レモン   作:木炭

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──この扉を〇→開ける ×→開けない

 

 重厚でノブすらない扉に並ぶ文面を読み解き、皆が腕に装着しているタイマーを見る。

 なるほど、ここから既に投票による多数決で行動が左右されるようだ。

 

「こんなもん答えは決まってんのにな」

 

──〇5 ×0

 

 お邪魔おじさんの枠に俺が入り込んだ事で、多数決とは云え問題はなさそうだ。

 投票を終えると扉が開き、罠への警戒をしつつさくさくと進む。

 何となくゴンの後ろを歩いていると、俺だけが罠にはまりそうなので前を歩く。

 

 先頭にはやる気を見せるレオリオが歩いているので安心だ。

 

「罠は怖いけど、こうゆうのゲームっぽくていいな」

「だな。マラソンとか料理よりこっちのが面白そう」

「ナップ、ゲームやった事あるの?」

 

 こっちに引越して来てからは当然、ない。

 でも、前の(世界)に居た頃はダンジョンもののゲームなんかは結構やった。

 しかし、我が家では読書すら忌避される行為。

 

 それを知るゴンにとっては、俺がゲームの話題を口にするのはやはり無理があるように聞こえたのだろう。

 

「がっちゃんの家でたまにやらせて貰ってたんだよ」

「えー! ずるい!」

 

 自称芸術家のがっちゃん。

 実際はムキムキで禿げ散らかした漁師であり、芸術家というのは自称だ。

 彼は父であるサップと仲が良くて、俺もたまにがっちゃんの家に遊びに行く事があった。

 

 だが、がっちゃんの家にゲームなんてものはない。

 流れるように嘘が口から零れ落ちたが、ゴンは信じてくれたようだ。

 

「じゃあさ、ゴレ4とかやったことあんの?」

 

 ゴレ4?

 何ですか、それ。

 殺し屋ではなくゲーマーの目を宿したキルアがこちらに視線を向けてくる。

 

 ここは知らないと答えると、この王子様はお怒りになられるんでしょうか。

 少し、怖い。

 

「3なら結構やったかなぁ」

「あー……3か。オレ、3が発売された頃、家に居なかったからやんなかったんだよな」

「4のが評価も高かったみたいだし、羨ましいな」

 

 勿論、3もやった事はない。

 そもそも、ゴレというのが、どういう略称なのかさえわからない。

 だが、俺の嘘スキルはキルアにも通用するようで一安心。

 

 後ろを歩くゴンも含め、クラピカもぽかーんである。

 

「じゃあ、今度さ……」

「うん?」

「い、いや、なんでもない」

 

 ぬぬ。

 これはマズッたか?

 歯切れが悪くなったキルアの反応が怖い。

 

 ゴンに視線を向けるも首を傾けているだけだ。

 

「オイオイ、そのくらいにしとけよオメェら。一応、今も試験中だぜ?」

 

 先頭をズカズカとガニ股で歩くレオリオが振り返り、注意してくる。

 そのごもっともな助言に無駄口を慎み、目で詫びる。

 

 

 

 

 

 左右へと続く別れ道でクラピカ理論を賜りつつ、罠を踏む事もなく進み続けた。

 そして、目の前に現れたのが四角い舞台。

 舞台を支える柱の下、地面や床は影となり、底が見えない深さの奈落である。

 

 舞台と通路とを結ぶ道は無く、俺達は立ち止まっている。

 四隅にかがり火が備え付けられた舞台の奥。

 俺達が立つ場所と対角線上の通路の口に、五つのボロを纏う者達の姿を確認。

 

「見ろよ」

「あ、脱いでる」

「ホントだ」

 

 五つの内、一つのボロが脱皮を開始する。

 ボロの下から現れるは、ハゲ。

 ムキムキである。

 

 側頭部の左右に走る傷痕に違和感を覚える。

 何だろう、このスッキリとしない感じは。

 

