レモン   作:木炭

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 十歳の誕生日を契機に起床する時間も変わった。

 父サップがモゾモゾしだす時間帯に、俺も寝床から出る。

 支度を終えるとすぐ、母エッダも含めて三人で朝食も摂らずに家を出る。

 

 港へと到着すると炊き出しの準備を他の漁師家族と共に行う。

 漁師の男達はその間に船に乗り込み、燃料の補給や漁具の点検や準備を含めた作業を黙々と進める。

 それぞれの作業を終え、湯気の立つ炊き出しを囲み、漁師とその家族全員で朝食を摂る。

 

 ここへ来てようやく漁師連中は口を開くが、言っている内容はもっぱら漁に関する事だ。

 反面、漁師の男連中以外のご婦人方の話題は多岐に渡る。

 そして、この朝の迎え方を始めて一年が経過した。

 

 それでも数少ない子供、そのまま十一となった俺はまだまだよく話のネタにされる。

 

「エッダや、ナップを漁師にせんのか?」

「そうねぇ。この子、力はあるみたいだしサップのあとは継がせないのかいね?」

 

 手伝いを始めて以来、相変わらず漁師推しをしてくるご婦人方。

 実際問題として、漁師の大半は既に島民出身者ではないという現状があるからだろう。

 だからこそなのか、地元出身の者から漁師になる者を確保したいという思惑が皺だらけの顔や手の向こうに透けて見える。

 

「さあ? この子がなりたいと思うかどうかだし」

「──ナップや。漁師になりたいと思うかい?」

 

 漁師の伴侶や親族、そのご婦人方の筆頭格、しわくちゃの婆さんが問うてくる。

 まだまだガキの俺に対しての質問にしては、婆さんの目には何か執念のようなものが宿っている。

 理由や気持ちはわからなくもない。

 

 でも、ちょっと待ってくれ婆さん。

 俺は今、目の前に出された干物と新鮮な魚介、大量の汁を片付けるのに必死なんだ。

 食べても食べても減らない、飲んでも飲んでも減らない具沢山の汁に溺れそうなんだ。

 

 しばし待たれよ、ババァ。

 

「……ううん。漁師よりもハンターになりたい」

「そうかい、そうかい」

 

 ここで漁師でもいっかなー、なんて言うとエッダにぶっ飛ばされる。

 別に漁師に本気でなりたいと思うんなら、反対はされないだろうけど、嘘だとばれるだろう。

 個人的にも漁師や関係者の人達に変に期待させてしまうのも気が引ける。

 

 そんな事を考えていると、やや遠くの漁師連中の塊の中に居るサップの視線に気付く。

 どうやら目で何かを伝えてきているようだ。

 

『手を止めるな。エッダが見ている』

 

 たぶん、そう言っている。

 婆さんやおばさん達からの営業に適当に相槌を打ちつつ、食事を再開させる。

 相変わらず目で危険を指摘してくれるサップの存在はありがたい。

 顔を合わせる時間はほとんどないが、共通の敵を抱える者同士の結束は固い。

 

 

 

 

 

 一年ほど前に行ったゴンへの忍探し誘導は予想以上の効果が得られた。

 森での活動は激減するほどではなかったが、島外の者が多く出入りする日などはゴンは森で遊ぶよりも港での忍探しをやりたがった。

 相変わらずジャイアニズムは森にて発揮されるが、一時の安らぎを得られた事は大きい。

 

 だが、どうにも今日は様子がおかしい。

 いつものように森で顔を合わせた途端、ゴンが詰め寄ってくる。

 心無し、目に怒気が宿っている。

 

 これは少々嫌な流れになりそうだ。

 ちらりと地面を確認して、手頃な石を視界に収める。

 不自然にならないよう、歩を少しだけ進めて地に膝をつき、靴紐を直す振りをする。

 

「やっぱりウソだったんだね!」

「藪から棒に……何?」

「忍! ミトさんがくのいちだなんてウソだったんでしょ!」

 

 そんな事、言ったっけ?

 ここ最近、日常的に嘘を吐いているので覚えていない。

 言った気もするし、言ってない気もする。

 

 記憶にござらぬ。

 これではゴンには通用しないし、どうするか。

 

「ミトさんが違うって?」

「そうだよ!」

「それを素直に信じるの? ミトさんが絶対にゴンにウソをつかないと?」

 

 相変わらず彼女はゴンにハンターの夢を諦めさせる為に、俺に対してスナックトラップを仕掛けてきているというのに。

 あのおばさん、大概汚い大人だぞ。

 

「ミトさん、ウソつく時にオレの目、見ないもん!」

「……へぇ」

 

 勘の良いガキめ!

