レモン   作:木炭

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 ハゲの人が他のボロを纏う者達の一部に怒られている。

 会話の内容全てが聞こえてくる訳ではないが、怒気を孕んだ声もあってか、大部分の会話内容が聞こえてくる。

 そこで彼らの話す内容から、彼らが超長期刑囚である事が今更、判明する。

 俺達の腕にしているタイマーが減少しただけ、それに比例して刑期の短縮が行われるようだ。

 

 という事をクラピカにより、聞かされた。

 どうやら、彼らの会話の内から導き出し、予想したようだ。

 その地獄耳と考察力はいやはや素晴らしい。

 

 よくわかんないという表情を浮かべるゴンに説明を繰り返している中、囚人であり試練官の中から、一人がボロを脱ぎ捨て現れた。

 ロン毛の男である。

 顔色は悪く、手足は細い。

 

 その雰囲気から性犯罪者という印象が強い。

 もしくはパン屋で万引きでも繰り返していそうな感じだ。

 

「次、誰が行く?」

 

 キルアが何故か俺に聞いて来る。

 俺があのロン毛と雰囲気が似てるからとか、そういう理由か?

 そうだとしたら、お前ぶん殴るぞ。

 

 ゴンに頼んで。

 

「相性を考えるならレオリオかな?」

「オレか? ありゃ、どうみても肉体派じゃねーだろ?」

 

 レオリオに振ってみるも、言外にキルアに行かせろとその視線が物語っている。

 キルアもレオリオからの視線に気付いてか、顔にイラつきを浮かべている。

 

「何かよ、あいつ、駆け引きとか仕掛けて来るかもな」

「そう見せかけて肉体派である可能性もあるが……」

「じゃあさ、ナップで」

 

 一仕事終えて、顔をつやつやとさせているゴンからの指名が入る。

 さきほど俺がゴンの背を押したように、今はゴンが俺の背を押してくる。

 物理的に。

 

「え、おいおい、俺で良いの? みんなは?」

「良いんじゃねぇのか? 頭使う勝負でもオメェなら大丈夫そうだしな」

「うむ。ナップであれば、どちらであろうとも対応出来るかもしれんな」

「オレもナップでいいぜ」

 

 やはり、似た者が対決する定めなのか。

 いやいや、あのロン毛が絶対的強者やもしれない。

 相手も一敗した事でエース級の囚人を出してくるかも……。

 

 

 

 

 

 ないな。

 ロン毛を前にして一切の恐怖ってものを感じない。

 舞台へと続く細い道を渡って来る方が怖かったくらいだ。

 

 目の前のこいつが刃物を持ってようが、負ける気がしない。

 銃とかだとダメそうだけど。

 囚人であれば持っていてもナイフくらいだろう、たぶん。

 

「さて、ご覧のように僕は体力にあまり自信がない。単純な殴り合いや、跳んだり走ったりは苦手なんだけどな」

「フーン」

 

 こいつ何して捕まったんだろ。

 大規模な横領やスーパーハッカーとか、そうゆう類なんだろうか。

 連続婦女暴行犯と推察していたが、目の前にしてみると“滾り(たぎ)”のようなものをこいつからは感じられない。

 

「何か提案があれば、どうぞ」

「殴り合いを提案した所で、そっちが了承しない限り時間が経過するだけでしょ?」

「ご名答」

 

 やっぱな。

 腕っ節の勝負をこちらが提案して受け入れられる素地があるなら、こんなヒョロリンが出てくる訳がない。

 相手の提案を呑むしかないんだろうな。

 

「提案がなければ、僕から一つ出そう」

 

 ロン毛が腰の後ろに手を回し、慣れた手つきでロウソクを一本ずつ手にして前に出してくる。

 

「同時にロウソクに火を灯し、先に火が消えた方の負け。どう?」

「え……」

 

 マジか、こいつ。

 ルールってそれだけ?

