レモン   作:木炭

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 この世界での菓子類全般の価値は、前の世界とは違う。

 中でも顕著なのが砂糖を使用した菓子類だ。

 理由としては、安価な労働力を元にしたプランテーションという歴史を、こちらでは辿っていないからかもしれない。

 

 加えてココではサトウキビの栽培は一部の地方のみであり、砂糖といえばヤシやモロコシから抽出する方が多いようだ。

 結果として、一般に流通している砂糖を使用した菓子類の値段は割高となる。

 更に必然として、それはチョコレート系の菓子類の高騰の原因にもなっている。

 

 この世界、口ざわりも甘くない。

 だからこそ、人生設計も極めて困難なものとなる。

 仮に三食の前後に菓子──砂糖を使用しないものも含まれる──を口にした場合、一日で約8万ジェニー必要だ。

 

 欲するがままに口にした場合は約15万ジェニーほど掛かる。

 残りの人生が約70年と仮定すると、約35億ジェニーが必要。

 物価の上昇や原材料の高騰など、不測の事態も考慮すればそれだけでは足りない。

 

 当たり前だが、実生活でも必要な金はあるわけで、目標にする生涯賃金は最低でも50億ジェニー。

 50億……それは限りなく不可能に近い数字。

 この島の漁師の生涯賃金は、物価変動を含めて計算すると、約1億ジェニー。

 

 漁師となった場合、俺の思い描く人生は歩めない。

 

「はぁ……ハンターになるしか……んー、でもなぁ……」

 

 考えが纏まらない。

 というより、生涯で50億稼ぐ方法が浮かばない。

 学歴を積み重ね、商社や製菓会社にでも就職する道……んー。

 

 何度も読み返している小難しい流通に関する本を閉じ、一息つく。

 あまりさぼっているとゴンにも悪いので、読書を切り上げる。

 花柄ポーチへと本を戻し、川辺に置きっぱなしにしてあった山菜集め用の籠を手にする。

 

 姿勢を低くして森の中を進む。

 いつも昼食を摂ると決めている場所へのルートを頭の中で考え、山菜やキノコが摂れそうな場所を巡回していく。

 勿論、ヘビブナの群生地はルート上からは外している。

 

 ヘビブナの危険性だけではない。

 この森での危険はほとんど全て把握している。

 それもそのはず。

 

 ゴンと俺はもっと幼かった頃にエッダに引率されて森へと入り、たくさんの事を教わったからだ。

 今や俺もゴンも森を庭にしているが、ただ走り回っているだけでは知り得ない事も多くあったのだ。

 しかし、何かこのヘビブナ、そしてキツネグマに関連した重要な事を忘れているような気がする

 

 頭と体をぐにぐにと捻らせるも、一向に思い出せない。

 

「何かモヤモヤするんだよなぁ……この時季になるといつも」

 

 森での他の危険な事を思い浮かべても、こうもモヤモヤとはしない。

 自分にとっての事というより、ゴンに関連した何か、そんな気がする。

 出来の悪い記憶力にこれほど悩まされるとは……。

 

「オーイ!」

「げっ」

 

 モンモンとしつつも、ランチスペースへと到着。

 山菜やキノコで籠を満載させた状態のゴンが呼び掛けてくる。

 パっと見ただけでモリタケを中心にかなりの量があるのがわかる。

 

 これは煽り過ぎたようだ。

 マジメなオラウータンめ。

 

「よし! オレの勝ちだね!」

「……摂り過ぎだろ」

「へっへっへ」

「……ゴン、お前って誰の味方なわけ?」

 

 籠を置き、ポケットに両手を突っ込みゴンに絡む。

 オウオウと顎を上下させて凄む。

 怯む素振りなんて一切見せないオラウータン。

 

「エッダさん」

「……さっさと焼くか。薪集めるわ」

「オッケー。オレも準備するね」

「ほれ、これ頼む」

 

 忌々しいポーチを腰から外し、ゴンへと投げる。

 中には本以外に、調味料や木製の小皿や十得ナイフが入っている。

 山菜やキノコを焼くだけといっても火だけでは調理出来ないので、渡しておく。

 

 薪を集め、ゴンの下へと戻ると、山菜とキノコが長細い枝に刺され並べられている。

 この分量を二人で食べるのかよとゲンナリするが、腹を括る。

 火を起こし、しばらくお腹の運動を行い待つ。

 

 焼きあがりの頃合を見て、いただきマンモスしてから手を伸ばす。

 

「ねね、気付いてる?」

「んー? 何が?」

「やっぱり、誰か居るみたい」

 

 はて?