 ミトさんも目を逸らしてウソつくなよー。

 結構、いい年なんだから……ったく使えないおばさんだ。

 

「なら、俺の嘘は見抜けないの?」

「あー、うーん……ナップのはわかり難い事があるから」

「……へぇ」

 

 それは良い事を聞いた。

 いや、わかっているくせにわからない振りをしているだけか?

 んー、ゴンは純粋そうに見えてズル賢い部分があるから、断定は危険か。

 

「と・に・か・く! ナップはウソついてたんだからね! 今日は一杯付き合ってもらうよ!」

「いやいや、嘘なんか……それに今日は腹の調子が──」

「それはウソだってわかる、よ!」

 

 咄嗟に口から出した稚拙な言い訳。

 バレバレであるらしい。

 視界の端で動き始めたゴンの挙動は日に日に速さを増している。

 

 ついでにその力強さも既にオラウータンを凌駕するかもしれない。

 十歳を超えた頃からゴンのパワーは子ゴリラクラスの領域へと達している。

 まともに貰えば、痛いだけでは済まず、食事に支障を来たす。

 

 迫り来るパンチを飛び退って回避する。

 同時に左手に隠し持っていた、石を投げつける。

 パシリという音が聞こえて舌打ちを打つ。

 

 顔の前で石を受けるゴンの所作は手馴れている。

 俺からの投石なんて、もう数え切れないほど受けているからだろう。

 

「……クソッ、受けんなよ」

「ちょっと痛い!」

「ちょっとかよ! バカゴリラ!」

 

 掴み取った石を投げ返してくる素振りは見せないゴン。

 何気に投石は苦手にするゴンなので、無駄な事はしない方針であるようだ。

 常であれば投げ返してくるのだが、今日はわりと本気なのかもしれない。

 

「バカじゃないしゴリラじゃない!」

「ハッ、目を逸らさずに何度も言ってやる! オ、マ、エ、は、バカで! ゴリラ!」

「むぅー! 今日は絶対ぶっ飛ばす!」

 

 踏み込みと蹴りを組み合わせ、迫ってくるゴン。

 ぶっ飛ばすんじゃなくて蹴り上げようとするとは、ズルい。

 回避するも蹴りはただの見せで、本命は右フックか。

 

 すぐさま上体を前に傾けるのとほぼ同時、頭上を攻撃が通過する。

 

「なぁ」

「な、に?」

「これって組み、手って言う、のか?」

 

 互いに言葉を交わしつつも、ゴンは攻撃の手を止めない。

 こちらも全ての攻撃を目で追い、避け続ける。

 

「さ、あ?」

 

 相変わらず適当な。

 始まる前に死ぬのは嫌だなー。

 嗚呼、今日は空が自棄に綺麗だ。

 

 

 

 

 食べて走って殴られ逃げる日々。

 毎日が辛く過酷であっても陽が落ちれば夜が来て、そして朝が来る。

 そんな生活も一年近くが経過しても変わる事無く続いた。

 

 やっとこの日がやって来た。

 

 慎ましやかな夢を胸に、ハンター試験の会場へと向けて今、旅立ちの時。

 この日の前にはゴンがミトさんの許可を得る為に色々とやり合っていたようだ。

 俺の方といえば、両親に反対されるどころか背中を強く押されていた。

 

 合格だ合格だ気合だ気合だのノリをエッダが発露させ、サップが取り押さえていたのはご愛嬌だ。

 一週間ほど前にゴンに半殺しにされて痛む体を、何度も揺さぶられて、本気で死ぬかと思った。

 そして出立当日の今日、もしかしたら自分も受けたいのかと思うほどの、おかしなハイテンションを発露させたエッダからの見送りである。

 

 サップからはもし不合格になったら当分帰ってこないほうが良いと言われている。

 だからだろうか、旅費とは別に当面の生活費として困らないようにと大目に金を包んでくれた。

 少ない小遣いをエッダの目を盗んで積み立てていたであろうサップには悪いとは思ったが、不合格であるのに島に戻ればおそらく殺されるので黙って受け取った。

 

 そんな俺と両親を他所にゴンはミトさんと抱き合い、感動的な別れをしていたようだ。

 少しは空気を読んでやれよエッダ、とは思ったが、まあ今に始まった事でもない。

 この十年と少しを一言で言い表すならば「忍耐」である。

 

 これからは是非とも「快楽」だと言える人生を歩みたい。

 まだ快楽を得る為の肉体や資産や地位、その他諸々を得てはいないが、これから手に入れれば良い。

 ハンターライセンスというのは確かタダ券みたいな扱いだったはずだ。

 