 不安になって振り返り、後ろの四人を見る。

 

「どうした?」

「……う、いやー……ちょっとウンコしたくなってきた、かも」

「オイ!」

 

 咄嗟に思っていた事が口から出そうになって、下ネタでごまかす。

 キツめの突っ込みをレオリオから頂いて、前を向く。

 

「待とうか? 僕らは時間だけならたっぷりあるからね」

 

 いつの間にやら地べたにどかっとあぐらをかいて、座っているロン毛。

 暢気というか危機感ゼロというか。

 こんなのだから捕まったんだろうな。

 

「それで良いよ。やろう」

「オーケー」

 

 ロン毛が座ったまま、両手に持ったロウソクの下部を摘み上げる。

 それで二つのロウソクの長さの違いが判明する。

 だからってどうした。

 

「どっちのロウソクが良いか、決めてくれ。長いロウソクなら〇を、短い方なら×を押す事。多数決で決めて貰おう」

 

 ここでも多数決か。

 まあ、どっちでも良い。

 

「×で!」

 

 振り返らず、四人にも聞こえるよう大きな声で告げる。

 

「オイ! そりゃ、どう見ても罠だぜ!」

「大丈夫。×で良いから、押すよー」

 

 お小言が始まると長そうなので、タイマーに備え付けられているボタンをすぐに押す。

 ここへ来て、ロン毛の顔に焦りの色が少し浮かんだ。

 だが、すぐに気を取り直してか、バレバレではあるが立ち上がるフリをしつつ腕を後ろに回している。

 

 ロウソクを入れ替えでもしたんだろう。

 それでも問題は無さそうなので、特に咎めたりはせず静観する。

 

「では、君が短い方だね」

 

 短い方のロウソクを投げ渡される。

 手に取って、ロウソクをしげしげと眺め、くんかくんか臭いを嗅ぐ。

 除草剤のような臭いが少しだけするが、まあ大丈夫そうだ。

 

「それじゃ同時に火をつけよう」

 

 舞台の四隅にあるかがり火へと互いに移動して、準備する。

 ロン毛の合図を待って、同時にロウソクに火を灯す。

 天井も高く、舞台の外は奈落であるので常に風が吹き上げてくるようで、ロウソクの火はゆらゆらと揺らめき安定しない。

 

 手をかざして火が消えてしまわないようにと互いが動けない。

 宣言した為だろうか、本当にウンコがしたくなってきた。

 我慢出来ない程ではないしろ、うーん……。

 

「これさ、ロウソクの火が消えなきゃ、殴ったり蹴ったりしても良いんだよね?」

「え……いや、これはそんな──」

「──同時にロウソクに火を灯し、先に火が消えた方の負け、だよね? 問題ないでしょ?」

 

 目の前のロン毛に言うのではなく、どこかから見ているであろう試験官へと告げる。

 しばらく待ってみるも、返答はない。

 そうこうしている内に、手にしたロウソクの火が激しく燃え始める。

 

 なるほど。

 最悪、ロウソクが爆散するかと懸念していたが、随分と大人しい罠だ。

 これなら大丈夫そうだ。

 

 ロウソクを舞台の上に置き、手をかざさすとも、火が消えそうにないのを確認する。

 スタスタとロン毛へと向かって歩を進めていく。

 

「ま、待て! これはロウソクの火が──」

「──どっこいしょ」

 

 あわてふためくロン毛からロウソクをひったくり、揺らめく火を指で摘んで消す。

 熱い。

 格好良く消そうとして失敗した。

 

 指先の平がヒリヒリする。

 勝利数を示す電光掲示板に目をやると、ピっという音と共に2という数字が刻まれた。

 

 

 

 

 

「あのカラクリを見抜いてたのか?」

「ううん?」

「オイ!」

 

 クラピカが顎に手を当て、難しい顔をさせて尋ねて来る。

 

「ロウソクが爆発でもするのかと考えたりもしたけど、そういう手を使えるならこっちに勝ち目はゼロだし、大丈夫かなって思ってたくらいだよ」

 