 ゴンが言うのだから誰か居るんだろうけど、全然わからない。

 切迫したような口調や表情がゴンには見られないので、敵意が向けられている訳ではなさそうだ。

 

「どこ?」

「あっち」

 

 ゴンが指差した方に意識を向けて、気配を探る。

 小さい頃からオラウータンと共に居るので、多少なりとも気配やらに関してはわかる。

 全方位レーダーを持つようなゴンほどではないにしろ。

 

「あ、今動いた。アレ?」

「ん?」

「気配が消えた」

 

 あらら。

 ゴンにも気配を探れないとなると、これはヤバイかもしれない。

 護身用というか、便利なので持たされているナイフを取り出し警戒する。

 

 ゴンも愛用の釣竿を構えて周囲を警戒している。

 

「ゴン、ヤバそうなら走れよ」

「うん。いつも通りだね」

 

 

──ほぉ、美味そうだな

 

 

 音も気配も一切しなかった。

 それなのに声だけが背中から聞こえてくる。

 瞬間、振り返れば背の高い長髪の男がよだれを垂らして佇んでいる。

 

「──ッ!」

「ナップ!」

 

 ゴンが額に汗を浮かべ、焦りの色を浮かべている。

 こいつはヤバイ。

 俺がそう直感するくらいだ。

 ゴンはもっと肌で危険を感じているのだろう。

 

「すまんすまん。そう警戒しないでくれ。驚かせる、まあ、驚かせるつもりはあったんだがな、やけに勘が良いみたいだし。それにこの匂いにも釣られてな」

「……オジさん、お腹空いてるの?」

「ゴン!」

 

 この男の言葉を素直に信じようってのか、ゴンめ。

 敵意は感じられないが、こいつの纏う雰囲気はどこかヤバイ。

 何ていうか、こいつの存在はどこか不自然だ。

 オイオイ、まさか念能力者とかいう冗談みたいな存在じゃないだろうな。

 

「オジ……」

 

 男がゴンの顔を見下ろしつつ、マジマジと見詰めている。

 その目にはどこか驚きの色が浮かんでいる。

 俺の方にもその視線を向けてくるが、そこには不思議なものでも見るような色が浮かんでいる。

 

「まさか……もしかして……お前の親父の名はジンっていうんじゃないか?」

 

 あれれー?

 この状況……どっかで見たような。

 ジンはゴンの父親の名前で、この人はえーっと……。

 

「オジさん親父を知ってるの!?」

 

 なんだっけなぁ。

 こう、喉の辺りまで出掛かっているんだ。

 思い出せ、俺。

 

 ハッ!

 

「オレはカイト──」

「──エイト!」

「いや、カイトだ……」

 

 そう。カイトだ。

 ようやく思い出せた。

 カイト、カイト、カイト、もう忘れない。

 

 その場に腰を下ろすカイト。

 人当たりの良さそうな顔ではないものの、ゴンはカイトと会話を弾ませている。

 まあ、ジンっていうキーワードをいきなり出されたので話が弾むのも頷ける。

 

 ゴンにとっては一番聞きたいであろう話題のはずだ。

 かなり蚊帳の外な俺は、二人が急速に打ち解けあいつつ交わす言葉を、へぇーほぉーっと頷きつつ聞く。

 どうやらこのカイトという男はジンの弟子であるらしい。

 

 そんな事は全然記憶にない。

 そもそも、ここまで彼らの会話を聞いても、カイトについて思い出せた事は蟻編で顔を出してくる人程度。

 彼が語るジンを見つけ出すというのが叶うのかどうかはわからない。

 

 いやはや、ゴンもゴンで元気だなぁ。

 山菜とキノコをたらふく食べて、お昼寝の時間であるというのに……。

 俺はもう眠くて眠くて、会話の内容もよく聞き取れなくなっている。

 

「ナップ? 無理しなくてもいいよ」

「あ? お、おう? よし、寝る!」

 

 限界突破。

 延々と語り合う二人の言葉を聞きつつ、途中から船を漕ぎ漕ぎしていたのだ。

 カイトが語る話は面白いんだけども、まだまだ食べれば眠くなる年頃なんだ。

 

