レモン   作:木炭

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 キルアが不穏な動きを見せる前に決着を見た。

 

 長く困難な道を選び、短く簡単な道とを隔てた壁をぶち破ろう。

 ゴンが出したアイデアにより、それは実行された。

 試験官から咎められるという事もなく、三十分ほどの肉体労働の末、開通。

 

 短く簡単な道であろうルートを進み、三分ほどしてゴールへと到着した。

 全工程25時間ちょっとの長丁場を経て、無事三次試験を通過する事が出来た。

 ゴール地点にはまだ受験生の姿は少なく、それ故にヒソカが目立っていた。

 

 粘っこい視線を感じつつも、ゴール地点は結構開けた場所であるので隅の方へと移動してゴロゴロする。

 気を抜けば一瞬にして眠りに落ちてしまいそうだが、ぐいぐいと袖を引っ張られる。

 

「何?」

「あっちに食べ物があるんだって、あとトイレはあっちね」

「あ、うん。おやすみ」

「おやすみ」

 

 ゴンから必要事項を告げられ、目を閉じる。

 ちょっと汗臭くてカビっぽい空間と床に腹が立つも、すぐに落ちた。

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 空腹につき腹が痛い。

 食べ物があるらしいという情報を寝る前に聞いていたので、そちらへと足を運ぶ。

 

 受験生の数が若干増えているようだが、それでもまだまだ少ないようだ。

 食べ物があるとされる場所は、備え付けの小さなキッチンがある食堂もどきのような場所だ。

 そこには長机の上に保存食の類や飲料水が置かれている。

 

 食べられるものであれば何でも良いと、適当に手にする。

 ポーチに入るだけ水と携帯しやすい保存食を詰め込み、硬くて薄味のパンをモグモグする。

 広くはない室内で一人、咀嚼をし続けていると見知った気配を感知する。

 

 やや瞼の重そうなクラピカがやって来た。

 軽く手を挙げ、挨拶する。

 クラピカも同様に手を挙げ、返してくる。

 

 俺の対面の席へと腰を下ろしたクラピカも硬そうなパンと水を手に、モグモグし始める。

 

「味気ないな」

「まあ、無いよりはマシだけどね」

「そうだな。贅沢を言える状況ではないな」

 

 モシャモシャ。

 

「ところで、ナップは体が弱かったそうだが、今も持病などを抱えているのか?」

「これと言って病気はないけど……あー、アレも病気って言えるのかな、ってくらいのならあるよ」

「……そうか。どういったものか聞いても?」

 

 モサモサ。

 

「うん。大した事でも無いけど、たまに我を忘れて行動しちゃうんだよ。頭のネジが外れちゃうっていうか、ブレーキが利かなくなるんだよね」

「ほう……何か体質的な変化などにそれは表れたりするのか?」

「うーん……自分じゃ見えないし、あー、でもゴン曰く、そうなった時の俺って目が変わるみたいだね」

 

 手も口も停止させて、クラピカがガシガシと音が出そうなほどに見詰めてくる。

 え、ボク、何か地雷を踏みました?

 

「我を忘れる……その原因はわかっているのか?」

「うん。お──」

「オ! やっぱりお前らも、もうゴールしてやがったのか」

 

 お菓子を見ちゃうとパニックだよ。

 とクラピカに告げようとしたその時、イケメン忍者が入室してきた。

 気配も足音も律儀に消しての登場に、二人してビックリである。

 

 軽い口調のこの忍者、只者ではない。

 流れるような動作で懐から巾着のようなものを取り出し、ハナクソのようなものを取り出している。

 鉄串のようなもので器用にそれを摘み上げ、室内に備え付けられているコンロを使って炙り始めている。

 

 すごく苦い香りがこちらまで漂ってくる。

 まさか本物のハナクソか?

 

「やはり君もゴールしたのだな」

「オウ! ちっと時間食っちまったがな。それでも結構早めにゴールしたと思ってたんだが、オレより前に随分とゴールしてやがる奴がいたみてぇだな」

 

 今度はひょうたんをいつの間にか手にして、ハナクソを片手に俺の隣の席に腰を下ろす忍者。

 

「オレはハンゾーってんだ。よろしくな」

「クラピカだ」

「ナップですって、あー、それって……忍者の保存食の……ハナクソ?」

「ちげぇよ! 兵糧丸だ! って、オメェまさか忍を知ってんのか?」

 

 リアクションの良い、フレンドリーな忍だな。

 こんな奴だったっけ?