 あのロン毛が原作でも登場したかは記憶に御座いません。

 だが、たぶん俺と同じような事を誰かがして倒したに違いない。

 どう考えても彼は当て馬にしか思えない頭と肉体だった。

 

 彼と戦えた事を神に感謝。

 

「それにしたって、なぁ……」

「とにかく。あと一勝だよ!」

「ま、それもそうだな。次で決めようぜ!」

 

 切り替えの早いレオリオ。

 悶々と考え込むクラピカ。

 クラピカの頭皮が心配だ。

 

 俺達があと一勝ムードなのと反して、対角線上のチーム囚人の面々が何やら揉めている。

 ボロを脱ぎ捨てた爆発ヘアーの小柄な女が、ヒゲのマッチョに上から睨まれぐぬぬといった様子で及び腰となっている。

 会話は断片的にしか聞いてこなかったが、どうやら後が無いという事で誰が次に出るかで揉めているようだ。

 

 しばらくして、彼らの中でも最も腕っ節があろうヒゲマッチョが出てくる事で落ち着いたらしい。

 こちらへと視線を向けたヒゲマッチョ。

 ありゃ、うん、結構強い。

 

 隣に立つゴンも戦ってみたいって顔をしている。

 

「──誰が出るにしろ。次は負けでいい……あいつは解体屋ジョネス。サバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯だ」

 

 珍しくマジメなトーンでレオリオがジョネスについての説明を始める。

 素手で肉をモニュモニュと引き千切る風変わりな連続殺人犯であるらしい。

 なるほど、こいつがキルアと戦った相手だな、確か。

 

 ここはレオリオが負けにしようって強く提案しているが、キルアに任せれば大丈夫なはずだ。

 

「キルア。どう?」

「あ? 余裕」

 

 手を頭の後ろに回して、何でもないぜと余裕の表情を浮かべるキルア。

 

「先生。やっちゃってください!」

「おう!」

「オイ! さすがにあいつはヤベェ! 待て、コラ!」

「私も反対だ! 奴は危険だ! 参ったと言ってその手を止めるような相手ではないのかもしれんのだ!」

 

 大人からの反対が凄まじい。

 これではまるで反抗期の子供がだだをこねているように見えてくる。

 しかし、このキルア、ノリノリである。

 

「何、問題ないさ。負ける要素がみつからないよ」

 

 ジョネスはジョネスで「久々にシャバの肉を掴める……」なんて決めているがキルアの方が決まっている。

 大人二人の制止を無視して、足早に舞台へと続く道を歩いて行くキルア。

 既に彼の中では勝ちは確定しており、俺もその勝ちを疑ってはいない。

 

「勝負の方法は?」

「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは一方的な惨殺さ。試験も恩赦もオレには興味がない。肉を掴みたい……それだけだ。お前はただ、泣き叫んでいればいい」

「うん。じゃあ死んだ方が負けでいいね」

「ああ、良いだろう。お前が──」

 

──モニュ

 

 肉が抉られるような音。

 ただ、それだけの音が聞こえた。

 ジョネスの胸には赤い染みが広がり、キルアの手には心臓が握られている。

 

「か……返……」

 

 ニヤニヤと捕食者の笑みをたたえ、心臓を握りつぶすキルア。

 ジョネスは最期のその時に、自身の心臓が握り潰されたのを見たのだろう。

 ジョネスはそのまま前のめりにして倒れこんだ。

 

「これで三勝。これでここはもうパスだろ?」

「……ああ、君達の勝ちだ。ここを通って行けば、階下へと繋がる通路へと出る」

 

 少しだけ、しぼんだように見えるハゲが次の道を案内してくれる。

 キルアは手が汚れちゃったぜという風に、右手を切っている。

 

「あいつ……一体、何者なんだ」

「あ……」

 

 俺もジョネスの死体を横目に舞台の上を通過して、案内された通路へと向かう。

 

「暗殺一家のエリート!?」

 

 後ろではゴンがレオリオとクラピカにキルアの出自を説明しているようだ。

 だが、ゴンよ。

 人様の家庭環境を本人の了承を得ずにペラペラと話すのは頂けないよ。

 

 ゲンコツだな。

 

「さ、行こーぜ」

 

 当の本人であるキルアは気にした風ではない。

 だが、俺はゴンを殴る。

 大義名分がある時くらいしか、殴れないのだから。

 

 日頃の恨みを今こそ。

 暴力に訴えてやる!