 もしかするとヘ〇スやソ〇プランドなんかも割引されたりタダになるかもしれない。

 数年ほど前まではゴンと一緒になんて純粋な夢を見て居た。

 だが、肉体の発育に併せて本来の自分の思想を取り戻しつつあるように思える。

 

 これでこそ俺であり、正常にして自分に誠実。

 俺は絶対にお菓子を食べまくり、パコりまくる。

 何者であっても俺の誠意大将軍への道を阻ませない所存である。

 

 大海原の向こう側。

 うんざりするほど見飽きた丸みを帯びた水平線を眺め、俺は決意する。

 

「ナップ」

「……んあ? 何?」

「海、荒れるよ」

 

 そういえば、さっきからウミヅルが騒がしくしている。

 くじら島周辺にもいる恐竜サイズの大きさを誇る海鳥。

 こいつらが騒いでいると嵐が近いとサップに教えられた事がある。

 

「だな。でも船員が慌てた素振りを見せてないし、少し荒れるくらいかも?」

「そだね」

 

 さてと、ここからは気合を入れないと。

 食べパコる前にこの試験を乗り越えなければ、何も始まらない。

 試験内容に関してはわりと覚えている。

 

 しかしながら、登場するキャラクターに関しては曖昧。

 でも試験内容さえ判っていればイケるはず。

 基礎体力を含めほぼ全てゴンには劣るが、マラソンは大丈夫なはずだ。

 

「ちょっと船首の方見てくる」

「んー、気ィつけろよ」

 

 船首の方へと向かうゴンの背を横目に、視線を再び大海に定め思考に沈む。

 現状、順風を受けた船は一路ドーレ港へと順調に進んでいる。

 船上で俺とゴンを冷やかすような輩は数名居た程度で、揉め事なども起こっていない。

 

 だが、ここで既に見知った顔を早くも発見した。

 金髪復讐野郎と老け顔グラサンを船室で見た時は、つい体が硬直した。

 こちらの戸惑いに二人共気付いた様子はなかったが、運が良かっただけだ。

 

 まず金髪復讐野郎ことクラピカ。

 彼は俺達が乗船し船室に入った頃には粗末なハンモックに一人優雅に体を預け、寝息を立てていた。

 必然、こちらへ視線を向ける事もなかった。

 

 一方の老け顔グラサンことレオリオ。

「スケベ♥」というタイトルのエロ本に熱中しているようで、クラピカ同様気付かれる事はなかった。

 彼ら二人とゴンの関係が構築される切欠はいまいち覚えていない。

 下手に動く必要もないので、そのまま船室を離れ、今はこうして甲板で日向ぼっこを維持している。

 

「おい、連れのガキはどうした?」

「まさか、もう怖くて海にでも飛び込んじまったか?」

「……」

 

 たぶん、俺に声掛けてきてるよなー。

 挨拶くらいしてくれよ、急に声掛けられると反射で体がビクっとなるんだから!

 海を眺めるのを止め、振り返る。

 

「うん。さっきポイーンと」

「ギャハハハ、ってマジで言ってんのか?」

「──って、船首の方にもう一人も居るじゃねぇか」

 

 つるつるピカピカの頭の方が船首に居るゴンの姿を捉えたようだ。

 

「ま、いいや。船の上じゃやる事もねぇし、ちょいとオメェらで遊んでやるよ」

 

 これが尻のデカイおばさんからの申し出ならば……。

 ハゲと歯並びの悪いテンパの男からの申し出には殺意を覚える。

 でもここは大事にはしたくないし、謝ってみよう。

 

「すいません。僕らこんな強そうな人達も試験受けるなんて、その、知らなくて……」

 

 ぐすんぐすん。

 と見えるように手で目を擦ってみる。

 これで許してくれないだろうか。

 

「なんだオメェ、泣いてやがんのか」

「情けねぇガキだ、まったく──とでも言うと思ったか?」

「……」

 

 思わず盛大に舌打ちが漏れそうになる。

 が、我慢我慢。

 腹は立つけど、ここは下手に出て──

 

 ──ハゲの方は気が短いようで、胸倉を掴まれ持ち上げられてしまった。

 はて、どうしよう。

 もうこれは謝ってもダメな気がする。

 

「……何して遊ぶんですか?」

「決まってらぁ。オメェを俺達先輩が鍛えなおしてやろうってこった」

「ガキに暇の潰し方ってもんを教えてやるよ。ほれ、連れも呼んでこいや」

 