 イケメンで忍者ってだけしか記憶にないが、よく思い出せないな。

 

「まあ、少しだけ」

「へぇー。こっちじゃあんまり忍っつっても食い付きが悪かったんだがよ。まさか、知ってる奴に会えるとはな。じゃあ、これが何かわかるか?」

 

 ひょうたんをくいっと持ち上げ、当てて見ろと告げるお喋り忍野郎。

 何だろう。

 忍者独自のドリンクとなると、全然わからない。

 

「馬の尿とか?」

「ブッー」

 

 ひょうたんの先から、ちびちびと中身を口に含み始めていたハンゾーが盛大に噴出した。

 斜め向かいに座っていたクラピカに、おつゆが少し掛かっている。

 目が一瞬だけ、明滅した気がする。

 

「す、すまねぇ……ってオイ! テメェ、尿って何だ! 忍を何だと思ってやがんだ!」

「そう言われても……自然と共生してるようなイメージが……」

「いや、そう言われるとそうだけどよ……」

「飲めるのって牛のだっけ?」

「……ああ、アイジエン大陸には牛の尿を飲む風習を持つ民族も居るらしいな」

 

 ハンカチで顔を拭いつつクラピカが答えてくれる。

 ハンゾーは切り替えがマッハのようで、クラピカの言葉に興味を示している。

 詳しく聞かせてくれとクラピカに催促するハンゾーに対して、クラピカは丁寧に語る。

 

 食事中に牛の尿の話題をマジメな顔で語らないで欲しい。

 そう指摘する事は俺には出来ず、聞き流しつつ硬いパンを口に運ぶ。

 

「しっかし、オメェ、変わった野郎だな。ここまで残ってるような奴だ。そりゃ癖のある奴が多いだろうと思ってたが、よ」

「フフ、確かにな。ナップは私から見ても少々、他とは違うな」

 

 これは二人からお褒めの言葉を頂戴しているのだろうか。

 もしくは、馬鹿にされているのであろうか。

 判断に苦しむ。

 

 

 

 

 

 ハナクソ野郎ことハンゾーは話したいだけ話して、早々に立ち去った。

 わかり難かったが、少しだけだが彼の顔にも疲れの色が見て取れたので、休息を取りにいったのだろう。

 入れ替わるようにしてレオリオが顔を出し、続いてキルアとゴンもやって来る。

 

 クラピカ以外の四人でモサモサとパンを齧る。

 体が食物を欲しているらしく、中々満腹感を覚えない。

 三人が手を止めても、俺のモサモサは終わりが見えない。

 

「相変わらず、よく食うな」

「不便だと自分でも思う」

 

 大食いを生かした念とか、今から考えとくべきなのかもな。

 戦闘方面じゃ役立ちそうにもないけれども。

 念を覚えられないという可能性の方が、高い気がするが……。

 

 今は現実に目を背けていよう。

 

「そうだ。四次試験ってどんなのだろうね。三次試験でどんくらい残るかにもよるのかな」

「既に試験の内容は決まっているかもしれんが、調整などはされるかもしれんな」

「だな。残り時間を考えると、まだまだゴールへ辿り着く奴は増えるだろうが、半数が通過すると考えても、そう多くは残らねぇだろう」

 

 大体、2,30人ってところだろうか?

 俺達とまったく同じ内容ではないにしろ、三次試験の難度は受験生全員に一定の試練を与えようとするはずだ。

 これを全ての受験生が通過するとも思えないが、半数程度が通過すると見るのが妥当な気がする。

 

「その予想を前提にして考えるとさ、次は受験生同士が直接戦うようなもんかもしれねぇな」

「あ、オレはもうそういう方法でやって欲しいな」

「一次、二次、三次と競争が主体であったし、四次もその傾向を踏襲するかもしれんがな」

 

 クラピカの予想である競争が主体というものが、俺も一番しっくりと来る。

 次の四次試験は確か……島でのかくれんぼ?