「我々は審査委員会に雇われた試練官である! ここでお前達は我々五人と戦わなければならない! 勝負は一対一で行い、各自一度だけしか戦えない! 順番は自由に決めて結構! お前達は多数決──すなわち三勝以上すればここを通過する事が出来る!」

「……」

 

 いきなり開始された口上。

 ハゲの声はマイクや拡声器なしでも、こちらへとはっきりと聞こえてくる。

 その声量には脱帽である。

 

「ルールは極めて単純明快。戦い方は自由! 引き分けはなし! 片方が負けを認めた場合において、残された片方を勝利者とする! それではこの勝負を受けるか否か、採決されよ! 受けるなら〇、受けぬなら×を押されよ!」

 

──パチパチパチパチ

 

 素直に感心する。

 あの長ったらしい説明を一切噛まずに、一気に言い放ったハゲに対して賛辞を込めて拍手する。

 俺に釣られてか、やや遅れてゴンとレオリオが小さく拍手をしているようだ。

 

「っとまた採決かよ!? たく、いちいち時間の無駄だぜ」

「んじゃ押すよ」

 

──〇5 ×0

 

「──こちらの一番手はオレだ! さあ、そちらも選ばれよ!」

 

 んー、一番手って誰がやったんだっけか。

 細かい対戦まではさすがに覚えていない。

 ただ、ここはそこまで問題となるような戦いはなかったような……。

 

 キルアがヒゲの人の心臓を掴んでニタァとしていたのだけは覚えているから、ハゲとは戦わないはずだ。

 何故だか、そこだけは鮮明に覚えている。

 

「誰が行くべきだろ」

「そこそこやりそうだな、あのオッサン」

「戦い方はこちらから提案出来るようだが、彼は見るからに戦闘方面での対決を得意とするタイプだろうな……こちらの提案通りの形式が取れるかどうかだが……」

 

 キルアが挙手して口を開く。

 

「なら、オレが行くよ」

「待った待った、キルア兄さんは最後か勝敗が際どくなってからにしましょうや」

 

 一番手をキルアに行かせるのだけは回避せなばならない。

 揉み手を以ってして、おだてつつもやんわりと誘導する。

 

「兄さん?」

「オイオイ、ナップよ。最後ってのはわかんだがよ、勝敗が際どい場面でキルアを出すのかよ?」

「うん? そうだけど? キルア坊ちゃまが俺達の中で飛び抜けて強いでしょ?」

 

 何を当たり前の事を。

 レオリオはキルアの強さをまだ知らないんだっけ?

 戦っている姿は確かに俺も見てはいないが、彼の過去や未来を知らずともこの立ち振る舞いは素人目で見ても、アニマルシリーズである事はわかりそうなんだけども。

 

「ハァ!?」

「いやいや、キルアさん強いっすよ? な?」

「お、おう。オレなら纏めて五人が相手でも余裕だぜ?」

「……ま、まあ今は冗談言ってる場合じゃねぇな。クラピカよ、どうする?」

 

 何だろう。

 俺の主張は完全に受け付けて貰えなくなった気がする。

 クラピカまでレオリオの主張を支持するようで、大人二人で話しこむ。

 

「ゴンならわかるっしょ?」

「うん。たぶん、キルアは……強い、かな」

 

 若干の悔しさを篭らせ、それでも素直に認めるゴン。

 

「大丈夫だよ、ゴン」

「え?」

「君も強くなれるさ! ってことで一番手は君だ! 行け!」

 

 もうキルア以外ならたぶん大丈夫だろうし、勢いで指名してみよう。

 ゴンならば、あのハゲに圧倒されるような事にはなるまい。

 念が使える相手かどうかの見極めは、まったくもって出来ないが、たぶん大丈夫。

 

 仮にあのハゲがゴンを圧倒するのであれば、二番手以降も念の使い手である可能性は高い。

 試金石という意味でもその力量を知るゴンを一番手に持ってくるのは理想。

 と、自分に言い訳をしつつゴンの背中をグイグイと押す。

 