 ハンターについて熱く語るカイトの話を聞いていると「俺も親父を探すよ!」って言ってしまったくらいだもの。

 楽しい事ばかりじゃないと、カイトは語っていたが、それ以上に心の底からハンターという仕事を好いているのが伝わってくる。

 でも、もう無理。眠い。死ぬ。

 

 体が傾き始めて、その場にポテンと倒れ込む。

 

 

 

 

 

 カイトがくじら島を去った後。

 いつものように森で顔を合わせたゴンは何かを決意した目をしていた。

 生憎、こっちはほぼ一ヶ月以上もお菓子を口にしていないので、そんな目で見られると少々苛立ちを覚える。

 

 まあ、こっちは中身は一応大人であるので、そのキリっとした目には目を瞑る。

 溜息を吐きたいのを堪え、ゴンのその視線に正対する。

 じっとこちらを睨むようにして、口を開くゴン。

 

「オレ、ハンターになるよ」

「ミトさんには言った?」

「うん。反対された」

 

 まあ、そうだわな。

 俺達はまだ八歳、もうすぐ九歳になるガキだしなぁ。

 普通は反対するし、うちのあのファンキーな方の親も反対すると思う。

 

「そりゃな」

「説得する」

「何年掛かるやら。ま、頑張れ」

「え?」

「え?」

 

 どうゆう意味の「え?」ですか?

 そのままオウム返しをしてしまう。

 

「ナップもオレと一緒にハンターになるんでしょ?」

「は、はい? えーっと、嫌です」

 

 何故そうなる。

 お前の中では俺もハンター志望で決定しているのか?

 いや、ハンターには憧れるよ、俺も。

 

 カイトの話を聞けば、こんな俺でもなってみたいと思ったさ。

 でも、無理でしょー。

 もうこれだけ長い時間、ゴンと一緒にいたら薄々どころかはっきりと自分の立ち位置くらい理解してますし。

 

「へ? どうして?」

「ゴンさん? 僕は一般人ですよ? 少しだけ森に詳しい子供です。君のようなオラウータンではありません。オケー?」

「オレがオウラータンなら、ナップもオラウータンじゃん」

 

 俺はどこまでいっても一般人の域は出ないだろう。

 その考えを親切丁寧に説明してあげたにも関わらず、この俺をオラウータン側だと言い放ったその言葉は許せない。

 言葉以上に、その挑発的な目も頂けない。

 

 すごく遺憾だ。

 

「あ? 取り消せ」

「ヤダ」

「ほお……イイ度胸だ。久しぶりにやろうってか?」

 

 ゴンのこの頑固オヤジの目が発現している時点で、もう口で言ってもダメだろう。

 物理的に捻じ伏せてやる。

 喧嘩を売られて黙ってはいられない。

 

「いいよ」

「オラウータンに人間様の強さを教えてやるよ」

「どっちがオラウータンなの?」

 

 このガキめ!

 生意気に煽ってくるかっ!

 

「吐いた唾、飲み込むなよ!」

「そっちこそ!」

 

 互いに武器は使わない。

 二人の中での不文律を俺もゴンもまだ守っている。

 ゴンが釣竿をその場に置き、俺もナイフを地面に投げ捨て無手でやり合う姿勢を示す。

 

 常人離れした素早さを持つゴン。

 ついでに単純な腕力や体のバネも全てが俺より上をいく。

 更に気配探知や潜伏する技能に関しても才能の差からか、全てゴンが上。

 

 でも負けない。

 

 念を覚えれば人生勝ち組。

 そんな考えの下、毎晩寝る前に瞑想して念をゆっくり起そうとした過去の積み重ね。

 ハハハ、まったく意味がなかったさ!

 

 三年以上続けても一向に念に目覚める予兆なんてなかった。

 そもそも瞑想して念に目覚めるくらいなら、この世界の坊主は全員が念の使い手だって話だ!

 っと、今はそれどころじゃない。

 

──ブワッ

 

 風を置き去りにするかの如く、重く早いパンチが頬を掠める。

 本当にお前はオラウータンだ。

 まともに食らえば人間の俺はヤバイ。

 

 おそらく、俺がゴンよりも唯一優れている点はこの目のみ。

 

 今のゴンの攻撃であれば、まだまだ避けられない事はない。

 エッダのパンチ──見えてはいても速すぎて回避不能──に比べればまだまだ対処は可能!