 番号札を奪い合う何でもありのバトルロワイヤルだったはずだ。

 

 競争の前に生存という二文字が付き纏うが、これは運要素が大きそうだ。

 ここまで来れば合格をもぎ取りたいが、ライバルとなる受験生もそれ相応に手錬のはずだ。

 

「とにかく今は体を休めて次に向けてやれる事をやるのみだな」

「違いねぇな」

「うん。そうだね」

 

 四人が席を立ち、やってやるぜと言わんばかりの瞳を交差させている。

 俺もパンを咥えつつ空気に流され立ち上がる。

 

 

 

 

 

 二日後、三次試験の全日程が終了した。

 受験生で三次試験を通過出来たのは25名であるとアナウンスがされた。

 モヒカンヘアーの試験官に塔外へと誘導され、海岸線を望む場所へと移動する。

 

 潮の香りを全身に浴びつつ、海苔やワカメを恋しく思う。

 くじら島での暮らしの中では、あれら魚介を恋しく思えた事などなかった。

 だが、数日の間、口にしなかっただけでも恋しくなるとは、驚きだ。

 

「諸君、タワー脱出おめでとう。残る試験は四次試験と最終試験のみ。四次試験はゼビル島にて行われる」

 

 海を背にしてモヒカン試験官から説明を受ける。

 彼の背後、海と空との境界線上に浮かぶ島がゼビル島であるのだろう。

 

──パチン

 

 モヒカン試験官が指を鳴らす。

 

「では早速だが、これからクジを引いて貰う」

 

 助手らしき男が持つ箱から、受験生の全員がクジを引くようだ。

 モヒカン試験官からの説明は続けられる。

 曖昧であった記憶が補完されていく中、概ね四次試験のルールは把握出来た。

 

 受験生全員が持つ番号札は自身の物であれば三点。

 他者の物が基本的には一点。

 一枚だけクジを引き、そのクジに書かれた数字と同一の番号札が三点。

 

 三次試験の合格者順にゼビル島に入島し、受験生同士で番号札を奪い合う。

 制限時間は一週間。

 一週間後、終了時点で六点分となる番号札を所持していた者が合格。

 

 そして、俺が引いたクジに書かれていた数字。

 

 403番。

 思わずガッツポーズをする所であった。

 冷静な俺はその場ではやや顔を顰め、早々に乗船するよう案内されている船へと乗り込んだ。

 

 周囲は既に疑心で渦巻いており、レオリオやクラピカまでもが単独で移動するようになっている。

 唯一、ゴンだけは俺の隣をとぼとぼ歩いているが、元気がない。

 手にしているクジの番号をちらりと見たが、無理もないだろう。

 

 乗船後、ゴンと俺は互いに言葉を交わすでもなく甲板の上で肩を並べて座り、空をぽけーっと眺めている。

 こいつを相手に今更、会話がなくとも気まずい思いは抱かないが今はちょっとしんみりしている。

 

「何番だった?」

403(ヨンマルサン~)

 

 ダミ声で答える。

 

「え! それって──」

「ウ~フ~フ~」

 

 レオリオ君、悪いが君は来年頑張ってくれたまえ!

 今年は私が君の分の合格枠を頂く事になるのだからな!

 ウ~フ~フ~。

 

「よ」

 

 聞かれたか?

 キルアめ、気配を消してやがったな。

 スケボーを小脇に抱え、ハンサムな登場ではあるが気配を消すなバカ者。

 

 挨拶だけ述べ、キルアも俺達と一緒に肩を並べて座る。

 

「何番引いた?」

「……」

 

 ゴンが黙り込む。

 キルアの視線が俺に向き、固定される。

 テメェ、教えろやとその目が訴えかけてくる。

 

「403です」

 

 クジをキルアに差し出す。

 

「あー……レオリオ?」

「だね」

「ゴンは?」

 

 肩をピクリとさせるゴン。

 

「44みたい」

「……マジ?」

「クジ運ないよねー」

「うわ、ホントだ」

 

 観念したのか、ゴンが自分が引いたクジを俺達に見えるように見せてくる。

 ゴンの顔は苦い。

 