「わかった! 皆もオレが最初でも良いかな?」

「オレは別に構わないぜ?」

「だな……最初が一番手強い相手だという事も考え難いだろうしな」

「うむ。もし敵わないと判断した場合、すぐに棄権するのだぞ、ゴン」

 

──ゴゴゴゴゴゴ

 

 どこからか見ていたようで、こちらの一番手が決まったと判断したのだろう。

 舞台へと続く道がせり出してくる。

 これを渡っていくだけでも玉ヒュン確実ではあるが、ゴンは肩をぐるぐると回してスタスタと歩いて行く。

 

 その小さな背中は何気に格好いい。

 

「なぁ」

「ん?」

「オレがどれくらい強いのかってわかんの?」

 

 反射で土下座しそうになるが、堪える。

 何気なくを装うような口調ではあるが、キルアのこちらを捉える目はこちらを射抜くように鋭い。

 

「んー……昔、島でゴンと一緒にハンターに会ったんだけどさ。その人を見た瞬間、わかったんだよ。何となくだけど絶対に敵わないなってさ。キルアの場合もそれに近い。具体的に何がって訳じゃないし、どれくらい強いのかってのはわかんないかな」

「ふーん。まあ、オレもその辺はわかる気がする。こいつヤベェって奴は何となくわかんだよな」

「人間? って疑っちゃうような感じっていうかね。そのハンターの人もヒソカみたいなクルクルパーな方向の人じゃなかったんだけど、そこにただ立ってるだけで大きな壁があるっていうのかな」

「へー、それも何となくわかる。やっぱ、強い奴には共通するものってのがあんのかもな」

 

 ま、それは念なんだろうけどな。

 それはズバリ、念ですよゾルディックさん!

 と、メガネをクイっとさせて言ってやりたくはなるが、俺が念を使えないのに念とは何ぞやと聞かれたら困る。

 

 どの道、この四人はいずれは念に到達するのだから、俺が伝える必要もない。

 

「ほー、中々面白そうな話題じゃねぇか」

「私もその強者に共通するものというのが気になるな」

 

 大人組が興味を示したようだ。

 可哀想に、ゴンとハゲが対戦方式について問答をしている件について誰も意識を向けていない始末である。

 

「ナンダヨー。キルアさんの強さを疑ってるくせにさー」

「いいじゃねぇか。かたい事、言うんじゃねぇよ、オレタチの仲だろ」

「どんな仲だよ! おばさんなら飴くらい出せ!」

「お、おば? って誰がおばさんだ、コラ!」

「そういう口うるさい所がおばさんなの! すぐ怒るし! 生理ですか!?」

「テ、テメェ! あ! 今、思い出したぜ! 昨日の一件のナシ、今ここでつけてやるぜ!」

「やめたまえ、二人共。ほら、ゴンがどうやら戦い方を決めたようだぞ」

 

 クラピカに羽交い絞めされつつ、両腕をブンブンと振り回すレオリオおばさん。

 二人がまるで夫婦に見える。

 常に落ち着きを失わない夫たるクラピカの発言により、皆がゴンへと意識を向ける。

 

 

 

 

 

「では……勝負!」

「来い!」

 

 一定の距離を隔て、対峙して構えを取るゴンとハゲ。

 両者の掛け声と共に、戦闘が開始された。

 

──ゴッ

 

 ワンパンで終了の模様である。

 正確にはハゲが繰り出したパンチに併せた、リーチ差を覆すように懐へと一瞬に飛び込んだゴンから放たれたカウンターのボディーブローが炸裂したようだ。

 膝から崩れ落ちるハゲは意識を飛ばしただけのようで、息はあるようだ。

 

「おー! やるじゃねぇか、ゴン!」

「あ」

 

 横たわるハゲを見下ろし、ゴンが困ったような顔をしてこちらを向く。

 