 回避するだけでも体力は消耗していくが、こちらよりも攻撃を続けるゴンの方が疲労は加速するはず!

 

 ここに俺は勝機を──

 

「ゴペッ」

 

 勝機あるかな?

 あれれー?

 今、攻撃の軌道がズレたような。

 

 生意気にもフェイント入れ込んでないか?

 そんなもの誰に教わった?

 フェイントはズルでしょ!

 

 これは良いのを貰ったらしい。

 結構、足にきてる。

 片膝ついて、地に手をつけてしまう。

 

 左頬の感覚というか顔面の半分くらいの感覚がない。

 痛くて痛くて泣きそうになる。

 

「ペッ」

「もうお終い?」

「ハッ! 一発当てた程度で調子に乗るなよ、タコ! バカ!」

「む!」

 

 口の中の血をぺっぺっしてから立ち上がる。

 そんな中、余裕の表情で語ってくる野郎に言い返す。

 もうただの悪口。

 ゴンが更に怒気を増したようだ。

 

 ま、それで単調な攻撃になってくれれば──

 

──そんな事はないようだ

 

 単調どころか先よりも一つの攻撃に対して、幾つものフェイントを組み込んでくる。

 間合いの取り方も計算しているようだ。

 地面の凹凸まで計算にいれてやがるような気がする。

 

 これは、アカン。

 負けるかもしれへん。

 

 

 

 

 

 朝一番に始まった喧嘩。

 時間にして数十分、否、数分すら経過していないかもしれない。

 それでも疲労は平常時に比べて段違いで、時間が凝縮されている。

 

 一方的に攻撃を仕掛けて来るゴンに疲れの色はほとんどない。

 まさしく文字通りの化け物だ。

 どこにそんなスタミナがあるのやら……。

 

 フェイントに加えて間合いや地勢まで考慮されて攻められてしまった結果、今や体はボロボロだ。

 何発か良いのを貰って気を失いかけたものの、一発一発はエッダに比べれば軽いのもあって、今は何とか踏ん張り続けている状態。

 だが、そろそろ限界は近い。

 

「ハァハァ……そろそろ……反撃しても良いかー?」

「やれるもんならやってみろ!」

「ハハッ……こっちが手加減してたのもわかっ──」

 

──ブンッ

 

 ゴンにこういった類のハッタリは通用しそうにない。

 互いの手の内や性格を嫌というほど知っているので、無駄だ。

 問答無用で殴りかかってくるゴンの拳をフェイントを警戒しつつ、回避する。

 

 無駄でも言いたくなる。

 ちょっとでも息をつく時間が欲しいんだよ!

 嗚呼、辛い。

 

 動く度に体中に痛みが走る。

 反撃するにも、一発当てた程度じゃゴンは倒せない。

 それに回避するだけで手一杯な状況で、一発当てるという事はこちらも一発貰う覚悟でないと無理だろう。

 

 休む暇なんて与えない。

 目でそう語るゴンが一気にこちらへと詰めて来る。

 軸足の向きからして前蹴り、もしくは軌道を変えての回し蹴り!

 

 一か八か。

 回避は捨てる。

 体全体に走る衝撃と、腹部の辺りから聞こえる嫌な音。

 

 瞬間、体を捻りゴンの顔目掛けて拳を突き立てる。

 

 

 

 

 

 最後まで気を失わなかったし、気合で立ち続けた。

 が、喧嘩を制する人物が現れなかったらと思うと恐ろしい。

 まあ、今も恐ろしい状況には違いはないが、止めてくれた事には感謝の正座一万回。

 

 だが、止めてくれたのがミトさんというのが宜しくない。

 ガチで殴り合う俺とゴンを見て、凄まじい剣幕でその場を制され、問答無用でゴンの家へと連行された。

 

 てなわけで、現在俺はオラウータンと共にゴンの家の軒先で正座させられている。

 ちらりとオラウータンの顔を見る。

 左目の辺りを腫らした顔を見れば、笑いが込み上げるてくる。

 

──ざまぁwwww

 

 まあ、俺の方が全体的にボコボコなんですが、それでも一糸報いた証を見ればスカッとする。

 

