だってんなら正解だろう。

 だいぶ前、俺に言われた事をバカ正直に鵜呑みにして、取り組んでいたらしい。

 これからはあまりバカバカ言わないようにしよう。

 

 ただ、星を数えるのはもう止めたほうが良い。

 すごくバカっぽい趣味だし。

 あれは何の意味もないと思う。

 

 

 

 

 

※クラピカ視点

 

 ゴンは明るく何事にも興味を示す、歳相応と言える少年だ。

 ナップもゴンほどではないにしろ、歳相応の印象を受ける少年だと思われた。

 だが、二人と言葉を交わす機会が増えるうちに、その印象は間違いだと知った。

 

 今も、山の上の一本杉へと向かう道すがら、彼らは他愛もない言葉を交わす中にその思いが強くなっていく。

 

「ナップが覚えた方が良いって言ったんじゃん!」

「記憶に御座いません、が……仮に私があなたに対して、そう助言したとしましょう。それで、あなたには何か不利益があるのですか?」

「……不利益? よくわかんないけど、その喋り方ムカツク!」

 

 傍目には、よく似た兄弟のようにも見えるが、二人の性格は正反対と言える。

 口の端を釣り上げ、ゴンに対して嫌味を口にするナップは歳相応の少年の顔ではない。

 ゴンはゴンで、大人顔負けの表情を浮かべたナップに対して、歳相応とは到底思えない速さの拳を繰り出す。

 

 それを悠々と回避するナップもナップではあるが、続けざまに放たれる攻撃を繰り出すゴンの身体能力の高さには目を見張るものがある。

 おそらく、これでも本気ではないだろう。

 彼らにとってはこれも日常的に行われる、じゃれ合いに過ぎないのだろう。

 

「オイオイ、テメェら……んなくだられねぇ事で、ケンカすんじゃねぇよ」

「……」

「う……」

 

 目上の者であるレオリオに咎められ、動きを止めるゴン。

 ナップも同じく動きは止めているが、レオリオの方を見る目に違和感を覚える。

 次いで、すぐに私の方にも視線を向けるナップの目には……何故だろうか、慈愛の色が浮かんでいる。

 

 彼には何か、私に対して含むところがあるのだろうか。

 

 

 

 


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