 胸倉を掴んでいた手を放され、甲板に落とされる。

 態度や表情、言葉から純粋な遊びの誘いではないのはわかる。

 おそらく遠まわしな言い方での恐喝か、暴力を伴う暇つぶし。

 

 遠巻きにこちらを見やる他の者も、目の前のハゲとテンパとそう表情は変わらない。

 止めるような輩も居ないだろうし、船員の助けも期待するだけ無駄だろう。

 クラピカやレオリオの事を思うと、穏便に済ませたいが、どうしたものか。

 

「あー……じゃあ、賭けません?」

 

 目立たず穏便に処理する方法。

 良案は浮かばないし、謝罪しても無駄であるならば、彼らを利用しておこう。

 路銀は両親から貰ったものがあるから心配はないが、何があるかはわからない。

 

 試験会場に到着する前に仕入れようと計画している物も、金次第で性能は変わる。

 が、ここでゴンを巻き込むのは得策ではない。

 賭け事となると反対されそうだし。

 

「はあ? オメェ……ま、いいぜ。有り金、全部でいいよな?」

「あー、なるほど。俺もそれで構わないぜ。負けた方が全て失うってこったな」

「……ではでは、遊び方はどうする? 単純に殴り合いで決める?」

 

 ハゲとテンパの目の色が変わる。

 先ほどまでの気だるそうな目の色とは違い、明らかに残忍な色が浮かび上がっている。

 口を閉じ、一言も発しない事からも二人の心境の変化は明らかだ。

 

 ま、こっちも言動を急変させたのは明らかに違和感があるだろう。

 周囲の見物人達も、俺の態度の変わりように首を傾げている。

 

「オイオイ、ガキ。調子に乗ると死ぬぞ?」

「悪い事は言わねぇ、ここに居る連中は堅気とは違うぜ?」

「止めとけ。喧嘩を買う相手を間違えるんじゃねぇよ」

 

 何だか遠巻きでニタニタと見ていた連中が忠告してくれる。

 予想外の他人からの親切を受け、殺伐とした空気の中、ほっこりとする。

 案外、子供には少しは優しさを見せる世界だったのかもしれない。

 

「ケッ……這いつくばって謝るってんなら、今なら許してや──」

 

 テンパが何やら言おうとしたが、面倒なのでポコンと膝の辺りを蹴り上げる。

 手応えからして皿的な何かが割れたと思う。

 

「──グアッアァァア!」

 

 何故か動かず硬直しているハゲを確認。

 動かないハゲの右足の甲を踏みつける。

 

「ヘギィヤァァァアア」

 

 やってしもうた。

 ハゲがすごく叫んじゃったよ。

 ゴンが来る、どうしよう!

 

 こうなったら仕方が無い。

 さっさと金を回収しよう。

 

「まだやる? やらないなら出して。早くッ!」

「や、やめ……ほら、こ、これで全部だ!」

「お、こ、これ足をどけてくれぇええええ!」

「あ、ごめん」

 

 踏んだままの足を上げる。

 甲板に投げ落とされる財布と剥き出しの紙幣。

 あまり分厚くはない財布の中の紙幣だけを抜いて、剥き出しの紙幣も拾う。

 

「ナップ」

「……」

「何があったの?」

「これは、その……この人達と遊んでただけで……だよね?」

 

 足の甲に手を当てて、蹲るハゲ。

 テンパも同様に膝に手を当て、座り込んでいる。

 まだ話せそうなテンパの方へと顔を向け、同意を求める。

 

「……あ、ああ、そうだ」

「ほら!」

 

 背後のゴンとは目を合わせず、テンパからの同意を強調する。

 

「ナップ」

「ほんとだよ! カバディしてたの!」

「ナップ」

「カバディ、カバディってこうやってさ……わかったよ! 返せば良いんでしょ! ハイ!」

 

 新しい遊びの提案と実演。

 これはまったく効果がないようで、早々に止める。

 くそったれ。

 

 ゴンの名前連呼はエッダ並の迫力がありやがる。

 まったく、フリークスってやつは。

 手に入れたと思った紙幣の束をハゲとテンパに返す。

 

 すぐさま踵を返して現場からの逃走を図る。

 

「待って」

「……ハイ」

 

 ゴンに肩を掴まれ止められる。

 

「この人達、医務室に運んで上げなきゃ」

「……がってん」

 

 何だかものすごく自分が三下になった気分だ。

 いや、気分じゃない。

 事実なんだろう。

 

 空の彼方に薄っすらと見える巨大な積乱雲。

 その雲とゴンとを重ね合わせ、己の矮小を思い知る。

 蟻は象には敵わない。

 

 

 

 

 