「どしたん?」

「うーん……まいったって言うか、死んじゃったら負けってルールにしちゃったんだけど……この人、気絶しちゃってるみたい」

「なら、叩き起こせば?」

 

 わかったと元気良く答えて、ハゲの頬をわりと強めにひっぱたくゴン。

 あいつ、鬼畜やな。

 

「マズイな」

「ああ、あのオッサン、気絶したフリでもしそうだな」

「あ? んな事する意味なんてあんのかよ? 勝敗はもう決しただろ」

 

 あ、そういう事か。

 なるほど、マズイ。

 

「我々にとっては一つの勝ち負けよりも、問題があるのだよ」

「問題?」

「時間だ」

 

 腕にはめたタイマーを目の高さまで持ち上げるクラピカ。

 それを見て、レオリオも表情をハッとさせる。

 舞台の上では何度頬を叩かれようが、狸寝入りを決め込むハゲの姿が既に浮かび上がっている。

 

「ゴーン。そいつそこから落としちゃえよ」

「えー、死んじゃうよ?」

「死にたくなきゃ起きて降参すんだろー」

 

 キルアからのゴンへの助言。

 それを聞いているであろうハゲの肩が一瞬、上下する。

 その動きを察したであろう、至近にいるゴンも口に笑みを浮かべる。

 

「落としちゃうと生死不明でーす。とか、屁理屈こねてこない?」

「あー、かもな。ゴン、やっぱ落とすな!」

「うん。でも、どうしよっか」

 

 次からはもっと明確に勝敗が決まるようにしないといけない。

 ゴンがあのハゲをさくっと始末出来るならば、今も問題ではない。

 だが、既に無力化を装っていて反撃するにも力量差が歴然の相手に止めを刺せるほど、ゴンは殺しに抵抗がない訳でもないだろう。

 

「とりあえず、全裸にしてケツに浣腸でもする? レオリオなら注射器持ってるだろうし、アルコールでもぶち込めば諦めないかな?」

「オイ……お前はなんつー事を言いやがる……」

「ここは非道な行為を実行出来るかどうか、それも試されているのかもしれないな」

「んでも、オレ達から道具やなんかをゴンに渡しちゃうと反則にならねーの?」

 

──対戦する両名以外からの妨害や物品の受け渡しは認められない

 

 キルアが懸念した一言。

 その後にすぐアナウンスがされ、ダメだと告げられる。

 せっかくの俺の良案が脆くも崩れ落ちた。

 

「なら、ポコ〇ンを踏み潰すしかないね。最後の慈悲にと言わなかったけど」

「……」

 

 レオリオ、クラピカ、キルアが苦い顔をして黙り込む。

 勿論、実行しなければならないゴンも苦い表情を作っている。

 だが、既に彼はハゲの下穿きの腰へと手を伸ばしている所、鬼である。

 

 下半身を露出するハゲ。

 上体を支えられて、地べたに座らされる。

 抵抗するかのように後ろへと倒れこもうとする。

 

 だが、膝をついた状態のゴンに右手でしっかりと肩を掴まれ、座ったままの状態を固定されるハゲの額には汗が光る。

 ふわりと上がったゴンの右足が停止して、凄まじい速さで振り下ろされる。

 

──ドン

 

「降参だ!」

 

 手遅れである。

 ゴンのブーツの底が床へとぶつかり、重い音を鳴らせたのと同時にハゲが降参を表明した。

 ピっと電子音が頭上で鳴り、確認すると電光掲示板のような板に1と表示されている。

 

 最初の対戦はゴンが勝利を収めたようだ。

 

「ハッタリでもアレは効くな」

「ああ……」

 

 舞台と通路を結ぶ道が再び渡され、ゴンがスタスタと戻って来る。

 しばらくの間、ハゲは放心していたが自力で立ち上がり下穿きを履き、戻っていく。

 その背には勝負に負けた男の哀愁が、色濃く影を落としている。

 

 

 

 

 

 


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