「キルアは?」

「199だった。ほら」

「199……誰だかわかった?」

「わかんね」

 

 まあ、キルアなら余裕なんだろう。

 クジの番号が見当たらなくとも、適当に三人分の番号札を集められる強さがある。

 問題はやはりゴンだ。

 

「オイオイ。ゴン……」

 

 俺とキルアの会話を他所に、プルプルと肩を震わせつつニヤリと口元を曲げるゴン。

 アカン。

 こいつ、さっきまで大人しかった癖に今はワクワク顔を浮かべてらっしゃる。

 

「ヒソカから奪おうとか、考えてる?」

「……っぽいね」

 

 小声でキルアが俺に問い掛けてくるので素直に返す。

 ゴンがこちらにちらりと顔を向け、また顔をまっすぐに戻す。

 キルアは額に手をあて「あちゃー」という仕草を作っている。

 

「たぶん……これがただの決闘とかだったらオレに勝ち目はなかったんだろうけど……番号札を奪えばいいって事なら何か方法があるはず。だよね?」

 

 いや、そこは言い切ろうよゴン。

 最後の最後に、お前も方法を一緒に考えろというニュアンスを出すな。

 

「どうだろなぁ。そりゃ何でも有りならやりようはあるんだろうけど、現状だと準備するにも初見の島での勝負だしね。動物相手に使ってたような罠を張っても、アレが相手じゃ通用しないだろうしね」

「うーん……」

「キルアならどうする?」

 

 俺も最適な答えなんて思い付かない。

 仮に閃いたとしてもこの頭じゃ、たかが知れている。

 四次試験でゴンがヒソカとやり合ったというのは覚えているが、細かい部分なんて全然記憶にございません。

 

 加えて、今更ではあるが俺の記憶が正しいという保証も一切ない。

 だからこそ、ここは経験豊富なキルア師匠の意見を伺うのがベストだろう。

 

「オレ? オレなら諦めて適当に三人狩る」

「だよねー。でもさ、もしヒソカしか狙えない場合ならどうする?」

「……んー」

 

 師匠もお困りのようだ。

 いくら師匠がシマウマクラスとはいえ、ヒソカはゾウやキリンだしな。

 策を巡らせようが種の壁は大きいのだろう。

 

「ま、あんま無理すんなよ……生き残れよ、ゴン。ついでにナップもな」

 

 すくっと立ち上がり、歩き始めるキルアが告げてくる。

 ゴンは軽く手を挙げ、笑顔で返す。

 ついでである俺はリアクションに困って、何となく横に座るゴンの頭を叩いた。

 

 が、軽く避けられた。

 

 

 

 

 

 四次試験が開始された。

 船から三次試験の合格者順に俺達より前に受験生──ヒソカと針だらけの変な男の二人──がゼビル島へと降り立っていく。

 俺はキルアの次に島へと降り立つ。

 

 ゴンとは相談の末、開始時点では別行動を取ると決めている。

 さすがに俺も、ゴンと二人でレオリオから番号札を奪い取るのは姑息が過ぎると考えていたので、そうなった。

 ゴンはゴンで俺と一緒にヒソカと対峙する前に、一人で挑戦したかったらしいので考えが一致した形である。

 

 キルア、俺に続くのはゴン、クラピカ、レオリオのはずだ。

 開始早々、待ち伏せでもしてレオリオを強襲しようとも考えた。

 しかし、スタート地点付近では遅れてスタートしてくる他の受験生の介入の可能性もある。

 

 なので基本方針としては、スタート地点からはまずは距離を取る事を考えて、移動する。

 レオリオの番号札を第一目標としつつも、自分の番号札も死守する。

 この二点をまずは最優先とする。

 

 そして、なるべく他の受験生からも番号札を奪い取る。

 これは六点分が揃った後も積極的に行おう。

 自分の番号札を狙う者や強者相手の土下座外交にも使えるだろうから、勝てそうな相手は積極に狩ろう。

 

 よし、こんな所だな。

 

 自分の番号が告げられ、船を下船する。

 緊張のあまり、鼓動が早まり手足がプルプルする。

 振り返りたくなる気持ちを押さえ込み、周囲の気配を探りつつ前へと進む。

 

 

 

 


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