「──で? どうして、殴り合ってたの?」

「……」

「……」

 

 オイオイ、このおば──ミトさんからの問いにはお前が答えろよ。

 

「さっきから何も答えないけど、言いたくない訳でもあるの?」

「……ゴン君とですね、ちょっと、えー、組み手でもしようかと、はい。つい白熱したんです」

「ナップ?」

 

 ミトさんが、目で語る。

 嘘吐くんじゃねーよと。

 目を逸らせば嘘がバレるので、わりと無事な方の右目でじっと見返す。

 

「ウソ。エッダさんの方、見ようともしないじゃない」

 

 クソッ。

 ここでエッダを出すなんて卑怯だ。

 ミトさんの後ろ、ぬぼーと直立したまま動かないエッダ。

 

 頭と心の中であえて存在しないものとして考えていたのに、裏目に出たか!

 しかし……不気味だ。

 さきほどから一言も発しないエッダが何を考えているのかが読めない。

 

「オ、オレがナップを怒らせたんだ。悪いのはオレなんだ」

「……ゴン。ナップに何を言ったの?」

「一緒にハンターになろうって言った、から……ナップは嫌が──」

 

──パーン

 

 うそーん。

 どうして俺がビンタされたんでしょうか。

 見えたけども、避けようもない割とガチで痛いビンタ。

 

 エッダめ。

 ぬぼーっと立っていたのは何だったのか。

 口を出す前に手を出すんじゃない!

 

 

 

 

 

※エッダ視点

 

 

 ミトに連絡を受けて来てみれば、ナップとゴンがミトの前で座らされて黙って俯いたまま。

 二人は喧嘩している所をミトによって止められたようね。

 骨を折ったりはしていないようだけれど、ナップの体に出来た痣や腫れを見ると腹立ちを覚える。

 

 体がもっと小さくて、ベッドからほとんど出る事さえ出来なかった頃。

 あの時と比べたら、これも贅沢な感情だってのは自分でも理解出来る。

 だけど、ナップの表情を見ていると違和感が拭えない。

 

 ナップはもっと強くなれる。

 最近は食事を残さず食べられるようになったし、朝から晩まで走れるようにもなった。

 少しづつだけれど、旦那のような体付きの片鱗も垣間見える。

 

 だけど、この子は体を動かす事よりも部屋に篭って読書なんて事を好む性格。

 本当にそれだけは許せない。

 読書なんて子供、ましてや男がするようなものじゃない。

 

 もっと厳しくすべきなのかしら。

 ゴンはあのバカの息子と同じで、島の大人でも敵わないくらいには動けるけれど、それでもまだ八歳。

 この年齢でこうも差があるという事は、私がナップを甘やかしすぎた所為なんだわ、きっと。

 

「で? どうしてそんなになるまで殴り合ってたの?」

「……」

「……」

 

 殴り合うのに理由なんて必要だったかしら?

 咎めるような口調で二人を詰めるミトの意図する所がよくわからない。

 

「さっきから何も答えないけど、言いたくない訳でもあるの?」

「……ゴン君とですね、ちょっと、えー、組み手でもしようかと、はい。つい白熱したんです」

「ナップ?」

 

 うん、それなら良いわね。

 何の問題もないわよ。

 もっとすべき、本なんか読むよりも有意義よ。

 

「ウソ。エッダさんの方、見ようともしないじゃない」

 

 ミトがまたおかしな事を言う。

 私の方をナップが見ないのは、ゴンに負けたっていう自覚があるからよ。

 

「オ、オレがナップを怒らせたんだ。悪いのはオレなんだ」

「……ゴン。ナップに何を言ったの?」

「一緒にハンターになろうって言った、から……ナップは嫌が──」

 

──パーン

 

 聞き捨てならないその言葉を聞いて、頭が真っ白になった。

 気付けば、体が勝手に動き出していた。

 我を忘れていたとはいえ、我が子の身を案じて軽めに頬を叩いた私はやっぱり母親なのかしら。

 

 私はこの子の母親。

 だからこそ、ナップのその考えは許せない。

 本を読んだりする事とは別次元。

 

 ハンターなんていう危険が付き纏う職業に興味を示さない子供。

 加えて、それが私の息子である事は絶対に、絶対に許せない。

 そんな軟弱な考えを、この歳で持っているナップは矯正する必要がある。

 

 

 


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