 ハゲとテンパを医務室へと運び込み、しばらくすると船が揺れ始めた。

 どうやらウミヅルが騒いでいた通り、嵐にぶち当たったらしい。

 船室は上下左右がわからなくなるほどに揺れに揺れる。

 

 大半の受験生が嘔吐を繰り返し、そこに広がる阿鼻叫喚の地獄絵図。

 嵐が過ぎ去り、揺れが収まった頃、船室には異臭が充満している。

 

「絡まれるのは仕方ないし、やり返す必要があるのもわかる」

「ハイ」

「でも、お金を巻き上げるのは良くないよ」

「ハイ」

 

 酷い船酔いで動けなくなった受験者達の介抱をしつつ、器用に喋り続けるゴン。

 傍らでそのご高説に全肯定で以って答える俺。

 

「この草、噛んで。少しはマシになるよ」

「ハイ、これ水ね」

 

 この状況では俺もゴンの助手として働かない訳にも行かない。

 水差しとコップを手に、酷い船酔いを来たす大半の受験者へと配り歩く。

 相変わらずクラピカは暢気に寝ており、レオリオはニタニタした面でエロ本を読んでいる。

 

 そんな二人を尻目に介抱を続け、ようやく最後のゾンビに水をやって一息つく。

 

「ゴンー、寝るー」

「うん。あ、また絡まれても──」

「わかりやしたーおやすみー」

 

 ようやく眠れる。

 船室の時計はもう夜の八時を過ぎている。

 随分、夜更かししたもんだ。

 

 

 

 

 

『──くの島まで引き返すこった』

 

 絶叫に混ざり、何やらアナウンスの音が耳に残る。

 目を覚まし、むくりと上体を起して周囲を見れば受験者達が一斉に船室を出て行く。

 アナウンスが二度、三度繰り返される。

 

 どうやらさっきのより大きな嵐が来るらしく、救命ボートに乗っての脱出を推奨しているようだ。

 ガラリとした船室には俺以外にはクラピカとレオリオしかいない。

 二度寝しようかとゴロンとした時、船員と一緒にゴンが船室へと入ってきた。

 

「結局、客で残ったのはこの四人か。名を聞こう」

 

 赤鼻の船員が勿体つけた風に口を開く。

 若干のドヤ顔に腹が立つ。

 眠い。

 

 

 

 

 

※船長視点

 

 あのツンツン頭の少年。

 あいつは間違いなく、あの男の息子。

 ジンの面影を色濃く残す少年は、その瞳に強い覇気を宿してやがる。

 

 だが、傍らに立つ少年もこれまた驚いた事に、奴の面影がある。

 息子は一人って聞いていたんだが……。

 どうなってやがんだ、まったく。

 

「それで、こいつらか? 例の二人に絡んだってのは」

「いや? 絡まれた方は片方みたいだな。ほれ、ちと目付きの悪い方だ」

「ほぉ……こいつらをここへ運んだのが、あの二人ってだけか?」

「ああ」

 

 船医のマリオに呼ばれて着てみれば、意外な事を聞かされた。

 どうしたって目立つ二人の少年だ。

 奴らに絡むなって方が無理があるが、それにしても二人組みの大人を相手にここまでやるたぁな。

 

 ツンツン頭の方にも興味が惹かれたが、こりゃもう片方にも接触しておくか。

 

「やけにあの二人に拘るな。何かあんのか?」

「フッ……まあ、な」

 

 船医のマリオが医療器具なのか食器なのか判然としない、透明の杯に酒を注ぐ。

 杯を持った手をこちらへと伸ばして来るが、手を上げて断りを入れる。

 

「……ん?」

「ちぃとばかし、調べものがあるんでな」

「へぇ……船長がなぁ……こりゃあ、船が沈むやもしれんな」

 

 マリオの茶化しを無視して医務室を出る。

 そのまま船長室へと向かい、乗船リストを引っ張り出す。

 常であればこんな面倒な事はしねぇが、今回だけは調べずにはいられない。

 酒瓶だらけの執務机の上を適当に片して、リストを捲る。

 

──ゴン=フリークス

 

「フッ、やっぱりな」

 

 やっぱりあの少年はジンの息子で間違いなかった。

 じゃあ、もう一人はっと。

 

──ナップ=エルノー

 

 なるほど。

 やはり兄弟……ん? ちげぇ!

 保護者の欄に書かれている氏名も違う。

 こりゃあ、一体どういうこった。

 

「まったく……兄弟でもねぇんなら、親戚か何かか? 一緒に居る事に加えて、あの雰囲気は似ている。だが、こいつぁ……どうなってやがんだ、まったく」

 

 

 

 


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