 

──ゴツン

 

 ゴンの後ろを不自然にならないようにして歩き、しばらくしてからゲンコツを落としてやった。

 振り返り、すぐに反撃してこようとするが、予め想定していたので既に距離を取っている。

 

「ゴン」

「何!?」

「キルアの家の事、了承もなしにさっき話してたろ? アレ、ダメ。ボク、ナグル。オケー?」

「う……キルア、ごめん」

 

 急な出来事に当人たるキルアもぽかーんである。

 クラピカだけすぐに察したのか、ふんふんと頷いている。

 

「あ、いや、別に気にしてねーよ?」

「そっか。でもごめん」

「あ、ああ」

 

 ふぅ。

 スッキリした。

 若干、拳がじくじくと痛むがこれは必要経費だろう。

 

 ゴンの頭部に出来たコブを見ると心が晴れやかになる。

 キルアにペコペコと頭を下げたあと、コブを手で擦るゴン。

 その目は少しだけ涙目である。

 

 

 

 

 

 その後、丸一日ほど掛けて電流クイズだの〇×迷路、地雷付きスゴロクなどを経て最後の別れ道と銘打たれた部屋へと到達した。

 その部屋の名前が表す通り、ゴールが至近であるようだが、その部屋から繋がる二つの道が問題である。

 

──五人で行けるが長く困難な道。三人しか行けないが短く簡単な道。ちなみに長く困難な道はどんなに早くても攻略に45時間は掛かります。短く簡単な道はおよそ三分ほどでゴールに着きます。長く困難な道なら〇。短く簡単な道なら×を押して下さい

 

 微妙である。

 タイマーを確認すると残り時間はおそよ48時間となっている。

 五人で行ける道を選んだ場合、最速踏破から差し引いても猶予は三時間ほどしかない。

 

「普通はここで残り時間が足りねーってなるんだろうな」

「だな」

「しかし、長く困難な道を選べば猶予としては三時間ほどしかない。万全を期するのであれば最短の道を選びたくなる誘惑が働く訳でもあるな」

 

 クラピカの懸念はごもっとも。

 俺も誰か二人を蹴落として最短ルートを行きたくなる思いは働いている。

 ここまで来るのに、心身共にすり減らしているのだ。

 

 罠のひとつひとつは大した事はなかったが、丸一日歩き通しで単純に眠くて死にそうだ。

 

「早いとこゴールして寝たいしねぇ」

「ナップ!」

「いや、今更二人を蹴落とそうとか言ってる訳じゃないよ。ただ、そろそろゴロゴロしたいってだけ。腹も減ったしさ」

 

 キルア以外は結構ボロボロだ。

 歩きながらカチカチのパンや水をチビチビしていたが、それでも満腹にはほど遠い。

 何より、ゴロゴロしたい。

 

 この体の活動限界は本来16時間程なのだ。

 毎日8時間の睡眠は欠かせない。

 さて、その為にもココは何とかしちゃうはずの彼らに知恵を絞って貰おう。

 

「五人で最短ルートを通ってゴールする方法……何か思いつかない?」

「んー……考えてみる」

「よし、ここまで来れば時間にもまだ余裕はあんだ。休憩がてらにオレも考えてみるぜ」

 

 新右衛門さんばりのノリの良さで頭を捻り始めるレオリオ。

 ゴンとクラピカも同じく頭を捻り始める。

 先ほどから無口なままのキルアと目が合う。

 

 何か言いたそうだ。

 もしや、二人を蹴落とそうとしているのか……。

 俺は蹴落とすなよと目で訴えておく。

 

 首を傾げるキルア。

 

 オイ。

 

 

 

 

 


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